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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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60話 野菜泥棒「ここが僕のバイト先だったんだね!」

「分かった分かった。じゃあ他に行きたいところはないのか?」

「はあ。そうだね。じゃあバイト先まで送ってもらってもいい?」

「あい了解。後ろに乗んな」


 横向きに腰かけ、上半身だけひねって前を向くと俺の服を遠慮がちにつかむ。


「僕がナビするからその通りに行ってくれる?」

「わかった」



 

 炎天下、少し重なった二つの影と自転車がアスファルトに映る。遠くに映るアスファルトはゆらゆら揺れている。


「そこの分かれ道は右ね」

「はいよ」


 緑の畑に囲まれた灰色のアスファルトの上を線をかくようにまっすぐ進んでいく。


「ひーめひめっ♪ひめっ♪すきすきだいすきひめっ♪ひめっ♪きらきらりん♪」

「なにその変な歌」


 背中越しに白銀が尋ねてくる。


「この歌は歌えばスピードが上がる魔法の歌だ」

「嘘つき。そんなことで上がるわけないじゃないか」

「お前の体重でもすぐに上がる」

「僕が重たいみたいに言うの止めてくれないかな⁉」


 後ろからシャツをぐいぐい引っ張られる。


「いいからよく聞いとけよ?いくぞ?ラブリーチャンスぺたんこちゃん♪ラブリーチャンスぺたんこちゃん♪」

「何か始まったんだけど」

「よくあるこーとかも?でも!女子にはだいじーなの♪わたしの気持ち、ねえねえとーどいてる?とーどいてない?」

「音程がずれてて不快指数がはね上がってるけどそのことは黙っとくね」


 それはもう言ってんだよバカが。しかし俺のラブヒメへの思いはそんなものじゃ止められない。


「新しい世界へとレッツゴー♪メタモルフォーゼ‼」

「なんでこんな女児向けアニメのオープニングみたいな曲熱唱できるのさ」

「ヒーメヒメ‼ヒメ‼スキスキダイスキ♡ヒメ‼ヒメ‼キラキラリン☆キミといれば私って絶対無敵♪」

「ただでさえ暑いのにこんなの聞かされたら暑苦しいし、むさ苦しくなるんだけど」

「ヒーメヒメ‼ヒメ‼スキスキダイスキ♡ヒメ‼ヒメ‼キラキラリン☆大きくなあれ魔法かけても♪ヒメはヒメなの!ヒメなーのだ!ヒメ‼ラブ☆ヒメファイト!」

「あっ、うんこ落ちてる」


 まったく聞いていない白銀がすぐ先の道にうんこが落ちているのを発見する。


「よーし二番入るぞお!」

「もういいよ!恥ずかしいからこれ以上歌わないでよ!君と萌えアニメソングの組み合わせは破壊力が高すぎるから!」


 ノリノリで歌おうとする俺の両肩を後ろから掴んで揺さぶってくる。


「分かった分かった。まったく」

「こっちのセリフだよほんとに」



 しばらく行くとまたうんこが落ちている。


「まただ」

「これだから田舎は」


 俺は再度避けて通過する。白銀の指示通り曲がるとそこにもまた落ちている。


「また落ちてる」


 しかしそのすぐ先にまた落ちている。その先にも。


「……」


「これ君が呼び寄せてるんじゃないの?」


 白銀のジトーっとした視線が背中に突き刺さる。


「お、おかしいな。行きの時はこんなになかったんだ。それに歩くときはこのくらいのトラップは張られているが、今までは自転車ではこんなに落ちていることはなかったぞ」

「トラップっていったい君は何と戦っているのさ。歩くときは普段こんなに落ちてるの?君ちょっと特殊って言われない?」

「しかも大抵踏む」

「踏むんだ。僕でもなかなか踏まないよ?」


 呆れたような顔を浮かべているのが容易に浮かぶ。


「逆に考えるんだ。俺がうんこを踏むんじゃない。うんこが俺の足に吸い付いてくるんだ。サッカーを極めると足にボールがくっついて離れないように、うんこを極めるとうんこが靴にくっついて離れなくなるというわけだ」

「なんか適当な事言ってるはずなのに妙な説得力を感じるんだけど。しかもなんかかっこつけてるけど全然カッコ良くない。うんこを極めるって言葉初めて聞いたよね」


 そしてしばらく行くと、道の上にうんこがきれいに散乱していた。


「なんでこんなゲームの障害物みたいにきれいにうんこが配置されてるのさ!君は一体どうなってるの!」

「いいやこれは俺じゃねえ!絶対お前が乗ってるからだ!何かおかしいと思ってたらお前だ!お前が引き寄せてる!」

「いいや僕じゃないよ!君だよ!僕はうんこは引き寄せたことないもん!」

「うるせえ早く降りろこの疫病神が!」

「ああ言っちゃいけないこと言った!このろくでなし!」


 ギャーギャー言い争っているとうんこを引いてしまった。


「何してるの!避けてよ!」

「お前が騒ぐからだ!」

「右だよ右!行き過ぎ!」


 白銀が後ろから俺の髪の毛を掴んで右に左に引っ張る。


「人の髪の毛をハンドルみたいに操作するんじゃねえ!傾けてもタイヤの向きは変わらねえんだよ!お前この前あんなに触るの躊躇してたくせに、迷わずがっしり鷲掴みしてるじゃねえか!」

「ダメダメダメ止まって!踏んじゃう踏んじゃう!」


 そう言って俺の結んだ前髪を掴んでレバーみたいに後ろに強く引っ張る。


「いだだだだだだっ!抜ける抜けるっ!お前はげたらお腹痛くなる呪いかけてやるからな!」

「あわわわわっ!バランスとって!倒れちゃうよ!」


 白銀のせいでバランスを崩した自転車は、そのまま隣の大きな畑につっこんでいった。


「いたたたたっ。危ないなあ。あっ」


 体を起こして、手を地面に着くと、もう片方の手を見て何かに気づくと手を後ろに隠した。


「おい今隠した手を出せ?何を握っていた?何をちぎった?」


 俺も体を起こすとすぐさま問いただす。


「こ、これは雑草の根っこだよ。根が腐って死にかけてたから抜けたんだよ。ど、毒があるから触らない方がいいよ?」


 などと目を泳がせながら適当なことを言っている。


「誰の髪が根っこが腐ってて死にかけの毒がある雑草だって?」

「あ、あははー。君は髪が細いだけだから大丈夫だよ。だからそのタイヤについたうんこを拭きとった雑草を僕に投げつけようとするのはやめてね?」


 俺が投げつけようか迷っていると先に牽制された。


「もう服に土がついたじゃないか。こんな畑につっこんで―――」


 不満を言いながら立ち上がった白銀の言葉が途切れる。


「どうした?」

「め、目の前に赤くてみずみずしいトマトがっ⁉」


 白銀の眼前には食べごろのトマトが実っていた。見渡すとあちこちに野菜がたくさん実っている。俺たちはどうやら少し大きな野菜畑につっこんだようだ。


「ここが僕のバイト先だったんだ!」

「なわけあるか。都合よく記憶を改ざんするな。害獣注意って注意書きあったぞ。これお前のことだろ」

「ぐぎゅるるるるる~」


 白銀のお腹が大きな音を立てる。


「ううっ。お腹空いたあっ。でも僕は悪い人以外からは何も盗まないんだっ」


 自分の中の正義と悪が戦っているようだ。


「ああっ。お腹が空いて力が出ないっ。体がおかしいっ。誰かこの暑さを乗り切るための野菜を僕に恵んでくれる優しい人がいればっ!」


 倒れるとわざとらしく芝居がかった口調でしゃべる。


「……」


 何か始まったな。


「ああっ!普通の人からは盗めない僕だけど、誰かの好意でもらったならば無下にするわけにはいかないっ!きっとどこかに法を犯しながらも、困った人を助ける悪人の仮面を被った真の善人がいるはずなんだっ!チラッ。チラッ」


 などと倒れた状態でチラチラ見てくる。どうやら俺に盗めと言うらしい。


「嫌だよ俺も見ず知らずの人の物盗みたくねえよ」

「いいじゃないかどうせ君は遅かれ早かれ捕まるんだし!何を善人ぶっているのさ!どうせ捕まるんなら人の役に立ってから捕まりなよ!」

「おい?本性あらわしたな?清々しいほどの逆ギレをするんじゃねえよ」

「ゴホッゴホッ!」


 突然白銀が激しく咳き込み抑えた口から血があふれてこぼれる。


「おいっ⁉どうした⁉大丈夫か!白銀!」


 慌てて駆け寄るが、ぐったり倒れる。


「あ、あはは。ど、どうやら僕、自分で思ってたより限界が来てたみたい。色んな体に悪そうな物とかも無理して食べてきたからかな」

「待ってろ!今救急車呼ぶから!」


 虚ろな目の白銀。急いでスマホを取り出した俺の手を抑える。


「あまり長くはないんだと、思う。自分の体のことだから、自分が一番知ってるよ」

「そんなこと言うなよ!」

「あのね一ノ瀬君。さ、最後にお願い聞いてくれないかな?」


 訴えかけるような目で俺のことを見つめてくる。


「何だ?何でも言え。俺にできることならなんでも聞いてやる」

「最後に、美味しいもの食べたい。野菜が食べたい」

「ああ。そんなことでいいなら。待ってろ。今取ってくるから」


 俺はすぐ後ろのトマトをもぎ取ると白銀の口に近づける。


「かじれるか?すまない手元に切るものがなくてかじってしか食べられないんだ」

「あ、ありがとう。僕、生きててよかった」


 そう言って口を少し開くとトマトに口をつけ―――




「ハムハムハムハムハムハムッ!」


 ハムスターのようにくらいつくと一気に一個丸ごと食べてしまった。


「おいしいいいいいいいいいい!生き返ったあああああああああ!」


 普通に立ち上がると恍惚とした表情を浮かべ、大きな声で叫んで伸びをする。



「おい?」



「ありがとうね!おかげでこの通り生き返ったんだ!トマトは病気知らずとはよく言ったものだよね!あはは!」

「いやあははじゃねえんだよ。それでなるほどってなるかよ」


 白銀のポケットからケチャップの小袋が落ちる。


「あっ」

「……」



「てめえだましやがったなこのポンコツ泥棒が!人の良心につけこんで小癪な芝居かましやがって!泥棒だけじゃなく詐欺まで始めたのかこの極悪犯罪者が!」

「あ、あははー。ご、ごめんね?こうでもしないと君は取ってくれないから。この線引きをおろそかにすると本当の悪人になっちゃうから、僕が取るわけにはいかなかったんだ」

「人だまして取らせてる時点でもっと悪いんだよ!何をたかがトマト一個食べるためにここまで手間かけてんだよ!」


 悪びれた顔で苦い笑みを浮かべている。


「あさぎが本当にお腹空いて困った時はこの技を使いなさいって教えてくれたんだ。ただし一ノ瀬英一以外には使うなって」

「あいつか余計なことを吹き込んだのは!」

「でも自分で泥棒するよりもこっちの方がいけないことみたいでちょっとゾクゾクするかも」

「何を思案顔で恐ろしいこと呟いてんだお前は!新しい扉開こうとしてんじゃねえぞ!」

「あはは。嘘嘘。でも君何の罪もない人から物を盗むなんて泥棒の風上にもおけないね。これから僕が色んなこと教えてあげるから僕が呼んだら来るように」

「お前のせいだよ全部!何を図々しく仲間増やそうとしてんだ!誰が行くか!」

「ふふふっ!冗談ですっ!いつもは君が僕をからかうから僕もたまにはからかう側をやってみたかったんだ。君はいつもこんな感じなんだね。案外悪くないかも。ていうかちょっとはまっちゃいそう」


 などとニコニコ楽しそうにしている。この野郎。次からは抑えようと思いました。


「なんか楽しそうだが肩にアオムシついてんぞ。靴にはミミズがたかってるし」

「うひゃあああああああああっ!」


 白銀が自分の肩と靴を見て、悲鳴を上げて飛び上がる。よく見たら髪や袖にもアオムシがくっついていて、足元にはミミズが大量発生している。


「とってとってとってとって!」


 涙目で俺の肩をゆさぶって顔をガクガクさせて必死に懇願してくる。


「お前動物以外の生き物にも好かれるんだな」


 俺はアオムシをつまんで葉に乗っける。ミミズは慌てて跳ねまわった拍子に飛んでいったようだ。


「僕は虫にも好かれるんだよ!動物は可愛いからいいんだけど虫だけは本当に勘弁してほしいよ」


 と泣きそうな顔で述べる。


「なんかお前本当に可哀想だな」

「憐みの目を向けないでよ悲しくなるから。そう思ったんなら僕に野菜を献上してよ」

「アオムシが俺の野菜に手を出すなこのじゃがいも女がと言っている」

「誰がダサくて田舎くさい芋女さ!それただの君の悪口だよね⁉」


 白銀が少し傷ついたようで怒る。誰もそこまで言ってないけどな。




「ぐぎゅるるるる~」



 再び大きな音を立てて白銀のお腹が鳴る。



「うっ、ダメだ。トマト一つじゃ足りないや。余計にお腹空いてきちゃった」


 と自分のお腹をさすっている。


「ジャムおじさーん。お腹が空いて力が出ないよー。美味しい野菜を恵んでよー。助けてよー。新しい野菜を」


 と地面に伏せながら駄々をこねはじめる。


「お前今日やることめちゃくちゃじゃねえか。アンパンマンみたいに助けを求めるな。誰がジャムおじさんだよ。アンパンマンどころか泥棒とかいう対極に位置する小悪党のくせによ」

「ごほごほっ!い、一ノ瀬君!た、助けてっ!」


 また口から血を吐いて倒れだす。


「最後に、や、野菜が食べたい。つ、次はトマト以外で…」

「大丈夫それさっき食べたトマトだから。ただのリバースだから。もう同じ手には引っかからないから。無理だから」

「さっきのトマトが腐ってたかもしれないじゃないか!」

「そんなところに寝てたらまたミミズがくっつくぞ」

「うひゃあ!」


 慌てて立ち上がり体をチェックする。


「そうだ!熟しすぎて腐りかけた野菜とかこれ以上大きくならない失敗作だったら食べてもいいよね!それくらいならいいよね⁉」

「まあそれくらいなら、いい、のか?」

「いいよね⁉」


 近距離で血走った目を大きく見開いて覗き込んでくる。


「分かった分かった!虫とかが食べたあとがあるやつを探そう。それは規格外野菜って言って食べられないとか虫の部分は捨てたりするから。その食べられる部位を食べるくらいなら神様も許してくれるさ」

「やったあ!」


 というわけで二人で畑の中を歩き、食べられそうな規格外の野菜を探す。

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