第13話 元勇者のおっさんは使用人に話をするそうです
それから少し経ち、レイの呼び掛けでノルバ達は応接間に移動していた。
そこに並ぶのはノルバに仕える使用人達。
何も事情を知らぬ彼らは、何事かと困惑した様子を見せて、孤立した位置にいるノルバ、そしてその隣に立つ幼な子を見やっていた。
「皆、忙しい中、集まってもらってすまない」
ノルバが話を始めると全員が静かに姿勢を正して、その話に耳を傾ける。
「まず初めに、知っているか分からないが、オレは王より自由を言い渡された。つまりもうここに縛られる必要はないということだ」
ノルバの言葉に動じる者は誰もいない。
ノルバはそのまま話を続ける。
「長い時間世話になった。こんなオレを世話してくれたことには感謝してもしきれない」
ノルバが頭を下げると「私達を救ってくださったではありませんか」「当たり前のことをしたまでです」「ノルバ様が頭を下げる事ではありません」など使用人から口々に想いが発せられる。
善い人達だ。これまでは関わろうともしなかった。知ろうともしなかった。そんな相手にも優しい言葉を投げ掛けてくれる人達。
それならばきっと受け入れてくれる。
ノルバは穏やかな心持ちのまま次に移った。
「ありがとう。それで、ここからが本題だ。皆がずっと気になっているであろうこの子供だが……」
しかしそれは幻想だった。
ノルバがフューのフードを取ると一変。それまでの温かな空気は凍りつく。
「この子の名前はフュー。先日魔獣に教われている所を助けて、訳あってここで暮らすこととなった」
沈黙。ノルバの言葉に反応する者は誰もいない。
ただ一人を除いて。
「キャー! 可愛い!」
黄色い歓声を上げたのはレイだった。
口に手を当て、目がハートになる勢いで嬉しそうな表情を見せている。
しかしそんな態度は世界中で見ても圧倒的なまでに少数派。それ以外の使用人は、先程と同じく静かにフューを見ていた。しかしその意味はそれまでの沈黙とはまるで意味が違う。
この沈黙が意味する所――即ち拒絶。
もう誰もノルバと目を合わそうとはしない。
怒りはない。呆れもない。分かっていたことだ。
人間以外の種族は全て魔王に支配され、人類と敵対していた。被害にあった者だっているだろう。
異種族は、亜人は邪悪。その価値観は魔王が消えようと簡単に消えはしない。
これが今の世界の普通なのだ。
だからこそノルバは選ばなければならない。
どちらをとるか。そしてそれは手を差し伸べたあの時から決まっている。
「皆の言いたいことは分かっているつもりだ。だから選んでほしい。ここに残るか、残らないかを」
それまで静かだった使用人達がざわめき始める。
当たり前だ。突然クビ通告をされたも同然なのだから。
しかしノルバもタダで追い出すつもりはなかった。
「これまで世話になったんだ。手切れ金は言い値で払う。残らないからといって不利益を被ることも絶対にないと約束する。必要なら次の仕事を探す手伝いもする」
当然のことだ。ただでさえ恩を仇で返す行為なのだから、やってしかるべき行動だ。
ノルバの発言に三度沈黙が訪れた。
忠義か嫌悪か。皆が葛藤に苦しむ中、一人の老いた男の使用人が挙手をする。
「私はノルバ様の元を離れさせていただきます」
「そうか」
「英雄のお側にいられたこと、生涯忘れることはないでしょう。これまでありがとうございました」
男は堂々たる態度で深々とお辞儀をすると踵を返した。
するとそれを合図とするかの様に他の使用人も去る決意を次々に伝え始めた。
ノルバは全員の言葉を受け入れ、去り行く背中を見つめる。
しかし最初の使用人が扉に手を掛けようとしたその時、その場に留まっていた一人の使用人が声を張り上げた。
「皆さん待ってください!」
声の主はレイだった。
「私は北方の小さな村出身で魔王軍による被害はほぼなく暮らしていました。戦争も物心つく頃には終結していました。だから皆さんが受けた亜人からの被害については知識でしか知りません。その辛さはきっと私なんかでは分かりようもない筈です。ですが!」
レイは拳を強く握り締めて言葉を続ける。
「フューちゃんが一体何をしたというのでしょうか! 戦争も知らない小さな子供です! 種族は同じでも、この子は皆さんを傷付けた者とは違います! 今ここで拒絶すれば、この子は人間を信じられなくなるかもしれない! それは皆さんを傷つけた相手と何が違うのでしょうか! お願いです! 負の連鎖をここで止めましょう! 次の世代が手を取り合える世の中を造ってあげましょうよ!」
息も絶え絶え。渾身のレイの訴えに、扉の前に立つ年老いた使用人はゆっくりと振り返った。そしてどこか悲しげな目をして口を開く。
「レイさん、アナタの言葉は正しい。しかし時に人は正論を突き付けられようと変われない。私の負った傷はあまりにも深すぎた。もうこの傷は治らないのです」
「そんな……」
これが戦争の代償。平和なんて仮初め。この世界にはまだまだ癒えることのない傷で溢れている。
仕方がないことなのだ。ここで別れた方がお互いの為になる。
そうノルバは思っていた。だがしかし、レイは諦めなかった。
「何で決めつけるんですか! そんなのやってみないと分からないじゃないですか!」
レイは呼び止め、訴え続けた。その目には涙が浮かんでいる。
しかし、去り行く歩みは絶えず、扉は開き始める。
もういい。やめてくれ。
そんな言葉がノルバの喉まで競り上がっていた。
だがしかし――
「私は諦めません! これが真の平和への歩みとなると信じているから!」
レイの強い想いがそれを押し返す。
混じり気のない純粋純白な本音がノルバの胸に深く突き刺さる。
何故忘れていたのか。長い時間の中で、抱いていた理想までも書き変わってしまっていたのか。
『オレは種族なんて関係なく、皆が平和に暮らせる世の中を創りたかったんだ』
深い暗闇から引っ張り出された。かつて見ていた光にもう一度手が伸びる。
やるべきことは割り切ることではなく、受け入れてもらおうと努力することだった。
誰かを切り捨てる世の中は平和とは呼べない。
たとえ無理だとしても理想を求めて挑む。それがノルバという男であった筈だ。
「ありがとう。お陰で目が覚めた」
今にも崩れそうなレイに感謝を伝えると、ノルバは去ろうとする使用人達の前に立った。
フューの為を思うなら、平和を望むら、初めからこうするべきだった。
ノルバはその場に両膝をつき額を床につけた。
「申し訳なかった。オレは分かり合えないと初めから諦めていた。だけどそうじゃなかった。頼む。獣人としてではなく、フュー個人を見てやってほしい。この子にはオレ達の様な思いはしてほしくないんだ!」
誰が予想出来たか。
恥も外聞もない、およそ世界を救った勇者とは思えぬ行動に、使用人達は狼狽えることすら忘れて言葉を失う。
ただただ静寂の時が過ぎていく。それでもノルバは頭を上げない。
「頼む!」
ノルバの訴えだけが屋敷に響く。
ある者が見れば、芯のぶれた空虚な人間に映るだろう。
しかし、ここにいる者は知っている。
千切れそうな糸を、千切れた糸を掴んで結ぶ。それが勇者ノルバの有り方だと。ずっとそのやり方で人々を助けてきたと。
「お願いだ!」
忘れていた根幹を今度は見失わない。
そして積み重なった想いは人を動かした。
「ノルバ様。お顔をお上げ下さい。ノルバ様にはその様なお姿は相応しくありません」
近くにいた使用人の女が膝を折り、ノルバに頭を上げさせる。
「私は間違っていたのかもしれません。起きたことは消えません。ですがそれを理由に、今を生きる子供を差別していい理由にはならない。ありがとうございます。お陰で私は自信の過ちに気付くことが出来ました」
その言葉に続き、それまで去ろうとしていた人々が踵を返し始める。
諦めなければ変えられる。
希望が光る中、しかし最初に異を唱えた使用人だけは、その場から動こうとはしなかった。
「私には出来ません」
扉の前に立つ使用人の言葉に、ノルバは「そうか」と悲しげな声を返した。
強制は出来ない。
ノルバはその男の前まで行くと握手を求め、手を差し出した。
しかし使用人は手を取らない。
「私は愛する者を失いました。生涯、亜人を許すことは出来ません。ですが、だからこそ、同じ思いをする者が増えることが許せません。ノルバ様……」
使用人は「そしてリン様」とリンを見た。
「あなた方の訴え。届き入れました。共に未来を作るお手伝いをさせていただきたい」
「あぁ勿論だ!」
使用人から手が伸びると、ノルバは力強く掴んだ。
ノルバとリンの訴えが、共存への一歩を歩ませた。




