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第35話 元勇者のおっさんは全盛期を取り戻すそうです

 黒焦げになったシャプールは崩れながら落ちて行く。

 それを見てアーリシアは力が抜けたのかその場に座り込んだ。

 安心と疲労で体が重い。もう立つことすらままならない。

 そんな彼女にノルバはグッドサインを向ける。

 サインを返すアーリシアの顔には、小さいながらも嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 そこにエルノの肩を借りてリッカが合流する。


「リッカ。お前のお陰で助かったぜ」

「私は私のやるべきことをしたまでだ」


 リッカは相変わらずツンケンした態度だが、その言葉に棘は感じられない。

 ノルバは「フッ」と笑みを浮かべる。

 なにはともあれ一件落着。


「帰るか」


 ノルバは剣を鞘に納めた。その時だった――

 悪寒が体を駆け巡った。全身の産毛が逆立つ。

 それは本能から発せられる危険信号。

 その場から逃げろと細胞の一つ一つが叫んでいる。


「あ……あぁ……。何で……」


 その正体に最初に気付いたのはエルノだった。

 彼女はその目に涙を浮かべ、腰を抜かす。


「おい、嘘だろ……。終わったんじゃねぇのかよ」


 思わず振り向くことをためらった。

 だが見ない訳にはいかない。ノルバは真実と向き合う覚悟を持って振り向く。


 するとそこには――崩壊した体が結合していく魔王の姿があった。


「ざけんじゃねぇよ」


 驚きよりも怒りが湧いた。

 握り締めた手から血が滴り落ちる。


「まダ……負ケてナイ」


 剥き出しになった肉や神経が動いている。


「バケモンが……」


 ノルバは守るように三人の前に立ち、剣を抜く。


「エルノ! リッカを回復しろ! オレには強化魔法だ!」


 しかしエルノは怯えて動けない。

 そんな姿を見てノルバは声を荒げた。


「殺してぇのか! さっさとしろ!」

「はいっ!」


 エルノは鞭打たれ、涙目のままノルバに強化魔法を掛けた。


「やってやる」

「ノルバ、待ちなさい!」


 アーリシアの言葉が足を掴む。だがノルバは聞く耳を持たない。

 アーリシアは魔力切れ。リッカも戦線復帰したとしても残りの魔力は多くないだろう。

 ならば一人でやるしかない。


「回復しきる前に沈める!」


 ノルバは跳躍し、全力で雷撃を浴びせた。

 致命傷からの再生中故に動けないのか反撃はない。

 立ち尽くすその体にノルバは斬撃を叩き込む。

 間髪入れず、何度も何度も何度も攻撃を浴びせた。その姿はまさに疾風迅雷。

 だがシャプールは怯まない。それどころかどんどんと回復していく。

 耐久力が上がっている。今のノルバの攻撃はシャプールには効いている様子はなかった。


「クソが……ッ」


 歯噛みする。しかしノルバは諦めない。

 一度距離を取ると目を閉じた。深呼吸をし、力を溜めた。

 荒ぶる稲光が全身から発せられる。

 そして放たれた空間さえも焼き切る雷刃の一突き。

 その一撃は雷轟と共に視界を白く染め上げた。


「ハァ……ハァ……、どうなってんだ」


 視界が色を取り戻す中、ノルバは嘆く様に言葉を漏らした。

 土煙の中に映る人影は巨大で、それが未だ健在であることを証明している。

 人影が揺らいだ。土煙が縦に裂ける。

 気が付くとノルバの眼前には斬撃波が迫っていた。


「グッ……」


 ノルバは何とか剣で受けた。だが地面には押された跡が徐々に刻まれていく。

 このままでは押し負ける。

 ノルバは砕けるほどに歯を食いしばり、全身の力を剣に込めた。


「……ッうるぁ!」


 弾き飛ばされた斬撃波は天井を破り、空へと消えていく。

 ただの斬撃波だ。闇すら纏っていない。それなのに手が痺れる。


「何で力が上がってんだ」


 ノルバは頬の汗を拭い、シャプールを睨んだ。

 力が上がった原因は分かっている。

 追い詰められたことで奥底に眠っていた魔王の力が引き出されたのだ。

 その証拠に、シャプールの目は正気を失っている。虚ろになり、意思がない。

 もうそこにいるのは魔王でもシャプールでもない。いるのは理性を失った怪物だ。

 その怪物は再度斬撃波を放った。

 当たれば致命傷。

 ノルバは臆せず突っ込んだ。

 剣の腹で斬撃波を受け、波に乗せるかの如く受け流す。

 柔をもって剛を制する。卓越した技術から織りなされる神業。

 ノルバはそのまま懐に入り、雷刃を叩き込む。


「クッ……!」


 しかしその攻撃は効かない。ノルバはすぐさま距離を取る。

 底無しの再生力と尽きることの考えられない魔力。

 それに対してこちらはどちらも有限。

 ポーションで傷は治せても魔力は回復しない。魔力の回復にはエルノが必要だが、強化魔法も兼ねている。無駄に頼ることは出来ない。


「舐めてんな。マジで」


 絶体絶命の大ピンチに思わず乾いた笑いが出た。


「オ前、モうオシマい」

「かもな」


 完全復活した怪物はノルバを指差し、無邪気な子供のように嘲笑う。

 勝ち目がないから諦めろと言いたいのだろう。実際その通りではある。

 だがノルバの目はまだ死んではいなかった。


「だけどな、最後まで分かんねぇだろ!」


 斬り込みに走ったノルバに大剣が振るわれる。

 頭上に降る大剣をノルバは直前で横に飛んで躱した。だが大剣は地面に触れる前に無理やり軌道を変える。

 技術なんてない。ただの力業だ。

 剣が再びノルバを捉えた。着地が間に合わない。ノルバは空中で何とか剣で受け止めると、刃を滑らせ衝撃を流した。

 そしてその勢いを利用して跳ねると、怪物の顔面に剣を叩き込む。

 だが怪物は怯むことすらない。

虚ろな目がノルバを睨む。剣を持たない左手が掴みに掛かった。

 咄嗟に顔を蹴って躱すとノルバは着地する。


「逃サなイ」


 そこに掘り下ろされる闇の炎を纏った大剣。

 しかし体勢は万全。避けられる。

 ノルバは余裕の様相で足を動かしたが――


「なっ……」


 突如体は支えを失い、ノルバは膝から崩れ落ちた。


『限界⁉ こんな時に……⁉』


 16年のブランクはノルバの想像以上に肉体を衰えさせていた。

 度重なる肉体の酷使に、魔力で補えないほどの疲労の蓄積。それが最悪にもこのタイミングで決壊した。

 立たねばと膝を殴るが動かない。

 大剣が迫る。こんな状態では受け止めることも出来ない。


「ふざけんなよ……」


 風を斬る音が悲痛な嘆きを掻き消していく。

 呆気ない幕切れ。

 為す術もなくノルバは剣の下敷きとなった――筈だった。


「…………」


 何が起きたのか。ノルバの脳が真っ白になった。

 だがそれは数秒にも満たない一瞬。体に流れ落ちてくる液体の暖かさが、記憶を呼び起こす。

 それと同時、ノルバは上に被さる人物を抱えて体を起こした。


「リッカ! おい! しっかりしろ!」


 あの時、無慈悲にも振り下ろされた大剣はノルバを殺す筈だった。

 それを飛び込んで来たリッカが防いだ。金の盾が剣を受け止め、二人は弾き飛ばされたのだ。


「無事……だったか」

「あぁ、オレは平気だ……。けど……」


 ノルバの体に大量の血が伝ってきている。

 リッカの腹部は大きく抉れていた。そこにあるべきものは無くなり、かろうじて残ったのは骨だけ。

 盾では防ぎきれなかったのだ。

 だがそれでも身を挺してノルバだけは守った。守り抜いた。


「エルノ! ハイポーションだ! ハイポーションを持って来い! 早く!」


 ノルバは喉が裂けるのも構わず叫んだ。

 体に限界が来た今、リッカを運ぶことは出来ない。

 自身の無力さにノルバは打ちひしがれた。頼ることしか出来ない不甲斐なさに気が狂いそうだった。

 状況を理解したエルノは向かおうとする。

 だがそんなことを怪物が許す筈もなく。

 怪物は剣を地面に突き刺した。すると闇の炎が燃え盛り、ノルバ達とエルノを隔てる壁が生まれる。


「はハハはハ。行かセなイ。何モ、させナイ」


 嫌がらせとしか思えない行動に、ノルバは怒りで体が震えた。それは怪物に対してだけではない。何も出来ない自分に対してもだ。

 心がどうしようもなく削られていく。

 そんな中、突如としてリッカの体が光り出した。


「何だ⁉」


 突然の事態に困惑するノルバだが、止める手段もない。

 何が起きたのか分からないまま、瞬く間にリッカの姿が消えた。

 そして入れ替わりで膝の上に赤い液体の入った小瓶が現れた。


「これは……」


 その小瓶をノルバは知っている。

 それはダンジョンで見つけた宝。アーリシアが持って行った筈の謎の液体だった。


 迷う理由はなかった。

 ノルバは蓋を開け、一気に飲み干す。

 小瓶がどうやってここに来たのか謎でも、手元にやって来たということは飲めということなのだから。


「何ヲシた。余計ナこトするナ」


 そんな様子を見ていた怪物は、剣をノルバに向けた。

 剣先に現れる闇の業火は荒々しさを増していくと巨大な火球となる。

 そして放たれた業火球はノルバに逃げる暇も与えず呑み込む。


「ハはハ。残念ダっタな」


 業火球は炎の壁を含め、一帯を消し飛ばした。

 壁が消え、エルノの視界に広がったのは業火吹き荒れる大地だけ。

 猛々しい火柱が上がる中では、ノルバがどうなったのかさえ分からない。


「そんな……」


 その絶望的な状況にエルノは思わず手で口を押さえた。だが、ふと強化魔法が切れていないことに気付いた。

 それが意味する所はノルバの生存。

 そしてエルノの想いに応えるかの様に火柱が割れた。

 大地を大量の稲妻が走ると、一帯の炎は消え去る。


「まだ終わってねぇよ。今度はこっちの番だ」


 雄々しく勇ましい声が響いた。

 その声は圧倒的な自信に満ちた若者のもの。

 この場の誰の声でもない。だが確かに聞き覚えのある声だった。


「ケリをつけてやる」


 怪物を見据え、剣を持つのは、16年前に魔王を倒した若かりし頃の勇者ノルバだった。

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