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第10話 元勇者のおっさんは家に戻るそうです

 街を出るとノルバは速度を上げた。風をも置き去りにする速度を維持しつつ、大地を駆ける。それは当に人類の域を越えた速度。しかしノルバは後悔していた。


「ちゃんと鍛えときゃよかったな」


 全盛期とは程遠い。ノンストップで目的地に着いた時には既に3時間が過ぎていた。

 勇者ノルバであったならば30分で着いただろう。だが嘆いている暇はない。


「入るぜ」


 門番に一声かけて入った場所。それはノルバ自身が閉じ込められていた監獄。長い時を共にした自身の家だった。

 もう戻ってくるとは思っていなかった場所に、こんなにも早く戻ってくることになるとは。

 感傷に浸る暇もなく、最後にひとっ走りして屋敷に入ると、その音を聞いて使用人が飛び出してきた。


「誰ですか!」


 若い使用人だ。確か一番新人だった。ノルバにはそんな記憶しかない。


「オレだ。オレ。ノルバだ」

「な、なーんだ。ノルバ様でしたか~。良かった~」


 使用人は安堵の表情を見せると、その場にヘニャヘニャとへたり込む。

 無理もない。と言えばそうだろう。

 16年間、正面玄関から勝手に入って来る者など誰もいなかった。強盗だとでも思ったのだろう。

 その証拠に使用人の手にはナイフが握られている。

 およそらしくない態度のその使用人は、軽く服を払い立ち上がると、ナイフをしまい明るい笑顔を見せた。

 それは真夏に咲くひまわりの様な笑顔でとても眩しい。

 これまでだってその笑顔は向けられていた筈なのに知らなかった。どれほど興味がなかったのだろうか。

 と、そこまで考えてノルバは頭を振る。


「至急金が欲しい。どこにしまってある?」

「こ、こちらです」


 あまりにも突然の要求に使用人は困惑しつつも案内をする。

 その道中、ノルバの身を案じてか投げ掛ける。


「あの……一体何に使うんですか?」

「人助け……だな」


 パアッと使用人の表情が明るくなる。


「急ぎましょう! 助けを待っている人は放ってはおけません!」


 走る使用人についていき宝物庫に到着すると、ノルバは早急に大量の金貨を袋に詰め込んだ。


「助かった。じゃあ行ってくる」

「はい! 頑張って下さい!」


 そうして宝物庫を去ろうとするノルバだったが、ふと思い立ち踵を返した。

 クエスチョンマークを浮かべる使用人にノルバは聞く。


「名前を聞いてもいいか?」

「レイです!」

「そうか。レイ、また来るから屋敷のことは頼んだぞ」

「はい!」


 レイは走り去っていく後ろ姿に、それまでの明るい笑顔ではなく、優しい笑みを向けていた。

 変わった。初めて見た勇者の姿は、希望もなく、全てを諦めた暗いどん底に落ちた表情をしていた。しかし、たった数日。その間にこれまで一度だって見たことのない、生き生きとした表情を見せるに至った。

 何があったかレイには分からない。しかし明るい道筋を歩み始めたことだけは分かった。


「良かったですね」


 既に遥か遠くを行くノルバに、レイは小さく心の底から溢れた気持ちを伝えた。

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