38話 「インターン先は馬小屋でした②」 違うの!育乳マッサージなの!変なコトしてたわけじゃないから!お願い信じて!
馬を馬房に戻し終わると、夕方の五時となっていて、ようやく休んでいいと言われた。
「おいおい朝五時から夕方五時まで昼休憩と午後の一時間の休憩抜いたら十時間働いてんぞ。インターンシップで労働基準法破るとか聞いたことねえから。全身筋肉痛だ」
「私のセリフよ。何も悪いことしてない女の子にこんなことさせるなんて信じられないんですけど。一緒にいるやつ超キモいし」
「お前ほとんど馬と遊んでただろうが。俺なんか真面目にやってんのに馬どころか犬までずっと俺のこと威嚇して唸ってくんだぞ。どうなってんだあの牧羊犬は」
「私にはひっくり返ってお腹触ってってしてたけどね。あんなかわいい子が悪いわけないわ。あんたが悪いのよ」
もう言い返す気力もなかったので聞き流して歩く。田中さんのついてくるよう言われ歩いているが、一体どこに連れていかれるんだ。もう帰っていいか?
「着いたべ。ここがおらん家だ。おめえらこの二日間はここで寝泊まりしてくれな。明日は五時起きだからゆっくり寝るといいだ。おらの子供たちが使ってた部屋があるからそれぞれ部屋使ってくれな。それと夜勤があるから体力残しとけよ」
俺たちは地面に崩れ落ちた。
「夜勤?住み込み?聞き間違いよね?まだ働かせる気なの?いつ寝るの?どうやってゆっくり寝ればいいの?バカなの死ぬの?」
「帰る手間を省いて気を使ってくれたのかと思ったら住み込みで働かせたいだけじゃねえか。夜勤ってなんだよ。なんだそのパワーワード。日勤した人に言っていいセリフじぇねえだろ」
着替えと下着一式持ってくるよう言われたからそんなに着替えるくらい汚れるのかと思っていたらそういうことかよ。
二夕見が「あんたのせいよ。あんた絶対許さないから」などとこぼしていた。いやまじすまん。
各々の部屋に案内され、中に荷物を置く。部屋は家具なんかはそのまんまで綺麗に掃除されていた。たまに実家に帰って来るんだろう。荷物を置いた瞬間そのまま床に倒れる。
「ああ疲れたー」
汚いからベッドに寝るわけにもいかず、かといって風呂に入る気力もない。(おっさんに風呂に入る許可は二夕見がもらっていた)
とりあえず作業服くらい脱ぐか。汚いしな。服を脱いでトランクス一枚になる。ああだめだこれ以上動きたくない。パンツ一丁で大の字になって寝っ転がっているとドアが開かれた。
「一ノ瀬。先風呂入ってもいい?私ちょっと時間かかるからなんならあんた先に―――」
ドアを開けて俺の姿を見ると顔を赤くして叫ぶ。
「あんたどんな格好で寝てんのよ!自分家か!」
「おいおい俺のセクシーパンツに悩殺されちまったか」
「されるか!汚いから隠せバカ!」
などと言いいながら両手で顔を覆った指の隙間からちらちら覗いている。
「お前がノックもしないで勝手に入ってきたから悪いんだろうが。先に風呂は入っていいぞ。俺は今動きたくない」
「そ、そう。なら先入るわ。一応言っとくけど覗いたりしたら―――」
「お前の貧相な体なんか興味ねえわ」
「誰が貧相よ!死ねクソ一ノ瀬!」
乱暴にドアを閉めるとダンダン足音を鳴らしながら去って行った。
二夕見が行った後、しばらく部屋でゴロゴロしていると睡魔が襲ってきた。格闘していると今度はドアがノックされた。
「どうぞー」
ドアを開けると田中さんが立っていた。
「あんれおめえそんな恰好でいると風邪引くぞ。ところで寮の方で石鹸がきれたみたいでおめえさん石鹸洗面所の棚の下から取って来てくれねえか。しおちゃんが入ってるみたいだからおらは行けねえべ」
「いいっすよ」
俺はパンイチで洗面所に向かうと、ドアを開ける。風呂場の中からは二夕見がシャワーを浴びる音と鼻唄が聞こえてきた。
「棚は、ここか。えーっと石鹸石鹸、あれ、ないな」
探してみるが見つからない。
「おーい二夕見!石鹸どこあるか知らねえか!」
大きな声で聞いてみる。鼻唄が止みびくっとする気配がした。
「あ、あ、あんた人が風呂入ってるのに話しかけるんじゃないわよ!今裸なのよ⁉このノンデリ男!」
「めんどくせえなあ。俺もパンイチだっつうの。で、石鹸はどこ?」
「上の棚にあるでしょ!てかなんでまだ服着てないのよ!そんな恰好で話しかけんな!」
ああ上の棚か。あったあった。
「あったわ。サンキュー。あ、ところでこのパンツ結構おしゃれだろ?これ最近買ったんだけどよお」
「いいから早く出てけバカ!普通に話続けようとすんな!」
やれやれヒステリックな女だぜ。俺は脱衣所から出るとおっさんの元へ向かった。
その後俺も風呂に入り着替えた。大分疲れが取れた気がした。そして部屋に戻るとくつろぐことにした。
俺がいつもの日課に取り組んでいるとまた突然ドアが開かれた。
「一ノ瀬。田中さんがそろそろ夕飯できるから寝てるなら起こして―――」
二夕見が俺を見て固まる。
「何やってんのよあんたは。何その変な体操は」
「なにって腸活体操だよ。俺の毎日のルーティーンだ。これで下痢が治るんだよ。もう初めて三年ほどになるが」
俺はいつも通りお風呂上りの腸活運動をしていた。
「ほんとぶれないわねあんたは。てかそれ何一つ効果ないじゃない。ずっと下痢じゃない」
「石の上にも三年ってな。お前もやるか?これは腸内の善玉菌が悪玉菌に優勢になって、腸内環境が良くなり、下痢が改善されるそうだ」
「私別に下痢とかしないから。あんたと一緒にしないでよ」
などとまだ呆れ顔を続けている。
「あとおならの臭いが軽減されるらしいぞ。よかったな」
「私のおならが臭くてキツイみたいに言ってんじゃないわよ!私はおならなんかしないから!」
「あと精神状態が健やかになりメンタルが良くなるらしい。ヒステリックが治るぞ」
「大きなお世話よ!私が叫ぶのは全部あんたのせいよ!私が勝手に叫んでてうるさいみたいに言うな!」
やれやれ。自分の非を認められないとは醜いやつだ。
「ならこれはどうだ?腸活体操によって善玉菌が優勢になると、有害物質の発生が抑えられて肌の健康が保たれるんだ」
「ま、まあ、そんなに言うんだったらやってあげてもいいわ。しょうがないから付き合ってあげる」
などと言って俺の隣に立つ。
「よしきた。いいか?まず足を肩幅に開いて腕を上に伸ばし、左右の手首を返して交差させ、手のひらを合わせるんだ」
「こ、こう?」
二夕見が俺の隣で俺の真似をしながら手を上に伸ばしやってみる。
「そうそう。そしてそのまま体を横へゆっくり倒す。右の次は左だ。その次は前。最後が後ろ」
「なんか、肌がきれいになっていってる気がする!」
嬉しそうな顔でそう言う。なんかこいつちょろすぎて心配になってくるな。こういうところだぞ。だからすぐに変なやつらに騙されるんだよ。
「よし。いい調子だ。次は体を横にゆっくりねじる。右にねじった後は左だ」
「けっこう効くわね」
「次は両手を頭上に上げ、片足を大きく前へ踏み出し膝を曲げる。足を踏み出したポーズを維持したままゆっくりと深呼吸だ」
「すーはーすーはー」
素直にヨガのようなポーズをとり深呼吸する。
「最後は足を大きく開いて立ち、そこから膝を曲げて重心を落とす。足のつま先は外側に向けるのがポイントだ。そして両方の指をまっすぐに伸ばし、股に向かって下ろして構えると、斜め上に引き上げる。こまねちっ!」
そのまま流れで素直にこまねちする二夕見。
「って何やらしてんのよボケええええええ!」
やってしまった後ではっとして顔を真っ赤にして激怒する。
「よしこれで終了だ。本来はもっと長いがまあ初心者だとこれくらいだろ。次は顔を傾けてとぼけた表情を浮かべるまでできるようになるとよしだ」
「こまねちの質なんか誰も気にしてないのよ!死ね!」
結局プンプンしながら自分の部屋に戻っていった。ヒステリックまでは治らなかったらしい。
それからすぐに一階に下りるとテーブルの上に食事が用意されていた。餃子、生姜焼き、サラダ、ミートボール、手羽先、グラタンとたくさんおかずが並んでいた。二夕見はさっきのことをまだ引きずっているのかむすっとした顔で降りてきたがテーブルの上の料理を見た瞬間パーッと表情が明るくなった。単純すぎるだろこいつ。
「す、すごい!こんなにたくさん料理があるなんて!もう今日たくさん働いたし弁当半分しか食べてないから、お腹空いてしょうがなかったのよね!」
「そうだべそうだべ。二人ともよく頑張ってくれたからたくさんお腹いっぱい食べな。ご飯もお代わりたくさんあるからなあ」
「すごいな。これ田中さんが全部作ったんすか?」
「いやいや。うちの女房だ。今寮の方に飯つくりに行ってるべ。あっちの世話もしてるから風邪の菌持ってるかもしれんし会えないとは思うべな」
ありがてえな。いっぱい食って夜勤に備えるか。俺も腹減ってたからけっこう食べたが、二夕見はご飯三杯くらい食べてた。どんだけ食うんだお前は。サイヤ人か。おっさんちょっと引いてただろ。
「美味しかった~!ごちそうさまでした!」
ニッコニコで手を合わせて食後の挨拶をすると満足気に箸をおいた。
「お前、そんなに食って大丈夫か?お腹壊さないか?」
「壊さないわよ。でも今日はちょっと食べすぎたかしら。でもそれ以上に運動したし問題ないわよ」
「そ、そうか。ならいいが」
この食べた分が一体どこに行くのか気になるな。これが脂肪になって、肉付きよくならないのが不思議だ。主にどことは言わないがな。
「したら部屋さ戻って休むといいべ。仮眠取るのもいいがしおちゃんは少し食後の散歩とかしてからにした方がいいな。食ってすぐ寝ると馬になるべ」
牛だろうが。
「私消化早いから大丈夫ですよ。ていうか夜勤あるの忘れてた!」
などと言って両手を両頬に当ててショックを受けている。
「すぐうんこになって出てくるのか。燃費のいい体だな。このうんこ名人め」
「やかましいわ!誰もそんなこと言ってないでしょうが!消化が早いってだけよあんたと一緒にすんな!んこ星人!」
言い合いながら部屋に戻ると俺は仮眠をとることにした。だってここスマホも使えねえからなんもすることねえもん。
「コンコン」
部屋がノックされる音で起きた。ドアが開くと田中さんだった。
「そろそろ夜飼いの時間だからしおちゃんに声かけて来てくれるべか?」
「うっす」
時間は二十一時になっていて馬の夕飯の時間らしい。俺は隣の二夕見の部屋に向かうとドアを開けた。
「おい二夕見。そろそろ仕事だとよ。馬の夕食の時間だから準備し―――」
そう言いながら部屋の中を見ると、二夕見はベッドの上で自分の胸を揉んでいた。
「……」
「……」
俺に気づいた二夕見も静止する。
俺は無言でドアを閉めた。
「違うからあああ!そんなんじゃないからああ!誤解なのおおお!お願い弁解させてえ!」
二夕見がドアを勢いよく開けて慌てて詰め寄ってくる。
「まあこういうのは生き物なら誰にでも備わっている衝動だから否定はしないが、時と場所を選んで欲しいもんだ。馬に当てられて馬っ気出すのはどうかと思うぞ」
「ほんとに違うの!変なことしてたわけじゃないの!マッサージなのよ!いつもこの時間に育乳マッサージしてるの!お願い信じて!」
「なんだそういうことかよ。紛らわしいやつだ。お前俺のルーティーンにけちつけてたけどお前も似たようなもんじゃねえか」
「一緒にすんじゃないわよ!ていうかあ!ああ言っちゃったああ!よりによって絶対知られたくないやつに知られちゃったあ!うわああああああああん!」
などと言って泣きだす。
「おいおい心外だな。流石にこんなこと吹聴しねえよ。百人くらいにしか言わねえから安心しろ」
「この人間のくず!鬼畜生!あんたなんかハマってるみたいだけどそのネタ全然面白くないから!お願いだから誰にも言わないで!」
「冗談だよ。ほんとに誰にも言わないって。言えるかこんなこと。俺も育毛マッサージしてるから気持ちは分かる。辛いよな。誰にも言うなよ?」
「うう。こんなのと一緒にされるの悔しいけどでもちょっと嬉しいのなに」
二夕見と一緒に厩舎に向かうと田中さんが先に来て飼いおけを入れていた。俺たちも急いで手伝う。しかし。やはり俺が近づくと嫌がるので俺はおけを運んで来て片付ける係に任命された。
「なあなあ。おら今どうやったらもっとこの牧場が人気になるか色々考えてるんだけどもな。最近いいこと思いついただ。漫画さ描けば人気が出てもっとたくさん業界も盛り上がるんでないかと思ったんだ」
田中さんが餌をあげながら話しかけてきた。
「へえ。いい考えっすね。どんな漫画とか考えてるんすか?」
「それがな。ものっすごくいいストーリーさ思いついただ!聞いてくれ!東京の進学校に通う男子高校生が春休みに北海道さ来て道に迷って倒れこんじまうだ。したらそこは牧場の前でそこの社長の次女の女の子と知り合うんだがこれがまた気難しい不愛想な女の子なんだ。しかもその家はなんと他にも姉妹がいて美人四姉妹の子供たちだったんだ。そしてそこの牧場で働き始めて牧場スローライフがスタートするだ!」
「パクリじゃねえか!ビックリしたわ!けっこう昔の作品だけどあんたそれちょうど世代だろうが!絶対読んだことあるだろ!ていうかなんでこの牧場はおっさんだけで美人四姉妹がいないのか不思議に思ってたとこだよ!」
「あんれー。そんな漫画あっただかなー。いい話思いついたと思っだのになあ」
なんちゅうおっさんだ。恐ろしい。
「そういえばさっきレース出てた馬が帰ってきたから明日見せてやるべ。楽しみにしとけえ」
「は、はあ」
言う相手間違ってんじゃねえか?
その後夜飼いも終わり俺たちは厩舎から出た。
「え?夜勤ってこれで終わりなの?」
「なわけないべ。妊娠さしてる馬がいるがらそいつの様子さ交換で見て欲しいんだべ。流石にそんな長いことは見なくていいべ。おらも見るからひとり二時間ってところだべ」
二夕見が沈んでいた。てことは今が二十二時だから、六時間寝れるじゃん!よっしゃ!
「ああ違った違った。一人三時間だったべ」
五時間。五と六のこの差って何なんだろうな。そんなんで疲れが取れるかふざけんな!結局十四時間労働じゃねえか殺す気か!
「インターンシップで住み込みで十四時間働いてるの私たちくらいよ。これで痩せて胸しぼんだら許さないから!」
などとおっさんに聞こえないように言う。これ以上はしぼみようがないから安心しろ。
「じゃあ私は0時から三時まで見るからあんたは三時から五時ね」
「実質三時起きじゃねえか。初日よりひでえよ」
俺たちはそのまま部屋に戻った。部屋に着いた瞬間少しでも多く休むためにすぐに横になった。疲れすぎていたためすぐに意識が遠のいていった。
「のせ!いちのせ!一ノ瀬!」
誰かの呼ぶ声で目が覚めた。ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に二夕見の顔があった。
「うおっ!お前顔近えよ。まだ発情してんのか」
「違うわよ!あんたが何回呼んでも起きないからでしょ!あんた次そのこと言ったら藁よけるフォークでおしりに穴増やすからね!」
頬を赤くして睨みつけてくる。
「冗談だよ。てかお前クマひどいな。こんなブラック企業早くやめた方がいいぞ」
「あんたのせいでしょうが!あんたのお守りよこっちは!小学生のお世話したいとは言ったけど脳みそだけ小学生のアホの世話したいなんて誰も言ってないのよ!さっさと行ってこい!」
などと酷い言い様だ。まあ俺が悪いから言い返せないけど。
「よいしょっと」
起き上がると部屋から出る。
「じゃ、おやすみ。がんばって」
「ああ。おやすみ」
二夕見と別れると馬房に向かう。面倒かと思ったが見張るだけだったし、ほとんどの馬が眠っていて嫌がるやつはいなかったため割と楽だった。睡魔と戦いながら見回りしていると、三時間経過し、出勤の時間になった。
「おつかれさまだべ。疲れはとれたか?」
田中さんが着替えてやって来た。
「おかげさまで」
皮肉たっぷりに返しておく。
「いんやあそれはよがったよがった。兄ちゃんもそろそろ馬に好かれるはずだべ。兄ちゃんは馬と鹿にモテそうな顔してる」
「なぜ鹿?」
「馬鹿だからに決まってるべ!なんつって!ぶわっはっはっはっはっはっはっ!」
馬糞の山につっこんでやろうかこのおっさん。それにしてもこのおっさん俺たちと同じくらい働いてるくせになんでこんなに元気なんだよ。鉄人すぎるだろ。
などと話していると作業服に着替えた二夕見が来た。目の下を真っ黒にして目が半分も開かない状態で眠そうに目をこすっている。
「おはようございます」
「おおおはよう。二人とも来たか。したらまずは飼いおけからだ。兄ちゃんもそろそろあげてみるか。したらお利口ちゃんなやつが帰って来てるからそいつにあげてみるべ。ウィーリーって言ってな、こいつはレースで優勝したこともあるくらい速いんだべ。昨日言ったろ?あげてみろ」
俺はウィーリーの前に行ってみる。すると前足をかきかきし出す。
「それは飯をくれっていう合図だべ。あげてみろ」
俺は飼いおけをセットしてみる。すると俺に対して嫌がる態度を見せずに食べ始めた。へえ悪くないじゃないか。
「お利口ちゃんだべ?あ、そうだ。おらちょっとトイレさしてくるからあげといてくれるが」
そう言って田中さんはいなくなった。すると田中さんがいなくなった瞬間。
「ぺっ」
ウィーリーが俺の顔面に向かって口から飼料を吐き出した。べっとり顔面に張り付く。
「……」
「なんか変なの入ってたのかしら?大丈夫?」
二夕見がポケットティッシュを渡してきた。
「ありがとう」
まあ何か入っていたのなら仕方ない。こんないい子なんだから。我慢だ。わざとじゃないんだしな。
「食べたか?したら次はこいつのこと触ってみるか」
田中さんが戻って来て、ウィーリーを触ってみることになった。俺が恐る恐る手を伸ばしてみるとすりすりと頭をこすりつけてきた。可愛いじゃないか。やっぱりさっきのは何かの間違いか。続いて二夕見が触る番だ。
「こんにちは。ウィーリー」
手を伸ばすとまた自分からすりすりしてくる。
「ふふ。いい子ね」
「ん?」
よく見ると鼻の下が伸びている気がする。なんかゆるみきった顔をしている。馬のくせに鼻の下が伸びることなんてあるわけないか。気のせいだな。こんなにいい子なんだし。
「したらおらはちょっと寮の方見てくるからちょっと外すな」
また田中さんがいなくなった。
「ウィーリーよしよしいい子だなー。頭を撫でてあげよう」
俺が頭を撫でようとすると、避けられた。あれ?何度か触ろうとするがその度によけられる。それどころかしらーっとした目で見てくる。気のせいかさっきと表情も違っていてなんかおっさんみたいというか、顔はたるみきって、目は半目で、だらしない顔になっている気がする。
「どうしたウィーリー?」
俺は先ほどみたいに顔の近くに手を伸ばしてみる。すると―――
「ガブッ」
俺の手におもいっきり噛みついてきた。
「いだああああっ⁉」
思わずウィーリーの顔を見ると舌を出しておちょくるようにべロべロしていた。
「てめえ!」
俺が手綱を引っ張ろうとすると今度はお尻を向けて俺のお腹を蹴って来た。
「ぐはあっ⁉」
後ろに吹っ飛ぶ。
「だ、大丈夫?」
他の馬に餌をあげていた二夕見が驚いてかけつけてくる。
「あんた何したの?あんないい子だったのに怒らせたの?」
「こいつ、馬のくせに猫被ってやがった。バカ馬だ」
「そんなわけないでしょ。ねえそうだよね?」
二夕見が手を出すとまたすりすりしてきて、今度は間違いなく鼻の下を伸ばしていた。
「おいクソ馬!」
俺はくちわを持ってくる。
「ちょっといじめないでよね!こんなに可愛いのに。ねー?」
「ヒヒーン」
などと可哀想な声で鳴く。今度は抱きしめてきた二夕見に顔をすりすりして鼻の穴を大きくしている。
「騙されるんじゃねえ。こいつの中身はおっさんが入ってる。お前に顔すりすりしてダラらけきった顔浮かべてやがる。何ならお前の髪の匂いかいで鼻の穴ひくひくさせてんぞ」
「そんなわけないでしょ。嫌われたからって適当な事言わないでよ。ねー。怖かったねー」
「ぐぬぬ。こいつ憎たらしい顔しやがって。馬のくせにニヤニヤしてやがる」
すると田中さんが戻ってきた。
「どうだウィーリーは可愛いだろ?」
その瞬間まるで軍隊の馬のように姿勢をびしっと正し、眉と目をキリっと上げ、人間で言うと敬礼のような姿勢をとる。
「こいつクソ馬ですよ田中さん。田中さんの前だといつも猫被ってるけどいなくなった瞬間だらけ切った顔になって本当は人間のこと舐め腐ってます」
「何言ってんだおめえは。おら長いことこいつのこと見てきたがそんなの見たことないべ。調教師にも聞いたことないべ」
「じゃあ俺にだけ本性見せてます。俺動物に舐められることだけは得意なんすよ」
「そんなことねえと思うべがなあ。しおちゃんもそう思うべか?」
二夕見に話を振る。
「そんなことありませんよ。どうせこいつが怒らせるようなことしたんですよ。素直でいい子だと思いますよ」
「兄ちゃん。馬は悪口さ分かるべから気をつけるべ。なんか気に入らないこと言ったんだおめえが」
ウィーリーに背を向けて俺の方を向いて話すその後ろではウィーリーが舌を出して首を傾けて白目をむいて変顔している。完全に煽っているし、舌を出すことが挑発行為だと理解している。ゴールドシップだこいつは。終わってる。
「じゃあまたウィーリーを馬房に戻すべ」
そう言ってウィーリーを戻した。
「したらおら放牧地の方見てくるから水替えといてくれるか」
田中さんはまた出て行った。俺たちは水の入ったおけを運ぶとこぼし、きれいな水に入れ替えて、また馬房まで運ぶ。これがまたなかなかの重労働だった。二夕見が重そうにおけを抱えていた。
「なあ。俺が運ぶからお前はどんどん捨てて綺麗なのに替えていってくれ」
「わ、わかった。ありがと」
「別にお前が運んでたら日が暮れちまうからだよ」
「こんな性格してるから馬にも嫌われるのよあんたは」
などと嫌味を言って出て行った。どんどんおけを運んでいると、ゴルシ二世が足で柵を蹴っている。
「なんだよ。飯はもうあげただろ。水は今替えてるから少し待ってろクソ馬」
と思ったらボロを蹴ってそれが転がって馬房から出てくる。
「馬房が汚いからボロ片付けろってか?俺のことうんこ係だと思ってるなてめえ。もう少し待ってろ今忙しい」
「ペッ」
すると地面に唾を吐き捨てる。
「品のない馬だなお前は。それにしてもブッサイクな面だ。お前絶対雌馬に嫌われてるだろ」
「ガブッ!」
今度は俺の頭におもいっきり噛みついてきた。
「いでででででででっ!何すんだてめえは!」
何とか抜け出すと歯をカチカチさせていた。
「こんのクソ馬が!雌馬のお尻追いかけてうんこ踏んですっ転べ!」
その後水を替え終わり、馬のブラッシングをすることになった。
「いいか?あまり弱くても意味ないからわりと強くやるんだべ。汚れを落とすのは後で放牧が終わってからだから今はスキンシップと毛づくろいが目的だからな」
田中さんの前だからウィーリーもお利口にしている。だから俺がブラッシングしても怒らない。あまりにむかつくから顔をしつこくやってやる。
「お前は顔がブサイクだから念入りに顔を洗ってやる。心の汚れまでは落ちないのが残念だ」
すると田中さんの手前反抗できないため顔を振ろうとして我慢している。それでも無視して続けていると、足を思いっきり踏まれた。
「いだあっ⁉」




