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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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59話 「ドブネズミみたいに美しくなりたいじゃないんだよ!」

 俺たちは木陰になっているベンチまで移動して並んで座る。


「まったく君は。そういえばあさぎから聞いたよ。学校で会ったんだって?」

「あいつほど敵に回すと恐ろしい人間に俺は会ったことがねえよ。あいつ情報に人の心侵食されてるよ。それか心までデータになりつつあるだろ。あまりに怖いからあの真っ黒な目元にちなんで中国のパンダみたいにあさあさと愛称で呼ぶことでバランスをとることにした」

「そんなあだ名で呼んでること聞かれたらどうなっても知らないよ?でもちょっと不愛想なところあるから気持ちは分かるけど。いい子なんだよ?珍しく君のことを話すときとげのある言い方してたけど。君何か怒らせるようなことしたんじゃないの?」

「さあな。皆目心当たりがない」

「あさぎに『一ノ瀬英一がまたトイレットプレイの話を蒸し返してきたらすぐに私に報告しろ』って言われたんだけどどういうこと?」


 純粋な瞳で見てくる。


「さ、さあな。ただ女の子があんまりそういう言葉は使わない方がいいと僕思うな」


 あの野郎余計なことを言いやがって。俺だって知らなかったんだよ。


「声裏返ってるけど。トイレットプレイってトイレに入ってタイムを競う競技だって君が言ったんじゃないか」

「人の数だけトイレットプレイはあるのだろう。きっとそれも間違いじゃないさ」

「いやそんな価値観の多様性をトイレットプレイで置き換えてよさげに言い換えても許されないから。どのトイレットプレイも等しく悪だから」


 いやいやと真顔で首を振る。


「そう。人もトイレットプレイも等しく悪なのだから。悪とは害をなし、マイナスを意味する。しかしだ。そんな悪でありマイナスである人とトイレットプレイを掛け合わせると、マイナス×マイナスの原理でプラスになる。


つまり、この間違いだらけの世界において、人の所業であるうんこだけは正しさを表すのではないか。うんこという行為だけは絶対的な善なのではないかという結論に至る。さあ君も一緒にトイレの神様を崇めるトイレ教に加入しないかい?」

「なんかめちゃくちゃな理屈につなげて宗教勧誘始まったんだけど⁉そんな宗教聞いたことないから!あと全然正しくならないからね⁉ただの詭弁だからね⁉」

「毎日トイレの神様に祈りをささげるだけで救われるのだ。


 トイレの神様。どうか御慈悲を。もう許してください。これ以上は死んじゃいます。これ以上出したら体の水分ぬけきってひからびちゃうから!そろそろ血が出ちゃうから!どうかこの腹痛をお治めください。


もう二度と悪いことしないから。用務室からトイレの洗剤盗まないから!鼻ほじった後嫌いなやつに向かって鼻くそ飛ばさないから!イライラするときトイレのドア強く閉めるのやめるから!トイレに嫌いな食べ物流さないから!と言うと治まる」


「それ祈りっていうか懺悔だよね⁉ていうかトイレの神様に罰あてられてるじゃないか!邪神じゃない⁉それ治してもらってもただのマッチポンプだよね⁉」

「その後一度腹痛は治まるのだが、しばらくするとまた痛くなる場合がある。そんな時はこうする。


トイレの神様!どうか!どうか御慈悲を!私が悪かったです。もう治ったしやっぱ嫌いなもんは普通にトイレ流すだろバカかとか思ってしまいすいませんでした!ていうか鼻くそって風に運ばれて咲くから地球温暖化対策になるし俺に嫌われるようなことするやつが悪いだろとか思ってすいませんでした!


今度はガチだから!マジでティッシュに包んで捨てるから!また痛くなった時この役立たずの神が。効果ねえじゃねえかこの低級神が、とか嫌なことがあったら神様とかやっぱいねえじゃねえかまじガッデムとか思っちゃってすいませんでした!反省してます!もう言いません!だから許して!これ以上はほんとに死んじゃうから!お尻壊れちゃうから!

と言う」


「な、何ひとつ反省していない上に崇拝する神様のこと信じてないじゃんこの人。ていうか毎日一人でそんな楽しそうなやりとりしてるのほんとになんなのかな」


 もはや呆れて笑っている白銀。


「今ならあのトイレが詰まった時キュッポンってやるやつが無料でついてくる!」

「いらないよ!君たち腹痛持ち以外誰も入る人いないから!」


 と俺の勧誘は拒否されて終わった。



「そういえばなんでお前補習受けてないんだ?俺より授業受けてないみたいだし絶対対象だろ」

「僕学校にバイトの申請書出してるからっていうのと、河瀬先生が色々動いてくれて学校のパソコン借りてオンラインでオンデマンド授業受けてるんだ。だから補習はそれで済ませてるの。夏休みだけだけど、ありがたいよねほんとに」

「へえ。良かったな。でもおかしいな。俺がお腹弱いからって理由で似たような申請書出したらむしろ放課後学校のトイレ掃除追加されたんだけど。増えてたんだけど」

「あ、あはは。な、なんでだろうね。お腹弱いのも大変なのにね」


 などと作り笑いで無理に相槌を打つ。



「なあなあていうかあっちの女子トイレは洋式いくつあった?こっちは半分だったんだが」

「ど、どうだったかな。こ、こっちも半分くらいだったかも」

「お前はおいしい雑草の種類を知っているようだが俺からするとまだまだだ。また雑草食って腹下した時のために俺がおしりを拭くのに適した優しい雑草の種類を教えてやる。そこまで知ってほんものの雑草博士を名乗れるのさ」

「僕が必死に話題代えて記憶から薄れさせようとしてるのに、一瞬でそれを水に返すの止めてくれるかな⁉何回話題をトイレに戻すの⁉もう許してよ!忘れてよ!」


 我慢が限界に達し、顔を真っ赤にして苦言を呈してくる。


「何をうんこしたくらいで恥ずかしがってるんだお前は。うんこは人間が生きていくうえで欠かせない生理現象なんだぞ。いいか?三度の飯よりうんこの回数が勝って来て初めて上がれるステージというのがあってだな―――」

「もういいから!そんなステージ知りたくないから!上がってないから!下がってるから!僕を全力で仲間に引き入れようとしないで!僕はそっち側の人間じゃないから!もうこの話終わり!次そのことに触れたら怒るからね!」


 と一方的に話を終わらせる。


「お、おいそんなこと言わないでくれよ。そんな悲しいこと言わないでくれよ。うんこの話をできなかったらこんな世界で笑っていられねえよ。俺からうんこを取ったら一体何が残るって言うんだ。


俺は明日からどうやって生きていけばいいんだよ。なあ頼むよ。頼むから、頼むからうんこの話させてくれよ。しっこじゃダメなんだ。うんこじゃなきゃダメなんだ。俺に!俺にうんこを、うんこの話をさせてくれえええええ!」


「君という人間の本質があまりに浅すぎて僕心配になってくるよ。小学生から成長してないの?なんでこんなに娯楽が溢れる世界でうんこが生きがいなの。君の人生本当にそれでいいの?十六年生きてそれが君のすべてってことでいいの?」

「これが俺のすべてだ!」

「断言しちゃった。もう分かったよ。別に言ってもいいよ。そもそも僕は僕のことを言わないでって言ったんだしね」


 と呆れながら苦笑いしている。


「何を言ってもいいの?ちゃんと口に出して言ってくれないと分からないな」

「解禁早々トレハラしだすのやめてくれないかな!心底嬉しそうにニヤニヤしないで!」



 まったくもう。となぜか嬉しそうに笑う。



「君と話すと辛いこととか悲しいこととか全部どうでもよくなってくるなあ。なんでだろ。ありがとね。あははっ」

「へえ。嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。もうちょっと頑張っちゃおうかな。ちょっと張り切っちゃってもいいかなあ」

「うんやめてね?今でもラインぎりぎりだから。これ以上は法に触れるから。何なら今でも怪しいからね?」


 真顔に戻り拒否し出す。


「有罪と有罪のラインの狭間で反復横跳びするのが趣味なんだよな」

「それただ犯罪と犯罪の間を行き来してるだけだからね?ラインの向こうではしゃいでるだけだと思うんだけど。ただの愉快犯なんだよね。早く捕まってくれないかなこの人」

「お前だってそろそろ一回くらい捕まっただろ?」

「まだだよ!そしたらこんなところいないか―――」


「ぎゅるるるるるる~」



 白銀のお腹が大きく鳴る。


「は、恥ずかしいな」


 頬を赤くしている。


「トイレットペーパー借りるか?」

「腹痛の音じゃなくて空腹の音だから!その話はしないでって言ったよね⁉」


 目を怒らせて睨んでくる。


「僕もう限界なの!この一か月ずっと草しか食べてないの!雑草はもう食べ飽きたんだよ!僕はぷりぷりの果肉の野菜や果物が食べたいよ!」


 寂れた公園に白銀の慟哭が響き渡る。


「なるほど。ぷりぷりの果肉食ってぷりぷりのうんこを出したいわけか」

「君いい加減にしないとひっぱたくよ?それ言わないでって言ったよね?」


 急に冷たい声に変わる。


「すいませんでした」


 即座に謝る。


「ふんっ」


 機嫌を損ねて反対側に顔をそむけてしまった。


「じょ、冗談だろ。そんなに怒るなよ」

「君は冗談しか言わないし僕のこと女の子扱いしないから許さないもん」


 そっぽむいて顔をそむけながら話す。怒らせてしまった。


「そ、そうだ!ジュース飲むか?暑いし喉渇いただろ?」

「お腹下してるからいらない」

「……」


 ばっさり切り捨てられる。


「えっと、肩ももうか?バイトで疲れてるだろ?」

「かんちょうするような人には触らせたくないし」

「……」


 どうしたらいいんだよ。機嫌損ねちゃったよ。どうしたら機嫌治るんだ。俺があれこれ逡巡していると、白銀が突然大きな声を出した。




「あっ!あれってもしかして君の⁉」


 白銀の目線の先にはトイレの横に止めてある、俺の乗ってきた自転車が置かれていた。


「そうだけど」

「ね、ねえ!乗ってみてもいいかな⁉僕小さい頃からずっと乗ってみたかったんだ!」


 と目を輝かせて先ほどのことなど忘れたかのようにお願いしてくる。


「もちろんいいぜ!」


 自転車のサドルを上げてベンチの前まで持ってくると止めた。


「乗り方は分かるか?」

「なんとなくわかるよ。じゃ、じゃあ乗るね?」


 とソワソワしている。またがってみるとどうやら足がつかない。


「ちょっと高いかも。これ僕乗れないの?」


 悲しそうな顔で見つめてくる。


「大丈夫だよ。椅子の高さを調整するから。ちょっと降りてくれ」


 サドルの位置を下げると再びまたがる。


「うん。足つく!乗れるよ!」


 とニコニコな白銀。よかった機嫌直してくれて。そして足を地面から離しペダルをこぎ始める。


「うわわわわわわっ」


 よろつきながらゆっくりと進んでいく。しかしすぐにバランスを取れるようになり、真っ直ぐ進んでいく。


「自転車ってこんな感じなんだね!楽しいかも!」


 と公園の中を走り回る。


「じゃあねえ一ノ瀬君!これでこれからバイト行くね!これでさっきのこと許してあげる!バイバーイ!」

「待てこらあ!ふざけんな!いくらすると思ってんだ!また罪を重ねる気かてめえは!」

「あはははははははきゃあああ⁉」


 突然スリップして倒れる白銀。



「おいおい大丈夫か」


 慌てて駆けつけると自転車と一緒に倒れていた。足元にはバナナの皮が落ちていた。


「いたあ⁉冗談だったのになんでえ⁉」

「なんでこんなところにバナナの皮落ちてるんだよ。マリオカートじゃねんだぞ」

「自転車こわい自転車こわい」


 と自分の体を抱きしめている。トラウマになっちゃったじゃねえか。


「大丈夫か?どこか擦り切れてないか?」

「だ、大丈夫。ありがとう。自転車倒しちゃってごめんなさい」

「そんなの気にしてねえよ。それよりお前が自転車乗るとマリオカートみたいになりうるからやめとけ」

「僕は自転車にすら乗れないのか。ひどいよ神様」


 としおれている。


「自転車に乗りたくなった時は俺の後ろに乗せてやるよ。行きたいところどこでも連れてってやるぜ」

「ほんとに?ありがとう!じゃあ僕ディズニーランド行ってみたい!」

「バカちんが。ロードレースでもそんなに走らねえよ。それにあの着ぐるみの下はみんな汗だくのおっさんだぞ。毛皮が分厚いやつほど中のおっさんも毛深いから。比例してるから」

「僕の夢を壊さないでくれるかな⁉そんなわけないでしょ!なんてこと言うのほんとに!」

「ほんとほんと。俺がガキの頃行った地元の遊園地だと



『あっちいなまじで。中くっせえ。あ、やべ鼻くそほじりてえ。なあ次客が途切れたタイミングで俺のこと囲んで隠してくれよ。一瞬で鼻ほじるから』

『じゃあその次俺な。俺きんたまの裏かくから』

『俺もさっきからパンツ食いこんでるから直さしてくれ』

『俺が先だ』

『いや俺が先だ』

『じゃあじゃんけんだ』


『ジャンケンポン!』


『ああ俺たちパーしか出せねえわ』

『俺たちガキに殴られるかこのくだり繰り返すかって何してんだほんとに』


て話してるの聞いたから。間違いねえ」


「それ君の地元がおかしいだけだから!園長はいったい何を基準に採用したからそんなのしか集まらないのさ!そんなところすぐに廃園だよ!」


 と現実から逃れようと認めようとしない白銀。


「ディズニーは違うよ。だって夢の国なんだから」

「要はネズミに会いたいんだろ?だったら会わせてやるよ。ドブニーランドのばっちいマウスに。このワンダーホールから夢の国へ行けるぜ」

「それただのドブネズミだよね⁉入り口がマンホールなのもおかしいし!ただの下水道じゃないか!」


 目を見開いてツッコんでくる。


「ディズニーは無理だからせめてドブニーランドに連れて行ってやろうかと思って」

「誰が喜ぶのかなそんなテーマパーク!君一度怒られるといいよ!」

「安心しろちゃんとレストランもあるから。ネズミが作ってる。ラタトゥイユしか出ないけど」

「それ絶対レミーだよね⁉」


 おおやるじゃねえか。


「全部で50匹くらいのメスがいる。つまりドブネズミ48ということだ。そこらの地下アイドルは相手にならないくらいの本物の地下アイドルユニットだ」

「それただのドブネズミの群れだよね⁉アイドルっぽく言っても騙されないから!本物の地下すぎるよね⁉深すぎて下水道まで到達しちゃってるんだけど⁉ていうかマスコットどこいったのさ!」

「メンバーはリンダとリンダリンダとリンダリンダリンダとリンダリンダリンダリンダと―――」

「それ実質一人しかいないよね⁉ドブネズミみたいに美しくなりたいじゃないんだよ!」

「お前ツッコミの練度が磨かれてきたじゃねえか」

「君のせいだよ!君がしょうもないことばっかり言うから!」


 と怒っている。




「分かった分かった。じゃあ他に行きたいところはないのか?」

「はあ。そうだね。じゃあバイト先まで送ってもらってもいい?」

「あい了解。後ろに乗んな」


 横向きに腰かけ、上半身だけひねって前を向くと俺の服を遠慮がちにつかむ。


「僕がナビするからその通りに行ってくれる?」

「わかった」

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