7話 「おくらにする?みかんにする?それとも、た・わ・し?」
「蓮太郎お前何泣かせとんねん!最低やカス!大丈夫やでりんごちゃん。みんな分かっとるからな。あのお兄ちゃんりんごちゃんの特別な力をひがんでんねん。フンコロガシやから」
蓮浦が黒森を慰める。
「誰がフンコロガシやぼけ!」
「黙っとれクズ!もとはと言えばお前がこの子の設定にケチつけたからやろが!」
「びええええええええ!せ、設定じゃないしい!りんごちゃんって言うなあ!」
しかしさっきより泣き出してしまった。
「ああごめんな。設定ちゃうよな。よしよし大丈夫やで」
「ちょっとあんたたち出てってくれない?こんな小っちゃい子泣かせて可哀想だと思わないわけ?」
蓮浦に続いて二夕見も黒森を庇ってこちらを睨みつけてきた。というか俺を。いやでも確かに今のは蓮が大人げなかったな。
「いやもうなんも言わんから。なあ蓮。お前もやりすぎだ。謝っとけ」
「いやすまん。ちょっと頭にきてしもうた。大人げなかったわ。堪忍してくれ」
蓮も泣かせる気はなかったらしく反省している。
「ほらもう大丈夫だからね。それで今日来たのはたまたまなんだよね。でも何か困ってることあったりしない?私たち困っている人の相談に乗る部活だから何かあったら話してみて」
どうやら女二人の母性が刺激されてしまったらしい。というか先ほどから様子のおかしい二夕見が少し気になるな。
「ぐすん。余は千年もの長き放浪の中孤高にくたびれてしまった。余とともに戦ってくれる仲間を探しておる」
「あっ。そういう。なるほどね。入学してからもう一か月くらい経つけどまだ…」
二夕見が地雷を踏まないように言葉を慎重に選ぶ。
「つまり一人で寂しいから友達が欲しいということか」
「うん。一人寂しいから友達欲しい。って違うし!寂しいから友達欲しいんじゃないし!余の任務を手伝ってくれる仲間を探してるんだし!別に一人でもいいけどそっちの方が効率がいいからだし!」
一度素直に頷いて吐露してしまうが、すぐにはっとして慌てて否定し出す。
「ん?待てよ。そういえばお前俺を昼休みにトイレでよく見るって言ってたな。ということはまさかだよなお前…。ただトイレに行ってるだけだよな。おいお前弁当はどこで食べてる?」
俺は嫌な予感がした。
「そんなのトイrううんっ。余はご飯など食べなくても活動できるからそんなもの食べていない」
また口を滑らせてしまうが慌てて首を横に振る。
「…はっ。嘘。べ、便所飯してるってこと?」
二夕見が手を口に当てる。
「バッカお前言うな二夕見。せっかく口に出さなかったのに」
「ちちちちちちち違うしい!トイレにループできる異空間があるんだしい!便所飯とかしたことないしい!」
黒森が激しく動揺し出す。
「あかんてそれは。涙出てきたて。お前…。ごめんなあさっきは泣かしちゃって」
蓮が可哀想な子を見る目で黒森を見ている。
「え、えぐすぎやそれ。りんごちゃんお昼は私らと一緒にご飯食べよか」
蓮浦が提案する。
「うんそれがいいわ。トイレでご飯なんて食べてたらどっかのアホどもが仲間だって勘違いしちゃうわ」
「いや流石に他にトイレで飯食うやつなんか他にいないだろ」
「あんたのことよトイレ星人」
二夕見がバカにした目でこちらを見てくる。
「流石の俺もトイレで飯食ったことねえよ。てかそれもいいが同学年に友達いないと
学校生活送っていけないだろ」
「確かにそれはそうね」
二夕見がうんうん頷く。
「てかお前頑張って話しかけてみろよ」
「何言ってんのよ。それが難しいからこうやって相談に来てるんでしょ」
「まあ確かに難しいか」
俺はそう言って黒森の方に目を向ける。
「話しかけてみようとしたことは何度もある。しかしその度に古に負いし傷が痛みだし体が動かなくなるのだ。それは最早呪いの一種であり余の足はガクガクになり歯はカチカチと震えだす。そして言葉さえも発せなくなる。そういう呪いのような傷跡のようなものだ」
などと仰々しく言う。
「なんかかっこいい風に言ってるけど要は昔のトラウマで話しかけようとしたらパ二クっちゃうってことだろ?」
何が呪いだ。かっこよく言い換えやがって。
「あれは余がまだこの学園に来て間もない頃だった。あの頃の余はまだ若く未熟で新しい環境に不安はいわずもがな、期待でも胸がいっぱいだった。そして他の者たちがメアドを交換し合っている中、ちょっと地味で余でも仲良くできそうな女子たちが三人ほどで話しているのを見つけた。
余はなけなしの勇気を振り絞り声を掛けた。しかし余の名を名乗り特別に余の秘密を教えてやったというのにあいつらは、『あはははははっ。だっさ!中二病いるんですけどー。マジ恥ずかしいー。こいつとだけは友達なれんわ』などと言って!うっ、まずいやつめ精神攻撃を仕掛けてきたな。目から汗が」
などと言って目を擦り出す。思ったよりも悲しい過去を持っていた。えぐい。
「ううっ。悲しすぎる。そんなこと言われたらそりゃトラウマの一つ二つできるわよ」
二夕見が共感して涙目になっている。
「せやな。私らが何とかしたるから任しとき」
「ああ。お前はよく頑張ったよ。俺にいい案がある。俺の知り合いに絶対友達いないだろう女がいる。同じ一年だ。正直普通の人間には紹介なんてできんがお前はいける気がする」
あの女が人の役に立つ日がくるとは。
「あんた一年生の女の子に知り合いなんていたの?」
二夕見が疑わしそうな目で見てくる。
「ああ、あの子か」
蓮が昨日のことを思い出し相槌を打つ。
「俺の隣に引っ越してきた女がいてな、相当いかれてるがまあお前も大概だし案外気が合うかもしれん」
「あんた変なことしてないでしょうね」
「するか」
なぜか俺をジト目で見てくる。なんなら俺がいじめられてるまであるからな。
「今日会わせてやるから今から俺の住んでるアパートまで来るか?」
「余は今から魔眼の開放のための修行を行うゆえ忙しい。それに余は人と会う時は余の内なる鬼神が暴走してしまわぬように精神統一を数日かけてする必要があるのだ。だからまた今度お願いする」
などとかっこよく言って逃げようとする。
「つまり初対面の人と会うのは緊張するから心の準備をするのに数日かかるということか」
「ちっがう!そんなこと言ってない!」
「めんどくせえしどうせ何日経っても心の準備なんてできねえんだから今から行くぞ。俺が間に立ってやるから安心しろよ」
こいつの言語が分かって来たな。りん語と呼ぼう。
「本当だな?いきなり二人きりとかにしないな?」
念押しに聞いてくる。
「しないしない。じゃあ俺黒森連れて帰るから。明日な」
俺は三人にそう言い残すと黒森と部屋を出ようとした。
「ちょっと待ちなさい。私も行くわ。私は部長だし。それにあんただけだと心配だし。二人は今日はもう解散にしましょう。どうせ誰も来ないだろうし」
二夕見が立ち上がると二人に視線を向ける。
「あいよー。お疲れさん。仲良くなれるとええな」
蓮が黒森に微笑みかける。
「頑張って、りんごちゃん」
蓮浦も頑張れとガッツポーズする。
「りんごちゃんと呼ぶな」
「じゃあ行くわよ一ノ瀬。準備しなさい」
二夕見が偉そうに仕切り出す。
「俺に命令すんなっつの」
蓮と蓮浦と別れ、俺たち三人は俺のアパートに向かった。
アパートに着くと二夕見は品定めするようにキョロキョロしだした。
「ふーん。こんなところに住んでるのね」
「ボロくて悪かったな」
「別にそんなこと言ってないでしょ。ちょっと年季が入っててだいぶ安く済みそうだなって思っただけよ」
「ほぼ言ってんだよ」
二人にはドアの外で待っててもらい、荷物を置くべく部屋の鍵を開けようとしたところ、鍵が開いていることに気づく。朝閉め忘れたかと思いドアを開けると、俺のベッドの上に隣の女が制服で寝っ転がりながら俺の漫画を読んでいた。
「あ、おかえりお兄ちゃん。今日早いじゃん。アイス買っといてくれた?」
おっさんみたいに肘を立て、手のひらに頭をのっけた姿勢で訳の分からないことを言ってくる。
「誰がお兄ちゃんだこらあ!なんでてめえは当然のように俺の部屋に侵入し俺のベッドの上で俺の漫画を読んでいる⁉」
「もうお兄ちゃん何言ってるの?ゆいなはお兄ちゃんの妹でしょ?ところでアイスは買ってくれたのかにゃんにゃん」
今度は猫みたいに両手で耳を作り腹立たしい語尾をつけてくる。
「俺は一人っ子だクソガキ!何がにゃんにゃんだ!何?メイドカフェ来ちゃった?」
「おかえりなさいませご主人様!ミカンにする?オクラにする?それとも、タ・ワ・シ?」
「何だその究極の三択は⁉何だタワシって!バカにしてんのか!」
風呂じゃなくて風呂掃除しろってか⁉
「「……」」
視線を感じ玄関を見るといつの間にか二夕見とりんごが玄関に上がっており、こちらを見ていた。
「あ、もしもし警察ですか?なんか隣の女の子の部屋に侵入して妹ごっことかメイドごっこをさせている変質者がいるんですけど」
二夕見が無言で通報しだす。
「待て待て待て無言で通報すんな!ここ俺の部屋だから!変質者こいつだから!」
俺は慌てて二夕見の携帯を取り上げると通話を終了した。
「天ヶ崎!てめえどうやって俺の部屋に入り込んだ!」
「大家さんに鍵なくしたって言ったら新しいのができるまで先輩の家で待ってるようにって言われて合鍵渡されました」
などとぬけぬけと言ってくる。
「ばばあ!俺にプライバシーはないのか!俺の部屋の合鍵持ってんならそっちの合鍵もちゃんと常備しとけよ」
あの大家今度会ったら文句言ってやる。
「まあこのことはいったん置いておく。ちょうどお前に用事があったんだ。天ヶ崎。お前どうせ友達いないだろ?」
「む。失礼ですね。人間強度が下がるから作らないだけです」
などと言い腹立たしい首の角度でシャフト風に決めポーズしてくる。
「某物語の主人公の真似をするのはやめろ。そのシャフ度もな」
とにかくこいつにいちいちツッコんでいては話が進まないから無視して続ける。
「そんなお前に今日は紹介したいやつがいる。こいつと仲良くしてやってくれないか」
俺は天ヶ崎を玄関へと案内する。
「こっちは黒森りんご。お前と同じ一年生だ。中二病を罹患している。しゃべり方がおかしいが気にしないでやってくれ。こっちは天ヶ崎ゆいな。脳に異常があると思われる。頭がおかしいが気にしないでやってくれ」
俺は二人の奇人と変人を紹介する。
「余のしゃべり方はおかしくなどない!」
「失礼ですよ先輩!私の脳に異常はありませんよ!頭もおかしくありません!」
天ヶ崎と黒森が抗議してくる。
「まあまあ。じゃあお互い自己紹介しろよ」
「よろしくね。りんごちゃんって呼んでいいかな?私のことはゆいなでもゆっぴいでも好きに呼んでいいよ」
天ヶ崎が黒森に向き直ると友好的に挨拶する。初めて聞いた時にも思ったがそのあだ名ぐっぴいみたいだよな。
「あああの、よよよよよよ、よろしくお願いします。あ、あ、あなたのこと知ってます。おお同じクラスです」
きょどりすぎだろ。目泳ぎまくってるぞ。てか同じクラス?
「何だそうだったのか?じゃあなんで…」
ああそういうことか。恐らく黒森はコミュ障だから話しかけられなくて、天ヶ崎はアホだから気づかなったんだろう。
「そうだったんだね!じゃあゆいなもしくはゆっぴいで!」
「じゃ、じゃああの、ゆ、ゆっぴい…。ひいい!や、ややややっぱりゆいなさんで!」
愛称で呼ぼうとするが自分で呼んでみてビビってさん付けに戻る。
「おい設定忘れてんぞ」
こいつキャラが痛すぎて友達いないのかと思ったらガチのコミュ障で友達いないんじゃないのか。うっ。余計に悲しすぎる。
「はっ。じゃなかった!さ、先ほど余の従僕が言った名は余の仮の名前にすぎぬ。真名はやつらに聞かれるとまずいから言えぬ。あとりんごちゃんはかっこ悪いから本来許さぬが、おぬしには特別に許可する。
余はこの世界の崩壊を企む悪の軍団を倒すべく生まれてきた七人の神のうちの一人、やつらを倒すための神器とそれを手伝う仲間を探しておる」
俺の言葉に我に返り急に痛々しく語り出す。
「はっ!ごめんねりんごちゃん。私としたことがうっかりしてたよ。こんなところで真名を聞いてしまうなんて。やつらが今この瞬間もりんごちゃんを狙っているかもしれないのに。
でも安心して。私もやつらと戦うためにこの世界に生まれてきたの。私はとある悪の天才科学者が作った人造ゲロ人間たちと戦い続けてきたの。私もその戦いの力になるよ!さっきだって流し台で激しい戦闘があったんだから。ちょっと苦しかったけど今はお腹の中すっきりだよ」
「お前吐いたんか。人ん家の流し台でゲロ吐いたんか」
おいこいつやばいって。勝手に人ん家に入り込んで勝手にゲロ吐いてるって何?
「お、おぬし見込みがある!そ、そうか!まさかおぬしは余の前世の戦友ヴァルキリーの生まれ変わりではないか!姿かたちが変われど余には分かるぞ!」
黒森が目の色を変え興奮し出す。
「き、君はまさか!私もずっと待っていた!君に会える日を!また巡り合える日が来るとは!命を賭した戦いの日々を私は忘れない!」
「何やねんこいつら」
思わず関西弁が出てしまうレベルだ。やはり俺の見立て通りノリノリだし。変人同士気が合うんじゃないかと思ったんだ。それはそうとしてさっきからまた二夕見がやかましいな。ぶつぶつ言いながら壁に頭を打ち付けている。
「私は知らない。ガンッ。関係ない。ガンッ。終わったことよ。ガンッ。もう卒業したんだから。ガンッ」
「トイレッノカミよ。感謝するぞ。おぬしのおかげで余の古の友に再び巡り合えた」
そう言って頬を紅潮させている。
「そうかよ。それは良かった。まあでも次トイレッノカミって呼んだら泣かすからな。俺の名前は一ノ瀬だ。あとついでにこの女は二夕見だ。で、お前は何で壁に頭ぶつけてる?」
俺はやかましい二夕見に話を振る。
「ちょ、ちょっと脳の裏側がかゆくて?刺激与えてただけだし」
こいつも頬を紅潮させている。
「体育会系すぎるだろその解決方法」
「うるさいわね。あんたは黙ってて。でもよかったねりんごちゃん!友達出来て。これからはお昼もその子と食べるといいわ。えっと天ヶ崎さんだっけ。この子と仲良くしてあげてね」
そう言って腰を低くして天ヶ崎と黒森と目線を合わせる。
「うむ。感謝するぞ。別に余はお昼ご飯など食べなくても平気だからお昼は今までは任務に励んでいたたけだが、これからは食べてやってもいい。誰かと食べる飯も悪くない」
とか偉そうに言っている。
「良かったなもうトイレでご飯食べずにすんで」
「だから余はそんなことしたことないしい!いつも屋上で『ふっ。また一人か』って言って風になびきながら孤高を楽しんでるし!」
むきになって反論してくる。
「『また一人か(泣)』の間違いだろうが。天ヶ崎、こいつと飯食ってやってな。つってもお前もどうせいつも一人だろ?」
「まあ私はクラスで人気過ぎて浮いてるところありますからね。教室で一人で食べてますけど」
などと決め顔で言っている。バケモンか。
「お前メンタル強すぎるだろ。ポジティブかよ」
俺が天ヶ崎に呆れを通り越して感心していると、
「私そろそろ帰るけどりんごちゃんも帰る?」
「そうだな。余も帰ろうかな」
「じゃあ天ヶ崎さん。一ノ瀬になにかされたら教えてね。警察呼ぶから」
こいつはこの女のイカレっぷり見てまだそんなことを言っているのか。
「はい。先輩は隙あらば私の体臭を嗅ごうとしてきて大変なんです」
「お前の体臭なんざ何とは言わんがどうせすっぱい臭いなんだから興味ねえわ」
「えー、私汗はかかない方なんですけどねー。ていうか別に私の汗臭くないですし」
「何とは言わんがな!」
腹立たしいやつめ。
「あんたそれ死ぬほどきもいからやめた方がいいわよ」
二夕見がこちらを引き気味に見ていた。
「いや嘘だからね⁉こいつ頭おかしいからね」
「じゃあねりんごちゃん。明日昼休み教室行くからね。一緒にご飯食べようね。何組?」
仲良くなった天ヶ崎が黒森と明日の昼休みの約束をしている。
「3組!もちろんだ!楽しみにしておるぞ」
そして二夕見と黒森は帰っていき、俺と天ヶ崎だけが残された。