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第9話 元勇者のおっさんは奴隷を買い取るそうです

 そこには入り口に繋がる唯一の一本道を除いて、鉄柵と鉄条網に囲まれている建物があった。

 建物自体はただの商店。しかしそこから漂う獣の臭いと、まるで捕らえた獲物を逃がさぬ為の装いが、普通の場所ではないことを示している。

 にも関わらず、その周囲には当たり前の様に人が往来していた。

 買い物袋を携えた主婦。人目も憚らず愛を証明し合うカップル。誰もその建物には目もくれていない。

 とある街の一角に異様な姿で、街に馴染み立つ不気味な商店。そここそが奴隷シェアの八割を占める超大型奴隷商店ライオネットアイ商会。その本部だった。

 一行は一本道を抜け、こじんまりとした扉の前に立った。エルノは扉に付けられた呼び鈴を鳴らす。

 ゴクリと誰かの喉が鳴った。

 物々しい雰囲気とは裏腹に軽々と扉が開かれると、そこからいかにもな成金主義の、貴金属類のアクセサリーを上から下まで身に纏った柄の悪い男が姿を現す。


「いらっしゃ……」


 出て来た男は言葉を詰まらせた。

 その目は商売人から、自身のテリトリーに無断で侵入してきた外敵を見る目に変わる。

 しかしそれでも繕った態度は変えず、男はにこやかな態度で接客をした。


「どういったご用件でしょうか」

「王立研究所のエルノ・ハーネットと申します。昨日、そちらの輸送車が魔獣に襲撃された件について報告に参りました」

「ご丁寧にありがとうございます。どうりで商品の消息が分からなくなっていたのですね」


 男は淡々と返した。

 そこには事務的な返事以外はない。死んでいった商人や護衛人、商品への弔いも悲しみも一切が存在していない。


「残念ですね」


 感じ取れるのは商品を失ったことによる損失への嘆きだけだ。

 しかし男は知っている。全てを失った訳ではないことを。

 男の視線がノルバの奥に移る。

 視線の先にはノルバのズボンを掴む獣人の少女の姿。

 フューは見られていることに気付くと、体を強ばらせてノルバの後ろに更に隠れた。

 掴む手の震えがノルバにも伝わる。それは怯えによるもの。フューにとって目の前の男が害であることの証明だ。


「それで、生き残りを届けに来て下さったのですか?」


 エルノが答えようとするが、それより早くノルバが答える。


「違う。買い取りに来た」


 それは低く、冷たく、そして怒りが混じった声だった。

 そんな予想だにしない返事に男は大きく目を開く。


「いやいや、何を言ってるんですか? それはもう購入者が決まっています。横入りは申し訳ありませんがお断りですよ」


 案の定ノルバの発言は断られる。客から信頼を失う可能性がある今、残った奴隷だけでも届けたいに決まっている。

 しかしノルバ達にとってこの状況は想定内だ。


「これはキマイラに他の奴隷が殺されている所を見ている。それはまぁ、昨日は大変だったぜ? 別にこのまま売りたきゃ好きにすりゃあいいが、今は大人しくても突然どうなるやら。そうなると店に傷が付いちまうよな。そこでだ。オレがこの不良品を買ってやる。そっちは店の看板を傷付けずに済むし、こっちは欲しいものが手に入る。得しかねぇだろ?」


 怒りを隠しノルバは語った。変に悟られればフューを手放さないかもしれない。故に自分を殺して購入者を装った。

 そんなノルバの演技が功を奏したのか、男は暫し考えた後、しかし言い淀んで、長い沈黙の末に口を開く。


「いいでしょう。そういった吹っ掛けは初めてです。気に入りましたよ。500万でどうでしょう」


 ニヤリと笑う男の態度に、ノルバはチラリと隣に立つシャナに視線を送った。

 眉をひそめている。

 ノルバは奴隷の相場を知らない。だがシャナの反応を見るに相当吹っ掛けて来ていると考えられた。

 転んでもただでは起き上がらない。商魂逞しいのか強欲なだけか。どちらにせよその才があったからこそ、今の地位を築くに至ったのだろう。

 これが商売の世界での戦い。ノルバは憎む相手にも関わらず、その姿勢には感服した。

 決定打と思われた男の攻撃。だがノルバは、その場の全員が驚愕する一撃を放つ。


「倍だ。オレはコイツに一千万コイン出す」

「ほ、本気ですか……?」

「本気だ」

「ハハハ……」


 と驚きとも呆れとも捉えられる乾いた笑いが男の腹の底から吐き出される。

 子供の奴隷は安い。高くてもせいぜい100万コイン。それは使い道が限られるからだ。要領も悪く、体力もない。使い物になる頃には死んでいる。そんな価値の低い子供の奴隷に一千万コインなど余程の物好きであっても出しはしない。例えどんな用途があったとしてもだ。

 イカれている。だが男はノルバの揺るぎのない瞳に執念の炎を見て、頷いた。


「分かりました。それではアナタ様にこれはお譲り致しましょう。えーっと、そういえばお名前を聞いていませんでしたね。私はここライオネットアイ商会会長シー・ライオネットアイと申します。お客様のお名前は?」

「ノルバ。ノルバ・スタークスだ」

「おぉ! その名はまさかアナタが勇者ノルバで?」

「違う。名が同じなだけだ」

「そうですか。それは失礼」


 シーはシュンとするが、すぐに商人の顔へと戻す。


「それでは一千万コイン頂きましょうか」

「あ……」


 ノルバが固まる。

 勢いに任せでここまで来て、啖呵も切ったが、今のノルバは1コインたりもと持ってはいない。

 登録料も宿代も賄ってもらっていたことをすっかり忘れていた。


「まさか、持ち合わせがないにも関わらずあの様なことを?」

「いやー……ははは」


 血の気が引いた様に顔が真っ青になっていく。

 担保となる物もない。ここまで来てフューを救えませんでしたが許される筈がない。

 自分の凡ミスにノルバは頭が真っ白になった。

 絶体絶命。あと一歩が足りない中、一人の人物が立ち上がる。


「では私が担保として残ろう」

「シャナ!」


 驚愕するエルノを尻目にエルノは続ける。


「ノルバ殿が返ってこなければ、私を奴隷でも何でも好きにすればいい」

「なんと……」


 衝撃の提案にシーは固まった後、声高に手を叩いた。


「ブラボー! ブラボーですよ!」


 そしてシャナの手をとり、高揚した様子でブンブンとその手を揺らす。


「いいでしょう。その気概に免じて一日だけ待ちましょう。しかし――」

 手を離したシーは冷たい視線を対象に向ける。


「それは置いていってもらいますよ」


 自分に指が向いたことに気付いたフューは、ノルバを掴む手を更に強めた。

 しかしノルバはその手を掴むことしか出来ない。

 自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める他ない中、シャナが二人の前に立った。


「安心しろ。私も残るんだ。手は出させないさ」

「お前……何でそこまで」


 シャナはフッと笑う。


「人助けに理由が必要か?」

「……助かる」


 ノルバはしゃがみ込むとフューの頭に手をやった。


「少しだけあの人と一緒にここで待っててくれるか? 怖いかもしれないが、あの人が守ってくれる。大丈夫だ。あの人はとっても強いんだ」


 その言葉にフューは一瞬迷った様子を見せたが、聞き分け良く手を放す。


「いい子だ」


 ノルバはフューの頭を撫でると、優しい笑顔を消して立ち上がった。

 そして鋭い目をシーに向ける。


「2人に手を出すなよ」

「分かっております」


 ノルバは踵を返し、その場を後にしようする。するとエルノが不安げな顔で駆け寄ってきた。


「必ず戻って来てくださいね。そうでないとワタクシ、アナタをどうするか分かりません」

「すぐ戻る。約束する」


 静かな返事に、エルノはそれでも不安を隠しきれなかった。しかしそれ以上の言葉はなく、ノルバはその場を後にした。

 走り去っていく姿に、エルノは「速い……」と言葉を漏らしていた。

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