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第32話 元勇者のおっさんは奴隷の真実を知るそうです

 見間違えることはない。それは勇者とその仲間が死闘の末に討ち取った厄災そのもの。

 骸骨になろうとも、怨念の様にこびりついているプレッシャーが鮮明に記憶を呼び起こさせる。


「見覚えがあるでしょ? これはキミ達が殺した魔王様さ!」

「そんなもん大事にしまってどうするつもりだ」


 この際、魔王の亡骸がここにあるのはいい。それよりも、その骸を何の目的で回収したのかが問題だ。

 ノルバの脳裏に一つの最悪な予想が浮かぶ。


「まさか……」


 それは人間では成し得なかった所業。過去から今において人間が追い求める神の御業。

 それを魔族が成そうとしているのだとしたら。

 あり得ない。だがその可能性が脳裏にこびり付いて離れなかった。

 そしてその予想を感じ取ったのか、シャプールは答える。


「多分、そのまさかは正解だよ」


 シャプールは掌の上に糸で奴隷の首輪を形作った。


「この首輪。実はただ奴隷を使役する為だけの道具じゃないんだよね。てっきりバレてたかと思ったんだけどさ。やっぱり人間ってバカだよね」


 誇らしそうに口角を上げると、シャプールは首輪を触りながら話を続ける。


「首輪には魔力を吸い取る機能があるんだ。それで吸い取られた魔力は何処に行くかというと……」


 シャプールは背後の骸を指差した。

 そこに冷静にアーリシアが口を挟む。


「そんなことしたって魔王は生き返らないわ」


 これまで人類は死者蘇生を試みて様々な実験を行ってきた。

 だがその全てが失敗。一度たりとも核心に近付いたことすらなかった。

 それを知っているが故の断言。だがそんな彼女をシャプールは嘲笑う。


「人間と魔族が同じ土俵だとでも?」

「どういうことよ」

「言葉通りさ。キミ達人間は、ボクら魔族の力を利用は出来ない。その中に死者蘇生への一歩があった。それだけさ」


 言うは易く行うは難し。

 さらっと言いのけてみせたが、それが事実ならシャプールは仲間もいない中、一人でその極地に辿り着いたことになる。

 その執念は相当なものだ。

 同じく魔法を研究する者として、アーリシアは畏怖の念を感じた。それと同時に、今ここで止めなければ世界は再び混沌に包まれてしまうという恐怖も覚える。

 アーリシアは先手を打たせまいとシャプールに光線を放った。

 だが光線はシャプールの眼前で霧散してしまう。


「残念。もう手遅れだよ」


 禍々しい黒いモヤがシャプールを守っていた。

 そのモヤをノルバとアーリシアは知っている。


「黒の鎧……」


 魔王が身に纏っていた外敵から身を守る為のオート防衛能力。


「させるかよ!」


 ノルバの雷剣がシャプールの脳天に叩きつけられる。だがモヤは侵入を許さない。


「諦めなって。もう終わってるんだ」

「何も終わっちゃいねぇ!」


 諦めない。諦める訳にはいかない。

 ノルバは雄叫びを上げ、剣を押し込んだ。

 だがシャプールは焦る様子を見せない。それどころか呑気にノルバの腕輪に目をやる。


「ずっと気になってたんだけどさ。キミが着けてるのって契約の腕輪だよね」

「それがどうした!」

「実はね……」


 シャプールにとっては他愛もない話のつもりだったのだろう。

 だが、次に発せられた言葉にノルバは耳を疑い、怒髪天を衝く勢いで怒りを爆発させる。


「奴隷の首輪って契約の腕輪を元に造られてるんだよね。何て言ったっけな。エルデル王? とかっておじさんと造ったんだ。人間のくせに物分かり良くってさ。亜人を支配する為ならって喜んで手を貸してくれたよ」

「あんのクソジジイ!」


 つまりフューに訪れた不幸も、異種族が差別され続けるこの世界も、元を辿ればエルデルが原因。

 ノルバはエルデルの異種族嫌いを咎める気はなかった。人類に付けられた傷があまりにも深いことを理解していたから。

 だがその邪悪だけは何をどうしようと許すことが出来ない。


「テメェもジジイもぶっ殺してやる!」

「ッ⁉」


 怒りで雷は激しさを増し、嵐の如く飛び散る。

 モヤを裂き、雷剣が入り込み始めた。

 その様子に焦ったのか、シャプールは食い止めようと手を出す。だがもう遅い。


「くたばりやがれぇぇぇぇぇ!」


 怒りを乗せた雷刃は魔王の骸ごと、シャプールを雷の豪雨で覆い尽くした。

 雷に灼かれ消滅していくシャプールのその手は、何も掴むことはなく塵と化していった。


 終わった――と思われたが。


「言ったでしょ。もう手遅れだって」


 声が響いた。

 出処は骸。何が起きたのか。ノルバの思考が止まる。

 しかしそれは一瞬。すぐさま骸目掛けて雷撃を放った。


「ハハハ! そんなのもう効かないよ!」


 雷撃は高笑いと同時に発生した黒い衝撃波でノルバ諸共、吹き飛ばす。


「ノルバ!」

「……ッ大丈夫だ」


 アーリシア達は着地したノルバに駆け寄った。

 見上げる先ではモヤが骸を覆い尽くしていく。


「どうなってやがんだ……。クソッ!」


 怒りの籠もったノルバの拳が地面に向けられ、破片が舞う。


「首輪を通じて集められた魔力で魔王様復活の準備は整った。後はボクが贄になれば完成さ!」


 モヤの繭からシャプールの高らかな声が響き渡る。


「魔王が復活する」


 諦めにもとれる言葉がエルノから溢れた。

 繭に亀裂が走る。

 漏れ出たモヤは滝の様に溢れ出し、ノルバ達の足元へと広がる。

 纏わりつく不快感。根源的な恐怖を刺激する邪悪が体を巡った。

 目を逸らそうとも変わることのない現実。

 繭を突き破り、巨大な腕が現れ、繭が崩壊していく。

 己を閉じ込める殻を突き破り、自由を求め這い出て来る。

 呼び起こされる16年前の記憶。経験者達の剣を、杖を握る手が強張る。


「ヴオォォォォォォォォ!!」


 耳を劈く咆哮が轟いた。


「こんなことがあっていいのかよ……」


 人間の何倍もある巨躯。畏怖と支配の象徴とも言える天を刺す二本の角。

 紛うことなきかつての姿で、魔王が再び世界に足を下ろした。


「ハハハハハ! どうだ、この姿! 見覚えがあるだろう! かつて世界を蹂躙した魔王の復活だ!」


 魔王の肉体から贄となった筈のシャプールの声が発せられた。


「残念なことにキミ達のせいで魔力が集まりきらずに不完全な状態での復活になってしまった様だ。だがそれでも凄い力だ! キミ達なんて簡単に倒せる! だけど殺しはしない。四肢をもいだ後に首輪を着け、この肉体が完全体になるまで魔力を搾り取ってやる!」


 シャプールは興奮気味だ。不完全故なのか、魔王と一体化しきれず、残った精神が肉体に引っ張られていることが伺える。

 それだけではない。本来なら周囲に漂っている筈のモヤも存在しない。

 それに最初に気付いたのはノルバだった。故に彼は腹を抱えて笑い出した。


「何がおかしい!」


 シャプールの怒号が大地を震わせる。

 そのプレッシャーは息をすることすら危ぶまれるほど。しかしノルバは臆しない。何も意に介さず、ひとしきり笑い切ると紛い物を見据えた。


「びびって損したな。当たり前だよな。たかだか十数年で魔王を復活させられる訳ねぇんだ。来いよ。もう一度倒してやる。オレ達がここでな」


 その言葉にアーリシアも小さく笑う。


「えぇ、そうね。中途半端な魔王なんて私達の敵じゃないわ」


 二人を見てリッカも続く。


「二人がそう言うんだ。きっとそうなのだろう」


 その声に怯えはない。


「エルノ。アナタはどうなの?」


 アーリシアの問いかけにエルノは一瞬言い淀んだ。

 正直言えば怖かった。足がすくんで、今にも逃げ出したかった。

 しかしそれを上回るものがここにはあった。エルノは自信満々に答える。


「皆さんと共に戦えるんです。怖いものなんてありません」


 成長した愛弟子の返事にアーリシアは笑う。


「なら見せてもらうわよ。アナタの活躍」

「はい!」

「いいじゃねぇか。やってやろうぜ! 皆でな!」


 16年の時を経て、二度目の最終決戦が始まる。

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