42話 「お花を摘みに行く?食事中にどんなメルヘン少女だよ。ちょっとよくわかんねえから店員さんに聞いてきていいか」
そういうわけで、俺たちは夕飯の時間まで一時間ほどUNOをしたりテレビを見たりして時間をつぶすことにした。三人でソファーに座しながらテレビを見ていたら、香水のCMで、大人気アイドル月花リサが香水を吹きかけ、制服で学校に向かうCMが流れた。
「可愛いよねこの人。歌も上手だし全国の高校生の憧れだよね。きっと毎日美味しい物食べてるんだろうな。いいなあ」
などと白銀が涎を垂らしながら羨ましそうな目で見ている。前半はおよそ普通の高校生らしい感想だと思ったら後半は大分ずれた着眼点だった。こいつもビジュアルだけで言えばけっこういい線までいけそうだがな。
「まあ確かに可愛いですよね。でも私には負けますが。私のゲロを煎じて飲むといいですよ」
「垢より汚いもの持ってくんじゃねえ。そんな汚い慣用句は存在しねえんだよ。あと一度自分を見直してみろ。ガチのバケモンだから」
「あとリサビームとかなんですかねあれは。ビームって言うのはもっとお腹の奥から衝動とともにこみ上げてきて、えづきとともに口から勢いよくほとばしるようなやつのことを言うんですよ。ビーム舐めてるんですかね」
「それはゲロだろうが!一番舐めてんのはお前だ!」
「あ、あはは」
白銀が苦笑いしている。
「ねえもう十九時になるよ?そろそろ行かないの?」
「そうだな。じゃあ行くか」
「やったー!私初めて星のついたお店行きますよ」
「お前は早く自分の星に帰れ」
どこまでも厚かましい女だった。外に出ると夜だというのに厚く湿った風が吹き、すっかり夏が来たことを肌で感じる。
「でも本当にいいの?三人分も払ったらそうとうするよ?君も一人暮らしなんだし。無理してない?」
焼き肉屋に向かう途中、白銀が心配そうに尋ねてくる。
「心配すんな。ちゃんと親から仕送りもらってるし、去年バイトで貯めた金がある。むしろ悪いな。本来打ち上げのはずだったのに趣旨替わった挙句一人増えちまって」
「そんなの気にしてないよ。僕友達少ないから人が多い方が楽しいし、それに打ち上げ兼結成記念ってことにして両方のお祝いってことにすればいいんだしね」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「そうですよね確かに二人の方がいいですよね。それじゃあ先輩また明日」
そう言って空気読んで帰ろうとするのかと思いきや俺に帰れと手を振ってくる。
「なんで俺が帰るんだよ!仮に帰るとしたらお前だろうが!」
「なんでですか!今日は記念すべき『憎まれっ子世をぶっ壊す同盟』の結成祝いだって言ったじゃないですか!私が主役でしょ!」
「そんな思想強い同盟組んだ覚えねえよ。俺たちはこの国のトイレ情勢を変えてトイレットペーパーで経済を回す世界へパラダイムシフトするために結成されたんだよ」
「そっちでもなかったよね⁉そっちも大分思想強いんだけど⁉」
白銀が慌ててツッコむ。
「大佐!その世界はゲロも吐き放題でありますか!」
天ヶ崎が敬礼してくる。
「もちろんだ天ヶ崎一等兵。池田の家に口からビーム吐き放題だ」
「やったー!レッツ革命!」
「僕完全に入る組織間違えちゃったよね。何この過激派組織」
横で白銀が何やらぶつぶつ言っている。
焼肉屋さんに着き中に通されると、白銀が目を輝かせ始めた。
「すごい!あちこちからお肉の良い匂いがする!みんな美味しそうにお肉食べまくってるよ!ここが天国⁉」
「そうか来たことないよな。好きなだけ食べていいぜ。ドリンクバーも頼んだらどうだ?飲み物好きなの取ってこいよ」
「やったー!今日は吐くまで食うぞー!」
などと天ヶ崎が気合いを入れている。
「お前は遠慮しろ。そしてお前は比喩とかじゃなくてガチだからやめろ」
「じゃあ僕飲み物入れてくるね!」
白銀がルンルンでドリンクコーナーに駆けて行った。なんかこんなに喜んでくれると奢がいがあるな。
白銀が戻って来て俺の向かいに座ったところで、注文をしようとオーダー用の機器を手に取り白銀に渡す。
「好きなの頼めよ。腹減ってるんだろ?」
「ええ!いいの⁉な、なんか試してたりするのかな?」
などと俺のことを少し疑わしそうに見てくる。
「そんなのあるわけないだろ。これはこの前のお詫びも兼ねてるんだから遠慮するな」
「そうですよね。いつも私に迷惑ばかりかけてるんですからこれくらい当然ですよね」
などと言ってもう一つの機器でハラミを十皿注文しようとしている。
「なに高い部位十皿も注文しようとしてんだてめえは!お前に言ってねえんだよ!むしろお前がいつも俺に迷惑かけてるんだろうが。ガキはジュースでも飲んでろ!」
「あ、あはは」
天ヶ崎の隣で白銀が苦笑いしている。
「そうだったね。これは君にかんちょうされた謝罪も兼ねてるんだったね。じゃあ遠慮せずにご馳走になろうかな。なんか急にお尻が痛くなってきた気がするよ」
急に冷たい空気が白銀をまとい始める。何だか声のトーンも少し下がった気がする。おいこの店冷房効きすぎじゃねえか?
「すいませーん!この店で一番高い肉持ってきてくださーい!なにい!置いてないだとお⁉この方が誰だか分かんねえのか!あの白銀パイセンだぞ!」
「ふうんまだふざけてるんだね。僕のこと穢しておいてなんとも思ってないんだ」
おっとまずいか?普段空気の読めない天ヶ崎でさえ怯えて口をつぐんでいた。
「じょ、冗談だよ冗談。照れ隠しだったとはいえマジで反省してる」
「してる?」
「してます」
「はあ。まったく君ってやつは。友達感覚でふざけてやっちゃったんだと思うけど、僕も女の子なんだからそういうところ少しは気を使ってほしいよね」
いつもの雰囲気に戻り、溜息をつきながら恨めしそうに見てくる。
「ほんとに悪かった。二度としねえから。ささ好きな物頼んでちょうだいな」
「ほんとにこのお店で一番高いお肉頼んじゃおうかな。あはは」
などと白銀が冗談めかして言う。
「あ、大丈夫ですよ。特Aのお肉頼んでおいたので」
「てめえ何ほんとに頼んでんだよ!ふざけんな!いくらすると思ってんだ!お前自分で払えよ!てか何でそんな肉こんなとこに置いてんだ!」
「ていうか!お二人とも!私のこと忘れてませんか!今日はそれだけじゃなくて、記念すべきゲロゲロ団の結成祝いでもあるんですよ!」
などと逆ギレし出す。
「そんな汚え同盟を結成した覚えはねえんだよ!うんこ同盟だ!」
「そっちでもないから!さっきより汚くなってるし!飲食店で大きい声でそんなこと言わないでよ恥ずかしい!」
「いいえ違いますゲリゲロ同盟です!」
「どんどん汚くなってるから!二人ともいい加減にしないと本気で怒るよ!」
白銀がまたキレだしそうになったところで肉が運ばれてきた。店員さんが網を設置して火をつけてくれる。
「ほら来たよ二人とも。お願いだから僕の人生初焼肉の思い出を汚物まみれにしないでね」
白銀が複雑そうな顔で肉の入った皿を受け取る。
「ありがとうございます」
俺は豚バラ、ハラミ、タン、ホルモンなどいろんな部位を網の上に乗せる。
「すごーい!お肉ってこんなに種類があるんだね!」
白銀が目をキラキラさせて肉が焼ける様子を見ている。
「そうだぜ。待ってな。もう少しで焼けるから」
向かいで白銀がそわそわしている。天ヶ崎は焼けた瞬間に全部かすめ取ろうと画策していたようで箸を持った手を浮かべ構えていたが、白銀を見て空気を読み、譲ることにしたらしい。な、なんだと⁉何かの病気か⁉
「あ、ちょっと茶色くなってきたよ!食べすぎて胸焼けするのが僕の夢なんだよね」
「茶色く?」
「胸焼け?」
「何に反応してるのさ!ほんとにやめてくれないかな⁉」
それぞれ反応した俺たちに白銀がキレ気味にツッコむ。
「一ノ瀬君はいつもゆいなちゃんの文句言ってるけど大概だよね。この二人は出会うべくして出会った気がするよ」
などと何かぼそぼそ言っている。肉を焼いている間にライスやサラダが運ばれてきた。
「よし焼けたぞ。白銀。食ってみろよ」
「う、うん。い、いただきます」
緊張しながら牛肉をたれにつけ、口に運ぶ。そして―――
「お、美味しい!な、何これ⁉すごくやわらくて、でも噛み応えがあって、すごくジューシーで、とにかくすごい美味しい!ううっ。もう死んでもいいかも」
感動して泣いている。
「まだまだあるからいっぱい食えよ。特Aもあるみたいだしなあ!」
「はい?」
俺の投げやりな言葉に反応した天ヶ崎は隣のテーブルのおっさんの皿から肉を奪おうとしていた。
「何やってんだてめえは!人の物を盗むんじゃねえ!倫理観どうなってんだ!早く戻してこい!」
「ごめんなさい」
なぜか白銀が申し訳なさそうに謝る。
「あ、いやお前に言ったんじゃなくてだな。たしかにお前は泥棒だがちゃんとわきまえた泥棒だし、悪い金持ちからしか盗まないし、なんなら金を盗めたことなんかほとんどないし、もっというとパンツしか盗まないし、まあダサい怪盗キッドみたいなもんだから。な?」
「フォローになってないんだけど!後半ただの悪口だったよね⁉それに何度も言ってるけど僕はパンツなんか盗んだことないからね⁉」
白銀が心外そうな顔をする。
「え?白銀先輩は泥棒さんなんですか?」
天ヶ崎が食いついた。
「え、う、うん実はね。好きでやってるわけではないんだけどね。そうせざるをえないというかなんというか。あんまり成功したことはないんだけどね。秘密にしてね?」
「へー!そうなんですね!ところで懸賞金なんかかけられたりするんですかね?あ、ちょっとトイレ行ってきますね」
「ちょっとー⁉この子すごいんだけど!一瞬で通報しに行こうとしたんだけど!」
白銀が慌てて天ヶ崎を止めに入る。
「こいつを侮るなよ?受けた恩など三秒で忘れる。鶏から生まれたバジリスク。人から生まれたモンスター。人間界の異端児。奇人代表天ヶ崎ゆいなだぞ」
「110番って119でしたっけ?」
「ああ。そのまま脳みそを見てもらってこい」
白銀がアホで良かったとほっと息をついている。
どんどん肉を焼いていき、七輪から出た煙が上へと昇っていく。
「すごい美味しいなあ。ありがとね。僕はきっとこの日のために生まれてきたんだね」
「わだすもです」
鼻水を垂らした天ヶ崎が一人で「逆新手返しだと⁉」などと言っている。
「今良い所だったから邪魔すんな。あとそれ王のセリフだから」
白銀は分からなかったらしく首を傾げている。
「んんっ。今度は寿司とか連れてってやるよ。この程度の幸せは世界中の人が普通に享受すべきものだぜ」
「ありがとうね。楽しみにしてる。お礼にいい仕事があるんだけど、紹介するね?」
「聞かない。おい天ヶ崎。110番通報しろ。犯罪の教唆罪だ」
「えーっと119番っと」
肉を食っていた天ヶ崎が箸を置いてスマホに番号を打ち始める。
「だからそれは救急車なんだよ!警察は110番!今後よくお世話になるだろうからよく覚えとけ!」
「言っておくけど君はすでに前科者なんだよ?犯罪幇助罪って知ってる?君犯罪の手伝いしたよね?僕は捕まったら君のことを話すからね。僕と君は運命共同体なんだよ」
「くっ。卑怯な。うんこ共同体とは何と破廉恥な」
「う・ん・め・い!何なのその汚い共同体は!食事中にやめてって言ってるよね⁉何一つ破廉恥でもないし!」
向かいからゆっくりと強い口調で言い直す。
「おい白銀。そろそろ茶色くなってきたぞ。ぷりっぷりの身だな」
「このタイミングでそれ止めてくれないかな⁉絶対わざとだよね⁉わざとその言葉選んだよね⁉」
白銀が盛大に溜息をつく。
「はあ。楽しみにしていた修学旅行で班決め失敗した気分だよ。穢された代償になってるのかなほんと
に」
「逆に考えるんだ。俺が悪いんじゃない。お前が俺に体を触らせることによって焼肉を奢らせたんだ」
「それじゃあ僕が痴女みたいでしょ!君が勝手にかんちょうしてきて、そのお詫びもかねて焼肉奢らせてくれって言ったんでしょ⁉そもそもその前から焼肉に行くことは決まってたし!君本当に反省してるの⁉」
「じょ、冗談だよ。っておい!てめえ人が話してる間に飲み物みたいに肉流し込みやがって!静かだと思ったら油断ならねえやつだ!一人で何皿食べた!」
白銀がまた怒り出すのを抑えようとしていると天ヶ崎が肉を食い荒らしていた。
「今更ですね」
「やかましいわ!誰が上手いこと言えって言った!おい白銀。お前も悠長に食ってたら無くなっちまうぞ」
「そ、そうみたいだね」
俺は天ヶ崎の皿から肉を奪うと白銀の皿に移す。
「ああ!私の肉が!」
「は、半分こしようか」
「いいんだよこいつはもっと食ってるから。甘やかすな」
「グルルルルルル」
天ヶ崎が向かいから威嚇してくる。
「ていうか君通報しようとしたけど、この前次から泥棒手伝ってくれるって約束したじゃないか!君が僕にかんちょうしたお詫びに次泥棒するとき手伝ってくれるって!」
「だからこうやって焼肉奢ってるんだろ」
「それは君が僕のこと重いって言ったのと、君が初めて僕にトレハラしたお詫びにまた奢らせてくれって君から言ってくれたからでしょ!あとお疲れ様会だって君が言ったんだよ!」
ぐっ。うやむやにして泥棒のことは忘れさせてかんちょうのお詫びってことにしようと思っていたのにしっかり覚えていやがったか。
「だがな、よく考えてみろ。特A肉だぞ?ただの焼肉じゃない。これですべてチャラってことにしても罰は当たらないんじゃないか?それどころがお釣りが来てもおかしくないぞ」
「うっ。そ、それは確かに、で、でも!かんちょうの罪は重いんだよ⁉」
「だが!特Aだぞ?俺も食べたことがないんだぞ?さらに!第二回しゃぶしゃぶ回を開催することもやぶさかではないと言ったらどうする?」
「な、何だって⁉しゃ、しゃぶしゃぶ⁉」
などと涎を垂らしている。肉食いながら食いつくんじゃねえよ食いしん坊が。
「ていうか、そんなに僕と泥棒するの嫌なの?」
「嫌に決まってんだろうが!お前ほどのトラブルメーカーを見たことがねえよ。早く霊媒師さんに見てもらってこい」
「あ、あはは。それ友達にも言われたな。分かったよ。そんなに言うなら手伝いはしなくていいよ」
しかし、そう言った割にはどこか寂しそうで、「僕は楽しかったんだけどな。僕だけだったのかな」などとポツリとこぼした言葉が聞こえてきた。
「分かったよ。たまにな。たまになら手伝うよ」
「ええ!ほんとに!やったー!ありがとう!じゃあまずは深海に眠る大秘宝を探しに行こうよ!」
「大冒険じゃねえか!ワンピースか!海賊じゃねえんだからそんなことできるか!しかもお前と船旅とか嫌な予感しかしねえよ!」
「あはは。冗談だよ」
そう言って口元を押さえて笑っている。
「ちょっとごめんね」
いきなり白銀が天ヶ崎にどいてもらい、席を立った。
「どこ行くんだ?」
「え?えっとその、ほら。ね?」
などと気まずそうに目を泳がせる。
「ああ飲み物ね。ならついでに俺の分も入れて来てくれよ」
「い、いやその、飲み物じゃなくて、ほ、ほら、分かるでしょ?」
白銀は察してよと言わんばかりだ。
「いや分かんねえよ。はっきり言ってくれよ。一体全体食事中にどこに行くっていうんだ?」
俺はまったく見当もつかんとばかりに首を傾げる。
「だから!お花を摘みに行くの!言わせないでよ恥ずかしい!」
白銀が頬を赤く染めて言う。
「お花を摘む?おいおい食事中に花を摘みに行くなんてどんなメルヘン少女だよ。ディズニープリンセスか?この町に花畑なんてないし店から出たら戻ってこれないぞ?」
「君絶対分かってるよね⁉わざとやってるよね⁉君が分からないわけがないよね⁉」
「皆目見当がつかんな。何かの比喩なのか?これだから日本人は。すぐ言葉の裏に意味を持たせたがるよ。ちょっと俺には分からんから店員さんに聞いてきていいか?」
「トイレだよ!言わせないでくれるかな⁉普通にトレハラだからね⁉」
立ち上がろうとした俺を白銀が制して、顔を真っ赤にして言う。
「なんだそれは?トンソクレバーハラミの略か?」
「君みたいな人のことを言うんだよ!よく覚えておくといいよ!」
「ていうか食事中にトイレに行くのはマナー違反だぞ?」
「世界中で君にだけは言われたくないんだけど⁉」
白銀が憤慨する。
「ところで大きい方と小さい方どっちなんだ?」
「女の子にそんなこと聞かないでくれるかな⁉どういう神経してるの⁉」
「もう先輩。女の子には化粧とかゲロウとかいろいろあるんですよ」
黙って聞いていた天ヶ崎が口を挟む。
「なんだゲロウって。化粧みたいに言ってんじゃねえぞ。それただのゲロだろうが。自分の欠点を全世界の女子にまで拡大するんじゃねえよ」
「もう僕行ってもいいかな?」
「悪い悪い。うんこ漏れちゃうよな。気にすんなよ。すっきりしてこい。けつ拭くの忘れんなよ」
「おしっこ!忘れるわけないでしょ!ああ言っちゃった!君覚えておくといいよ!」
白銀が俺に批判的な視線を送ってくる。
「あ、女子トイレの様子後で詳しく聞かせてくれよ」
「うるさいよ!ノンデリなうえにトレハラもしてくるなんて女の敵だよ君は!早急に改善してくれるかな!」
そう言い捨てて白銀はトイレへと向かって行った。




