第19話 元勇者のおっさんはダンジョンのボスを倒すそうです
ドラゴンの荒い息遣いが聞こえる。苛立っているのか尻尾はずっと地面を叩き続けている。
このまま時間が過ぎてくれれば楽に終わるのだが。
そんな怠けた考えをしながら、ノルバはドラゴンの近くを走っていた。
先に動いたのはドラゴンだった。
侵入者であるハエを殺さんと尻尾でノルバを潰しにかかる。
「当たんねぇよ」
ノルバが回避すると、薄氷の張った湖を割るかの様に地面が砕け散る。
ノルバはそのままスピードを上げると、方向転換をしてドラゴンに突っ込んだ。
それと同時にバチバチという音がノルバの剣から鳴り始める。
先の戦闘で魔法による攻撃が有効打になると分かった。
ノルバは剣に雷を纏わせると、ドラゴンの腹部に電撃の斬撃を見舞った。
キマイラならば一撃で沈む威力。しかし目の前のドラゴンには効かない。
だが、ダメージはなくとも衝撃は伝わる。
そこに再度炎を纏ったシャナの追撃が加わる。
「これはさっきより甘くないぞ!」
上体の反れた体に放たれた火炎獅子の一撃。
先程とは非にならない威力に、流石のドラゴンも地面に倒れる。
「すげぇなその炎」
「そちらこそ」
まるで余裕の二人だが、決して気は抜いていなかった。ドラゴンの動向からは目を離さない。
ダメージなど感じさせず、ぬるりとドラゴンが立ち上がる。四足を地面にくい込ませる姿からは、より強いプレッシャーと殺気が漏れ出ている。
「さぁて、気張れよシャナ」
「あぁ」
ドラゴンが這いずり、襲い掛かった。
スピードもさることながら、その一歩一歩に容易く命を屠る威力が込められている。
しかし二人にとって避けるは容易い。
左右に飛んで回避すると、その間をドラゴンが抜けていく。だが、急停止するとグリンと首だけで振り返り、火球のブレスを連発した。
「あっつ」
十数発の人間など一飲みの火球は、周囲をガラス細工でも作るかの様に歪めながら、ノルバ達に迫る。
だが迎え撃つはどちらも歴戦の猛者。まるで火の粉を振り払うかの様にして、容易く斬り捨てていく。
そんな中、無造作に放たれた内の一つが、エルノ達の方に飛んでいることにノルバが気付く。
「リッカ!」
「分かっている! 案ずるな!」
エルノの前に立つリッカは左腕を前につき出した。
それは守るべきを守る為に身につけた難攻不落の城塞が如し。堅牢なる巨大な盾はあらゆる障害を弾く。
身の丈の何倍もの大きさの盾が出現すると、それに触れた火球はそよ風と一体と化して消滅した。
「ありがとうございます」
「礼はいい。やるべきことに集中しろ」
突き放す様な言葉だが、それが信頼故の発言だとエルノは理解していた。
託された。自分の使命を全うする為、エルノは杖を握り締めて魔力を込め続ける。
その間、ノルバとシャナは戦い続けた。
先の行動から距離を取れば火球が放たれると判明した。
リッカを信用していない訳ではない。だがエルノの安全を考えれば近接戦闘を行う方がいい。
二人は言葉を交えるでもなくお互いの行動を理解し、剣を振るい続けた。
決定打にする必要はない。その場に留められればそれでいい。
そうして時間を稼ぎ続け、遂にその時がやって来る。
「お待たせしました! お二人共離れて下さい!」
杖が極限まで練り上げられたエルノの魔力によって煌々と光っている。
放てば焦土を生み出す威力。だがノルバ達は退かなかった。
「このまま引き付ける! いいから撃て!」
「エルノやって!」
耳を疑った。
避けられなければ死ぬ。なのにそのまま撃てだなんて。
何故そこまで命を賭けるのか。
失敗したならもう一度やればいい。それが出来る実力を持っている筈なのに。
どうすればいいのか分からない。
迷うエルノに、リッカは変わらぬ調子で、だが力強く伝えた。
「二人が戦い続けているのはエルノ殿を信じているからだ。撃て。撃つんだ」
「私を信じているから……」
初めてのダンジョン。右も左も分からず、ついていくので精一杯で、きっと迷惑なんだと、ずっと早く終わってほしいと思っていた。
けど、そう思っていたのは自分だけ。彼らは何度も頼ってくれていた。信じてくれていた。
「「エルノ!」」
信じきれていなかったのは自分の方だ。
自分を下げたつもりでいて仲間を下げていた。
「避けて下さいね!」
信頼には信頼で答えるのが礼儀だ。
星の瞬きが杖の先端に集まる。
「これがワタクシの全力! スターバースト!」
爆発は太い線を紡ぎ、触れるもの全てを消し炭にして突き進む。
信頼を乗せたその一撃を当てる為、ノルバとシャナはギリギリまで足止めを続けた。
そして爆発と表現するよりもビームと表現するに相応しいエルノの魔法が、二人に当たるその瞬間、ノルバ達は全力で横に飛んで回避した。
残されたドラゴンは避ける暇もなく、爆発の嵐にのまれる。
爆音の中に混じる甲高いドラゴンの悲鳴。
声が聞こえなくなり、爆発が晴れると――そこには地に伏せたドラゴンだけが沈黙していた。
「た……倒したんですか?」
自分の引き起こした結果を疑い、エルノは答えを求めた。
その答えとしてリッカが肩に手を置き称える。
「よくやった。後は二人に任せよう」
後は。その言葉が意味する所をエルノは理解出来ず、聞き返そうとした。
だが答えは聞くよりも早くやってくる。
「第二ラウンドだな」
「漸く本気でやれるというものだ」
剣を構える二人の先、黒い装甲の隙間から伸びる赤い毛が逆立つと、装甲全体にヒビが入り、砕け散っていく。そして押さえつけられていた肉体が解放され、ダンジョンを揺らす絶叫が大地を割った。
声の主は後ろ足で地面を踏み締め、立ち上がり、露わになった深紅の瞳で二人を見据えた。
先程までのプレッシャーでさえ相当なものだった。だが今はそれも非にならない。全てを一掃する津波の如きプレッシャー。
一度立ち会えば、立ち向かうこともせずに生存を放棄するレベルだ。
「いいな。この懐かしさ」
「胸が高まる」
だがそれは常人ではの話。
ドラゴンの前に立ち塞がるレゾックとシャナの心は人のそれではない。
理解しがたい言葉を呟きながら、二人は更に神経を尖らせていく。
装甲の剥げたドラゴンに鱗はなく、眼にも引けを取らない赤い外皮には、大きく膨らんだ筋肉と、心臓の様に脈打つ血管が浮き出ていた。
そんな自由を得た体は目の前の障害に牙を向ける。
腕を振り下ろしただけ。ただそれだけの攻撃が衝撃波を生み、地面を抉りながらノルバを襲う。
「さっきとは桁違いだな」
軽々とかわすノルバだがその目は鋭い。
「ならこっちもギアを上げるぞ」
大きく、だが静かに息を吸い、右足を大きく後ろに引く。踏み込む力で地面にヒビが入っていく。
雷が鳴いた。
刹那――ノルバの姿が消える。
その場に取り残された電撃が音を失うと、ドラゴンの胸元から血飛沫が上がる。そしてその背後ではノルバは剣の血を払っていた。
苦しみと怒り混じりの声を上げるドラゴンは振り向き、ノルバを襲う。
しかしノルバは剣を下げて無防備な姿のまま動かない。
「おいおい、相手すんのはオレだけじゃねぇだろ」
ノルバの視線の先、ドラゴンの後方で炎の柱が上がった。
それまでよりも荒々しく赤々と燃えるシャナは、竜の尾の様に長い炎の軌跡を残し、ドラゴンへと迫る。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!」
炎の噴射も利用したシャナの速度はドラゴンの認知をも越える。
獅子から竜へ。より獰猛さを増した鉤爪がドラゴンの背を穿った。
「防御を捨てねぇ方が強敵だったな」
ドラゴンは漏れ出る苦しみの声と共に、空へと打ち上げられた。
その威力にノルバは口角を上げ、剣を構える。
「シャナ! 止めといこうぜ!」
「あぁ!」
合図を出すとノルバの体に雷が弾け始める。
そして目の前の敵を討たんと雷と炎、二頭の竜が空を飛んだ。
「どらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
迫る脅威にドラゴンは自身よりも巨大な火球を放った。
しかし二頭の竜にとっては生ぬるい風も同然。
竜は火球もろともドラゴンの体を貫いた。




