49話 「一ノ瀬菌はバリア利くけど、うんこした直後の一ノ瀬大腸菌はバリア利きませーん」
しばらくしばらく車を走らせ、十分ほどで銭湯についた。時間は十九時となり夏とはいえ暗くなり始めていた。
「さあ着いたぞ。学校から歩いてラーメン屋さんに行って、汗かいて気持ち悪いだろ。さっぱりしてくるといい。私も楽しみだ」
などと言って胸元のシャツをパタパタさせ、胸がブルンブルン揺れている。それを側で見た二夕見が先生の胸部を親の仇のように睨みつけている。
「あのー、私持病の銭湯に入ったら死ぬ病が発作しそうなので待ってますね」
などと小癪な言い訳をしてさもしい胸を見られることから逃げ出そうとする二夕見。
「そんな病気は聞いたこともないから。さっさと行くぞ二夕見」
「せやでしお。逃がさへんからな」
そう言って二人に両手をつかまれ女湯に引きずられていく。
「あんなに食ったもんなあ。まあ胃下垂は恥ずかしいことじゃないさ。食後はみんなお腹少しは出るんだから気にすることないさ」
「何で慰められてんのよ!出るのが恥ずかしくて入らないんじゃないから!ていうか出ないって言ってるでしょ!死ねノンデリモンスター!のぞいたら殺すからね!」
そう言い残して暖簾の向こうに消えて行った。
「俺たちも入るか」
「せやな」
脱衣所で服を脱ぐと腰にタオルを巻き、銭湯の中に入ると、湯舟にはロン毛の男と、タオルと顔にかぶせてもたれかかってぐったりしている男の二人しかいなかった。
頭を洗った後に体を洗い、湯舟に浸かろうとした時、ロン毛の男が話しかけてきた。
「待たれよ!おぬしらあの程度の洗いで湯舟に浸かろうとするなでござる!もっと丁寧にあかすりで最低十分はかけて洗ってからでないと入らせないで欲しいでござる!」
何やら気難しそうな男が立ち上がり制してきた。年のころは俺たちと同じくらいに見える。何だこいつはめんどくせえな。
「おい俺のけつが汚いとでもいいてえのか。俺はけつを十分かけて洗ってんだぞ」
「見ててずっと思っていたでござる!おぬしお尻洗いすぎでござる!心がけはすばらしいでござるがお尻以外ほとんど洗っていなかったでござる!」
「何やと俺のけつが汚い言うんか。俺は普段からウォシュレットでおしりに刺激与えてんねんぞ。一日何回お尻洗ってると思ってんねんこら」
「だからおぬしらお尻以外ほとんど洗っていなかったでござる!ていうか何でそんなにお尻に刺激与えてるでござるか!」
どうやら湯船から審査していたらしい。
「おい俺の足が臭いってのか!」
俺は足をあげて軽くバタバタさせる。
「いやほんとに臭いでござる!ほんとに石鹸で洗ったでござるか⁉この距離でこんなに臭うのなかなかでござるよ⁉」
「うるせえなお風呂の主かお前は」
「拙者はお風呂の主ではござらん!銭湯を愛する潔癖将軍!高いに杯と書いてつきと読む、高杯俳でござる!」
「おいござる。早く風呂に入らせろ」
「拙者はござるではござらん!高杯俳でござる!せめて足を洗って来てほしいでござる!」
鼻をつまみながら失礼なことを言う。
「しょうがねえなあ。洗い直すか」
「めんどいなあ」
仕方なくまたあかすりで体を念入りに洗い直す。
「おらよ。洗って来てやったぞ」
「いやおぬし足を洗えと言ったのにずっと頭皮しか洗ってなかったでござるが⁉話聞いてたでござるか⁉」
「バカ野郎!頭皮の脂はしっかり洗い流さないとはげちまうだろうが!」
「何か地雷踏んだでござるか⁉急に怒り出したでござる!もういいでござる!拙者が洗ってやるでござる!」
などと湯船から上がると俺の足を洗い出す。
「くさっ⁉何をしたらこんなに臭くなるでござるか⁉」
「分からんな。うんこ踏んだけどそれはいつもだから関係ないしな」
「間違いなくそれでござる!心あたりしかないでござるよ!なんで靴を貫通してこんなに臭くなるでござるか⁉おえっ!もう一人の男はまたおしり洗っているしこやつらもう怖いでござる」
五分程足を洗ってもらいようやく満足がいったらしい。
「まあこれくらいなら入ってもいいでござる。ギリギリ及第点といったところでござるな」
「おう悪いな。洗ってもらって。代わりにお前の背中洗ってやろうか?」
「そのおぬしの足の裏を洗った汚いあかすりで洗おうとするなでござる!いいでござる!まさにありがた迷惑でござる!」
蓮もお尻を洗い終わり、三人で湯舟に入ろうとしたところで、先ほどから思っていたことを聞く。
「なあ。なんでこの湯舟こんなにぶくぶく泡立ってんだ?あれか?水中で気泡を発射してマッサージするやつでもあんのか?」
「拙者もそう思って探してみたのだが見つからなかったでござる」
「しかもなんかめっちゃ硫黄の臭いせえへん?銭湯なのに温泉みたいに地下から湧いてるんか?」
「この銭湯にはよく来るのでござるがこんなサービスはなかったでござるし、源泉があるなんて聞いてないでござる」
ござるも不思議そうに首を傾げている。その時。
「よっこらしょ~!おーし温まったぜよ!次は冷水で体を冷ますとするぜよ!」
先ほどから顔にタオルをかけてくつろいていた男が立ち上がったと思ったら、この前公園で出会ったコスプレ警察官、津田十太郎であった。
「あれ⁉お前⁉」
「あれ?おんしはこの前の、英一じゃないけ!久しぶりじゃのう!元気しとったかよ⁉」
俺に気づき近づいてきた。
「こんなとこで何してんだお前は?」
「んん?わしはたまにここの銭湯にくるぜよ。一緒にいるのは友達か?」
「ああこいつか?こいつは俺の友達の和泉蓮太郎だ」
隣で首を傾げていた蓮を紹介する。
「よろしく。一からは蓮って呼ばれとる。てかなんか急に泡が消えてもうたやん。どうなってんの?」
「ほんとでござる。不思議でござるな」
「おんしらさっきから一体何を言っとるんじゃ?この泡はわしの屁ぜよ」
などと恐ろしいことをぬかす。
「「「きたなあ⁉」」」
「いやお前のおならかい!屁こきすぎだろうが!じゃあこの硫黄の臭いは…」
「これもわしのおならの臭いじゃな」
「ござるうううううううううううう!」
潔癖症のござるが絶叫する。
「最悪でござる!拙者さっきから長いことこの汚いガス体にいいと思って深呼吸したりして肺にいっぱい吸い込んでたでござる!しかもこのおならで汚染された水に長いこと浸かっていたでござるし、顔とか洗ってしまったでござる!おぬし何さらしてくれるでござるか!マナーと言う言葉を知らないのでござるか!今すぐ腹を切るでござる!」
急いで体を洗いにシャワーまで走るござる。
「お前の知り合いろくなやつおらへんのなんなん?」
「なんならお前を筆頭にしてるまである」
結局ござるが番頭のおばさんにお願いして湯舟の水をかえてもらうことになった。問題はその間なにをするかということだ。
「おい何するよ。暇すぎるだろ。何持ってる?」
「ボラギノール」
「俺はトイレットペーパー」
「わしさっきおならしようとしてちょっとうんこ漏れたパンツ」
三人で順に答えていく。
「汚すぎるでござる!何で三人ともそんなものしか持っていないのでござるか!どれもお風呂に持ち込んでいいものではござらん!特に最後の一つは頭がおかしいとしか言いようがないでござる!」
ござるが憤慨して怒る。
「まあそう怒るなタオパイパイ」
「そうぜよ。うんこくらい誰でも漏らすぜよタカパイパイ」
「全然違うでござる!高杯俳でござる!タオパイパイでもなくタカパイパイでもなく高杯俳でござる!」
高杯が憤慨している。
「なんやお前らそんなんで暇つぶしできへんやん」
「ここにあるものは、石鹸と」
「風呂掃除のブラシやな」
「あ、俺さっき円盤状のちょっと大きい石拾ったぞ」
「「「ということは!」」」
三人で視線を合わせるだけですぐに伝わった。
俺たちは石鹸でタイルを擦って滑りやすくすると、フォーメーションについた。
「よしまずは俺からだ。この円盤上の石をより排水溝の近くで止めたやつの勝ちだ!」
「銭湯でカーリングをするなでござる!」
待ち時間でさっきの汚れを落とそうと体を洗っている高杯が注意する。
しかし、何回やっても全部綺麗に排水溝で止まる。
「おいどうする!全部排水溝でピッタリ止まるぞ!一体どうなってる⁉これじゃあ勝負にならねえぞ!」
「しまった!水が流れやすいように凹んどるぞここ!」
「なんじゃとお!」
「おぬしらそろいもそろってバカなのでござるか⁉」
諦めて俺たちは別のことで時間をつぶすことにした。
「やってられんの。そうじゃわしさっきのパンツでも洗うぜよ」
「じゃあ俺はさっき銭湯の入り口の前でうんこ踏んだ靴洗うか」
「じゃあ俺は制服汗臭いから洗おか。でも乾かされへんか」
「サウナで乾かすといいぜよ」
「なるほど。頭ええやんな」
蓮が十太郎にナイスと親指を立てる。
「何一つよくないでござる!自分家でござるか!特にうんこ洗おうとしてる二人は今すぐ病院に行くでござる!いい加減にしないと拙者の中の武士魂が顔を出すでござるよ⁉拙者は怒らせると怖いでござるぞ!」
「おいドドンパされるぞ」
「怖いぜよ」
「次拙者をタオパイパイいじりしたら本気で怒るでござるよ⁉」
ロン毛を洗い直しながらこちらを警戒している高杯。
「おいじゃあ何するよ」
「何か暇つぶせることないんか」
「よしそんならわしの忍術見せたるぜよ」
十太郎が面白そうなことを言う。
「おいおい面白そうだな。何だよ」
「見せてくれ」
「いくぜよ。忍法。毒ガスの術!」
「うわくっさ!」
「おいそれ忍法でも何でもないやろが!」
十太郎がある意味毒ガスでもあるおならをかます。
「汚いでござる!忍法を愚弄するなでござる!」
高杯が遠くから非難してくる。
「おいそれなら俺も忍法使えるぜ」
「見せてみろ一」
「わしよりすごい忍術使えるかのお」
「媒介として石鹸を両手にこすりつけ、両手のひらを合わせ、ゆっくり空洞をつくる!そして、ふう!忍法泡の術!」
「「おお~!」」
蓮と十太郎が感嘆の声をあげる。
「いやなにもすごくないでござるよ⁉小学生がやることでござる!」
「くらえ!あわあわあわー!」
俺はたくさんの泡を作り出し、二人に向かって飛ばす。
「おわ!割れた!少し目に入ったぞ一!」
「わしらもやり返すぜよ!」
二人も泡も作り出し、宙に大量の泡が漂う。
「遊びのレベルが男子小学生なのでござるよ!銭湯で遊ぶんじゃないでござる!」
「おい二対一は卑怯だぞ!多すぎるぞ!こうなったら必殺技だ!くらえ!バブル光線!」
俺は唾から泡を作り出し、大量に飛ばす。
「なんやとお!そんならこっちはタネマシンガンや!」
「ぺっぺっぺっぺっぺっ!」
蓮と十太郎が唾を大量に唾を飛ばしシャボンを割りにかかる。
「ござるううううううう!今すぐやめるでござる!そんな汚いポケモンバトルは知らないでござる!神聖な銭湯を汚すんじゃないでござる!おぬしら湯船に入ったら打ち首でござるぞ!」
「あんたたち何やってるのさ!汚いことして!出禁にするよ!」
その時番台のおばちゃんが湯舟の様子を確認しに中に入ってきた。
「パチンッ!パチンッ!パチンッ!」
「「「いだあっ」」」
順番にタオルで叩かれる。
「綺麗に使いな!女湯のあんたらの友達は体洗いっこしておりこうにしてたよ!」
「か、体洗いっこ⁉ご、ござっ!」
高杯が何を妄想したのか鼻血を流している。
「エロ将軍」
「スケベ侍」
「ムッツリござる」
「う、うるさいでござる!せ、拙者はそ、そんなまやかしに惑わされはしないのでござる!」
鼻血をぼたぼた垂らしながら説得力のないことを言う。
「ああ違ったね。体洗いっこしてたのはおばちゃんたちだったか。あんたらの連れは恥ずかしがって隠してる子がいてなかなか湯船につかろうとしてなかったね」
「ご、ござるっ。ひ、酷いでござる。あんまりな間違いでござるよ。せ、拙者その程度ではくじけないでござるっ」
と言いつつも悔しそうに地面を叩いている。
おばちゃんは出て行ったが、お湯がたまるのにはあと少しかかるらしい。
「おぬしらもおとなしくしているでござる」
「「「あーぶくたった~♪にえたった~♪にえたらどうだかたべてみよう♪むしゃむしゃむしゃ♪まだにえない♪」」」
三人で高杯を囲んで両手をつなぐとぐるぐる回る。
「気持ち悪いでござる!どれだけ泡で遊びたいのでござるか!それも小学生なんなら幼稚園生の遊びでござる!というか何の嫌がらせでござるか!拙者の周りをそんなほぼ全裸のかっこうでぐるぐる回るのはやめるでござる!高校生がこんなことしてたらもはや怪しい宗教団体にしかみえないでござる!」
「「「あーぶくたった~♪にえたった~♪にえたらどうだかたべてみよう♪むしゃむしゃむしゃ♪もうにえた♪」」」
「聞くでござる!」
「「「おうちにかえって、うんちをしーて、おふろにはいって、ごはんをたべて、うんちをしーて、おふとんしいて、でんきをけして、おやすみなさーい♪」」」
「何か変なのがまぎれこんでるでござる!何回うんちするでござるか!お腹壊してるでござる!」
高杯を囲むのをやめ、今度は高杯に背を向ける。
「拙者はやらないでござるよ」
高杯は言わないので代わりに誰かが言う。
「ブッブッブッ」
「「何の音?」」
「おならの音」
「「ああよかった」」
「何もよくないでござる!なんなのでござるかそのチョイスは!しかもほんとにおならするでないでござる!」
十太郎のお尻の先にいたため高杯が余計に怒っている。
「ズキズキズキ」
「「何の音?」」
「切れ痔の音」
「「ああよかった」」
「切れ痔に音なんかないでござる!しかもよくないでござるし!しかもなんで鬼じゃない人が言ったのでござるか!」
後ろからござるござるツッコんでくる。
「ぶりぶりぶり」
「「何の音?」」
「うんこの音」
「「ギャーッ!」」
「とうとう漏れたでないでござるか!ほんとにギャーでござるよ!違うでござる!拙者の知っているあーぶくたったはそんな汚い遊びではなかったでござる!」
高杯が何か言っているが鬼ごっこが始まった俺たちには聞こえない。
「はいタッチ!うんこつーけた!はい十太郎の鬼!」
「いいやバリアしとったぜよ!」
「はい残念ただの一ノ瀬菌はバリアきくけど、うんこした後もしくはうんこ踏んだ後の上位種である一ノ瀬大腸菌はバリアきかないって小学生の時言ってましたー!」
「か、可哀想すぎるでござる。こやつ絶対いじめられてたでござる」
「マリオのスター状態みたいなもんだな」
「ポジティブすぎるでござる」
今度はなぜか憐みの視線を送ってくる高杯。そうこうしているとお湯がたまったようで、俺たちは湯船に入ることにする。
「よーしまずわしが湯加減を見てやるぜよ」
「お前は入るんじゃねえよ!」
「まったくでござる!おぬしは出禁でござる!」
「しょうがないぜよ。じゃあおならは我慢するぜよ。温かいお湯につかるとリラックスして屁が出やすくなるんじゃが、まあわしくらいおならを極めたら出すも出さぬも自由自在じゃ」
「我慢できるんなら初めから我慢するでござる!他人の迷惑も考えるでござるこのすっとこどっこい!というか拙者からするとおぬしら二人も入らないでほしいくらい汚いでござる!」
高杯が失礼なことを言いながらお湯につかる。
「ひゃっほう!ダイナミック入浴!」
「俺は一回転!」
俺が飛び込んだのを見て、蓮が空中で一回転してから飛び込む。
二人してテンションが上がり、バッシャーンという音ともにお湯が飛び散る。
「湯船に飛び込むなでござる!」
十太郎も入り、四人でお湯につかる。
「ふううう。極楽極楽」
「冷えた体が温まるぜよ」
「やっぱ銭湯は最高やな。痔が癒されていくのが分かるわ」
蓮を高杯が何か言いたげな顔で見ている。
「お風呂に入ってるとトイレしたくなるよな」
「まあそれは拙者も分かるでござ―――」
「うんことかな」
「普通はおしっこでござろうが!分からぬでござる!絶対するでないでござるよ!」
横を見ると十太郎が硬い表情をしている。
「どうした?」
「おなら我慢してるぜよ。あ、危ないのお。今うんこが出かけたぜよ」
「おぬし今すぐ出て行くでござる!おならよりやばいことをする気でござるか!」
高杯がすぐさま湯船から飛び出る。
十分ほど浸かったところで、高杯が立ち上がった。
「もう出るのか高杯?」
「違うでござる。サウナで調ってこようかと思って」
「ええやん。俺も行くわ」
「じゃあわしも」
「みんなで行くか」
しかし高杯は嫌そうな顔をしている。
「正直ついてこないで欲しいでござる。おぬしらが一緒だと必ず何かするとしか思えないのでござる」
「勝負な。最下位はコーヒー牛乳奢りで」
「望むところや」
「わしに勝てるかのお」
サウナの中は息も苦しいくらい蒸し暑く、外の倍は暑苦しかった。
「拙者は慣れておるが、おぬしらみたいな浅い考えで、ゲーム感覚の者には苦しいでござろう。悪いことは言わないでござる。さっさと出て行くといいでござる」
「おお水滴が蒸発した。しっこも蒸発すんのか?」
「試してみようや」
「まずは唾で様子を見るぜよ」
「話を聞くでござる!しっこなんかしていいわけがないでござろうが!唾も!」
四人並んで木材の段に座り、勝負が始まる。
「三人ともなかなか根性があるようでござるが、無理はしないほうがいいでござるよ。倒れられても困るでござる」
「流石だぜ。百度のお湯で卵茹でて食ってるだけあるな」
「だからタオパイパイではないと言っておるでござろうが!」
「やばいぜよ。もう無理ぜよ。限界じゃ」
十太郎が苦しそうな顔でうめきだす。
「ふっふっふ。拙者に勝とうなんて十年早いで―――」
「プ~ッ」
「ふう。やっぱり我慢は体に悪いぜよ」
「何の我慢をしているでござるか!しかも臭いでござる!」
「ほんとや臭いわ!お前またかい!」
隣の蓮が鼻をつまんでいる。
「お前は強制退場だ!負け!」
「嫌じゃ!わしはまだ―――」
反抗して残ろうと抗っていたが三人で強制的に外に連れ出す。
「よし残りは三人だな」
「拙者の武士道精神を見せてやるでござる」
「やるやないか高杯」
と余裕ぶっていたが、五分も経たないうちに蓮が弱音を吐きだした。
「あかん。やばいかもしれへん。もうダメや。限界や」
「まあおぬしはよくやったでござる。だけどもこの戦いに勝って女子たちに騒がれるのは拙者でござる。脱水症状になる前に降参するでござる」
そんなもんでちやほやされるか。
「そうやな。無理して痔が悪化したらたまらんわ。それにしてもやっぱりブリーフは偉大やな。あれがないだけでこしかけるのがこんなにきついとは思わへんかった。この勝負、お前らの勝ちやな。けっこうやるやないか高杯。ええけつしとるやん」
「おぬしも一体何を我慢しているでござるか!拙者は最初からそんな勝負はしていないでござる!」
そして蓮がお尻に敷いていたタオルはべったり血がついていた。
「血いいいいいいいいいい!べったりついているでござる!どんだけお尻弱いのでござるか!体はりすぎでござる!」
「ふっ。どいつもこいつも雑魚ばかりだな。相手にならん」
「おぬしは少しはやるようでござるな。しかしサウナ歴十年の拙者に勝てると思う名でござる」
しかしその十分後。
「やばい。もう我慢できねえ。キツイ。死ぬ。寒気が」
「ど、どうしたでござるか?顔色が悪いでござる。脱水症状ではござらんか?そこまで無理することはないでご―――」
「もうダメだ。うんこ漏れる」
「おぬしらはそろいもそろって一体何を我慢しているでござるか!銭湯をなめくさるのも大概にするでござる!こやつらアホしかおらんでござる!というかおぬしが一番最悪でござる!」
結局その後トイレでうんこを済ませた俺が戻ってくると、三人とも冷水に浸かっていた。俺も浸かることにした。
「おいおい寒すぎるだろうがよ」
「体がひきしまるでござる」
「やべ、お腹冷えてまた腹痛くなってきた。けつがひきしまるなおい」
「それはうんこが漏れないようにしまっているだけでござろうが!おぬしはアホなのでござるか!」
やいのやいの言っているとまた番台のおばちゃんがやってきた。
「あんたらの連れの女の子たちが早く出ろって言ってるよ。数量限定のホットコーヒー牛乳とヤクルトあと残り一本だって伝えてくれって言われたんだけど」
「ホットコーヒー牛乳もヤクルトも俺のものだ!どけどけどけ!」
「何言っとんねん!どっちも飲めるわけないやろが!ホットコーヒー牛乳は俺のや!」
急いで冷水から上がると、脱衣所に向かって走り出す。
「いいやわしのじゃ!おんしらは冷たいの飲んどけ!」
「「お前は最下位だったんだから風呂の残りでもすすってろ!」」
「というか拙者が優勝したんだから拙者が一番最初に選ぶでござる!」
しかし排水溝付近を通った時四人そろって足を滑らせてすっころぶ。
「「「「いだあっ⁉」」」」
「誰だこんなところに石鹸ぬりたくったのは!」
「おぬしらでござろうが!さっきブラシで滑りやすくして遊んでいたでござる!拙者はとばっちりでござる!」
醜くお互いを妨害し合いながらロビーに出ると、体操着姿の二夕見たちが椅子に座りながらコーヒー牛乳を片手に談笑していた。
「あ、やっと出てきた。あんたたち男のくせに私たちより長いってどういうことよ。しかもなんか増えてない?」
「いや悪いな。各地でさけばれる温泉枯渇と地球温暖化問題について議論が白熱してな」
「あんたなんでもかんでも地球温暖化のせいにすれば許されると思うんじゃないわよ。しかもここ銭湯だし」
「ご、ござる!二夕見殿と蓮浦殿でござったか!河瀬先生も!ぶはっ!風呂上がりのしかもこんなきらびやかな女の子たちは刺激が強すぎるでござる!」
横で鼻血を出している変なやつがいた。こいつ同じ学校だったのか。
「誰だっけ?」
二夕見が蓮浦にひそひそ尋ねている。
「ほら。同じクラスの高杯俳くんじゃない?」
「違うわ。お前人の名前間違えるとか失礼やなー。タオパイパイくんや」
「高杯俳でござる!おぬしが一番失礼でござる!」
「おい一ノ瀬。そんなことより聞いたか?今高杯は確かに私のことを女の子と言ったぞ⁉」
珍しくホットパンツに半袖の河瀬先生が嬉しそうに詰め寄ってきた。不思議なことに同じシャンプーを使ったはずなのにいい香りがふわっと漂う。
「良かったじゃないですか。でも先生あれっすね。こうやって露出の多い姿を見ると」
「クラっとくるか?」
「筋肉すごいですね」
「ふんっ!」
「いだあっ⁉」
拳骨をおとされる。
「でもたしかに先生の筋肉すごかった。腹筋六枚に割れてた。銭湯は戦闘だとか言って軍人みたいだったし」
二夕見がそういえばと思い出したように述べる。オヤジギャグじゃねえか。
「ち、違う!六枚じゃない四枚だ!それにあの時はて、テンションが上がってその、変なギャグを…」
「先生の腹筋が六枚だっただと⁉そんなバナナ!本当は八枚だ!」
「うるさいぞお前は!先生をいじるとはなにごとだ!」
赤面しながらまくしたてるように言う。
「だいたい二夕見だってずっと恥ずかしがってタオルで前を隠していたじゃないか!しかもサイズ合ってなかったし!」
「そ、そんなことないもん!わ、私は胸のところに大きな傷跡があるから隠してただけだし!それにあれはその、買う時に右手が勝手に動いたの!」
完全に寄生されてるじゃねえか。右手ミギーに乗っ取られてるじゃねえか。
「そういえばホットコーヒー牛乳とヤクルトはどこだ?ちゃんと残ってるんだろうな」
「そや。忘れとった。どこやりん」
「向こうで飲んでるやん」
「「は?」」
長椅子で十太郎と高杯がそれぞれコーヒー牛乳とヤクルトを飲んでくつろいでいた。
「「何やってんだてめえらは!」」
「何って拙者の勝利品であるヤクルトを飲んでいるでござる。女子と話すのはハードルが高いでござるからな」
「そうやな。お前は分かる。お前は何や!何で最下位のお前が飲んどんねん!」
「プ~ッ」
十太郎が屁をこいた。
「「おならで返事すんな!」」
「だっておばちゃんに聞いたら今日小さい子がいないゆうき、やってられんわ!ってなってやけのみしとったぜよ」
「ふざけんな!このロリコンが!そんなアホみたいな理由で飲んでんじゃねえぞ!」
「なんやこのド変態は!」
「おばちゃんもうないの!」
番台のおばちゃんに聞いてみるが。
「センブリ茶ならあるけど」
「飲めるか!罰ゲーム以外で買ってるやつ見たことねえよ!そんなもん誰が買うんだよ!」
「ならもうないねえ。あ、おばちゃんが作った米麴ジュースならあるよ。これ体によくて便秘、下痢、治っちゃうのよ」
「「それください!」」
俺たちはホクホクで米麹ジュースを受け取った。
「ねえ、あのござるの横にいる人は誰なの?」
「銭湯で会った友達だ」
「ふうん」
二夕見が遠巻きに眺めている。
「ゲエッップ!ブッブッ!おっと失礼したのお!」
コーヒー牛乳を飲み終わった十太郎が盛大なゲップとおならをかます。
「あんたの友達こんなのばっか!」
なぜか俺を睨みつけてくる二夕見。
「こいつはこんなもんじゃねえがな」
「ところでおぬしらと二夕見さんたちがなぜ一緒に銭湯に来ているのでござるか!」
さきほどから気になっていたのか語気荒く言い寄る高杯。
「なんでってお前そんなの決まってるだろ。俺たちはおトイレ研究会のメンバーだからだよ。先生はその引率だ。今日は銭湯のトイレを調査しに来た」
「な、なんでござるかそのバカみたいな部活は!おぬしらはともかくこの二人がそんなお下品な部活に入るとは信じがたいでござる!」
「適当な事ぬかすんじゃないわよ!いつそんな下品な部活になったのよ!学校福祉部でしょ!」
「似たようなもんだろうが。トイレを調査することは俺の福祉につながるんだよ」
「どこが似てるのよ!福祉なめんな!」
隣で呆れ顔で見ていた先生が肩に手を置いてきた。
「そろそろ帰ろうか。高杯くんとそこの君もそろそろ帰りなさい。私が送ろう」
高杯と十太郎に向かってそう述べた。
「い、いえ先生。せ、拙者すぐ近くでござるので大丈夫でござる。おお、お気遣い感謝するでござる」
先生のラフな格好にどぎまぎしているのかどもりながら答える高杯。
「わしは夏の夜風を感じたいから歩いて帰るぜよ。心遣い感謝します先生」
「そうか。気をつけて帰りなさい。じゃあ四人は帰るから車に乗りなさい。私はお会計済ませておくから」
「先生あざーす」
「楽しめたかね?」
俺のお礼に聞き返す先生。その言葉の裏には何かほかの意味があるのだろうか。いつも俺に気を使ってくれる先生だからそんなことを考えてしまう。
「楽しかったですよ。ラーメンは食い損ねましたけどね」
「また今度行けばいいさ」
「そうですね」
俺の返答に優しくほほえみかえす。
「先生ごちそうさまでした!」
「君は本当によく食べるな。別にいいんだけど」
「あ、あはは」
二夕見が笑ってごまかす。
「「先生おおきに」」
「ああ」
蓮と蓮浦のお礼に軽く頷く。
みんな車に乗り込み、発進する。二夕見の家が近いそうで最初に降ろすということだったが、「一ノ瀬にお家知られたくない」だの「何されるか分かったもんじゃない」など騒ぎ、結局俺が一番最初に降ろされた。許さねえからな。
翌日。朝から終業式があり、退屈な校長の長ったらしい挨拶が始まった。体育館ってのは暑くていけない。クーラーもない上にこんな狭い空間に大人数を集めればあっという間にエアサウナのできあがりだ。なけなしの大型扇風機が回っているが一瞬しかこちらを通らないのが憎たらしい。
ふと左側から視線を感じ、顔を向けると、白銀がバレないように軽く手を振っていた。暑そうに汗で湿った前髪をよけている。こいつを学校で見かけるのは珍しいな。軽く手を振り返す。
三組に他に知り合いはいたかと流し見すると、目立つギャルがいた。暑そうに服をバタバタさせている。俺の視線に気づいたようでこちらに視線を向けてきた。目が合った。ウインクしてやる。親指を下に向けて合図された。品のないアイドルだ。
暇だから他に知った顔はいないかと探していたら、反対側の列に二夕見が座っていた。
隣の男子が横に手を置いたのを見て、少し横による。相変わらずだ。急に眉をキュッとと吊り上げると首を左右に振って何かを探し始めた。すぐに俺に気づくと顔をしかめる。センサーでもついてるのかこいつは。鼻をほじって鼻くそをはじく仕草をする。中指を立ててすぐにそっぽを向く。それにしても目が合うだけで三人中二人の女の子に中指たてられたりブーイングされたりする俺すげえな。
校長の挨拶が終わり、生活指導の河瀬先生から夏休みの注意が述べられる。明日から夏休みか。窓の外を見ると、真っ青な深い青と、大きくて長い真っ白な入道雲が広がっていた。ふとむせかえるような夏の空気を感じたくなり、そっと立ち上がるとトイレに行くふりをして外に出る。
体育館から校舎へとつながる渡り廊下を歩く。そのまま教室を通り過ぎ階段を上ると、屋上に出る扉を開けた。いつもの梯子を登っていき、学校で一番高いところに着くと、そこにはあいつが寝っ転がっていた。
「なんでいるんだよお前は」
「ん?お前も来たんか。一」
いつものマットをお尻に敷き、目を細めて寝っ転がっていたのは蓮だった。
「お前終業式くらい出ろよ」
「お前抜け出してきたくせに言えんやろ」
顔をこちらに向け言い返す。
「俺はあの校長の話に耐えてきたんだぞ」
「じゃあ何て言っとった?」
「夏休みの注意に決まってるだろ」
聞き返されるとまずいな。
「そんなん聞かんでも分かるやろ。具体的にはなんて言っとったんか言ってみ?」
「夏はうんこが干からびるので土と見間違えないよう気をつけましょうって言ってたな」
「そんなこと言うか。何も聞いてないやないかい」
ほら見たことかとばかりに口角を上げてくる。
「それにしても俺たち屋上好きやなー。なんか暇ならいつもここやもんな」
「そうだな。バカと煙は高い所が好きらしいぞ」
「お前もやろが」
俺は立ち上がると縁の部分に立ち、三十メートルほど下の地面を見下ろす。
「危ないで。お前屋上来るたびにそれやるの見てるこっちが怖いからやめろや」
明るい口調で冗談っぽく言っているが恐らく目は笑ってはいないだろう。俺が屋上に来るのは蓮と似たような理由だが多分それだけじゃない。陽炎で歪んだ世界がまるで非現実に世界を映しているようでどこか落ち着く。空を見上げると突き刺さるような日差しに目を閉じる。夏休みが始まる。




