第21話 元勇者のおっさんは家に帰るそうです
全ての絵の具を中途半端に混ぜた様な景色が続いた。
蠢き続ける色が漸く落ち着くと、ノルバ達の目の前には暗い外の景色が広がっていく。
戻って来た。それはノルバ達、ダンジョン攻略者だけでなく、ダンジョン内にいた者達もだった。しかし残念なことに犠牲になった者はここにはいない。
「お疲れ様」
不意に宝の山と共に戻って来たノルバ達の背後から労いの言葉が掛かった。一同が振り向くとそこにいたのは、既に帰った筈のアーリシアだった。
そんなまさかの状況にエルノは驚いた表情を見せる。
「お師匠。帰られたのでは⁉」
「えぇ、帰ったわよ。一週間前にね」
「え?」
理解が出来ずエルノは固まる。
一週間も経っている。ダンジョンに入ってから一日も経っていないのに。
エルノの困惑した様子を見てシャナが説明をしてくれる。
「ダンジョンは別の時空にあるから、行きと帰りに時空の揺らぎで時間の進みが変わるんだよ」
「そうだったのね……」
きっとダンジョン参加者にとっては常識なのだろう。
アーリシアの言葉に反応したのはエルノだけ。エルノは自身の勉強不足に気恥ずかしくなり耳が赤くなった。
そんなエルノをよそに、リッカは宝物庫にあった瓶をアーリシアに差し出す。
「こちらが今回の報酬になります」
「へぇ……、こんなのがダンジョンの報酬なのね」
興味深そうに瓶を覗きながら振るアーリシアにノルバは聞く。
「アル。お前それ持ってってどうすんだよ。王国のもんだろ、それは」
「あら言ってなかったかしら? 私、王立研究所にいるのよ」
その返事に、ノルバは「あぁ」と納得したような様子を見せた。
確かにどこで何をしているかは言っていなかったが、思い返してみれば王国組織に所属していなければ出ない発言があった気がする。
「ところでどうだったの? エルノは」
「上出来だ。一人でも攻略出来てたんじゃないか?」
「随分と甘ちゃん判定ね」
「え? お師匠、ノルバさん、一体何を言って……」
唐突に出てきた自分の名前にエルノは目を開き、困惑しながらも話に割って入る。
「何ってアンタのこと、お願いしてたのよ。今回が初めての実戦だったでしょ。だから通用するか見てやってほしいってね」
「き、聞いていません!」
「そりゃ言ってないからそうでしょ」
眉を寄せ、エルノはまさかと隣を見ると、シャナが苦笑いしながら頭を掻く。
ふと、ドラゴン戦で抱いていた違和感の正体が線で結ばれた。ドラゴンの装甲を剥がす為の攻撃をシャナ達は任せてきたが、その後の攻撃を見るとそんな必要はなかったとしか考えられなかった。つまりはあれも実力を計る為の行動。
脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、どうにかなりそうな気分だった。
エルノは真っ赤な顔を手で覆い隠す。
「ごめんね」
たまらず謝るシャナだが周りなど見れないエルノの耳には届かない。
「メンタルは鍛えないといけないわね」
嘆息して言ったアーリシアは瓶を肩から掛けているバックに入れる。
その時――
「のーるばーー!」
超速の弾丸がノルバの腹部にめり込んだ。
吹き飛ばされ、背中から落ちたノルバは「いってぇ」と顔を上げる。
すると体にはフューが涙と鼻水にまみれてしがみついていた。
「のるば! のるばぁ!」
「申し訳ございません。フューちゃんも我慢していたのですが、日に日に調子を崩していってしまい。後を追って飛び出してしまいまして……」
レイが頭を深々と下げて現れる。
「いや、オレが悪い。まさかここまで時間のズレがあるとは思わなかった。フュー、ごめんな」
尚もしがみつくフューの頭をノルバは優しく撫でた。
家族を失ってまだ日も経たない。にも関わらず一週間も放っておく結果になってしまった。フューにとっては捨てられた。また家族を失った。そう思って当たり前だ。
本当に悪いことをしてしまった。
ノルバはフューを両手で抱えて立ち上がった。するとアーリシアが耳打ちしてくる。
「アンタ達はさっさと帰りなさい。諸々のことはこっちでしておくから」
「そうか助かる」
それまでの朗らかな空気はどこへやら。張りつめた空気がノルバとアーリシアの周囲に広がる。
それは敵意への牽制。シャナやエルノはともかく、他の王国兵や冒険者の鋭い視線が先程から痛いほどノルバに向いている。
正確にはノルバではなく、その胸に抱かれるフューに対してだ。
根深い異種族への差別が幼い少女に向けられているのだ。
「レイ、帰ろう」
「はい」
いつからフューがここにいたのかは分からないが、今まで安全にいたということはアーリシアやレイが守ってくれていたのだろう。
感謝と不甲斐なさを胸にキャビンに乗り込もうとすると、ノルバは一人の冒険者が近付いて来る気配を察知する。
物珍しさからの行動か。男はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていた。手には剣を持っている。
気狂いとしか思えぬ男の行動に、ノルバは怒りを通り越した呆れの中、顔だけ振り返った。
そして軽く目を見開くと、男は剣を落として尻餅をつく。その顔は青ざめて恐怖に染まった表情をしていた。
ただ軽くプレッシャーを当てただけ。未熟者は殺気を当てられても気付かないことがあるが、生憎とここに集まっているのは熟練の猛者ばかりだ。相手の力量が分からないバカではない。いや、バカではあるが。
「どうしたの?」
小首を傾げるフューにノルバは一瞬にして顔を戻し、ニコリと口角を上げる。
「何でもない。早く帰ろう」
「うん!」
思わず息を呑むプレッシャーに、エルノ達は声を掛けることが出来なかった。




