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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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61話「アルプスのおかま」

 というわけで二人で畑の中を歩き、食べられそうな規格外の野菜を探す。


「あった!このきゅうりなんか虫が食べた後たくさんあるよ」

「いやこれは全然食べれるだろ。この程度は食べたらだめだと思うぜ。おっ、これなんかどうだ?これは普通の人間には食べられないだろ。普段から胃に悪い雑草食ってるやつくらいしか食べないわ」


 俺は隣の色あせたきゅうりを指す。


「流石に酷すぎるよね⁉穴だらけで変色してるじゃないか!もはやゴーヤーにしか見えないんだけど⁉僕を人外みたいに扱うの止めてくれないかな⁉こんなの食べられるわけがないじゃないか!」


 触るのも嫌そうに顔をしかめている。


「冗談だよ。これなんかどうだ?半分以上虫が這った跡があって、食べないんじゃないか?この部分だけ残してかじってみろよ」

「僕ばかり悪いから君が先に食べなよ。その後僕も食べるから」

「いや俺はお腹空いてないからいらない。気にせず食べろよ」


 お互いに優しく譲り合う。


「いいや遠慮しないで。先に一口食べるだけでいいからさ?ね?」

「いいやお前が先に食べろ!レディーファーストだ!」

「こんな時だけ優先しないでいいんだよ!どうせお腹壊してるんだから一緒でしょ!早く毒見してよ!」

「ついに本性を表したなてめえ!お前の魂胆なんか見え空いてるんだよ!お前こそ普段から消化に悪い葉っぱばっか食ってんだから心配しなくてもいいんだよ!」


 とうとう建前もなくなりお互いに押し付け合う。


「ほ、ほんとにこれ食べられるの?すごい美味しくなさそうなんだけど」

「割って中身見てみるか?ほら。中は普通だろ」

「たしかにそうなんだけど。でも中に卵とかあったりしないよね?」

「そうなっても体の中で捕獲レベルの高い虫を育てられるようになるだけだからあまり気にするな」

「気にするよ!それ人間やめてるじゃないか!」


 言い合いしてもらちがあかない。意を決して白銀が虫の這った跡のない方をかじる。


「んっ!美味しい!なんかみずみずしくてしゃきしゃきしてて、野菜って感じ!」


 かじった跡を見てみると卵もないようだった。


「はい君もこの隣のやつ食べてみて」

「いや俺は人の物は食べない」

「なんで人の家で勝手にトイレするくらいの倫理観の持ち主がこんな時だけ常識にこだわるのさ。いいから食べて!」


 と俺の方にぐいぐい押してつけてくる。


「食べねえ!」

「むむむむっ!食べて!」


 無理矢理俺の口につっこもうとしてくる。


「お前の魂胆は分かってんだよ!共犯者を増やしたいだけだろうが!」

「そ、そんなことないもん!」


 と目を落ち着きなくさまよわせている。


「人の野菜勝手に盗んだくせにもう遅いんだよ君は。手遅れなの」

「お前のせいだけどな!」

「あははっ」


 と楽しそうに笑っている。



「ねえねえ向こうにピーマンがあるよ!今度はあっち行ってみようよ!」

「はいはい」


 また虫がついた跡のあるピーマンを探し、白銀が食べる。それを繰り返していると、どこからともなく陽気で、でも低い声の不気味な歌、ヨーデルが聞こえてきた。


「ヨーレローレ♪ラッフッホーィ♪ラッフッホッリ♪ヤッホホー♪ヨーレローレ♪ラッフッホーィ♪ラヒフリヨー♪」

「な、なんだこの不気味な歌は。ハイジも泣くぞこんなん聞いたら」


 そして俺はなぜかとてつもない恐怖心を感じていた。記憶の奥から何かが俺に訴えかけてくる。一刻も早く逃げろと。


「ヨーレレイウイヨ♪ヨーレレイウイヨ♪ヨーレレイウイフーフーフ♪」

「な、なに?何が来るの?」


 どんどん近づいてくる不気味な歌に白銀も怯えだす。そして俺は見た。重なる葉の隙間から覗く向こう側に、裸エプロンで鍬を抱えてこちらに向かってくる変態を。そして目が合った。


「誰だあ私の野菜を盗んでるやつはあ!ごるああ!」

「お前の畑かいいいいいいいいい!」


 そう。あのおかまだった。俺のドアを壊したピザのおかまだった。アルプスのおかまだった。よりによってお前かい!


「まずい!バレたぞ!白銀!逃げるぞ!」


 隣の白銀の方を向くと、大慌ててでとうもろこしの皮を剥いて、かじりつこうとしていた。


「ガチンッ」

「いったあ」


 涙目で歯を抑えていた。デジャブ?


「お前どんなメンタルしてんだよ!おい食い意地もそれくらいにしとけ!急いで自転車に乗れ!」


 恐らくあいつの姿を見ていないからこんなことができるのだろう。でもよくこんなやばそうなやつに見つかっても恐怖より食欲が勝つもんだ。


「ちょっと待ってね。忘れ物してた」


 そう言ってスイカを持ち上げようとしている。


「おおいまじで急げよ!そんなもん乗るわけねえだろうが!どうやって持って帰るんだよ!」

「逃げんじゃないわよおおお!」


 声の方を向くと、縦にも横にもでっかい裸エプロンのおかまが全力ダッシュでこちらに向かっていた。


「きゃああああ!な、何あの人怖い!」


 白銀が怯えた目を向ける。


「あらああああ!あなたこの前の坊やじゃないのお!あらやっだ!私に会いに来たのねえ!今行くから待っててねぇ!」

「ぐおおおおおお!終わったあ!最悪すぎる!アルプスという名の地獄に連れていかれる!」

「あ、知り合いなんだね?じゃあ後はお若い二人でごゆっくりどうぞ」


 そう言って俺の自転車にまたがって逃げようとしている。


「何一人で逃げようとしてんだてめえ!俺はお前の付き添いみたいなもんだぞ!食ったのはお前だけだろうが!」

「で、でもほら、その人は君に用があるみたいだよ?」

「あらでもあなたも男の子見たいなショートヘアに、一人称はぼくで、可愛い顔しててけっこうタイプよ。食べちゃいたいぐらい。あなたたち二人とも可愛がってあげるわあ」

「ひいいいいいいいいいいっ」


 俺たちのいる場所まで追いつき、俺に抱き着こうとして押し返されながら言うその言葉に白銀が恐ろしさから悲鳴を上げる。


「おい離れろまじで!」

「それはそれとしてまず私の野菜を勝手に食べたのはダメよ。いけない子たちね。お仕置きが必要だわあ」

「俺食ってねえからまじで!こいつが一人で食いまくってました!」

「ああ!薄情者!友達を売るなんて!この人が最初にトマトもぎとってました!」

「お前がだまして取らせたんだろうが!」


 と言い合うがらちが明かない。


「言い合ってる場合じゃないよ。いい作戦を思いついたよ」


 おかまを大きく押し離した瞬間に白銀がこっそり耳打ちしてきた。


「なんだよ」

「君が野菜をできるだけたくさんかごにつめて自転車に乗って逃げるの。その間に僕はお家に帰るから」

「俺ただの囮だろうが!お前しか助からねえよ!」

「大丈夫必ず帰って来るから!ドレッシングを取って必ず戻ってくるから!」

「畑に帰って来る気じゃねえか!まだ食べる気かよ!俺のこと助ける気ねえじゃねえか!ただより美味しく食べたいだけだろうが!」

「分かったなら二手に分かれて逃げよう!それならフェアだよね⁉」


 真顔で提案してきた。


「あいつが確実に俺の方に来ることを分かったうえでの提案だよな⁉どっちにしろ囮にする気満々だよな⁉」

「冗談だよ。君は僕に付き添ってくれただけだもんね。ちゃんと説明して君だけは許してもらえるように―――」


 とふいに脱力し、優しい目になり語り掛ける。


「今自供したが、というわけで俺は悪くないんだ。こいつのことは好きにしていいから俺だけは逃がしてくれ」

「清々しいほどあっさり僕のこと差し出したね⁉少しは庇ったりしないの⁉まだ話してる途中だったんだけど⁉良心が痛まないの!」

「一切痛まない」


 だってこいつガチで自転車乗って逃げようとしてたもん。半分は冗談じゃないからねこいつ。


「やっぱり君も一緒に怒られてよ!なんか庇う気失せたしね!この人が畑にツッコんだし初めに野菜取ってました!」

「てめえふざけんな!全部お前のせいだろうが!」

「君は僕の泥棒仲間だから君も一緒に怒られるの!」

「いつから俺は泥棒仲間になったんだよ!」


 と俺たちが言い合っていると。


「あなたたち仲良くてやけるわねえ。でも人の畑に勝手に入ってる時点であなたもダメよ。連帯責任であなたたち二人とも可愛がってあげるわあ」


 などと黙って聞いていたおかまが言い出した。


「「ひいいいいいいいいいっ」」

「と言いたいところだけど、他に選択肢をあげるわ。私についてきて私の言う通りにするのならこのことは許してあげてもいいわあ」

「なんだそれは?」


 俺は白銀の方を向く。


「分かんないよ。でも滅茶苦茶にされるくらいなら、僕は言うこと聞くよ」

「俺もそっちの方がましだ」

「いいようね。なら今から私についてきなさい」




 ということで、俺たちは車に乗せられて、あるビルの前で降ろされた。ビルに入り、上に上がると、小さなホールに連れていかれた。そこには恐ろしい光景があった。




 たくさんのおかまが布面積の少ないピンク色のレオタードを身につけ、踊っていた。


「「……」」


 二人で絶句する。


「今からあなたたちもこの服を着て一緒にエクササイズするのよ」

「なにいいいいいいいいいいいいい⁉」


 全力で逃げ出そうとする白銀の襟首をつかむ。


「ああら逃がさないわよお。私は可愛い子が可愛いかっこうするのすごく好きなのよ。あなたたちには絶対にあれを着てもらうわ。そのために連れてきたんだから」

「いやだあああああああ!僕あんな恰好したくないよお!」

「言うこと聞かない子にはおひげじょりじょりの刑するわよ!」

「はいい!」 


 白銀が一瞬で従順に変わる。




 二人して着替えてホールに降りる。


「ぐふっ。ぶはっ!」


 白銀が俺の恰好を見て笑いを堪えている。

「おい何か言いたいことがあるなら聞こうじゃねえか」

「いやでもこの中ではかなり似合ってる方だと思うよ。うん」

「あいつらと比べるんじゃねえよ。ていうかお前も案外似合ってるじゃねえか。お前罰になってねえな。俺だけ罰ゲームみたいになってるけど」

「あ、あんまりじろじろ見ないでよ。こんな大胆な格好したの初めてで顔から火噴きそうなんだからっ」


 さらけ出された太ももを必死に隠そうと両手で抑えている。


「そ、そうか。だが地獄はここからだぜ」


 あんまり恥ずかしがっているのを見ると、いけないものを見てしまったみたいでこっちまで動揺するじゃねえか。


「でも君変質者みたいであまり近づきたくないな。なんで女性ものなの?」

「あいつに言え。というか目の前のやつらに聞いてみろ」

「あらあ新入りさんかしらあ!みんなあ!可愛い子たちが入って来たわよお!」


 気づいたおかまが他のおかまを呼びみんな集まってくる。どいつもこいつも毛むくじゃらで髭あとが濃く、奇抜なメイクをしている。おおいやめろ呼ぶんじゃねえ。


「ひいいいっ」


 白銀がおびえて背中に隠れる。


「あらあらほんとに可愛いわねえ」

「でもちょっとまだ男臭いわね」

「お姉さんがあとでメイク教えてあげるわ」


 などと染めようとしてくる。果たして俺はこの地獄が終わる頃、俺のままでいられるのか。


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