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第29話 元勇者のおっさんは仲間に託すそうです

 空に、地に、剣閃が舞う。金属音が響く中に高笑いが混じる。


「漸く本気だな!」

「うるせぇ!」


 互いに弾き合い着地する。


「さぁもっと来いよ!」


 両手を広げ打ち込んでこいとアピールする獣人に、ノルバは前傾姿勢をとった。静かに、大きく長く息を吸い込む。

 体に、剣に、雷が弾け始め――消える。

 胸元に放たれた一閃。獣人は両の爪で受け止めるが、その目は驚愕に包まれていた。


(コイツ速度が……ッ!)


 それまでとは比にならない剣速に、獣人は受け止めるのが精一杯。爪は砕け、そのまま吹き飛ばされ、壁に激突する。

 瓦礫に埋もれようが攻撃の手は止まらない。


「ッくたばりやがれぇ!」


 ノルバはその場で剣を掲げると、雷を剣先に集約して振り下ろした。

 大地を穿ち走る雷が獣人を喰らった。

 呆気ない幕切れだ。

 雷鳴が轟き、その場には焼き焦げて地に伏す獣人だけが残った。


「まだギアが上がるのには時間が掛かるんだ。お陰でいい運動になった」


 剣を収めて去ろうとするノルバだったが、微かな地面の揺れがその足を止める。


「嘘だろ……」


 完全に死んだ筈だ。

 直接確認せずとも生死を判断出来る技量をノルバは持ち合わせている。

 しかしどうしてか。今、目の前には真っ黒に焼け焦げた姿で立つ獣人の姿があった。

 そんなノルバの驚愕する姿を見て、獣人は大きく口を開けて笑いを上げる。


「驚いてるなぁ……驚いてるなぁ! そうだ、その反応が見たかった! いつだって人間のその顔はたまんねぇ!」


 炭化した皮膚が赤みを取り戻していく。生々しい血の色が獣人の体に宿る。皮膚が戻り、毛が生え、爪が生え変わる。機能していない筈の目がギョロリとノルバを捉える。


「再生能力か」

「正ッ解! 魔法は人間だけの特権だと思ったか? 残念! 俺様も使えるんだよ!」


 完全に再生した獣人はより高らかに笑った。その笑いは人間を出し抜いたことを嘲笑うものだ。

 獣人の言う通り、魔法は非力な人間が持ち得る特権だ。

 他の種族は素の能力のみで戦う。だが稀に異種族の中にも魔法を使える者が現れる。

 そういった者はすべからく強敵。ノルバも勇者時代、何度も窮地に立たされた。


「ギアは上がったんだろ? ならこれからがマジの勝負だな」


 ノルバは舌打ちをして再度剣を構えた。

 先手必勝。電光石火の一撃が獣人の首筋を捉える。だが獣人の姿は蜃気楼の様にその場から消えた。そしてノルバの背後から凶爪が振り下ろされる。


「ッ!」


 ノルバは身を翻し、剣の腹で爪を受け止めた。そしてその勢いを利用して距離を取る。


(やっぱ衰えてんな)


 昔なら防がずに反撃に転じられていた。

 これまでの戦いで分かっていたことだったが、ここに来てその事実が重くのしかかる。


「おいおいどうしたぁ? もうついてこれなくなったか?」

「舐めんな」


 ノルバは全身に魔力を流し込んでいく。

 今出せる全力を持って目の前の障害を排除する。

 青い稲妻が細胞一つ一つから弾ける。地面に強く踏み込んだ。その時だった――

 炎の波がノルバと獣人の間を隔てた。

 荒々しく燃える炎。それをノルバは知っている。


「漸く追いついた」


 炎が放たれた方向からシャナが現れた。

 第二陣の突入隊の合流だ。だがいるのはシャナだけ。一人で先に進んで来たのか。


「何だぁ、テメェはよぉ」

「コイツは私に任せて、先に行け」


 シャナは獣人を無視してノルバに話し掛けた。

 その態度に獣人の顔がひくつき、頭に血管が浮き出る。


「無視してんじゃねぇぞゴラァ!」


 両の爪を鋭く立て獣人が襲い掛かった。それはこれまでの速度を凌駕している。

 だがしかし、その攻撃をシャナは二本の短剣で受け止めた。


「他の仲間が後から来る! 行け!」

「分かった! 頼んだぞ!」


 迷いはない。シャナはプラチナランクの冒険者。ダンジョンでも実力は見ている。託すに値する。

 ノルバは彼女を信じて走った。

 その背を見送ると、シャナの目が鋭くなる。

 その目には怒りと怨み、荒ぶる業火の復讐心が宿っていた。


「何だよ、その目は」

「キサマはカルレド村を覚えているか」


 互いに弾き合うと距離を取る。


「知らねぇなぁ」

「そうか。なら思い出させてやる」


 考える素振りすら見せない獣人に、シャナは静かに返した。

 全身に炎を纏われていく。足底から炎を噴射させると速度をつけて斬り込んだ。

 爆発音と共に火花が散った。

 目にも止まらぬ連撃。

 しかし獣人は余裕の表情を浮かべて弾いていく。

 それどころか微かな隙を突いてシャナの体に傷をつける。


「15年前! キサマが滅ぼした村の名だ!」

「覚えてねぇなぁ!」


 大振りの一撃がシャナを襲い、吹き飛んだ。

 防いだ。だがあまりの威力に剣を持つ手が痺れる。


「その村の生き残りか?」

「そうだ」


 痺れを消す様に強く剣を握ったシャナは、そして目の前の仇を見据える。


「忘れもしない。その青い体毛。魔王と手を組み人々を襲い続けた害獣。凶爪のガイナス。私はキサマを殺すことをずっと考え、生きてきた」


 父を母を姉を殺された。友も村も全てを失った。運良く生き残り、隣村のエルノの家に引き取られて幸せな生活を送る中でも、抉れた心と憎しみの炎は消えなかった。

 だから冒険者になった。魔王の死後も暴れ回っているのなら、いつか出会うかもしれない。討伐依頼が出るかもしれない。

 そう思い、がむしゃらに戦い続けた。そしてプラチナランクにまで辿り着いた。

 その努力は無駄ではなかった。

 その成果に思わず笑みがこぼれる。


「何がおかしいんだよ」

「嬉しいんだ。この手でキサマを殺せることが」


 その姿を見つけた時には胸が高鳴った。

 どれだけこの時を待ち望んだか。笑顔にならない理由はない。

 ガイナスには首輪がついていない。つまりは自らの意思でここに立っているということだ。

 あの日、殺したいほどに目に焼き付けさせられた姿が、変わらずあることにシャナは感謝した。


「私の全霊を持ってキサマを殺す」

「言ってくれるじゃねぇか!」


 シャナを包む炎が激しさを増し始める。

 何が起きるのか。興味からかガイナス攻めの手を引いた。

 炎は彼女の皮膚を焼き、骨を溶かし、血を沸騰させていく。

 全ての細胞が炎に置き換わっていく。


「これはキサマを殺す為に生み出した魔法だ」


 それはまさに人の形を保った太陽だった。その姿は悉くを消滅させる劫火の化身そのもの。

 熱で床が蒸発していく。周囲の壁が氷の様に溶けていく。

 ガイナスは身震いした。武者震いではない。本能からの警告だ。

 だが彼は大きく狂気に満ちた笑みを浮かべると、震える腕を握り潰した。


「逃げる訳ねぇだろ。こんな殺りがいのある奴を前によぉ」


 瞬く間に再生していく腕を動かし、かかって来いと挑発する。


「焼き尽くしてやる」


 その言葉を残してシャナが消える。

 ガイナスが彼女の行方を知ったのは攻撃をくらう直前。

 顔面を鷲掴みにされ、掌から放たれた劫火(ごうか)を浴びる。

 吹き飛んだガイナスの顔面は前半分が消し飛んでいた。残った頭部は炭化している。

 しかし死なない。すぐさま再生が始まる。

 だがシャナも回復を悠長に待ちはしない。追撃の格闘を浴びせた。

 手も足も出せないガイナスは攻撃をくらう度、体は炭化していき崩れていった。しかし異常な再生力は肉体を生かし続ける。


「……いい加減にしろ」


 シャナの拳が受け止められた。

 瞼のない目がシャナを睨む。

 再生と炭化の狭間を生きるガイナスの姿はおぞましく、生きる人体模型だ。

 炎の拳が握り潰されていく。

 シャナはその場で身を捻ると、ガイナスの腕を引き千切った。そしてそのまま炎の噴射を利用した踵落としを脳天にぶち込む。

 炎が大地を走り、地面を消失させる。

 ガイナスは大きく穴の空いた地面に落ちていく。

 炎を利用し、空に留まるシャナは右の拳を強く握った。ありったけの炎を拳に集約させると、赤々とした炎は金へと変わっていく。


「俺様を……舐めんじゃねぇ!」


 攻撃が止んだことで再生しきったガイナスは力を解放した。

 筋肉が肥大化し、目が血走る。

 一回りも二回りにも巨大化した体躯は、空間を掴み、空を駆けた。


「殺す! 殺す殺す殺す殺す!」


 迫る狂獣。

 だがシャナ動かない。限界まで力を溜め続ける。


「キサマを殺すには再生能力を上回るしかない」


 煌々と燃える金の炎は巨岩の如き大きさで敵を照らす。


「殺ぉす!」

「くたばれぇ!」


 全身全霊の拳が放たれた。


「ぐっ……うおおおおおおおおああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 黄金の炎はガイナスを飲み込んだ。叫び声すら燃やしつくし、炎は暗闇の底を照らす。

 黄金の地底には細胞の一つも残りはしない。


「後は……頼んだぞ」


 消えゆく炎を身に纏い、シャナは先に進んだ仲間に託し、落ちていくのだった。

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