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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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50話 三大生活病 「いぼ痔・切れ痔・痔ろう」

 探求心。それはいつだって人類の進歩を進めてきたものだ。より深く、もっと奥に。その執念がいつだって何かを見つけるきっかけになる。偉人たちの共通項はその深層を探らんとする好奇心だと言えるだろう。浅くすませることは誰にでもできる。



しかしそれではいつまでも同じ景色しか目に映らない。思考も、経験も、言葉も浅くては前に進めない。深いものにこそ意味があり価値がある。たとえ出口のない暗いあなぐらでも、堀り進めていけばいずれ光が見える。より深く、さらに奥に進まんとする意志が、通常では辿り着けない場所へ導いてくれる。見たことのない何かを見せてくれる。見たことのない景色へ、行ったことのない場所へ。冒険へ出かけよう。


 


 というわけでやることもない真夏の昼下がり、俺はクーラーの効いた部屋でベッドの上に寝っ転がりながら鼻をほじっていた。より深く。もっと奥に。この夏にしかできないことを俺はやるんだ!新天地を目指すんだ!ここまで行けたのか!あと少しで届く!うおりゃああああああああ!



「ドンドンドンドンッ」


「ガリッ」


「あいだああああっっっっ!」




 突然強くノックされたドアの音に手元が狂い、爪で強くひっかいてしまった。




「いつつつっ。ったく誰だよふざけやがって」




 小言を言いながら玄関に向かうと、覗き穴から外を見る。


 そこには腕を組んで仁王立ちしたジャージ姿に竹刀を持った河瀬先生がいた。




「……寝るか」




 踵を返しかけた瞬間、先生の声が聞こえた。




「おい一ノ瀬。玄関まで様子を見に来たことは分かっている。そして私を確認して気配を消して戻ろうとしていることもな。なぜ私がここにいるか分かるな?」

「すみません。よくわかりません」

「siriのふりをして返事をしても無駄だ。早くドアを開けろ」



 徐々に機嫌が悪くなっていくのが伝わってくる。




「今新天地を開拓地してて忙しいんですよ先生。また来年にしてください」

「どうやら来年も二年生をやりたいようだな。一応聞いておいてやるが何をしていた?またトイレ探索か?」

「そっちもはかどってますけど、今日はどれだけ深く鼻くそを追えるか探索してました」

「お前は本当に想像の百倍くらいつまらない夏休みを過ごしているようだな」




 はあっとため息が聞こえてきそうだ。




「俺の座右の銘は『トイレは詰まらせても鼻くそは詰まらすな』です」

「トイレも詰まらせるんじゃないお前はまったく。で、私がここに来た理由は分かっているはずだ」




 声が一段低くなる。




「あっ、やっべお腹痛くなってきた。先生俺用事ができたんでまた今度にしてください。できれば来年くらいに」



「ドゴオン!」




 ドアが強く殴られる。




「もうその言い訳は聞き飽きたな。いいか?夏休みの補習が始まって一週間経つがお前らは一度も来ていない。このままだと間違いなく留年だ。お前たちのようなバカの救済措置として補習があるんだ。今すぐ学校に来い。わざわざ私がお前の家まで来た理由は分かったな?」

「すいませんよくわかりm―――」


「ドッゴオン!」




 さっきより強くドアが叩かれる。




「ガチャッ」




 隣の部屋のドアが開いた音がした。




「先輩うるっさい!今何時だと思ってるんですか!ドゴンドゴンドゴンドゴン近所迷惑も考えてください!だいたい……」




 急に文句が止まり、静かになる。




「あっ、お取込み中失礼しました~。あとはごゆっくり~」




 そう言ってドアを閉めようとしたところ、先生にドアを抑えられたようだ。




「これは思わぬ収穫だ。一番厄介だろうとふんでいた天ヶ崎が自分から出て来てくれるとはな」

「いやああああああああ!」




 どうやら先生に捕まったらしい。




「おい一ノ瀬。お前の可愛い後輩を一人で行かせていいのか?もしお前が来なかったら私ははらいせいに天ヶ崎に倍くらいプリントをさせるぞ」

「どうぞお好きなように。煮るなり焼くなりしてください。なんならそのまま二度と連れ帰らないで下さい」

「この人でなし!先輩のうんこったれ!室外機に泥団子ぶつけまくってクーラー使えなくしてやりますからね!」

「うるせえバーカ。さっさと補習受けてこい」




 鼻をほじりながら返事していると天ヶ崎が「あっ!」と声をあげる。




「そういえば私先輩の家の合鍵持ってます」

「でかしたぞ天ヶ崎!よくやった!」

「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」




 こ、このクソ女恩をあだで返しやがった!




「キーガチャン」




 ドアが開けられ先生と先生に抱えられた天ヶ崎が入ってきた。




「よし。じゃあ行くか」




 二人して先生に襟首をつかまれ、引きずられて学校に連れていかれる。




「てめえこのクソ女!お前覚えとけよ!明日から毎日お前を学校に引きずって行ってやるからな!そして俺は帰るけどな!」

「元はといえば先輩のせいで私は捕まったんですよ!先輩の鍵先生に渡しときますからね!」

「まったくお前らは本当に醜いな。一度二人とも私の家で合宿して躾け直す必要がありそうだ」




 などと指をパキパキならしている。




 こうして俺の最高の夏休みは無事終了した。








「ミンミンミンミンミンッ」




 窓の外から煩わしいくらい大きな蝉の鳴き声が聞こえてくる。そしてそれと張り合うかのように運動部の掛け声が三階の教室にまで響く。俺が中学の頃を思い出しながら窓の外をぼーっと眺めているとチョークが飛んできた。




「いだっ」




 頭に当たり前を向くと




「おい一ノ瀬。女の子の着替え姿でも見えるのか。それとも私の授業はそんなにつまらんか」




 河瀬先生が腕を組んで軽く睨んでくる。




「いやいや聞いてましたとも。より脳に響かせるために横を向いて耳を近づけてたんですよ」

「ほお。なら分かるな。近年問題となっている生活習慣病を三つ答えろ」

「腹痛、下痢、腰痛」

「全然違うな?それ全部お前の問題だな?お腹痛くてトイレしたら下痢で、長いこと座りすぎて腰が痛くなっただけだよな?」




 先生が再度チョークを投げてくる。




「じゃあ和泉。答えろ」

「……」

「和泉!起きろ!」




 またチョークが飛んでいく。




「いだっ!」




 頭にあたり起きる蓮。




「生活習慣病だ。三つ答えろ」

「いぼ痔。切れ痔。痔ろう」

「違う!誰が痔の種類を言えと言った!お前らふざけているのか⁉大体二人しかいないくせになぜ二人とも聞いていない!バレないとでも思ったのか⁉」




 キレた先生が黒板を叩く。




「キンコーンカーンコーン」




 そうしているとチャイムがなり、一時間目の補習が終わった。




「はあ。お前らそんなに留年したいのか?最初の一週間も当然のように来ないしな。私が家まで行かなければ最後まで来なかっただろ?なんのための補習だと思っているんだまったく」




 先生が疲れたようにこめかみをおさえる。先生には申し訳ないが、勉強だけはどうしても集中できないし拒否反応が出てしまう。そのためこういうことになっていた。




「そういえばお前ら夏休み前に用務室から石鹸盗んでバレたやつの反省用紙を出せ。あれももう期限過ぎてるな」

「いやそれがですね。たしかに書いたんですよ。でも仕方がなかったんです。僕もあんなことには使いたくなかったんです。でもなかったんですよ。トイレットペーパーが」

「……」




 先生のこめかみがピクピクする。




「じゃあお前らには保健のプリントを渡しておいたな。夏休みの宿題だと言って渡したやつ。どうせ補習もろくに受けないと思って渡しておいたやつだ。あれでなんとかしといてやるから。あれを集める。出したまえ。昨日集めるから持ってこいと言っておいただろ」

「いやそれが先生。トイレの妖精さんが隠しちゃって。今お年頃で、保健のエッチな内容の授業に興味が出ちゃったみたいで。終わってたんですよ?ちゃんと。ほんとすいませんね。うちの妖精さんが。俺が代わりに叱っとくんで許してやってください。ほんといたずら好きなんだから」

「…和泉は?」

「いや俺も終わってたんですけどね?でも通学中にやぎさんが食べてもうて。僕が代わりに注意しとくんでやぎさんを肉にするのだけは許してあげてください」

「てめえら毎回毎回そのバカみたいな言い訳が通じると思ってんのか⁉一ノ瀬!血が出るまでやすりでけつ拭いてやろうか⁉ああ⁉和泉!ピンポイントで毎回てめえのプリントだけ食うヤギがいるか!てめえをミンチにしてやろうか⁉」




 普段なかなか怒らない河瀬先生がとうとうキレてしまった。怒ったら元ヤンの部分が出てくるんだな。




「おっといかんいかん。私はもうそんな話し方はやめたんだ」




 と首をぶるぶる振って落ち着ける。




「はあ。お前らは本当に私の好意を毎回毎回無下にしおって。いいか?プリントは確実に仕上げてこい。夏休み中にだ。大体保健と体育で補習がある生徒はお前らが初めてだよ。私の時間を奪うなまったく」




 と大きくため息をつく。




「分かりましたじゃあプリントはやってきます。でも体育に関してはダンスなんかさせるからですよ。ダンスとかダルすぎますよ。サッカーしようぜサッカー」

「はあ。もういい分かった。次の時間はダンスの補習の予定だったがそれはちゃんと受けたことにしておく。その代わりだ。お前らには別のことをやってもらう。体育着は持ってきているな?」

「「まあ一応」」







 というわけで、緑のコケと茶色い泥で覆われたプールの前に俺たちは立っていた。




「ここを掃除しろ。そしたらダンスの補習は全部受けたことにしておいてやる」

「いやいやいやたった二人で⁉何時間かかるんだよ!」

「しかも何で夏休みやのにまだプールこんな汚いままなん?」

「うちは水泳部なんてないし、水泳の授業は夏休み明けからだからだ。お前ら去年は水泳の授業はなかったか。良かったな今年は泳げるぞ」




 などといい笑顔で語りかけてくる。




「ああ持病の水虫が。ちっくしょう今ちょうど足に水虫できてるんだよなあ。もし菌がプールに入り込んだりしたら大ごとだから掃除できねえや!くっそおやりたかったなあ!」

「ああ俺も今おしりにでっかいイボできてるから移ったら大変やし入られへんわ」

「安心しろちゃんと掃除した後に消毒するから。しかも和泉に至ってはおしりだから全然関係ないしなんならイボはイボでもいぼ痔だから移りようがないしな」

「「……」」

「じゃあな。あとは頑張りたまえ。逃げたら殺すから気をつけろ」




 そう言い残すと出て行った。




「おいまじかよ。どうすんだよこれ。こんなのあのトイレ掃除のジジイにやらせとけよ」

「あんなボケジジイにやらせたら女子更衣室しか綺麗にせんやろ。しゃあないわ。やるしかないやろ」




 改めてこの広さを見て絶望する。




「「……」」




「よし。こうなったらあいつを呼ぼう」







 俺は携帯を取り出すと電話をかける。




「プルルルルル。ガチャ。もしもし?」

「よお二夕見。今学校にいるんだけどよ、先生がプール開けたから泳いで遊んで、日頃の疲れをいやしてくれってさ。すぐ来てくれ。バレたらまずいから体育の補習者にまぎれて体育着で来た方がいいぞ」

「ええ!ほんと⁉ちょうど暇してたのよね!りん誘ってすぐ行くわ!」




 そう言って電話が切れた。




「はい人員確保」

「お前悪いわあ」




 などと言っているがこいつもスマホを取り出して蓮浦に電話しようとしていたのは見え見えだ。どうせ俺と似たようなことを言ってだまして連れてくるつもりだっただろう。






 しばらくして二夕見と蓮浦が来た。プールの中も見ずに急いで着替えてくると(上は体育着で隠していた)




「泳ぐわよー!」




 浮き輪をはめ、飛び込もうとして慌ててブレーキを踏む。




「って何これ⁉水入れてない上にきたな⁉」




「よし来たな。今からプール掃除を始める。整列!

そこ!何をはしゃいでいる!水着なんか着て浮き輪なんかはめやがって!しかも学校指定のスク水じゃなくて普通の水着だと⁉プール清掃舐めてんのか!お前だけ罰としてバケツ汲んでこい!俺たちはジョウロを使う」

「あんただましたわねこのクズ!何が日頃の疲れを癒せよ!こき使う気満々じゃない!何よこの汚いプールは!」




 二夕見が肩を怒らせて詰め寄ってくる。




「やっぱり呼ばれたか」




 後ろから声がして振り向くと河瀬先生だった。




「いや悪いね二人とも。こいつらの補習の代わりだったんだが、二人だと時間がかかりすぎるんだよ。良かったら手伝ってくれないかな。誰もやってくれる人いなくてね。昼は奢るからさ」




 と罰が悪そうに手を手とうの形にすると謝るように合図する。




「はあ。まあ先生のお願いならしょうがないやんな。しお」

「まあ。お昼奢ってくれるんなら」




 先生にはちょっと不満そうな顔を向けるが、俺に向き直った瞬間きっとキツイ表情に変わる。




「なんか茶色いけどあんたんことかしてないでしょうね」

「してるかバカが!俺を何だと思ってんだ!」

「でもちょっと汚すぎない?見てこの床!緑色とか茶色だし、なんかの菌まみれじゃないの⁉こんなところ入ったら感染するんじゃないの⁉絶対色んな菌いるわよ!ウイルスとか病原菌とか細菌とか一ノ瀬菌とか!」

「おい?最後おかしかったよな?明らかに聞いたことない菌が入り込んでたよな?なぜ小学生の時のプールの授業の時の女子の反応を再現した?なんで知ってる?」

「なんなら先生が注意したら、でも大腸菌は移ると思います!って言われて結局一がプールに入る前に手を洗うことがルールとして決まったな。

それまでは一ノ瀬菌はバリアで防げたんやけど、それ以降鬼ごっこではバリアの利かない一ノ瀬大腸菌が流行り出した。トイレ入った直後とうんこ踏んできた日だけその最強の菌が伝染しとったな」




 蓮がいらない補足をし、先生が目元を拭う。




「しかもよく見たら虫もいるんですけど!アメンボとかヤゴとか小エビとか一ノ瀬の水虫とか!移ったらどうすんのよ!」

「水虫は虫じゃねえだろうが!大体俺は本当に水虫じゃねえんだよ!」




 二夕見はその後も不満そうだったが、結局折れて、体育着に着替えてくると、四人でプールの底に降りることにした。先生は「終わったら水貯めて泳いでいいぞー」と言い残し業務に戻って行った。




「よーし。じゃあまずこの最強の洗剤トイレマジックをまくから、みんなでこのブラシで擦ってくれ」

「了解!」




 蓮がブラシを上に掲げ合図する。




「待て待て待ておかしいでしょうが!」

「ああ悪い粉派だったか」

「違う!そこじゃないわよ!トイレの洗剤で洗えるか!しかもそのブラシもどこから持って来た!トイレから持って来たでしょ!あんたたちはトイレ掃除以外のトイレの仕方を知らないのか!」 

「俺は粉より液体派だな。親父が増毛パウダーは効かないってぼやいてた」

「まだ洗剤の話してんのかと思ったらそれ育毛剤の話じゃないこのバカ!あんたの毛生え薬の好みなんか聞いてないのよ!そのブラシで頭皮でも擦ってなさいこのハゲ!」




 改めて綺麗なプール掃除用のブラシを持ってくると、プールの底に降りた。ホースで水をまきながら擦っていく。




「うわー。汚いわねえ。一年でこんなに汚れるのね」

「ほんまになー。でもこういうの一度やってみたかったんうち」




 と楽しそうな蓮浦。




「あ、ほんま?なら今度公園の男子トイレの床磨いてくれへん?ホームレスのおっさんたちの小便でちらかっててこれより磨きがいあるで」

「一緒にすんなボケ!そういう汚さは求めてへんねん!こっちは青春っぽくて磨きがいあるけどそっちは洗っても落ちないくらい汚さが染みついてんねん!もう場所そのものが汚いねん!」




 蓮浦が激高する。




「ていうかお前らへったくそやなあ。見てみ。落ち具合が全然ちゃうやん」

「ほんまや。こいつらなんでこんな上手いねん」




 蓮浦が俺たちの磨いた場所と自分の磨いた場所を見比べる。




「まあ俺たちは普段からこんなもんとは比べ物にならないものを磨き落としているからな。こんなもん床にこびりついたうんこに比べたら可愛いもんだ」

「理由がしょうもなさすぎんのよあんたの特技は毎回毎回」




 二夕見が呆れ顔で見てくる。




「あれは小学三年生の時だった。掃除の場所決めにおいて、一人の少年が言った。



『トイレは一ノ瀬君が一番使ってるから一ノ瀬君がやるべきだと思います』



そしてクラス中が賛成した。


それ以降俺は卒業まで毎日トイレを洗い続けた。小学生のトイレの汚し方はすごいぞお。うんこ壁についてたりするからな」


「俺は手伝って一緒に卒業するまで、なんなら中学でもトイレ掃除したな」


「か、かわいそすぎる」




 憐みの目で見てくる二人。




「なんで一ノ瀬くんだけなん?お前は?」




 蓮浦が不思議そうに蓮に問いかける。




「俺はトイレによくいたがうんこしてることはあんまあらへんかったからな。ただ一はうんこばっかしとるし、そっちゅううんこ踏むから嫌われていじめられとったな」

「それでこんなに歪んじゃったのね。ごめんね。こんなモンスターが生まれたのは世の中が悪かったのね」




 などと二夕見が気の毒そうに見てくる。




「うるせえ!モンスターって何だ!お前だってモンスターペチャパイだろうが!」

「誰の胸が怪物級にないですってえ!」




 二夕見が睨みつけてくる。




「とにかくトイレ掃除のしすぎでこんなにブラシが上手いってことやね」




 蓮浦がまとめようとする。




「まあ自分の居場所は自分でつくるものだからな」

「それ意味違うと思う。なんかかっこつけてるけど全然かっこよくないから。居場所づくりとかじゃなくてただトイレ掃除させられてただけだから」






 話しながら磨き続けること一時間が経った。かなりきれいになってきた。







 突然、すぐ隣でコケが多い所を洗っていた二夕見がコケで足を滑らせて体勢を崩した。




「きゃああ!」 




 俺に向かって倒れて来て、そのまま俺に体当たりする。




「うお!」




 踏ん張って耐えようとするが足元がコケで滑るため俺も体勢を崩しそのまま床に滑るように倒れる。




「うへええ。服コケまみれじゃねえか。これ落ちねえだろ」




 立ち上がりながら払うがこびりいついている。二夕見を見ると俺にぶつかることで自分はバランスをとったらしい。




「あ、ごめんごめん。なんか生臭いからちょっと離れてね」

「このクソ女があ!」




 俺はホースの口を指で圧迫すると水を噴射して二夕見に向ける。




「きゃああああああ!」




 二夕見の服にかかりビショビショになる。




「何してくれてんのよこのクサレ外道!」

「うるせえこのアホ女が!お前にスライディングしないだけありがたく思え!」

「あんたこそ泥がつかなかっただけありがたく思いなさいよ!あんたは茶色の方が似合ってるけあばばばばばばばっ」




 やかましい二夕見の顔面に噴射する。




「はっはー!この前のインターンでのお返しだおら!」

「殺すからあ!」




 髪までビショビショになった二夕見が激高する。




「あ、しお下透けてんで」




 蓮浦に指摘され二夕見の顔がみるみる赤くなっていく。




「いやあああああああ!」




 うずくまって腕で胸元を隠す。




「でもそれ下水着やねんけどな。恥ずかしがって体操着で隠してたからなあ」




 蓮浦が苦笑いしている。




「二度と俺に逆らうんじゃねえぞ」




 そう言い残すと掃除を再開する。






 数分後。ジャージを上から着た二夕見が水圧洗浄機を持ってきて俺に向けてきた。




「一ノ瀬!今すぐコメツキバッタみたいに謝罪しないとこれ噴射するわよ!」

「バカ野郎!そんなん反則だろうが!血出るわ!てめえには常識がねえのか!」

「この私を辱めた罰よ。あんたの心の汚れはこれくらいしないと落ちないからね」




 などと本気でスイッチを押そうとしている。どうやら先ほど水着を見られたことがそうとうお怒りらしい。




「なにか言うことあるでしょ?」




 これが最後だと言わんばかりに言い放つ。




「すいませんでしたああああ!」




 俺はバッタみたいにペコペコ謝罪する。




「ど・げ・ざ」




 ち、ちくしょう。俺はしぶしぶ泥に膝をついて頭を下げる。




「ふんっ。次はないからね」




 そう言って水圧洗浄機で掃除を開始する。




 この野郎覚えてろよ。俺は心の中で悪態をつきながら膝の泥を落とす。







 数分後。




「人類は居住区を求めて青い大きな水槽の中に二種類の生物を送った。そう。コケと、ゴリラ(メス)だ。しかし厳しい環境は、ゴリラを進化させてしまった。そう。知能を持ったゴリラ、二夕見しおの誕生である。


彼女は道具ブラシを使いこなし、言葉を発するようになったのだ。知能を持った二夕見しおの身体能力は非常に高く、獰猛だ。しかし我々人類は突如発生した未知の脅威の病気、みずむしのワクチンを作るため、一人の戦士を送り込んだ!それこそが、日本の宝。そう!一ノ瀬英一だ!」


「わけわかんないこと一人でごちゃごちゃ言ってないでさっさと手動かしなさいよ!サボってんじゃないわよ!」




 俺がなんの虫をベースにしようか考えていると二夕見が野次を飛ばしてきた。




「出たな人類の敵め!」

「誰が人類の敵よ!」

「うるせえお前はこけでも食ってろ!」




 言い返すが無言で水圧洗浄機を向けられて、黙って掃除を再開する。







 そんなこんなでさらに一時間ほど経ち、太陽が真上に来る頃にようやく終わった。




「「「「終わったー!」」」」




 みんなで汚れを水で排水溝まで流し出すと、上に上がった。




「おお終わったか。お疲れ様。じゃあご飯行くか」




 ちょうど先生もやって来た。




「「やったー!」」




 俺と二夕見が両手を上に挙げて喜ぶ。




「いやいや。お前は行けるわけないだろ。補習だ補習」

「補習は保留で」

「何を上手いこと言って逃れようとしているんだ。次は国語だったな。ご飯食べて一時間くらいしたらすぐだから頑張りなさい」

「「ぶーぶーぶー」」




 二人で苦言を呈する。




「自業自得だ。お前らは私の好意を無下にするから甘やかさんぞ。さっさと行きなさい。放課後になる頃にはたまってると思うから。さて。私たちも行こうか」




 先生はプールにホースを複数置くと、水を出してと女三人でさっさと行ってしまった。




「いつもいつも女子だけで楽しく食事しやがって」

「ほんまにそうや。ていうか国語とか絶対受けたないわ」

「先生たちを尾行しねえか?いつもいつもあいつらだけずるいぜ」

「そうするか」




 俺の提案に蓮が乗っかり、俺たちは学校を抜け出すと後ろからついて行くことにした。 

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