55話 「聖女にして天女にして女神の末裔、マザーしおんぬとお呼びなさい」
蓮浦に呆れながら促され、俺たちは真っ暗な廊下に出た。
「あ、あんた私から離れるんじゃないわよ。いざという時に犠牲にできないから」
と俺の服を後ろから掴んでくる。通訳したら『私を守ってね』ってことでよろしいか?いや多分違うな。だって俺の服っていうか後ろの襟掴んでるもん。たずなだと思ってるもん。
蛍光灯の灯りがチカチカと点滅している。不気味な雰囲気を助長させている。
「ぴゅううう~」
どこからか甲高い音が鳴った。
「ぴゃあああああああああ」
二夕見が襟を強くつかみ首を絞めてくる。
「ぐええっ!おい殺す気か!窓のすきまから風が入ってきた音だよ!」
「あ、あー、はいはいそっちね。チュウって聞こえたのよ。ほら私ネズミ嫌いだから」
「ぴゃああああああって言ってたけどな。ポケモンの鳴き声かよ」
「は、はあああっ⁉言ってないし!きゃあああだったし!」
「いや待てよ。よく思い出したらおんぎゃあああだったかもしんねえな」
「それじゃあ赤ちゃんでしょうが!」
主張するごとに襟を強く引っ張ってくる。おいそれやめろ。
「ていうかお前なんで怖いの苦手なくせに怪談なんか提案したんだよ」
「怖い話見たり聞いたりするのは好きだけど、実際に怖い目にあうのは嫌なの!あんただってトイレの妖精とトイレの神様以外信じていないんでしょ!だったら怖がってんじゃないわよ!」
「うるせえ俺はお前と会ってモンスターの存在を認めたんだよ!」
「どういう意味だ!」
などと言い合っていると教室の前の廊下まで来ていた。
「大体あんた今日私のこと嘘ついて呼び出しておいて謝ったわけ⁉」
「おい二夕見お前の大好きなフィリピン産バナナだぞお!あ、よく見たら島バナナだったわ」
「そっちの誤るじゃないわよ!漢字が違うでしょうが漢字が!」
二夕見が耳元で叫ぶ。
「おい」
「あ、ごめん今日生理だったか。どうりで怒りっぽいと思った。ごめんごめん」
「最悪の謝り方よ!謝る気ないだろ!しかも別に生理じゃないから!」
「おいお前ら」
「「うるさい今話して―――」」
二人してキレ気味に振り返ると、そこには青白い顔に真っ黒な髪、日本人形のような顔立ちの無表情の女が立っていた。
「いやああああああああ!」
「うおおおおおおおおお!」
二夕見が瞬時に俺の襟を掴むとすさまじい力で俺を幽霊に向かって投げ飛ばそうとする。
「させるかあ!」
俺は持っていた懐中電灯を二夕見の目に向ける。
「きゃあ!目が!こいつっ!」
「ははあ!バーカ!お前は囮だ!」
「残念もう次の罠は仕掛け済みよ!」
俺が逃げようとすると、足元にバナナの皮が置いてあり、気づかずにすっ転ぶ。
「はい残念さよなら元気でねっ♡」
「逃がすか小癪な!生意気にバナナの皮なんか使いこなしやがって!」
俺は両手両足で踏ん張りながらトイレットペーパーを二夕見の足に巻き付ける。
「放せ!こいつ!往生際が悪いのよ!私の生贄になれるんだからありがたく思いなさいよ!」
「うるせえ!他の誰を逃がそうとお前だけは逃がさねえからな!絶対離さん!」
などと言い争っていると。
「醜いな。これだから私は人間が嫌いなんだよ。追い詰められた時人は本性を表す。人間ほど生物の中で醜い生物はいない。そんな化け物みたいなやつらに化け物みたいに扱われるのはいささか不愉快だな」
などと冷徹に淡々とまるで機械のように話す幽霊。
「幽霊じゃないのか?」
「そうだ。私は人間だ。お前は情報通り、実に下品でぶっきらぼう、ノンデリ、トレハラは当たり前でいい加減な男のようだ。一ノ瀬英一」
「そんなやつは知らんな。一体どこの一ノ瀬英一だ」
「本当に自覚がないようだな。鼻をほじりながらよく言えたものだ。つい一瞬前まで怯えていたのに、も
う鼻をほじっているとは、とんだ大胆さだな」
などと感情のない顔で淡々と話す。
「に、人間なんだ。真っ白な肌に真っ黒で綺麗な髪、なにより目の周り真っ黒でくますごくて、幽霊のメイクした人みたい」
確かに目の周りが真っ黒で不健康そうな顔をしている。それをのぞけば日本人形みたいな顔立ちだ。
「ていうか何で俺のこと知ってる?」
「私に知らないことはない。学校に通っているのは普通の女子高生として身を隠すためだ」
「なんか痛い子来たよ。おい二夕見。こいつお前の友達か?お前と同じ匂いがするぞ」
「知らないわよ!ていうか私はそんなんじゃないわよ!」
憤慨する二夕見。
「まあバカにするのも無理はない。別に信じる信じないもお前の自由だ」
「何でも知ってるって?じゃあ俺の腹痛はいつ治るのか教えてくれよ」
「言い忘れていたが未来のことと知らないことは知らない。私が知っているのは過去の事象など情報があることのみだ」
「じゃあ今朝の俺のうんこの形言ってみろ」
「…それは言いたくない」
無表情の眉がピクリと動く。
「やっぱり何も知らないじゃねえか。はい嘘ダメぜったいー!ダメー!ダメだヨウソハ~!ヨクナイヨ
~」
両手をクロスさせてダメーっとやる。
「私は普段から感情が薄くてよく怒らせてしまうのだが、なるほどこれが苛立ちというものか。彼らはこんな気持ちだったのか。こんなにもイラつくものなのだな」
などと鋭く目を光らせてくる。
「じゃあ一つ教えてやる。一ノ瀬英一は普段からトイレットプレイなどとネタにして使っているが、実際に調べてみたところ、エッチなお姉さんとのおまるとおしゃぶりを使った赤ちゃんプレイが出てきて、それをこっそりパソコンの秘蔵フォルダに追加した」
「何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい⁉」
「は?ほんとなの?うっわ。きっも。こいつ私がトイレ行きたいとか言った時もそういう目で見てたんだ。うっわ。きもすぎ。ちょっと離れてくれない?」
などと言って距離を空け、軽蔑しきった目で見てくる。
「俺の見たやつはおまるとかはただ座るだけで別にガチのそういうことをするやつとは違うんだ!健全な方のただの赤ちゃんプレイだから!頼む信じてくれ!」
「いやいや。そうだとしてもキモすぎだし。二度と部室来ないでいいから。これだから男は嫌いなのよね。汚らわしい。存在が無理よ。あっ、もしかしてさっきのおぎゃあああって聞こえたって話もそういうことだったんだ」
「違うから!まじで違うから!」
こ、こいつ。一体どこでそんな情報を。
「ちなみに二夕見しおは最近蓮浦りんから少女漫画を借りたのだがその中に濡れ場シーンがあったことをきっかけに性に目覚めエロ漫画を読むようになった」
「んなあああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
「ふうん。お前あれだけ不純で不潔なものは無理みたいな潔癖な雰囲気出しといてエロ本読んでたんだ?男嫌いとか言ってたくせにエロ漫画読んでたんだ?なあんだしおちゃんも女の子なんだねえ」
「んがあああああああああああああああああああああああああああ!」
再び咆哮する。
「て、ててて適当な事言わないでくれるあなた⁉い、一体何の証拠があってそんなことを!私がそそ、そんな汚らわしいもの読むわけが―――」
「二夕見しおは電子書籍派だからスマホの購入履歴に残っている」
「うわこれあれだわ。紙だとアップして見れないから電子書籍でアップして見てるんだ。でも紙だとモザイクないから電子書籍で少しずつ耐性つけて性に慣れて行こうとしてるんだ。うわあ生々しい」
二夕見の顔が熟れたトマトのように真っ赤になっていく。
「ちっがうから!そ、そう!たまたまなの!ほら!最近よくエッチな広告とか出てくるじゃない⁉それでたまたま間違ってその広告を押しちゃって、たまたま間違って購入ボタンを押しちゃったのよ!それだけなの!」
「嘘を吐くなこのメス豚が!お前あれだけ人にキモいだの汚らわしいだの言ってたくせに自分はエロ本読んでたのか!自分のことは棚に上げてよく人のこと非難できたな!あれだけ男嫌いを吹聴しながらエロ本読むとは何事だこの淫乱メス豚野郎が!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「いったいどんな本を読んでいたんだ!言ってみろ!自分の口で言ってみろ!」
「そ、それはその、可愛い系男子と俺様系の男のBL漫画です。はい」
突然陥った事態と、俺の正論と勢いに押され、ペラペラと話してしまう二夕見。
「BL!なんてアブノーマルなジャンルを!このムッツリスケベが!どっちが受けでどっちが攻めだったんだ!言ってみろ!」
「そ、それは、可愛い系の男の子の方が攻めで、俺様系の方が受けです」
「まさかの逆!普段は俺様系の男が可愛い系男子をリードするのにベッドの上ではリードされますってか!このドスケベ女が!何が男はみんな嫌いだこの大嘘つきが!」
「は、はいい!ごめんなさい!で、でも私は二次元だからいいのであって、三次元だと違うっていうか…」
「いいわけをするな!いいか!俺が今から三次元の受けと攻めを再現してやる!よく聞いておけよ!」
「は、はい、え?」
二夕見が頷こうとしてん?という顔をする。
「プルルルルルル。プルルルルルルガチャッ。もしもし!そっちに発注した商品今日までだよね⁉もう締め切りすぎてるのにまだ届いてないんだけど!どういうことだよ!こっちはこの先のうちの展望がかかってるんだぞ!どうなってるんだよ!」
「大変申し訳ございません。ただいま確認いたしましたところ、こちらの認識にミスがございまして、なんとか明日の正午までにはお送りいたしますので、何卒お願いいたします!」
「それは請けと責めでしょうが!誰が会社の取引きの再現しろって言ったのよ!漢字が違うのよ漢字が!BL舐めてるとぶっ殺すぞ!」
BLをバカにされたこととボケに正気に戻る。
「これがByebye Last cliant。略してBLだ」
「なわけあるか!ミスしすぎて取引先なくなってるじゃない!どれだけミスしてんのよ!」
「うるせえ!三次元のBLなんてこんなもんなんだよ!現実を見ろ現実を!」
「いいもん私は二次元にしか興味ないもん!三次元の男なんて猿と豚だけよ。エッチな事だって三次元は汚らわしくて嫌よ!」
などとこじらせオタクのようなことを喚く。
「他にも二夕見しおが中学生の時口癖のように言っていたことがある。
『わたくしは聖女にして女神にして天女の末裔。ジャンヌダルクの生まれ変わりにして、マザーテレサの血を引くもの。勇者にして優者。ある日、神のお告げがお聞こえになった。この世界にはかつてアダムとイブをそそのかし、知恵の実を与えた悪い蛇、すなわち悪魔ハブでーびるの影が潜んでいるものたちが多くいると。その者たちから魔を消し去るのがあなたの使命なのだと。ですからみなさん。これから私のことはマザーしおんぬとお呼びなさい』」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
再び二夕見の叫び声が廊下に響き渡る。
「それだけはやめてええええええええええ!それだけは言わないでえええええええ!」
「これガチだわ。半端ねえわ。黒森よりやばいわ。自分のこと女神の生まれ変わりとか思ってそうなやつのしゃべり方だわ。聖書の設定入ってるあたりガチ感があるわ。ていうかマザーしおんぬってなんだよ。2chのユーザー名かよ」
「分かってるから!全部分かってるから!言わないで!」
二夕見が涙目で叫ぶ。
「また自分は占いができると言って友達のことをよく占っていた。
『さああなたたちを見てしんぜましょう。さあ、心を無にして私にすべてをさらけだすのです。なるほど。あなたには風の精霊がついていますね。大精霊シルフィが見えますわ。しかし風に愛されるがあまり、風邪を引きやすいという懸念があります。これはダジャレとかではなく精霊界では常識なのですよ。あと悪風が凶と出ております。この悪風とはクーラーの風のことです。寝冷えに注意しましょう。
あなたには土の精霊がついております。これは土偶ですね。あなたを悪い物から守っています。実に気高く凛々しい土偶です。あと一人見えます。これは、埴輪です。すごいっ!土偶と埴輪がそろってついてるお人なんて初めて見ました。顔が似ていてシンパシーが湧いたから守ってやっとると言っております。え?土偶は呪術に使われたもので、埴輪はあの世で困らないように日常品を入れた?
どっちも変な顔してる?も、もちろんそれも存じております。あくまでその形をした土の精ですから、きっとその時代のものが好きな妖精なのでしょう』
そしてそのことで揚げ足をとってくる生徒やバカにしてくる生徒がいたら、
『あなたたちには大飢饉がきても食料を恵んであげませんからね!大災害が来ても箱舟に乗っけてあげませんから!今のうちに精々バカにしてるといいですわ』
と怒っていた」
「うぎゃああああああああああ!」
二夕見が頭を壁にガンガン打ち付け始める。
「なんだそのしょうもない占いは。浅すぎるだろ。ただのシャレじゃねえか。にしても二夕見はそっちだったかー。精霊とか女神とかそういうタイプかー。そっちの中二病だったかー。必殺技叫んだりかっこつけたりするタイプじゃなくて、さわやかタイプの中二病だったかー。なんかちょっと余裕があるタイプの鼻につく感じのやつだったかー」
「お願いもう許してえ!死んじゃうからあ!恥ずかしすぎて憤死しちゃうからあ!」
床を転げまわって頭をガンガン打ちつけている。
「これで私が中二病でもなんでもなく、本当のことを言っていることを信じてもらえたか?」
「そうだぞ二夕見。人を疑うとこういう目にあうんだぞ」
「私ほとんど言ってない!主にあんたがバカにしてたのに、なんで私ばっかりバラされるのよ!ふざけんじゃないわよ!なんで私だけ二つもバラしたのよ!」
羞恥心がだんだん怒りに変わってきたようだ。
「それにしてもお前なんでこんなこと知ってる?俺たちが誰にも知られないようにしていることを的確
に。ほんとになんでも知ってるのか?」
「私は情報屋をやっていて、プロのハッカーだ。ありとあらゆる世界中の情報を集めている。個人の情報から国家機密、FBIの秘密情報、闇の情報までなんでもだ。知らないことと未来のこと以外は何でも知っている。それが私、不藤あさぎだ」
不藤は淡々と情報を読み上げるように無表情で述べた。
「す、すごっ」
トラウマを植え付けられた二夕見が感心半分、畏怖半分の目で見ている。なんというお恐ろしいやつだ。こんなパンダみたいな顔しておいて恐ろしい特技を持っている。
「お前、そんなことしてたらそのうち消されるぞ」
「もちろん私は足がつかないように最大限気をつけている。そんなへまはしない。それに私は生にそこまで執着はない。いつ死んでも構わない。未練はない」
などと無表情で何の感情も込めずに述べる。ああ俺はこういうやつを見るとその無表情をはがして、怒らせたり笑わせたりしたくなるんだよな。あいつが見たらなんていうかな。俺はきっとこいつを放っておけないのだろう。
「でもこんな時間にこんなところで一体何してたの?」
「学校に住み着いている猫に餌をあげるついでに友人の忘れ物を取りにきた」
ふうん。こいつこんななりで猫に餌とかあげてるんだ。可愛いとこあんじゃーん。
「そこの男がニヤニヤしているから言っておくが、私はその猫が私に似て真っ黒で、誰にも懐かず、他人とは思えないから面倒を見ているだけだ」
「はいはい。それで気づいたら五匹とかになってるんだろ。分かってるよ」
「どうやらそいつはまだ理解が足りないようだな」
「ていうか友達とかいるんだ」
と驚いている二夕見。たしかに。
「その私の友人についてなのだが…」
言いよどむと二夕見に視線を向ける。
「お前らは何か用があって来たのではないのか?」
「あ、そうだったわ。教科書取りに来たんだった。私取ってくるからそこにいてよね。あ、その前に、未来のことは分からないって言ってたわよね?ていうことは、これは私の友達の話なんだけど、胸が成長しなくて悩んでるらしいんだけど、その子の胸も大きくなる可能性はあるってことよね?」
「その確率は0.001%だ」
「なんでそれはわかんのよ!さっきまで未来のことは分からないって言ってたじゃない!なんでまだ16なのにもうエンカスしてんのよ!ふざけんじゃないわよ!」
とキレながら隣の教室まで行ってしまった。なんで友達の話で怒ってんだよ。隠すなら最後まで隠せよ。




