69話 「みんなのヒーローうんこまん」
「おい。てめえ分かってるんだろうな。カズはああ言ったけど、間違えて覚えたらてめえぶっ飛ばすからな。ちゃんとほどよい話で教えろよ」
と小声ですごんでくる。
「じゃあまずは中世ヨーロッパの町で窓からうんこが投げ捨てられ、排泄物だらけになったことについてだ。教科書118ページを開け」
「ただのうんこの話じゃねえか!しかもそれは世界史だろうが!日本史を教えろ!」
「いやこれほんとなんだぜ。その環境で、うんこを踏まないようにハイヒールが生まれて、窓から落ちてくる排泄物から身を守るために傘が生まれたんだぜ」
「へえ~!そうなんだ!」
「違う!あたいがカズに教えたいのはそういうことじゃない!そんなことは知らなくていい!」
月野が頭を抱えて首を左右に振っている。
「だからなカズ。ハイヒールは中世の話だ。それだと踏んだ時に滑って大惨事になりかねん。現代社会では長靴を履くんだ。厩舎のおっちゃんもそうしていた。だが長靴だと少しダサいだろ?だからおしゃれなブーツが生まれたというわけだ。こうしてうんこに順応してハイヒールからブーツと靴は進化していった。
靴とうんこには密接な関りがあるんだ。なぜ人間が靴を履き始めたか分かるか?うんこを踏んでもいいようにだ。まあつまりハイヒールとブーツを履いてる女はみんなうんこを恐れているんだ」
「嘘つくんじゃねえ!たしかにハイヒールの話はあたいも聞いたことはあるが、現代社会でうんこ踏まないためにハイヒール履いてるやつなんかいねえし、更に強い防御力を求めてブーツができたわけでも履いてるわけでもねえんだよ!便乗して適当な事教えてんじゃねえぞ!てめえは全女の敵だ!死ね!」
「おもしろーい!」
「カズ⁉もうダメ!これ以上こいつの言葉を聞いちゃダメよ!この人ダメな人だから!関わっちゃいけない大人だから!」
「ねえねえじゃあこの縄文文化について教えて。なんか弥生?と似てて分かりづらいんだ」
カズが社会のプリントを見せてきた。
「いいぞ。縄文土器と弥生土器のことだな。まずは縄文土器についてだ。この時代の特徴は縄目だ」
「やればできるじゃねえか」
「黒褐色の厚手のうんこで、縄目の文様がついたうんこが縄文時代の特徴だ。ここを抑えとけば問題ねえ」
「黒褐色ってなに?」
と首を傾げるカズ。
「黒みがかった茶色のことだ。一般的なうんこの色だから覚えやすいぞ。姉ちゃんに聞いてみろ。詳しく教えてくれるぞ」
「大事なところが違えだろうが!うんこじゃなくて土器だよバカが!うんこに縄目の文様あるってどんな化け物だよ!」
「土偶の呪詛の効果でうんこに縄目の文様がつき始めたんだ」
「嘘つけ!どんなしょうもねえ呪いだよ!」
向かいからツッコんでくる月野。
「弥生時代はー?」
「この時代から農耕が始まって木の実の代わりに米を食べるようになる。食生活が代わってくるんだ」
「そうだよ。初めからまじめにやれ」
「だからうんこにも変化が見られ始めるんだ。薄手でかたく、赤褐色になっていく。縄目の文様も消える。現代人に近づくわけだ。縄文時代のうんこの違いはよくテストに出るから覚えておけよ」
「出るかバカが!結局うんこかよ!うんこじゃなくてそれは土器だって言ってんだろ!ぶっ殺すぞてめえは!」
カズは頷きながら聞いている。
「土器はうんこの隠語だ。学校じゃ教えてくれないがな。歴史は大体時代ごとのうんこの特徴を抑えておけば問題ない」
「問題しかねえよ!どんな汚え日本史教えてんだてめえは!」
「お姉ちゃんうるさい!言葉遣いも悪いし」
「か、カズッ⁉」
とうとうカズに怒られ沈んでいる月野。
「お兄ちゃんはこういう覚え方をしたら覚えやすいって言いたいんだよ」
「絶対違うよカズ。こいつはただふざけてあたいをおちょくってるだけだよ」
「ねえじゃあこのええじゃないかってなんなの?どういう意味?」
「最近の小学生の教科書ってここまで載るんだね。あたいらが今習ってるところじゃない?」
と俺に目線を向ける。
「たしかに最近補習でやったなあ。ああそうだ。思い出した。ええじゃないかとは全国各地で悩まされていた大災害、下痢の特効薬が作られ、快便が多発し全国各地で人々がええじゃないかええじゃないかと踊り騒いだことを言う。正しくは快便はええじゃないかだ」
「一ノ瀬くん?そんな理由で踊り騒ぐわけないでしょ?ほんとに補習したのかな?冗談ばっかりなんだからもう。うふふ」
「痛い痛い痛い!おいこいつまたつねってる!カズ!お姉ちゃんつねってるぞ!」
「大丈夫だよカズ。お兄ちゃんちょっと眠たいみたいだから優しくつねってるんだよ。どう?思い出せた?まだ眠い?もうちょっと強くつねろうか?」
「思い出した!思い出しました!たしか全国各地で空から大量のトイレットペ―パーが落ちてきて喜んだ人々がええじゃないかと喜び踊り騒いだものだ。正しくはトイレットペーパーとはええじゃないかだ」
「だから違えんだよ!てめえの願望だろうが!そんなことで喜ぶのはお前くらいなんだよ!お札だよお札!なんで全部トイレ関連にすり替えられて覚えてんだよ!」
思わずまた俺の前での口調に戻り、乱暴に叫ぶ月野。
「お姉ちゃん」
「もう冗談もほどほどにしとかないとほんとに私困っちゃうんだけど♡」
「いだだだだだだだだだっ⁉爪たててるっ!こいつ爪たててつねってるぞ!分かったもうカズに教えるのはやめるから!すいませんでした!」
「そうだよね?で?いつ帰るの?」
とお淑やかな優しい声音と笑顔で問いかけてくる。
「もう帰るって!今から帰るから!」
「二人ともイチャイチャしててつまんないや。テレビ見よ」
「イチャイチャじゃないから!」
月野が頬を赤くして咎める。
「あっ!うんこまんやってる!」
「はあもうしょうがないか。じゃあちょっと休憩し―――」
「うんこまんだあああ!あぶねえ俺としたことが忘れてた!今日は夏の特番一時間スペシャルだ!毎週欠かさず三十分前から全裸待機しているというのになんてことだ!うおおおおおおおおお!始まったあ!それ行けうんこまーん♪ぶりぶりぶりぶり♪今日も体を守るんだー♪うんこまーん♪」
「うるせえよ!いくつだからまだ見てんだよ!恥ずかしげもなく全力でオープニング熱唱すんな!なんでカズより食い気味なんだよ!」
本編が始まり月野の声など最早聞こえなくなる。話が進み、うんこまんの前に悪役が現れる。
「ちくしょう!トイレ清掃員田中め!この野郎!頑張れうんこまん!負けるな!立てえ!立つんだ!立ってくれえ!おいカズ!応援しないとうんこまんが負けちゃうだろ!一緒に応援するんだ!」
「う、うんわかった。がんばれうんこまーん!」
「カズにしょうもねえことさせんな!幼稚園児かてめえは!黙って見てろ!」
「うおおおおお!立ったあ!熱う!よーし!スタンディングオベーションだ!」
「暑苦しいんだよてめえは!スポーツ観戦か!」
横で一緒に見ながらも叱る月野。
「おええ!田中のやつうんこまんのうんこバブルアタックを全部食っちまいやがったぞ!なんて気持ち悪いおっさんだこいつ!」
「ていうかなんで清掃員が悪役なんだよ。どう考えても悪役はうんこ投げ散らかしてるやつだろ」
月野がぼそっとつぶやく。
「くそうまた全部食いやがった!この化け物が!いったいどうなるんだあああっ⁉なんだ清掃員田中が女になってうんこ食べ始めたぞ!カズ目を閉じろ!この女やべえぞ!美味しそうに食べて微笑んでやがる!とんでもねえ変態がいたもんだ!こんな変態はいいから早くうんこまんを映せ!」
「うんこじゃなくてチョコだよ!ていうかcmだし、あたいだよ!あたいが映ってんだよ!どんなタイミングでcm入ってんだ!まじでそうにしか見えねえだろうが!悪意しか感じられねえよ!誰だよこれ作ったやつ!ふざけんじゃねえぞ!」
「ああ!またうんこ食ってる!こいつやべえぞ!誰なんだいったいこの変態は!一体なんて名前の女優なんだ!売れるためならなんでもするぞこいつ!カズ!目を閉じるんだ!見ちゃダメだ!」
俺は開きかけたカズの目を再び手で隠す。
「カレーだろうが!あたいだよ!絶対この流れはわざとだろ!誰だよ起用したやつ!いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ!てめえもわざとやってるだろ!カズが信じるだろうがぶっ殺すぞまじで!」
「あははははははっ」
楽しそうに笑うカズ。
キレた月野がテレビを消す。
「ああ今いい所だったのにい!」
「ほんとだよおいこら!なにしてくれるんだお前!」
「なに?」
絶対零度のような視線に低い声で威圧するように問い返される。
「「なんでもないです」」
こいつ怒ったらカズにもこんななのかよ。ふざけすぎたか。しばらく沈黙が流れ、月野が宿題を解き始めたのを見て、カズも恐る恐る始める。
「ていうか一ノ瀬くんはまだ帰らないわけ?まだ飲み終わらないの?」
「まだ冷たいからなあ。もう少しぬるくなったらかな」
「ふん」
鼻を鳴らしてまた視線を机に落とす。しかしすぐに顔をあげると、なにやら熟考している。
「わからんのか?」
「……まあ」
「見せてみ」
「お前に分かんのかよ」
嫌そうにプリントを渡して、分からない所を指さす。
「過疎化、文化、後退という単語を用いて、近年の社会問題について述べなさい」
と書かれている。どうやら現社の問題らしい。
「なるほどな。こうだな」
俺はすらすら答えを書いていく。
「ほらよ。これは分かったぜ」
「……」
疑わしそうな顔で見てくる。俺は書いた答えを読み上げてやる。
「人間の顔を地球規模に拡大して考えたとき、北半球地域のみに見られる深刻な頭皮の後退と、平均10万本あった髪の毛の減少、単位面積あたりの髪の毛の密度の過疎化が深刻な問題となっている」
うんうん。俺は首を大きく縦に振る。
「どんな社会問題だ!ただの個人の頭皮の問題じゃねえか!もっともらしい言葉で社会問題みたいな文章つくりやがって!」
「いやこれは実に大きな社会問題で、実に男性の四分の一は髪の毛が後退して薄くなり、最終的には生えなくなるという問題にさらされているんだ。それに知らないのか?髪はそう遠くない未来、環境破壊と資源の枯渇によって失われると言われているんだぞ」
「それは紙だろうが!もういいお前は黙れ!お前に聞いたあたいがバカだった!」
「ん?待てよお前そこ間違ってるぞ」
俺は向かいから月野のミスを発見した。
「どこだよ」
「1972年の地球サミットのスローガンは kind to earth(地球にやさしく)じゃなくて、kind to assだ」
「違えわ!読みは似てるけどそれじゃ意味が変わってくるだろうが!180国も集まってそんなしょうもねえこと話し合うか!間違ってもねえところ指定すんな!」
「ああ違ったわ。それボラギノールの理念だったわ。おしりに優しく、自然にやさしくの方だったわ。今日からこれが地球サミットの方針だから。書き直しとけ」
「勝手に変えんな!何様だてめえは!」
月野がプリントをひったくる。
「ねえねえお姉ちゃん終わったから採点してみて」
「おっえらいじゃんかず!じゃあ貸して。えっと」
月野が赤ペンでチェックを入れていく。
「惜しいかも。大問1は一つだけ間違えてるね。問7はペリーじゃなくてザビエルが正解だよ。大問2も一つだけ。ギアス高地じゃなくて関東平野だね。大問3はヒートアイランド現象じゃなくてドーナツ化現象が正解。すごいじゃんたった三問しか間違えてないよ!」
なぜか俺にドヤ顔を向けてくる月野。お前も褒めろと暗に言ってくる。
「ザビエル⁉関東平野⁉ドーナツ化現象⁉ひいいいいいいっ」
「何に怯えてんだてめえは!髪の毛を抑えるな!てめえはさっきから一体何に反応してんだ!いい加減にしねえとまじで髪の毛むしり取るぞ!」
まずい。過度なストレスによってお腹が痛くなってきた。
「まずい。心的ストレスで腹痛が。おいトイレ貸してくれよ」
やはり冷たい紅茶がよろしくなかったらしく、お腹が痛くなってきたためお願いする。
「お前に貸すのほんとに嫌なんだよな」
心底嫌そうに顔を歪めている。
「ちゃんと量増やして返すから」
「何で増やす気だ!増やすな!ちゃんと流せ!」
「り、リサりんと便器を通じてつ、繋がるなんて、こ、興奮してきたあ!リサりんのおしりに、ぼ、ぼくのおしりが触れるなんてえ!間接ケツだあ!」
「死ねボケカス!絶対貸さねえからな!おたくのふりでも許さねえぞ今のは!」
目を見開いて後ずさりながら激昂する。
「じゃあシャワくんのおトイレ借りていい?」
「グルルルルルルルッ」
ベランダの窓を開けて尋ねると唸り声が聞こえてきた。
「どこにする気だ!犬かてめえは!人間やめてまでうんこしてえのかよ!」
「お姉ちゃん貸してあげようよ。可哀想だよ」
黙って聞いていたカズがなだめる。
「わ、わかったよ。さっさと行って来て」
こいつのキャラ不安定すぎるだろ。リビングを出て、トイレに入るとなんと、コストコの海外製のトイレットペーパーが置いてあった。トイレを済ませた俺は高ぶる気持ちを抑えきれずにリビングに走る。
「おい!トイレットペーパーがアメリカ製の高級紙だったぞ⁉お前家に金かけねえくせにトイレにかけるなんてやるじゃねえか!よっ!このスケベ!」
「ぶっ殺すぞてめえは!この前秘密にしたらあげる約束したから買ったんだよ!キモい勘違いすんな!てめえじゃねえんだよ!」
「高級トイレットペーパーとはええじゃないか!よしカズ!ええじゃないか体操だ!」
「「ええじゃないかええじゃないか!」」
二人で両手を上げ古風でへんてこな踊りをくねくね踊る。
「もういいんだよそれは!踊んな!なんだその変な踊りは!カズ⁉やめてお願い!おいてめえマジではっ倒すぞ!」
月野が台所からケーキ用の軽いナイフを取りに行ったところでやめて席に着く。
「あ、手洗ってなかったや」
「早く帰れてめえは!このダメ人間が!」
ナイフを戻しに行っていた月野がまた怒る。
「ああもう疲れた。お前がいると意味わからんくらい疲れる。ちょっと息抜きにチョコケーキ作ろうかな」
ナイフを見つめながら月野がつぶやく。
「びくっ」
カズの目が大きく開かれる。




