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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
43/68

41話 憎まれっ子同盟結成「てめえのは借りぐらしじゃなくて人ん家に寄生するゴキブリだよ!」

 お家の中で最も落ち着く場所はどこか。

ベッドの上、ソファー、浴槽。色々あるだろうがそれらは間違いだ。間違いなく一番落ち着く場所はトイレだ。聖域と呼んでもいいだろう。色んなトイレを使ってきたトイレキャリアの長い俺だがやはり自宅のトイレの安心感にはどんな立派なトイレにも勝てないものがある。サッカー選手がホームとアウェイで大きくパフォーマンスが違ってくるのと同じだ。


トイレとはすなわち戦いなのだ。トイレと書いて戦いと読み、戦いと書いてトイレと読む。そしてこちらも最善のパフォーマンスとメンタルで挑まなければ敗北してしまう。ただサッカーと大きく違う点はホームだというのに誰もサポーターも味方もおらず、一人孤独な戦いを強いられるということだ。誰にも理解されない孤独な闘い。それがトイレだ。


また、ボクシングにも置き換えられるのがトイレだ。長い戦いを終え、勝ったと思えば、まだ襲い来る相手と血と汗を流しながらまるで殴り合いのように激しい戦いを繰り広げる。第一ラウンドを制しても第二ラウンドのゴングが鳴り嫌でもまた戦いが始まる。酷い時には第五ラウンドまでいくこともある。まさに戦い。精神力の戦いだ。





 そんなわけで俺は休みの日だというのに。いや、休みの日だからこそ自宅のトイレで今日もまた血で血を洗う聖戦を繰り広げていた。ちなみに血は出ていないことは言っておく。


「ガチャガチャッ」


 突然誰かが玄関のドアのカギを開けた音が聞こえた。


「キーバタン」


 中に入ってくる。誰だ?泥棒か?


 そいつは玄関からすぐ横のトイレを通り過ぎていくと、「ガタン」と何かを開き色んなものを取り出しているようだ。やはり泥棒か?どうする?お腹痛くて出ていけねえぞ。するとなにやら呟いているようで小さく聞こえてきた。


「お砂糖♪醤油♪塩♪油♪トマトはぺっぺっ♪あっ!シーチキン缶にインスタントラーメン♪」


 どうやら冷蔵庫から俺の食料を盗んでいるらしい。この野郎。すると今度は聞き覚えのある声で陽気な鼻唄がはっきりと聞こえてきた。


「im fifteen years old im pretty♪元気な小さいレディ♪隣からずっと借りぐらししてたの♪時にはハッピー時にはブルー♪誰かに会いたい♪」


 隣の女天ヶ崎ゆいなだった。


「てめえか天ヶ崎!何当然のように人ん家に入り込んで食料盗んでんだ!実家じゃねえんだぞバカ野郎が!しかも合鍵も当然のように持ってんじゃねえ早く返せ!」

「見られた⁉私たちは人間から必要な物を貰ってひっそりと暮らしてるだけなの。もうこの世界には私たちの仲間はいないの。お願い見逃してトイレの妖精さん」

「誰がトイレの妖精だ!アリエッティに擬態しようとすんじゃねえ!なんか最近食費がかさむな、量減るの早いなと思ってたらてめえの仕業か!おっそろしいやつだお前はほんとに」


 俺はトイレの壁越しに叫ぶ。


「ていうか先輩いたんですかあ?またトイレ入って。もうそこで暮らしてるようなもんじゃないですか。もうほとんどトイレの妖精さんみたいなもんじゃないですか」

「まだあと数年はかかるなこんなもんじゃトイレの妖精さんにはまだなれないってやかましいわ!」

「私たちは小人族と妖精族。ともに共存する道はないの⁉」

「アシタカみたいなこと言ってんじゃねえぞ!物理的に身長縮めてやろうか⁉」


 こいつアリエッティのつもりなら最後はちゃんと引っ越すんだろうな。


「なんでアリエッティは許されて私は許されないんですか!」

「逆ギレするんじゃねえ!てめえのは借りぐらしは借りぐらしでも人の家に寄生するゴキブリみたいなもんだろうが!勝手に冷蔵庫漁りやがって!」

「ゴキブリとは何ですか!私は食べ物だけじゃなくて生活用品も盗んでるからあっ。借りてるから違いますー」


 などとぬかす。


「なお悪いわ!てめえまさかトイレットペーパーまで!ないか。毎日寝る前に数数えてるし減ったらすぐに分かるか。あれ?でも昨日の夜はトイレットペーパーは138だったような。ああそうだ。それは眠れなくて目つぶって数えてたトイレットペーパーの数だ。実際は147個だったな」

「こわ。毎日トイレットペーパーの数チェックしてるのも怖いし、夜眠れないときに羊みたいにトイレットペーパーの数かぞえてるのも怖いです。さすがにトイレットペーパーは怖くて盗めませんよ。でも私ちゃんと借りた分別の形で返したりもしてますよ?」

「例えば何よ」

「ゲロ臭くて使えなくなったタオルとか、トイレの床拭いた雑巾とか、賞味期限切れた卵とか色々です」

「全部ゴミじゃねえか!要らないもん捨てに来てるだけだろうが!うちはごみ処理施設じゃねえんだぞ!

何してくれてんだてめえはまじで!この前卵食って腹下したのお前のせいじゃねえか!なんかこのタオル酸っぱい臭いするなあって思ってたわ!ていうかよくそんな不等価交換を偉そうに言えたな⁉」


 何て面の皮の厚い女だ。


「あ、おばあちゃん、冷蔵庫のアイス持ってってもいいー?」

「いいわけねえだろうが誰がおばあちゃんだ!ここはお前のおばあちゃん家でもねえんだよ!」

「全部持って行きんしゃい。ばあばは食べんからね。冷蔵庫の奥にあるばあちゃんが作った漬物あるからそれも持っていき」

「やったばあば大好き!」


 などとしわがれた声を出して自分で自分の質問に返事して今度はまたそれにリアクションしだす。


「ババアを勝手に作り出すな!小癪な芝居始めるんじゃねえ!それは今日の夕飯で食おうと思ってたから持っていくなよ!」

「はあ⁉なんてえ⁉」

「ババアに言ってねえわ!腹立つからその猿芝居やめろつってんだよ!」


 都合の悪い時だけ耳悪くなりやがって。


「じいさんは黙ってなさい!」

「誰がじいさんだ!てめえが黙ってろ!」

「ええ⁉なにい⁉」

「だからババアはもういいんだよ!いつまで続けてんだてめえはよ!」


 ババアの真似が上手いのが余計に腹立たしい。


「もうおじいちゃんの流動食は今から作るから心配しないでよ。ちょっと待ってね。うっぷ、おええっ!」

「それ流動食じゃなくておまえのゲロだろうが!ドロドロなら何でもいいと思うなよ⁉」

「英一!あんたは文句ばっか言ってからに!いい年していつまでも閉じこもってないで外で遊んできなさい!」


 またババアの声で舐めたことをほざく。


「急に誰の設定なんだよてめえが早く出てけよ。こっちだって好きで閉じこもってんじゃねえんだよ」

「そうだよお兄ちゃんたまにはおばあちゃんの言うこと聞きなよ。そっちゅうゆいなに意地悪ばっかりするんだからもうプンプン」

「お兄ちゃんだったのかよもう訳が分からねえよ早く帰れよマジで」


 姿は見えないでこのストレス量ということは顔を見ていたらとんでもないことになっていたな。


「英一キャンキャンうるさいよ!さっきご飯はあげたでしょ!めっ!またちんちんかいかいばっかりして!」

「とうとう人間ですらなくなったなおい!ていうかそんなことしたことねえだろうが!」

「またうんこなの?一体何回うんこするの!うんこはちゃんとトイレでしなさい!」

「しつこいんだよお前はよ!トイレ以外でしたことねえわ!」


 ぜえぜえ。ただでさえきついのにこんなやつの相手しながらなんて何の罰ゲームだよこれ。


「じいさんは黙ってなさい!」

「もうそれはいいんだよ!」

「こら英一!あんたはなんで犬のくせに人間のトイレでうんちしとるんじゃ!早く出てきなさい!」

「そうだよおじいちゃん!年取っていきむ筋肉がないのは分かるけどトイレ籠りすぎだよ!早くしないと

お兄ちゃんがうんこ漏らしちゃうよ!もうお兄ちゃんいつまでも閉じこもってないで早く出てきてよ!」

「ややこしいわ!もうめちゃくちゃだよ!どっちなんだよ!キャラと設定統一しろ!何人トイレに入ってんだよ!」


 急に反応が無くなり、冷蔵庫を開けて何かを飲んでいる気配がする。どうやら天ヶ崎はこのボケに飽きてきたようで、当たり前のように俺の作ったお茶を飲んでいるようだ。


「お前見てるとほんとに心配になってくるよ。大丈夫かお前まじで?」

「心配はいりませんよ。ちゃんとマイバッグ持ってきてますから。袋は大丈夫です」

「そっちの心配じゃねえよ!スーパーじゃねえんだぞ⁉てかだったらちゃんと金払ってけ!」

「新紙幣発行に伴って発行されることになった天ヶ崎ゆいなが肖像された十万円札ってここ使えますか?」

「使えるわけねえだろうがそんなゴミ!聞いたこともねえよそんな新紙幣は!お前は偉人じゃなくて奇人として歴史の教科書に乗る可能性の方が高いわ!けつ拭いてやるからよこせ!」


 なんかこいつのせいで腹痛増してきたな。


「でも先輩聞いてくださいよ。私がこんなことしたのにはちゃんと理由があるんですよ」

「なんだよ」

「少しでもお金を節約して夏休みを少しでも多く遊びつくそうと思ったんですよ」

「ほんとにクソみたいな私利私欲な理由だなおい。節約しようとして真っ先に俺ん家から物資を調達しようという考えに至ることに驚きを隠せねえよ」


 真面目に聞いて損したわ。


「でも掃除とかもしてるんですよ。台所のタンクとか洗面所の流しとか。臭い残ってないでしょ?」

「それ完全にお前がゲロ吐いた後証拠隠滅してるだけだよな?お前人ん家まで泥棒に来てゲロまで吐いてんのか?おい?」


 完全にやってんなこいつ。


「おいお前のせいで腹余計に痛くなってきた。早く帰れ」

「それは大変ですね。私に任せてください。応援します!いきますよ!U!N!K!O!うんこ!U!N!K!O!うんこ!」

「やかましいわ!カスみたいな応援するんじゃねえよ!」


 トイレの前で叫ぶ天ヶ崎にドア越しにツッコむ。


「U!生まれる!N!長くて!K!黒くて!O!大きいもの!U・N・K・O!うんこ!ヘイ!U・N・K・O!うんこ!」

「うるせえ勝手に語源作んな!俺のうんこはいつも茶色い下痢状のやつなんだよ!」

「G・E・R・I!下痢!G・E・R・I!下痢!G!グロくて!E!液状の!R!ろくでもない!I!異物!G・E・R・I!下痢!ヘイ!G・E・R・I!下痢!」

「うるせえ上手いこと作るんじゃねえ!気が散るからさっさと帰れ!」


 しかしまだドアの前で何やら言い続ける。


「G!ごちゃごちゃうるせえ!E!英一!R!ろくでなしのくせに!I!いい加減にしろ!ハイ!G・E・R・I!下痢!」

「お前がいい加減にしろ!何下痢で俺の悪口作ってんだてめえは!トイレに流すぞマジで!」




「ピンポーン」


 するとチャイムが鳴り、玄関の方からドアをノックする音が聞こえる。


「はいはーい」

「当然のように出ようとするんじゃねえよ!」


 天ヶ崎が無視して玄関に向かう。


「ヤクルト一箱のお届けです」


 配送業者の声が聞こえてくる。


「ご苦労様でーす。あ、隣の部屋に運んでもらえます?部屋間違えちゃって」

「おおいてめえ何俺のヤクルトを盗もうとしてんだ⁉ふざけんな!」

「ありがとうございましたー」


 配送業者が帰っていく。ドアが閉められる音がする。




「ピンポーン」


「あれ?またですね。今度は誰だろう」


 玄関にいた天ヶ崎がまた出ようとする気配がする。


「一ノ瀬さーん。先月の家賃受け取りに来ましたよー」


 どうやら大家のおばあちゃんが家賃の回収に来たようだ。


「悪い天ヶ﨑、机の上に財布があるから払ってくれるか」

「嫌です。私あの人嫌いです。人からお金を取ろうとする根性が理解できません。恥ずかしくないんですかね」

「家借りてるんだから金払うのは当たり前だろうが!何を厚かましいみたいに言ってんだお前は。どの口が言ってんだ!」

「やだ!行かない!」


 などと言って駄々をこね始める。


「行くんだよ!てめえさっきは勝手に出たくせになんでこういう時は役に立たねえんだよ!そうだ行ってくれたらあとでおこづかいあげようかなー」

「やったやったやった!お金大好き!」


 単純なアホが一瞬で意見を変える。さっきまで人からお金を取ろうとするなんてどうこうとか言ってたのはどこの誰だったか。こいつ絶対知らないおじさんについて行くな。その後手に余って捨てられるまでがセットだ。


「すみません今先輩お腹壊してて、私が払いますね大家さん」

「そうなのかい?あんたの分もまだもらってなかったから丁度いいわ」

「はい。これで二人分ですね。お疲れ様です」

「ちょっと待てえええ!聞き捨てならん言葉が聞こえたなおい⁉お前自分の家賃まで俺の財布から払ったなおい⁉まじでぶっ飛ばすぞてめえ⁉」


 思わずパンツも履かずに出て行きそうになるが腹痛で我に返る。


「釣りはいらねえ。取っときな」

「いるに決まってんだろうが!人の金でかっこつけんな!」

「そこらへんはちゃんとしないといけないからねえ」


 大家さんがそう返す。




「お前マジで泣かすぞ⁉」


 その後やり取りを済ませた天ヶ崎が戻ってくる。


「だって先輩がおこづかいくれるって言ったんじゃないですか」

「どんな金持ちのスケールのおこづかいだ!しかもお前自分が立て替えた風に払ったなおい!バカが金に目がくらむととんでもないことになるな!ただでさえバカなのに金でさらに常識なくなるとすげえことになるな!」

「何言ってるんですか。これくらいしらふでもやりますよ」

「偉そうに言うんじゃねえ大馬鹿が!お前必ず返せよ⁉返すまで帰れると思うな⁉」


 俺が立ち上がろうとするとまた腹痛が増してきた。


「じゃあそろそろ帰りますね。先輩大好きっちゅ」

「待て天ヶ崎いいいいいいいい!」


 天ヶ崎が出て行く音が聞こえる。


「キーバタン」


 あいつ絶対許さん。





 しかし、しばらく、まだ続く腹痛に苦しんでいると、またドアが開く音がし、誰か入ってきた。トイレのドアがノックされる


「コンッコンッココンコン♪雪だるまつくーろー♪ドアを開けてー♪一緒に遊ぼう♪どうして出てこないのー♪」

「てめえまじでこの腹痛が治ったらプロレス技かけにいくから覚悟しとけよ!」


 わざわざ戻ってきて煽りに来た天ヶ崎にトイレのドア越しに告げる。


「分かりましたよー。じゃあ家賃は返します」


 なぜか逆ギレ気味に機嫌が悪そうに言ってくる。


「当たり前だ!盗んだものも鍵も全部置いていけ!」

「じゃあ家賃代全部まとめて肩たたき券でいいですね。一枚百回を五枚あげちゃいますよ!よっ!持ってけ泥棒!」

「いるかそんなゴミ!金でよこせ!泥棒はてめえだろうが!」


 かたくなに返そうとしない天ヶ崎。


「何でですか!この私の肩がもめるお得な券ですよ⁉」

「お前の肩を揉むんかい!ふざけんな!どれだけ自己評価高いんだお前は!」

「もう先輩はうるさいなあ。ていうか早く出てくださいよ。私の家のトイレゲロで詰まっちゃって今使えないんですよ」

「うちはコンビニじゃねえんだよ!当然のように入りに来るんじゃねえ!お前の常識は一体どうなってんだ!」


 煽りに来たとのかと思ったらうちを便利な施設か何かと勘違いしているらしい。


「もうしょうがないですね。終わったらちゃんと声掛けに来てくださいよ」

「何様だてめえは!一刻も早く引っ越せ!」


 俺の言葉を無視して帰っていく。厚顔無恥とはあいつのためにある言葉かもしれない。





 しばらくしてまたドアが開けられ誰かが入ってきた。というかもう誰かは分かっていた。トイレのドアをノックするのかと思ったら、そのままトイレの前を通り過ぎていく。

 どうせまたろくでもないことをしようしてやがるな。

 耳を澄ませて、気配を伺っていると、再び冷蔵庫を漁る音が聞こえる。あのバカ女が。腹痛も治まってきた俺は、立ち上がり、ドアを勢いよく開けると、天ヶ崎に向かって特攻した。


「てめえええええええ!島流しだお前は!この国から出ていけ!」


 俺がアームロックをかまそうと叫びながら突進していくと―――



「きゃああああああああ!」


 白っぽい水色っぽい頭の女の子が叫び声をあげて頭を抱える。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「え?」


 よく見ると、そこにいたのは、冷蔵庫から取りだした素昆布をくわえて、涙目で座り込む白銀ゆきだった。


「人ん家の冷蔵庫漁って何してんだお前は?」


 俺の言葉に白銀が顔をあげる。


「ち、違うの!これには深い訳が…」

「じゃあお嬢ちゃん警察行こっか」

「け、警察は勘弁してください!もう限界だったの!僕だって何度も踏みとどまったんだよ!でももう一週間雑草しか食べてないの!葉っぱじゃお腹は膨れないの!何かタンパク質と炭水化物を取らないと死んじゃう!」


 切羽詰まった顔でそう口走る白銀は確かに以前より少し痩せた気がする。


「だ、大丈夫かマジで?どんだけ追い詰められてんだよ。電話してくれたらなんか奢ったのによ。悪いが今冷蔵庫の中身はクソ迷惑近隣住民によって盗まれたところでほとんど何もないな。ちょっと待ってろ。今から隣に特攻してくるから」

「え?」


 俺はヘルメットをかぶると、素昆布をちゅうちゅうする白銀を残し、隣の女のインターホンを押す。


「警告する警告する。お前は完全に包囲されている。ドアをぶち破って強制連行されたくなければ今すぐ降伏しておとなしく盗んだものを返しなさい。今すぐ返せば罰は軽くすませてやらんこともない」


 するとインターホンからガーッと聞こえ、天ヶ崎の声が聞こえる。


「あ、トイレの業者さんですか?もう遅いですよ。なんか唾つけといたら治ったんでもう結構です。隣の人がうんこ詰まったらしいですよ。あ、違いました。頭にうんこが詰まったらしいです。あのキュッポン

ってするやつで頭やってあげてください。ではお疲れさまでしたー。あーヤクルトうめえー。ガチャッ」


 そう言ってインターホンが切られる。


「いいんだなクソガキ⁉まじで捕まえたら警察に引き渡すからな⁉」

「ジー。ガッ。かかってこいやあ!ペッペッペッ!」

「大家さーん!隣の女が勝手に部屋入って冷蔵庫漁ってましたー!今すぐ強制退去させてくださーい!」


 俺は必殺技先生に言うを発動した。


「待って!先輩待ってください!私ここ追い出されたらもう行く所ないんです!すいませんでしたあ!返しますから!全部返すから!」


 慌てた天ヶ崎が裸足で出てきた。俺はすかさずアームロックで頭を持ち上げると


「手間かけさせやがってお前はよ。盗んだもの全部持ってこい」

「いだだだだだだっ!あいっ!持ってきます!」





 部屋に戻ると、素昆布の他に冷麺やゼリーを食い漁ったようで、少し落ち着いた白銀が待っていた。


「あ、あのほんとにごめんね。落ち着いて考えたら大分失礼な事しちゃったなって思って」


 などと言ってしおらしく言ってくる。


「冷蔵庫漁りながら言うんじゃねえよ。お前は会った時から似たようなことしてたから別に今更だしな」

「そ、それはそうだけど、君だって人のこと言えないでしょ!」

「ああ、そう言えばうんこして手洗うの忘れてた」


 洗面所に向かい手を洗う。天ヶ崎に手洗わずにアームロックしちまった。まああいつだからいいか。


「そういうところだよね⁉」

「お前の前にも二回隣の馬鹿が不法侵入して冷蔵庫漁ったりしてたんだよ」

「そ、そうなんだ。君も大変だね」


 などと苦笑いをする。


「他人事みたいに言ってんじゃねえよ。それで三回目で駆逐してやろうと手を洗うのも忘れて、勢いよく出たらお前が冷蔵庫を漁ってたってわけだ」

「そ、それは何と言うかほんとにご迷惑おかけしました。あははっ」


 笑ってごまかそうとする。


「それにしてもなんで電話しなかった?電話番号教えただろ」

「何度もしたよ!でも君出なかったじゃないか!」

「あ、そういえば今スマホ失くしてたんだった。悪い悪い」

「た、タイミング悪すぎ。本当に僕って運が悪いよね」


 こいつのドジっぷりと運の悪さは折り紙付きだ。


「よっしゃ!じゃあ今日は焼肉食べ放題行くか!俺のおごりだ!好きなだけ食え!」


 可哀想だから元気づけてやろう。


「ええええええ!やったあああ!念願の焼肉だ!僕ずっと楽しみにしてたんだよね!」

「やったやったやった!焼肉だ!食べ放題!先輩流石あ!かっちょいい!ひゅうひゅう!」


 などとしれっと一人混ざっていた。


「いやお前いつからいたんだよ。誰がお前に奢るって言ったよ。まず盗んだもの返せアホ」

「分かりましたよ。カップラーメン、シーチキン缶、ハム、カットサラダ、たくあん、かにかま、冷凍からあげ、ヤクルト、ティッシュ、歯ブラシ、充電器、家賃、スマホ…」

「どんだけ盗んでんだお前は!当然のように生活用品まで盗みやがって!よく物が無くなるなと思ってたよ!てか失くしたと思ってた俺のスマホお前が盗んでたんかい!まじでしばくぞお前!」

「ぼ、僕よりすごいんじゃない?」


 隣で白銀がドン引きしている。


「しかもこいつこれを借りぐらしと言い張って少しも悪びれてねえからな」

「この子は一体何者なの」

「じゃあ家賃以外、全部まとめてトイレットペーパー払いでお願いしますね」

「お買い上げありがとうございます!またのお越しをお待ちしております!」


 俺は天ヶ崎のマイバッグに商品を詰めていく。


「あれ⁉今の今まで怒ってたよね⁉どういうこと⁉何が起きたの⁉一瞬で機嫌治ったんだけど⁉スーパーマーケット⁉トイレットペーパー払いって何⁉そんな決済方法聞いたことないんだけど!絶対損してるよね⁉それでいいの⁉一瞬のできごとに頭が混乱してるんだけど!」


 白銀が怒涛にツッコむ。


「おいおいお前トイレットペーパーは金に換えられない代物なんだよ。それに気づけないからお前はいつも失敗するんだよ」

「だからスーパーに八個入り三〇〇円とかで売ってるよね⁉しかも僕が失敗ばかりするのと何の関係もないし!なんでそんなほっくほくなのか意味が分からないよ!たった八個でいくら分売ってるのさ!」

「これからの時代は仮想通貨でも宝石でもなくトイレットペーパーなんだよ。時代が俺に追いついていないだけなんだよ。みんなこいつの価値が分からずゴミだの汚いだの好き勝手言っているが俺には分かる。パラダイムシフトはもうそこまで来ている。大トイレットペーパー時代の幕開けは近い。賢い俺は今のうちにトイレットペーパーを買い占めておくのさ!そしていずれ積み上げたトイレットペーパーで城を作り、トイレ王に俺はなる!」

「もう怖いよこの人」


 白銀が怯えた様子でこちらを見てくる。


「ふぃ~ちょれ~」


 シガレットチョコをたばこみたいに加え、ふーっとありもしない煙を吐いている天ヶ崎の頭をはたく。


「バシッ」

「なんてことするんですか!こんなに可愛い私をはたくなんて!正気ですか!親父にもぶたれたことないのに!」


 頭をはたかれた天ヶ崎が激高する。


「お前をぶたなかったお前の親父はまじですげえよ。どんな博愛主義者もお前を前にすると過激派にジョブチェンジだよ」

「お父さんは家を出て一人暮らししたら百万円やるから頼むと頭を下げてきましたね。娘想いの優しいお父さんでした」

「それ美談でもなんでもないから人前で二度とその話すんなよ?べつに娘に独り立ちの経験を積ませたいとかそんなんじゃねえからな?」

「お母さんもお願いゆいちゃんと泣いてました。私との別れが寂しくて泣くほど私が大好きでした」

「それ多分違う涙だから。なあもうこの話やめない?」


 途中で白銀に横腹をつつかれて俺も流石にツッコむのをやめる。


「なんで二人とも涙ぐんでいるんですか?」

「大丈夫だよゆいなちゃん!僕も両親に捨てられたから仲間だよ!」


 白銀が天ヶ崎の両手を握り励ます。


「ああ。俺もトイレに籠りすぎたのと、鍵のしまったトイレのドアを叩きすぎて実家を追放された口だから似たようなもんだ。ここにトイレ同盟を結成する!俺たちは仲間だ!」

「そんな同盟嫌だよ!トイレは君だけでしょ!嫌われ者同盟にしようよ!」


 白銀が茶々を入れる。


「なんでそんな悲しい名前なんだよ。分かったじゃあ『憎まれっ子世に憚る』から取って『憎まれっ子同盟』にしよう!」

「それありかも!」

「いいですね!なんだかこれから何かを成し遂げそうな感じがします!」


 天ヶ崎もお気に召したようだ。


「ね!僕と同じ境遇の人なんか初めて会ったから仲間ができて本当に嬉しいよ!」


 白銀が嬉しそうな表情で眩しい笑顔をこちらに向ける。


「よし!『憎まれっ子同盟』結成を祝して焼肉を食べに行くぞ!俺の奢りだ!大人なんかぶっ飛ばせ!」

「「おおおおおおおお!」」

「やったあ!焼肉だあ!」

「先輩大好きですー!」


 白銀がニッコリ笑顔で微笑み、天ヶ崎が飛び跳ねる。


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