表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
48/69

46話 「セットで買おう!うんこバイバイシリーズ!」

 そしてその日の午後。俺は長い行列に並んでいた。七月中旬となりすっかり夏となった炎天下、一時間も待ち続け、あと一人で俺の順番だ。長かった。ようやく、ようやくだ!


 


 とうとう前の人がどき、俺の番だ。顔を上げたその先に待っていたのはーーー




「今日は、来てくれてありがとうございます!どこからいらしたんです―――」


「げ」




 大人気アイドルの月花リサが俺の顔を見た瞬間に思わずこぼす。そう。今日は月花リサの握手会が行われているのだ。炎天下に一時間待ちの行列ができるくらいの人気っぷりなのだ。




「こ、こんにちはー。はじめましてー。り、リサに会いに来てくれてありがとー」

「リサりんあ、あ、会いに来たょ!きょ、今日はリサりんの細胞と僕の細胞が触れ合えるって聞いて、ぼ、僕、楽しみで楽しみで!僕たちの細胞と細胞が今一つになるんだねっ!ぶひひひひひっ」

「あ、あの、だ、大丈夫ですか?そういうのはちょっと遠慮させていてだいているんですけど~」




 アイドル衣装に身を包んだ月野はあくまで俺のことは知らなくて、初対面のファンとして話すつもりらしい。がんばって愛想よくしている。




 いや違うな。ちらちらマネージャーや警備員を見て合図を送っている。




「ええ⁉僕とリサりんはあんなに愛し合ったじゃないかあ!忘れたとは言わさないぞ!」

「警備員さーん!」




 月野の言葉を合図に月野の後ろから警備員が二名俺を拘束しにかけつける。




「あれ!月野じゃん!俺だよ俺!冗談分かんなかった⁉でもなんかいつもと雰囲気違うからすぐに分かんなかったよ!いつもはけっこう化粧濃いんだな!」

「すいませんよく見たら知り合いでした!もう一ノ瀬君はほんとに冗談が好きなんだから!すいませんほんとに!」




 焦り散らかして一瞬で俺のことを庇い始める。警備員もほっとしたように戻って行く。





「てめえまじで何しに来たんだよ!」




 周りに聞こえないように声をひそめて非難してくる。




「な、なにってそ、そんなの、僕とリサりんの愛を確かめ合いに来たんだょ」

「しつこいんだよ!キモオタはいいって言っただろうが!からかうためにこんな熱い中並んだのかよ!」

「バカ言うな。本当の狙いはそれだ」




 そう言って俺は月野の足元に置かれている段ボールの中身、そう。うんこ消すくんを指さす。




「こ、こんなゴミみたいなもののために並んだのかよ」




 月野が呆れた表情を浮かべている。




 今回月花リサの握手会のお土産として、巷で大人気の消しゴム、うんこ消すくんシリーズがもらえるのだ。しかもこの握手会でしか手に入らないレアなチョコバナナうんこ消しゴムが手に入ると聞いては並ばない手はない。一か月前から楽しみにしていたのだ。




「こんなの集めてどうするんだよ」

「七つ集めるとどんな下痢も治るって聞いてな」

「治るかバカが!ドラゴンボールか!」




 声を抑えながらも激しくツッコむ。




「じゃあしゃあねえから握手してやるよ。ほら手出しな」

「あ、握手は結構なので消しゴムだけください」

「は?」




 俺の言ったことが理解できなかったようで固まる。




「だから握手とかいらねえから消しゴムよこせよ。俺はうんこ消すくんにしか用がないんだよ」

「いやいやいや何言ってんだよ。そんなことできねえから。握手がメインで消しゴムはおまけだから。握手しねえとあげねえよ」

「いいからよこせよ!俺と握手とか十年早えんだよ!」

「てめえあたいと握手するだけで泣いてるファンもたくさんいるんだぞ⁉!いいから早く手出せよ!後ろ並んでるだろうが!」




 後ろから訝し気な視線を感じる。




「いいか?あたいと握手しねえと絶対あげねえから。あたいよりこんなくそみたいなもんを優先するとか許されねえから」




 どうやらプライドの問題らしい。




「めんどくせえなあ。分かったよ。でもさっきうんこしてから手洗ってないけど大丈夫そう?」

「大丈夫なわけねえだろうが!汚えんだよてめえはよ!手洗ってから出直してこい!」




 などと声を抑えながら叫んでくる。




「はっ、はっ、ぶあっくしょいっ!よし。握手の準備できたぞ」

「今口と鼻抑えた手だろうが!より汚くなってんだよ!ぶっ殺すぞてめえは!」

「もうそんなに俺と手繋ぎたいのか?まったくしょうがねえやつだ。そんなに頼むんならしょうがねえ握手してやるよ」

「何であたいがお前と握手したいことになってんだよ!偉そうにすんなむかつくから!」





 突然、後ろからしびれをきらした三十代くらいの男がイラついた声でクレームを入れてきた。




「まだ⁉ずっと何やってんの!ずっと待ってるんだけど⁉」

「すいません!あと少しですのでもう少しお待ちください!」




 月野がアイドル声でなだめる。




「はーい♡」



「おい!お前のせいで後ろがピリピリしてきただろ!早く手出せって!」

「ったくしょうがねえなあ。でもお前色んな人と手繋いでて汚いからアルコール消毒しろよ。そしたら手握ってやるよ」

「なんであたいの方が汚いみたいになってんだよ!どう考えてもてめえの手の方が汚いだろうが!てめえの手をまずアルコール消毒するんだよ!上からもの言いやがって!」




 悔しそうに歯がみしながら返す。




「え?ファンの手は汚いから消毒しないと握手しないってこと?ファン=バイキンってこと?」

「いちいち大袈裟に言うんじゃねえよ!てめえが汚いからてめえだけ特別に消毒するんだよ!ほら!このゴミが欲しかったら早く手出せ!」

「ったくしょうがねえなあ」




 マネージャーから渡された消毒を俺の手に吹きかけ、ついでに俺の全身にもかける。




「何さりげなく全身にかけてくれてんだ!病原菌か俺は!」

「当たり前だろうが。体のどこかにうんこついてそうだしな」

「どんな化け物だ俺は!」

「おいそろそろ済ませないとまずいから早くしてくれるか?」




 などとまるで俺が迷惑客かのような顔をする。まったくもって心外だ。




「ちょっと待てよ。鼻がむずむずしてきた」

「鼻ほじるんじゃねえよ!何のために今消毒したと思ってんだ!汚いんだよてめえは!」

「握手じゃなくてETでもいいか?」

「指の先に鼻くそついてるじゃねえか!どんな汚いETだよ!まじぶっ殺すぞ!」




 そろそろ月野の声がでかくなってきたのでからかうのもやめてやるか。




「分かったよ。ほら。じゃあ握手だ」

「手間かけさせやがって」




 そう言って月野が出した手にはしっかりポリエステルの手袋がはめられていた。




「なんで手袋はめてんだよ!こんな握手会見たことねえよ!」

「鼻くそつけるようなやつと素手で握手なんかできるか。追い返さないだけありがたく思いな」




 なんだこいつ。結局ビニール越しに握手を交わす。



「はい握手したな。うんこ同盟結成だから。お前も俺の仲間な。やーいうんこたれ」

「しょうもねえこと言ってんじゃねえぞてめえは!手放せ!うんこたれはお前だろうが!早く帰れ!」




「ぐううううううっ」




 突然大きい音が聞こえてきて、月野が赤面する。




「ち、ちがっ、今のは、違うの!」

「お前さあ。どんなでけえおならしてんだよ」

「ちげえよ!お腹の音だから!どんなおならだよ!お前と一緒にすんな!」




 むきになってツッコんでくる。




「はああ。アイドルのくせにおならするとかどうなのよ。なんかくせえなあここ」

「お前マジでぶっ殺すぞ!おならじゃねえって言ってんだろうが!臭えのはてめえの臭いだよ!ずっと握手会しててご飯食べる余裕なかったんだよ!腹減ってるの!」


「ぶっぶっぶっ」


「あーやっぱりおならしてるー。やーいプー太郎やーい」




 俺は両手でおならを奏でてなすりつける。




「今てめえが手で鳴らしたんだろうが!小学生みたいなことしてんじゃねえぞ!」

「してないって言い張るんだったらケツの臭い嗅がせてみろよ」

「嗅がせるかこのノンデリスケベが!それが通じるのは小学生までなんだよ!しっしっ!早く失せろ!」

「なあ前からずっと気になってたんだけどよ、アイドルってうんこするのか?」

「何を気になってんだてめえは!そんなの言えるわけねえだろうが!さっさと失せろ!」




 顔を赤くしながら自分がアイドルであることも忘れて雑に手を振ってくる。その後はっと思い出して小賢しくバイバイの合図に見えるように変えたりする。




「まあうんこ消しくんのレアシリーズ手に入ったから何でもいいや」




「こんにちはー!今日はリサに会いにきてくれてありがとうね!」




 さっそく切り替えて可愛らしい声を出している。




 そうだ。そういえばさっきあそこで…。消しゴムに夢中ですっかり忘れていた。俺は脇に座り込むと靴を脱いで作業に取り掛かる。






「ありがとうございましたー!」




 月野がチラチラ見てくる。




「うおりゃああああああああああ!」

「煩わしいなてめえは!何でまだいるんだよ!一体座り込んで何してんだよ!」




 月野が堪えきれずに声を抑えてツッコんでくる。ちなみに警備員やスタッフは俺が月野の友達ということで我慢している。




「え?うんこ踏んだから消そうと思って」

「消しゴムで落とせるわけねえだろうが!バカなのかてめえは!」

「だってうんこ消すくんだぞ?うんこを消せなくて一体何を消せるんだ?」

「そういう名前の消しゴムなんだよ!消しゴムは文字を消すために使うんだよ!授業受けたことねえのかよ!今まで何してたんだよ!」




 先ほどからファンが待っているというのにこっちまで来て何やらまくし立ててくる。



「まあ主にうんこだな」

「だろうな!早く帰れよまじで!」

「すいませんお待たせしました。サービスでリサビームやりますね」




 またアイドルの仮面を被ってファンに笑顔を向けに行く。




「ほんとですかあ!ありがとうございます!」




 ファンも喜んでいる。それにしてもうんこ消すくんでもうんこは落とせねえか。どうすっかな。てかじゃあこの消しゴムはどれくらい消せるんだ?




「おい月野!この消しゴムどのくらい消せるのか確認したいから鉛筆と紙貸してくれよ」


「ちょ、ちょっと待ってね!人前で本名呼ぶな!てかなんでうんこ擦った消しゴムを当然のように使おうとしてんだよ。こいつマジでなんなんだよ」




 ファンの高校生を待たせると声を低くして牽制してくる。




「いいから貸してくれよ」

「貸すから早く帰れよ」




 結局貸してもらい紙に書こうと思ったがその前に靴の裏のうんこがそろそろ固まってきたことに気づく。お、ちょうどいいじゃん。




「よいしょっと。なかなか取れねえなあ」

「ちょっと待てえええ!てめえなに人から借りた鉛筆で靴の裏についたうんこほじってんだあああ!頭いかれてんのかてめえは!」

「大丈夫まだ使えるから。え?なんか字が茶色い?いやこの鉛筆の色ももともと茶色よりだったって」

「無理があるだろうが!誤魔化せるわけがないだろうが!もう使えねえよ!明らかにうんこがついてるんだよ!」




「リサちゃん!ファンの方待ってるよ!ちょっと遊びすぎじゃないの!」




 とうとうマネージャーに怒られ注意される。




「本当にすいません!あのそいつ次なんか言ったら捕まえていいので」

「リサちゃんの評判も下がっちゃうのよ⁉君も早く帰りなさい!」

「俺月花リサの大スクープ持ってるんで言葉選んだ方がいいっすよ」




 俺のうんこ取り作業は誰にも邪魔させない。




「ほ、ほんとなのリサちゃん⁉」

「すいませんほんとなんです。でも何かあったら警察呼びましょう」




 心底悔しそうに唇をかんでいる。




「安心しろ昨日行ってきたばかりだ」

「何をしてんだよお前はいつも!」




 マネージャーに聞こえないようにツッコんでくる。




 二人とも戻って行って握手会を再開する。




「うおりゃあああああああ!」

「うるせえって言ってんだろうが!次は何だよ!何を消そうとしてる!」

「なんかこのポスターの顔がむかついたから消そうかと思って」

「それあたいの握手会の看板のポスターだろうが!うんこ擦った汚い消しゴムで印刷消せるかバカが!早く帰れ!」




 またひそひそ声で声を荒げる。




「おいなんかお前なんかシミできてるぞ。アイドルなんだからしっかりケアしろよなまったく」

「お前が今つけたうんこだよ!何してくれてんだまじで!シバキ回すぞてめえは!」




 しばらくしてまた座り込んで作業を開始する。




「うおりゃあああああああ!」

「またかよ!今度は何だよ!」




 もううんざりした顔でツッコんでくる。スタッフもうんざりした顔している。




「うんこ落とそうかと思ってタワシで擦ってた。いつ踏んでもいいように新品のうんこ落としセットをいつでも一式持ち歩いている」

「だから家でやれよ!どういう神経してるからアイドルが握手会してる横でそんなことができんだよ!」

「家まで遠いんだよ。それまでにうんこの臭いがしみついちまうだろ。いいか?コツは強すぎず弱すぎず。水の量は適量をだ。かけすぎると靴がダメになっちまうし、少なすぎるとうんこが落ちねえ」

「誰もそんなこと聞いてねえんだよ!」




 何か疲れてきて髪が乱れてる。そんなに握手会って大変なんだな。




「なあなんかうんこしたくなってきたわ。トイレ貸してくんね?」

「お前終わりすぎだろ!ねえよそんなもん!早く死ねよ!」

「じゃあここらへんでやるか。ちょうどさっきもらった紙もあるしな」

「いいわけねえだろうが!しかもさっきあげた紙なにに使う気だよ!どんだけ汚いんだお前は!てかなんか野ぐそ多くね⁉ここさっきまでこんな汚くなかったんだけど⁉また野良猫がうんこしてるし!これお前のせいだろ!お前がうんこを呼び寄せてるんだろ!会場汚すんじゃねえよ!」




 言われてみれば確かにいつの間にかあちこちにうんこが落ちている。さっきまではちり一つなかったのに。




「俺がうんこを呼ぶのか。うんこが俺を呼ぶのか。実に深い、哲学的な問いだ」

「クソダセえからかっこつけて言うんじゃねえ!死ぬほど浅いしな!」

「そう。あれは俺がトイレットペーパーを詰まられてしまったか確認するためにトイレの便器を覗き込んだ時のことだ。揺らめく水面にぼやけた俺がこちらを見ていた。その時に気づいた。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらを見ているのだと」

「それパクリだろうが!一瞬で死ぬほど浅い言葉になったしな!ニーチェはそんな汚い気づき方してねえんだよ!」






「ご覧ください!休日のこの長い列の先には、あの大人気アイドル、月花リサさんが握手会を行っております!ほんとに可愛らしいですね!」




 突然後ろから声がして振り向くと、カメラを持った人たちと、アナウンサーと思しき綺麗な女の人がやってきた。どうやらテレビの生中継らしい。ディレクターと思しき人が『邪魔だからどいて』と書かれたボードをこちらに向かって掲げてくる。それを見た瞬間月野が一瞬で笑顔を作る。




「この熱い中、うちわやタオル、ペットボトルの水などを持ってたくさんの人たちが月花リサさんと握手をしたくて並んでおります!」




 月野に向かってアナウンサーが手を振り、月野が手を振り返す。間にいる俺のことは完全に無視してカメラに映らないようにしている。




「きゃああ!」




その時、前ばかり見て足元をおろそかにしていたアナウンサーがちらばっているうちの一つのうんこを踏んでしまい、悲鳴をあげる。




「CM入ります!3,2、1」




 放送事故を防ぐためにCMを挟もうとする。




「こんなときは!これ!うんこほいほいタワシ!ある程度うんこを石でこそぎ取った後に、水をかけます!そしてこのうんこほいほいタワシにいいいい!はい!うんこきらいきらい洗剤!かけます!するとビックリ!うんこが取れる取れる!仕上げに歯ブラシで細かいところを擦ってはい終了!あっという間にピッカピカの靴に逆戻り!これで安心!いつでも鼻くそをほじることに集中しながら道を歩けます!トイレバージョンもあるよ!セットで買おう!うんこバイバイシリーズ!」




 俺はカメラが切れる前に女性アナウンサーの元に走りこむと靴をはぎ取り、カメラの前で宣伝して最後はニカッとイケメン俳優ばりの決め顔を決める。決まった。これでトイレの案件ももらえること間違いなし!アナウンサーもカメラマンたちも俺のカリスマ性に声も出ないようだ。




「何やってんだてめえは!何だそのバカみたいな宣伝は!意味が分からねえよ!お茶の間の時空が歪んだわ!意味が分からな過ぎてみんな固まってるじゃねえか!完全な放送事故じゃねえか!映っちゃった映像だわ!全国中継だぞ⁉しかもあたいの握手会で!何てことしてくれてんだ!」




 月野が急いで俺のところに来ると俺にしか聞こえないようにまくしたててくる。




「だっていつまで経っても俺にトイレ掃除と靴磨きのCMの案件来ねえからしょうがねえだろ。俺の実力を見せつけねえと。でもこれで今日から引っ張りだこよ」




「なるわけねえだろうが!何がうんこバイバイシリーズだバカが!頭いかれてんのかてめえは!日本中の笑いものだお前は!」




「ちょっと君何してくれてるの!放送しちゃったじゃないか!早くCM入って!」


 我に返ったテレビ局の人たちが騒ぎ出す。と、突然後ろからどつかれた。






「お前いい加減にしろよ!さっきからリサちゃんに迷惑かけやがって!黙って見てたけどもう我慢の限界だよ!握手会のそばで座り込んで邪魔しやがって!」

「そうだそうだ!何回中断させるんだお前は!しかも何かリサちゃんと親し気にこそこそ話しやがって!距離近いんだよ!」

「しかもリサちゃんの生中継なのに邪魔までしやがって!何なんだお前は!」


 黙って見ていたファンたちが大勢で俺を囲んできた。




「み、みんな落ち着いて!」




 月野がなだめようとするが群衆は聞く耳を持たない。




「リサちゃんこっち!」




 すかさずマネージャーが月野を避難させる。




「おいおいよせ照れるじゃねえか。今日は俺の握手会じゃなくて月花リサの握手会なんだぜ。まったくテレビの効果はすげえな。一瞬で人気者だ。分かった分かった並べ並べ。握手は気持ち悪いから嫌だけどサイン書いてやるよ」

「何言ってんだこいつは!ふざけんな!おいこいつボコボコにしちまおうぜ!」

「おらあこの野郎!」

「死ねこらあ!」




 しかし冗談が通じなかったようで過激派オタクたちが集団で殴りかかってくる。




「おい待て待て冗談だろうが!ぐほっ!」




 最終的には黙って見てたスタッフまで混ざって来て気が済むまでボコボコにされた俺は近くの路地裏に捨てられた。




「二度とリサちゃんに近づくなよこの変態野郎が!」




「ぺっ!」







 しばらく痛さでぼーっとしてたら、ふいに頭上から声がした。




「だ、大丈夫?」




 顔にハンカチが押しあてられる。目を開けてみると、月野だった。




「お前握手会はどうした?」

「ちょうど休憩時間だから抜けてきた。ほんと何やってんだお前は」




 呆れ顔で見つめてくる。




「どうなってんだお前のファンは。武闘派組織じゃねえか」

「どう考えてもお前が悪いだろうが。これを機に改心しろよ。てかお前よかったな。有名人だぞ。これ見ろ」




 そう言って月野が見せてきたのはtwiterだった。急に悲鳴を上げたアナウンサーの元に、突然現れた俺が靴をはぎ取りCMからの決め顔が流れる。




「草生えた」


「アホすぎワロタww」


「なんやこいつwwww」


「優勝www」


「なんか画面の端で変なやつが靴磨いてるなと思ったら乱入してきてお茶拭いた」


「どこでそんな商品売ってんねんww」


「完全な放送事故ww」


「誰が生中継のCM流せって言ったよww」


「リサちゃん見て鼻血出してたらこいつのせいで鼻水に変わったわ」


「トイレバージョンもお願いします」


「こいつ好きww」




 などとコメント欄には大量のコメントが投下されていた。




「そっちの有名人かよ。要らねえよ。ネット民のおもちゃにされるだけじゃねえかよ」

「恥ずかしいから学校来るなよ」

「じゃあ黒ギャルメイクして行こうかな」

「絶対にやめろ」




 俺の冗談に月野が真顔で返してくる。




「じゃああたいもう戻らないといけないから。一人で帰れるかお前?」

「バカたれ。この程度の痛みに負けるか。俺が日頃からどれほどの腹痛と戦っていると思っている」

「心配して損したよ。じゃあな。二度とあたいのイベントに顔出すなよ。お前ブラックリスト載ったから次来たら即警察だからな」

「次はもっと盛り上げてやるから楽しみにしとけ」

「ぶっ飛ばすぞてめえは!」




 誰もいないのをいいことに今日我慢していた分の暴言を一言に集約させて吐ききると帰って行った。その後路地裏から這い出た俺はボロボロで家に帰ったのだった。ちくしょう握手会なんか二度と来てやらねえからな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ