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第16話 元勇者のおっさんはダンジョンの恐ろしさを見るそうです

 光の幕に包まれた扉なき扉に足を踏み入れると、そこを境界線として草木の生い茂る自然豊かな地が目に映った。

 遺跡としか思えぬ外観だったにもかかわらず、そんな姿からはあり得ないほど広大な空間。そしてその場所には原住民がいると思わしき村があった。

 人ではない。亜人でもない。どの種族にも当てはまらないそれは独自の言葉を交わし、文明を持って暮らしていた。


「あれがチェシニーか」


 村に降りる長い階段の上、ダンジョンと外を繋ぐ隔たりの前で、リッカは警戒した様子で対象を見た。

 小さな緑色のダンジョン生物。チェシニーと名付けられた生物は、成人男性の腰ほどまでの大きさしかなく、二頭身の丸っこい体と大きく垂れたふっくらとした耳を持っている。愛嬌のある見た目も相まって、ただそこで過ごしているだけで害はなさそうに見える。

 だがそれは大きな間違いだ。


「分かっているだろうが奴らとは目を合わすな。だが、万が一あちらからのアクションがあった場合は拒否せずに受け入れろ。いいな、行くぞ」


 ノルバ達のパーティー隊長を任されているリッカは、メンバーに注意を促すと階段を降りていく。

 目的地は第2階層へと続く扉。村を一直線に抜けていけば辿り着く、ダンジョンにしては比較的簡単な部類だ。既に他のパーティーも続々と村を抜けていっている。


「本当に大丈夫なのでしょうか」


 階段を降りている最中、エルノが不安の声を溢す。


「そう心配すんなよ。何かあってもオレ達が守ってやる」

「そうだよ、心配しないで。エルノの初めてのダンジョン、皆で攻略しよ」


 ダンジョン突入前、ノルバ達はエルノにダンジョン参加が初めてであることを聞かされていた。

 ダンジョンは魔王との争いの際に出現、攻略され続けた結果なのか、近年ではその数は多くはない。故にダンジョン初心者は珍しくない。

 エルノもその内の1人だった。そして経験がない故に未知の存在に不安を抱いていた。

 それを理解しているノルバとシャナは優しい言葉をかけるが、リッカは違った。


「大丈夫かどうかなど誰にも分からん。だが命を懸ける覚悟もないのなら退くことを勧める。気の迷いは自分だけでなくメンバーの生死にも直結するのだからな」


 棘のある言い方だが、リッカの言葉は正論だった。

 ノルバはどうしてそんな言い方しか出来ないんだと頭を掻くが、その後ろでエルノはハッとした様子を見せる。


「すみませんでした。そうですよね。ここはダンジョン。こんな気持ちでは出来ることも出来なくなります」


 自分の覚悟の甘さを恥じると、エルノは自身の両頬をバチンと力を込めて叩いた。


「ちょっ、エルノ⁉」

「ごめんなさい。もう大丈夫。一緒に頑張りましょう」


 リッカは振り向くことなく進んでいる。しかし不安を払拭したエルノの姿に、ノルバはその背中が少し笑っている様に見えた。

 そうこうしてノルバ達は村への階段を降りきる。


「このまま進むぞ」


 レンガが敷き詰められて舗装された通路。同じくレンガを使い、造られた住居の数々。

 ある程度の知性を持っているのが伺えるその村を、ノルバ達は警戒しつつも迷うことなく進んでいく。

 何も起こらない。

 そう思っていた。しかし、エルノが一歩進んだその時、そこがダンジョンである証拠が突き付けられる。

 エルノは言葉を失った。悲鳴すら上がらぬ嫌悪感とおぞましさ。

 競り上がってくるそれを喉元に押し込み、エルノは呼吸を整えた。


「趣味のわりぃ場所だ」


 同じくそれを踏んだノルバは足をどけて呟いた。

 その時、最後尾を歩くシャナの服を何かが引っ張った。

 振り向くとそれは他のチェシニーよりも一回り小さい、子供のチェシニーだった。

 チェシニーからのアクションがあった場合は拒否せずに受け入れる。この階層を穏便に通過する為に事前に知らされた術。

 子供チェシニーの手には、外では見たこともない幼虫が掴まれていた。そして無垢な笑顔でうにゅうにゅと動くそれを差し出している。


「くれるのか。ありがとう」


 事前調査によると、この幼虫はチェシニー達の食事。つまりはご飯のお裾分けという訳だ。

 拒否すればどうなるかは知っている。

 シャナは嫌な顔一つせずに受け取ると、幼虫を口に入れた。

 そして動く幼虫を噛み潰すと、柔らかな中身が弾ける音と共にドロッとした液体が口の中に広がった。

 口内に纏わりつく液体は、苦さ、酸味、えぐみ、そして微かな痺れを感じさせる。

 冒険の中では時に虫を喰らう必要もある。シャナはこの役目がエルノではなく自分で良かったと思いながら咀嚼を続けて、それを飲み込んだ。

 その様子を見ると、子供チェシニーは満足げに走り去っていった。

 エルノは心配した様子でシャナに声を掛ける。


「シャナ、あんなの食べて大丈夫なの……?」

「害はないって言ってたじゃん。虫も食べたことない訳じゃないし大丈夫だよ」


 流石に上級冒険者となれば、この程度では動揺はしないらしい。

 ノルバは感心を覚えながら足を進めた。

 そんな時だった。


「嫌だー! 放してくれ!」

「やめて! お願いだから! ねぇってば!」

「クソが! 放しやがれ、クソ野郎!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 他パーティーの叫び声が響いた。

 声の方向を見ると、複数のチェシニーに引き摺られて何処かへ連れてかれていた。

 何をしたのかは分からない。だがチェシニーの顔を見れば、怒りを買ったことは明白だった。

 穏やかだった顔には、はち切れんばかりの血管が浮かび、皮膚の色は緑から深紅へと変化している。


「助けないと!」


 エルノは救助に向かおうとした。

 しかしノルバに肩を掴まれ、引き止められる。


「何で――」

「被害を広げるつもりか」


 言われて思い出す。第1階層を穏便に抜ける為のもう一つの鉄則を。

 他パーティーに何が起きても構わないこと。下手に助けようとすれば、チェシニーの怒りを買い、連鎖的に被害が広がってしまう。

 エルノは握り締めた杖を静かに下ろした。


 口の悪い1人の男が剣を振って暴れるが、傷は付かず、チェシニーは気に止める様子もなく、ある場所へと男達を連れていく。

 そこは村の中心にそびえる一際巨大な建築物。自然に満ちた村には見合わない機械仕掛けのその場所に、チェシニーは男達を放り込んだ。

 それは天井の開いた巨大な容器となっており、中には他にも捕まった人間が入れられていた。

 喚く男達。しかし無情にも蓋が閉められると駆動音を鳴り始める。何かが削れ、千切れ、混ざっていく音の中で、人々の悲鳴が響き続ける。

 助けようとする者は誰もいない。ある者は無視して、ある者は呆然とその光景に立ち尽くしていた。

 そうしてひときしり機械が動くと、今度はゴウンゴウンと、繋がる管から赤い粘土が吐き出された。

 それがかつて何であったかは語るべくもない。その粘土をチェシニー達は器に移して運んでいく。

 型にはめてレンガを作る者。破損した箇所の修復を行う者など、手慣れた手付きで作業が進められていく。

 吐き気を催す光景だ。しかしそれがここでの日常。そもそもの常識が違うのだ。

 それにチェシニーからすれば勝手に乗り込んで来たのは人間の方だ。どう扱おうと文句を言われる筋合いはない。


「行くぞ」


 一連の様子を見終えた後、ノルバ達は再度歩み始めた。

 通路に浮かび上がる犠牲者の顔を踏まぬよう注意を払いながら。

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