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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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52話 「トイレの妖精エチチチ(英一)

 というわけで先生の許可も下りたことだし俺たちはプールに向かった。水もある程度たまっている。そしていざ泳ごうとしてあることに気づく。


「俺たち水着なくね?」

「あ」


 二人して立ち尽くす。


「そうだろうと思ってね。去年の忘れ物から持ってきた」


 と先生が海パンを二着持って来た。なんて気が利く女性なんだ。これで彼氏ができないのはなぜなんだっ!


「でもどこぞの馬の骨の履いたパンツを履くのは嫌だな」

「安心しろ。ちゃんと洗ってあるから。えっと。タグに名前が書かれているな。一つはよしのぶ」

「はい俺もう一つの方!」


 俺は全身の力を足にこめ、全力ダッシュすると先生の持っているもう片方のよしのぶじゃない方を奪取する。。


「なんでそんなによしのぶ嫌なん?」

「無知とは罪だな」


 優越感に浸りながら掴み取った海パンを見る。


「もう片方はシミニナ∸ル=ザ=ンニョウと書かれていたな。外国人か」


 よく見ると股間の方にシミがついている。


「これ絶対残尿だろ!残尿がシミになってるだろ!ふざけんな!どんな名前の外国人だ!なんでこんなゴミみたいな海パンしかねえんだよ!まだ恐らく別人であろうよしのぶの方がよかったよ!」



 更衣室で着替えて最悪のスタートを切り出ると、先生はすでに仕事に戻っていた。女子二人は着替えていて、二夕見が恥ずかしそうに自分の体を抱きしめていた。俺と目が合うと顔を真っ赤にして自棄っぱちに叫ぶ。


「何よどうせないわよ!悪い⁉こっち見んな!」

「まだ何も言ってねえだろうが。そんなに恥ずかしいなら上になんか着ればいいだろが。大体なんでスクール水着じゃねえんだよ」

「ママが勝手にこっちにすり替えたのよ!私だってこんなの着たくなかったし!」


 隣の蓮浦が申し訳なさそうに小ぢんまりとしている。


「ていうか別にバカにしてねえよ」

「嘘つき!いつもいつも私の胸のことバカにしてくるくせにしてないわけないでしょ!」

「いつもは半分冗談だろ。お前は女の武器である胸のボリュームが少ないかもしれないが、俺だって男の矜持である髪が少ないし似たようなもんだろ。気持ちは分かるぞ」

「一緒にすんなバカ!」

「でもあれだな。胸はともかく腹とかもっと出てんのかと思ったら意外とすらっとしてるじゃねえか。あんなに食ってるのに。食ったもん全部うんこになってんだな。ひゅうっ!(燃費の)良いからだしてるじゃねえか」

「死ねこのクソノンデリスケベ!」


 顔を真っ赤にした二夕見が浮き輪を投げつけてきた。


「お、りん。お前思ったよりええけつしとるやん。制服越しで見るより引き締まってて硬そうなけつしとるやん。この俺を欺くとはやるやん。あっ、さては最近よくうんこしとるやろ!下痢か?便秘か?どっちや?んん?」

「死ねこのボケどもがああああ!」


 恐らく図星だったのだろう、キレた蓮浦が両手を広げて俺たちにラリアットをくらわすとプールに吹き

飛ばす。


「「ぐえっっ!」」


 二人して顔を真っ赤にさせ、鼻息を荒くしながら肩で息をして睨みつけてくる。


「こいつらのノンデリ具合は病気を疑うレベルやなほんまに」

「きっと脳細胞全部死滅してるのよ」


 などと話している。水の中はひんやり冷たく、汗がすうっと引いていく。





「おらくらえ!」


 俺は両手を組むと水鉄砲を二夕見のお腹に飛ばす。


「ひやあっ⁉」


 などと変な叫び声をあげる二夕見。


「つめたっ!何すんのよあんぶはっ⁉」


 今度は顔面に直撃させる。


「こんのっ!」


 怒った二夕見がビート板とホースを持ってくるとビート板を盾にしながら、ホースを俺に向け水を発射させる。


「あばばばばばばっ」


 顔面に命中し口の中に入る。


「あはははははははははっ!ばーか!変な顔!」


 そのまま二人とも足を下ろしてプールの中に入ってきた。


「つめたーい!」


「うちら一番のりや!」


 と楽しそうな二人。四人で潜ったり泳いだりして遊ぶ。





「おい二夕見!大丈夫か!」


 のんびりと泳いでいた俺は、突然二夕見がおぼれているのを発見して、すぐさま抱きかかえると水上にあげる。プールサイドまで連れて行き、胸に耳を当てる。


「い、息をしていない⁉」

「それビートバンでしょうが!ぶっ殺すわよ!」


 水中からビートバンの叫び声が聞こえる。蓮も上がって来て心配そうな顔をする。


「こういう時は心臓マッサージや!」


 蓮がアドバイスする。俺は二夕見の胸に手を当てると圧迫する。


「よし!1!3!5!7!11!13!17!蘇生!」

「それは蘇生じゃなくて素数でしょうが!つまらんボケかますな!」


 横に上がってきたビートバンがツッコむ。


「ダメや!効いてへん!」

「ど、どうしよう!効いてないのか⁉お、落ち着け!落ち着いて素数を数えるんだ!2、4,6,8,10」

「この素数数えるしかできない無能!しかもそれ素数じゃなくて偶数だし!」

「こうなったら人工呼吸や!」

「そ、それって、キスするってことか⁉仕方ねえ!1!3!5!7!9!11!13!15!」

「それはキスじゃなくて奇数!しょうもないことすんな!もういいってのよ!」 


 横でビートバンがぶちぎれる。


「ダメだ!こんな少ない空気じゃ足りない!こうなったら秘密兵器だ!」


 俺は例の物を持ってくると二夕見の口に押し当てると圧迫する。


「しっかりしろ二夕見!これでたくさん空気送ってやるからな!これでなんとかならなかったことはない!」


「キュッポン。キュッポン」


「それトイレつまった時に空気送りこむやつでしょうが!トイレで一番汚いやつよ!私を想定してどんな汚いもの口に押し当ててんだハゲ!死ね!」


 二夕見が感情のままに悪態をつく。


「ていうか、やっぱりバカにしてるじゃない。もういい。私帰る。水着とか二度と着ないから」


 悲しそうな顔をして胸を隠すと更衣室に行こうとする。


「おいあんたが言いすぎるから!」


 蓮浦が慌ててプールから上がろうとする。慌てて俺も二夕見を追いかける。


「お、おい待ってくれ二夕見!」

「いやまじでごめんって!ほんとは似合ってるし魅力的だと思ったんだ。悪い言い過ぎた!」


 実際お世辞とか取り繕いとかでなく、そう思った。傷つける気はなかったとはいえあまりに心遣いが足りなかったことに今更後悔する。しかし二夕見は立ち止まると睨みつけるように振り返り、きっと結んだ口を開く。


「嘘つき!そんな見え見えのお世辞言って取り繕おうとしても嬉しくないのよ!」

「ほんとだ。思ったよりもずっと似合ってたから、気恥ずかしくていじったんだよ。俺はすらっとしてていいと思ったんだ」

「う、嘘よ!またいつもみたいに適当なこと言ってるんでしょ!大体あんたは―――」


 言いかけて口を開いたまま固まる。


「ど、どうした」

「あ、あんたそれ、髪が―――」


 なんだよ濡れて頭皮が透けててハゲが目立つとでも言いてえのか。


「あ、あいつ前髪下ろしたらあんな感じなん⁉」


 蓮浦が蓮に何やら言っている。


「せやで、一は普段前髪も邪魔やからって適当にゴムで結んで上げてボーっとしたたるみきった顔で歩いとるけど、髪下ろしたらイケメンになんねん」

「ま、まじか」


 二人で何やら話している。


「あ、あんた、前髪…」

「ん?ああさっきの一連の動きと濡れたせいでゴムがほどけたようだが、それがどうかしたか?」


 二夕見の頬がみるみる赤くなっていく。


「べ、別になんでもないわ。な、何で私たかがこいつのギャップに動揺してるの⁉」


 などと後半はもにょもにょと聞き取れない。


「さ、さっきの言葉」

「ん?」

「さっきのもう一回言ってよ」


 恥ずかしそうに手を後ろに回しそわそわしている。


「あ?さっきのってどれだよ」

「私のこと、か、可愛いって」

「可愛いなんて一言も言ってねえよ。ただ水着が思ったより似合ってたって言ったんだよ」


 二回も言わせんなよ恥ずかしい。


「すらっとしてて可愛いって、言った」

「いや別に可愛いとは―――」

「じゃあさっきのはどういう意味なの」


 急にまた目つきが険しくなり、戻りかけていた機嫌が再度悪くなりかける。


「…そうだよ。似合ってて魅力的で可愛いって言ったんだよ」


 ここまで言わないとまた機嫌が悪くなりそうだからな。


「ふ、ふうん!ま、まあ!そこまで言うんだったら、いいわよまだ一緒にいてあげる。私の魅力的な水着姿が見たくてしょうがないみたいだし。帰るのも可哀想だものね」


 なんじゃこいつ。俺が悪かったとはいえなんて女だ。


「でも前髪は結んでよね。なんか調子狂うし。あんたはほげーっと鼻ほじってる方がしっくりくるのよ」

「まあ邪魔だしそのつもりだが」


 何とか二夕見の機嫌も戻り、水の中に戻る。蓮浦と蓮もほっとしている。






 しばらく水の掛け合いや、競泳や、バレーなどをして遊んでいると、女子更衣室の陰から誰かが覗いていることに気づいた。


「おい二夕見。誰か覗いてないか?」

「え?どこ?」

「女子更衣室のところ」

「ん?あ、ほんとだ」


 蓮浦と蓮は水中プロレスをしているためこちらに気づかない(といっても蓮が一方的にボコボコにされている)。よって気づいた二夕見が確認しに行く。すると。


「あっ、りんごちゃんじゃない。どうしたの?」


 二夕見に大きな声で呼ばれびくっとして逃げようとするも捕まえられた黒森りんごがいた。


「この泉に、千年に一度、飲めばどんな病も治してしまう聖水が湧くと聞いて、それをねらう邪悪な魂を持ったものたちから守るために調査に来たのだ」

「じゃあ違うな。ここは塩素と二夕見の鼻水が混ざった、飲むと逆に健康を害すると言われてるプール水だからな」

「別に鼻水なんか出してないわよ!」

「そ、そうか間違えたか。では帰るとしよう」


 と言って逃げようとする。


「待て待て待て。そんな泳ぐ気満々のかっこうでゴーグルと浮き輪までつけといて帰ろうとすんな。本当は泳ぎたくて見てたんだろ」

「ち、ちがう!余はここから泉を守る水の精霊の代わりになぜかトイレの妖精エチチチがいたから困惑していたのだ」

「そのエチチチとかいう妖精はまさか俺のことじゃないだろうな!俺はえいいちだガキこら!なんだそのめっちゃスケベそうな妖精は!」

「でもトイレの妖精が泉に入っているということは、泉はトイレの水と変わらぬくらいの質に下がってしまったということなのだ。恐らく飲むと一瞬で年寄りまで老けるだろう。なので余は帰るのだ」

「トイレの妖精はどんだけ汚え存在なんだよ!ていうか誰がトイレの妖精だおら!」

「あははははははははははっ!」


 横で二夕見が爆笑している。


「で、本当はどうしたの?泳ぎたいんでしょ?」


 ひとしきり爆笑した後二夕見が腰をかがめて目線を合わせると優しく尋ねる。


「余には泉をねらうやつらから泉を守る使命があるのだが、余は悪魔の宿ると言われている果実を食べた身ゆえ、泳げないのだ。だから余は泉を守るために限界を超えた修行をする必要があると思いここで時がくるのを待っていたのだ」


 二夕見が「や、やめてえっ!」と言いながら身もだえしている。色々思い出しちゃうんだろうなきっと。可哀想に。


「それ悪魔の実じゃねえか。だったら一生泳げないから諦めな」

「ちょっと!自分がバカにされたからって意地悪しないでよエチチチ」

「誰がエチチチだこら!二度と呼ぶんじゃねえぞバカ女!」


 二夕見が自分で言っておきながら「エチチチ、ぷっ、ぐふっ」とツボっている。


「で?本当はなんで泳げるようになりたいんだ?本当のこと話してくれたら手伝ってやるよ」

「むう。実はゆいなちゃんとひかりんと海に泳ぎに行くことになったのだが、余だけ泳げないから恥ずかしいのだ」


 と素直に話し出す。


「そうか。じゃあ教えてやるずんだもん。根性見せろよ」

「余はずんだもんではないのだ!」


 ということで黒森が泳げるようにみんなで教えることになった。


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