63話 「拳で砕け!昇竜拳!!」
などと解放されて浮足立って会話をしているとしばらくしてさっきの畑についた。
「とうちゃーく」
「はああああ。つ、疲れたねー。よし!じゃあ今からスイカを食べるぞー!」
バイクから降りた白銀が恐ろしいことを口走る。
「バケモンかお前は!学べ!この畑はアルプスの花畑つまりおかま畑へとつながってんだよ!またあそこに連れていかれてえのか!」
「じょ、冗談じゃないか」
「笑えねえんだよまったくな」
「でもスイカ食べたかったな。せっかくの夏休みだし」
と寂しそうな顔を浮かべ俺に聞こえないように呟いた。だが俺には口の動きで分かった。
「……もっかい後ろ乗れ。お盆もそろそろだし良いのが売ってるだろ」
「え?どこ行くの?」
「スイカ、食べたいだろ?」
「買うの⁉高いよ⁉いいよ悪いし!そんなつもりで言ったわけじゃ…」
慌てて両手を顔の前にかかげて横に振る。
「俺が食べたくなったんだよ。俺の夏の思い出づくり手伝ってくれよ」
「…君っていい人だねほんとに。いいの?僕なんかで」
「野菜泥棒と食うスイカは美味いだろうからな」
「あはは。何それ」
と楽しそうに笑う。
「酒井が戻ってくる前に行こうぜ」
「ならバイクは置いてった方がいいんじゃない?買って置きに来る時間ないよ」
「そうだな。じゃあ自転車で行くか。かごもあるしスイカものっけられる」
「うん!」
というわけでまた自転車の後ろに白銀を乗せて、今度はスーパーへと向かう。
「ひーめひめ。ひめっ。すきすきだいすきひめ。ひめ。きらきらりん」
「もうその歌はいいんだよー。やめてよー」
と煩わしそうな白銀にラブヒメぺったんこを堪能させ、スーパーに着きスイカを買った。そのまま最初の公園に向かう。
「ねえねえどうやって食べるの?スイカ割りする?」
とウキウキな白銀。
「もちろんだ。ちょっと待ってろ今家からトイレットペーパーの芯をくっつけた剣を持ってくるから」
「いいからそんなの!そんなので割ったらおいしさ半減するから!なんなら永遠に割れないし!夏休みの自由工作でもしてるの君は⁉」
とうるさいので公園の遊具に着くと、落ちていた野球のバッドでスイカ割りをすることにした。白銀を目隠ししてスイカから十メートルくらい離れた場所に立たせる。
「よーし!準備オッケー!どこ行けばいい⁉」
「まっすぐ!右!左!上!下!右!コマンド!今だ!昇竜拳!拳で砕け!」
「それゲームのコントローラーだよね⁉コマンドって何⁉明らかに違うゲームしてるんだけど!ちゃんと指示くれないかな⁉」
「分かった分かった。もっと右だ右!右と見せかけて左だ!左と見せかけて右足でまたいでまた抜きだ!いけ!シュートだ!そこで足を振り上げてゴールに叩きこめ!」
「フェイントとかいらないから!サッカーじゃないんだよ!スイカ蹴ったら足の骨折れるから!」
目隠しを取った白銀が振り向いてツッコんでくる。
「どうやらお前にはまだ早かったようだな。どうしても割れないときはケツ圧で割って食うんだよ。どれどいてみろ」
「諦めるの早いから!僕まだ何もしてないし!そんな割り方も嫌だし!」
「分かった分かった。ちゃんと指示出すから」
もう一度仕切り直し今度はちゃんと指示を出す。・
「まっすぐ!そう!あずれた!もう少し右!行け!そこ!今だ!振り上げろ!」
「とう!」
「バキッ」
白銀の振り下ろしたバットがスイカにあたり割れる。
「やった!割れた!」
「やったな」
というわけで二人でブランコに並んで座りながら割れたスイカを食べる。
「あまーい!美味しいねっ」
と頬に手を当て大喜びの白銀。
「ああ。いい甘さだ。よかったな。今日は野菜に果物に色々食べられて」
「ほんとだよ。間違いなく夏休み一番の思い出だよ」
「大げさな」
「ほんとにそうなんだ。こんなに楽しい夏は初めて。ありがとね。色々連れて行ってくれて。楽しかった。スイカまで買ってくれてさ」
と幸せそうな笑顔を向けてくる。
「そうか。今度またあのビルに連れて行ってやるからな」
「僕は別にそこまで狙われてないから行っても問題ないよ。行きたくはないけど。だから今度この服返すとき君の住所教えとくね」
「おいやめろ?ていうか待てよ。あいつ俺の家知ってね?」
悪寒がし出す。
「あ、なんかあの子の家思い出せないのよねえとか言ってたよさっき」
「ふうううう。まじでよかった。こわあいつほんと」
「あはは。良かったね忘れてて。ところで僕もね、何か大切なことを忘れてる気がするんだけど思い出せないんだよね。何だったかな」
「そうなのか?何だろうな」
「まあこんなに美味しいスイカより大切なことなんかないよね。多分忘れるくらいだし大したことないよ」
と流しかけた時、後ろの公園に沿った歩道を学生らしき男の子が通っていく。
『バッカ野郎今何時だと思ってんだ!もうバイト開始時間過ぎてるぞ!今どこにいるんだよ!』
「すいません!今から急いで向かいますので!」
と電話の声が聞こえる。
「「……」」
白銀の時間が凍る。
「バイト」
「びくうっ!」
俺の言葉に体をびくっとさせる。
「あああああああ!完全に忘れてたあ!ほんとにまずいよ!今日よりによって日曜日じゃないか!忙しい日だあ!クビにされちゃう!」
と頭を抱えて焦り出す。
「俺が怒られない方法を教えてやる」
白銀に教えてやる。
「そんなこと言ったら余計に怒られるよ!」
「騙されたと思って一回やってみろ。遅刻の常習犯である俺の処世術だ」
「そ、そうなの?」
「そうだそうだ。それに何も持っていかないよりはましだと思うぜ。自転車で送ってやるから。ついでに汗でも流していくか」
「あ、ありがとう。はあ」
と泣きそうな白銀。
というわけで俺は白銀をバイト先の銭湯まで送ることにした。着くと小さな銭湯の割にはけっこう人がいた。一緒に入っていくと、受付のおじいさんが睨みつけてきた。白銀を。
「こら!お前は!今何時だと思っとるんだ!」
「ち、違うんです!これには理由があって!」
「何だ言ってみろ!」
と威圧的なじいさん。俺はそのまま男湯に向かう。
「あ、あのー実はSuicaが割れちゃって電車に乗れなかったんですよー。ほらスイカ」
と俺に教わった通り割れたスイカを差し出す。
「……」
「な、なんつって。た、食べます?あはは」
「クビ」
「あああっ!すいませんでした嘘です!ごめんなさい!もう遅刻しません!あの人がやれって言ったんです!」
と俺を指さしているであろう白銀を無視して暖簾をくぐった。ほんとに言うとは面白いやつだ。服を脱ぐと腰にタオルを巻き銭湯の中に入る。シャワーで汗を流しゆっくり浸かって出ると、番台に白銀がいた。
「君のせいで怒られたじゃないか!一人だけゆっくりくつろいでさ!」
と俺の顔を見るなり苦情を呈してきた。
「おいおいお客様に何て口の利き方だ。Suicaじゃなくてnanaco派
だったんだよ」
「どっちでもいいよそんなの!適当なことばっかり!」
「なあなあ温かいコーヒー牛乳はねえのかよ。こんな冷たいの飲んだらお腹下しちまうよ」
「僕の話聞いてるのかな⁉」
「聞いてるよ。nanacoより八個がいいんだろ?この食いしん坊め」
「何の話⁉誰もそんなこと言ってないから!交通ICカードでいじるの止めてもらっていいかな!」
「なんかお前臭いな。風呂入った方がいいぞ」
「もういいよ!早く帰って!」
ととうとう我慢の限界に達した白銀に追い出されそうになる。
「うそうそ。悪かったよ冗談だ」
「僕は君の抜け毛の処理してくるから早く帰って」
「おいそんなのないって言ってくれ。まじでないからね?臭いって言ったのも嘘だよ。このコーヒー牛乳はお前への差し入れに持って来たんだ。隙間時間で飲んでくれ」
「ほんとかなこの人は。冗談でも臭いって言ったのだけは許せないんだけど。女の子に」
と頬をふくらませて、まだジト目で見てくる。
「ほんとはお前からは優しくて落ち着く柔らかい石鹸の匂いがするよ。今もなんで俺はこんなに汗臭かったのに、あんな炎天下で走り回ったり土にまみれたり汗だくで運動したりした後でお前はこんなに良い匂いするのか不思議なくらいだ」
「へ、変態。別にそんなこと言っても許されないんだからね」
とまんざらでもない様子で少し赤くなって照れている。ちょっとキモかったかもしれん。だが言わなかったら絶対しばらく口利いてくれなかっただろうな。
「ま、まあ、と、とにかく俺はそろそろ帰るぞ。バイト頑張ってな」
なんか変な空気なってきたし帰ろう。ただでさえ遅刻したのに俺と話しこんでたらそれこそクビになりかねん。
「う、うん。ありがとね。色々。またね」
「ああ。もしかしたら夏休み中にまた風呂入りに来るかもしれん。それまでクビになるなよ」
「うんがんばるよ。夏休み中にまた会えたらいいね」
「おう。じゃあな」
「バイバーイ」
と軽い挨拶を交わして俺たちは分かれた。外に出ると真っ青な空に飛行機雲がチョークでなぞったように真っ白な線を描いていた。俺はレオタードをかごに乗せると自転車にまたがった。後ろには誰もいない。減った分の重みがやけに寂しく感じた。久しぶりの二人分の重みに、もう慣れたはずのそのことがやけに引っかかった。
帰り道、途中で買った花と、少し分けてもらったスイカを持って寄り道をした。もうすぐお盆がくる。




