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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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3話 「トイレ絶対許さないマン鉄尾」

 翌日。俺は登校してすぐ廊下で蓮と会った。


「よお蓮。河瀬先生ぶちぎれてたぞ。見つけたらけつ叩き百回だそうだ」

「まじ⁉とんでもない人を怒らせてしもた。お前あの後逃げられなかったんか?」

「おう。逃げ遅れた。おかげで意味わからん学校福祉部とかいう部に強制入部させられた。しかも、そこに所属する女がまたとんだじゃじゃ馬でよ。男嫌いでヒステリック起こすんだ」

「まじかよ。ご愁傷様」


 他人事みたいに合掌してくる。


「待て待て。他人事じゃねえよ。お前もそこ入んないと殺されるぞ?早く謝りにいかないとお前のイボつぶすって言ってたぞ」

「なにい⁉鬼畜アラサー教師すぎるやろ!ちょっと今から謝って来るわ」


 蓮はそう言うと職員室へ向かって走っていった。俺は教室に入ると廊下側一番後ろの席に座る。この席はトイレに近いから当たりだ。ただ問題は、今日の一時間目の授業は国語だということだった。


 朝のSHRが終わり、蓮も戻って来た。そして一時間目の授業のため国語教師の池田が教室に入ってくる。蓮がすかさず舌打ちする。


「ちっ」

「誰だ今舌打ちしたやつは!お前か⁉」

「ち、違います」


 一番前の席の生徒に当たっている。


「ちっ」


 続けて俺も舌打ちする。


「またやったな⁉犯人は分かってるんだぞ!どうせお前だろ一ノ瀬!」


「違います」


 俺は努めて冷静な声で返す。


「いつも反抗的な態度ばっかりとってくるのはお前か和泉だ!昨日も避難訓練中に屋上でさぼってたらしいな!このクズどもが!」


 池田鉄尾(いけだ てつお)。男子にきつくあたり、女子をあからさまに贔屓する女たらしのクソ教師。その割には女子にも嫌われている可哀想なやつだ。特に俺と蓮を目の敵にしており、何かとつっかかってくる。そしてこいつの一番むかつくところが…。


 ああやべ、今日もお腹痛くなってきた。最悪だ。


「先生!お腹痛いんでトイレ行って来ていいですか」


 俺は立ち上がり手を挙げる。


「またか一ノ瀬!ダメだ!授業が始まる前に済ませておけ!」


「授業前は別に行きたくありませんでした!」


「屁理屈を言うな!とにかく俺の授業では絶対にトイレに行けると思うな!」


 そう。このクソ野郎は俺たちがトイレに行くことを許可しないのだ。


「先生。ちょっと…」


 女子生徒が一人立ち上がると何やら先生に話した。


「いいぞ。行ってこい」


 すると女子生徒は小走りで教室を出てどこかへ行ってしまった。


「待て!今のは何だ!絶対トイレだろうが!」

「黙れ!女子はお前ら猿どもと違っていろいろ大変なんだ。それにお前ら男子は可愛くないが女子は可愛いからいいんだ」


 とんでもないことを平然と口走る。


「差別じゃねえかこのボケ!」

「贔屓だ!」

「性犯罪者予備軍!」

「ロリコン!」

「マザコン!」


 どさくさにまぎれて普段から池田に恨みを持っているやつらから批判が飛び交う。というか全部ただの悪口だった。ちなみに女子はみんな引いていた。


「うるさいぞ猿ども!退学にされたいのか!」


 その言葉にみんなひるんで罵詈雑言がやむ。


「ふん。とにかく一ノ瀬は絶対にトイレに行かさん。授業を続けるぞ」


 やべえ腹痛が増してきた。こうなったら無理矢理トイレに特攻してやる。だがあいつはさっきから定期的に俺がいるか振り返って確認してくる。頼む蓮太郎。少しの間でいいからやつの気をそらしてくれ。俺は反対側の窓側に座る蓮を見つめる。気づけ。


 俺の思いが伝わったのか蓮が振り向いた。こちらを見て頷く。よし!伝わった。


「おい!みんな窓の外見てみ!」


 突然蓮太郎が大きな声を出して立ち上がると窓の外を指さした。


「UFOや!」

「ほんとかよ⁉」

「どこどこー?」

「嘘⁉」


 たくさんの生徒が席を立ち窓辺に集まり始める。よし!今がチャンスだ!


「ええい席を立つな!UFOなんか存在するかバカらしい!退学にするぞ!」


 しかし、村田がすぐに窓辺に集まった生徒たちを散らせて席に着かせる。


「ん?一ノ瀬。お前今廊下から入って来なかったか?」

「そんなわけあるわけないじゃないですか」

「見間違いか」


 俺はあたかもずっと席にいたかのように振舞う。


 おい蓮頼む!かなり限界が近い!漏れてしまう。


 授業が再開されてからすぐに、蓮は動いた。


「おい!あれ見てみ!」

「またお前か和泉!やかましいぞ!」

「飛行機や!」

「小学生か貴様は!黙ってろ!」


 おいい!頼む!もう漏れる!次で漏れる!


「おい見てみ!」


 そう言ってまた立ち上がり窓を指さす。


「貴様退学にされたいのか⁉」

「ラピュタや!」


 ああ終わった。そんなものあるわけねえだろうが。と思ったが。


「何だと!授業は中止だ!みんなでラピュタを探すんだ!和泉どこだ⁉」


 村田が勢いよく食いつき窓に駆け寄る。


 いやお前が食いつくんかい!だがラッキーだ!今のうちにトイレに行くぞ。


 俺はダッシュでトイレへと向かった。





 用を済ませて戻って来ても、まだ授業は再開されておらず、俺は平然と席へ着いた。




 放課後。俺と蓮は西棟へと向かう。


「助かったよ、まさかラピュタに反応するとはな。おかげで何とか死なずにすんだ。次からあれでいくか」

「何度もはできひんわ。あれはいざという時の秘密兵器や」

「そうだな。ところでお前河瀬先生に許してもらえたのか?」

「拳骨された」


 蓮がまだ痛いのか頭頂部を痛そうにさする。


「拳骨ですんでよかったじゃねえか」

「そうやな」

「いいか?今から行く所にはまじでいかれた女がいるから覚悟しとけ。まず洗礼にファブリーズかけられるからな。顔面に」

「それはお前がトイレばっかり行くからやないんか?」

「お前だって似たようなもんだろうが!」


 そんなことを話しながら歩いていると、学校福祉部の部室の前まで来ていた。


 ドアの前に立つと、ゆっくりをドアを横にスライドさせた。中には、二夕見しおと昨日はいなかった首に黒いチョーカーをつけたショートヘアの女の子が長椅子の一辺に並んで椅子に座っていた。


 二人は楽しく談笑していたようだが、二夕見は俺を見た瞬間、顔から笑顔が消えた。


「ちょっと。何あんた。どちらさま」


 こっちを睨みつけてくる。


「ああ悪い。鶏は三歩歩けば忘れるんだったな。新入部員の一ノ瀬だよろしく頼むコケ」

「誰が鶏よトイレ男。あんたなんか覚えてやる必要ないって言ってんのよ」

「こっちだって好きでこんなヒステリックぺちゃぱいがいる部活なんか入るかよ」


 俺の言葉に顔を真っ赤に染めてぶちぎれる。


「誰がヒステリックぺちゃぱいよ!変なあだ名つけんなこの病原菌!次言ったら許さないから!」

「はいはい。そういえば朗報だ。昨日言ってたやつを連れてきたぞ」

「げ。ゴキブリはすぐ増殖するわね。だから嫌いなのよ」


 などと言ってスプレーを用意する。


「誰がゴキブリだバカ女!ゴキブリスプレーみたいにもってんじゃねえぞ!」


 隣の女の子が驚いた様子で俺と二夕見を交互に見ていた。なんだ?


「昨日はいなかったが同じく受刑者の和泉蓮太郎だ。おい蓮。あまり刺激しないようにしろよ」

「「あっ」」


 俺の後ろで待っていた蓮が二人から見える位置に来ると、蓮と二夕見の隣に座る女の子の両方が反応した。


「あれ?りんやんけ。お前こんなところで何してんねん」

「それこっちのセリフなんやけど。うちこの部活入ってるし。お前こそこんなところで何してんねん」


 女の子の方も関西弁で返す。


「お前こんな部活入っとったんか。暇人やん。俺は先生に強制的にここに入部させられてん」

「え、お前もこの部活入んの?まじかうるさなるやん。お前汚いから嫌やわ」


 嫌そうに顔を歪める。


「汚いってお前まさか俺のケツのこと言ってんのか。俺はケツから血出るまで拭いてるからな?誰よりも綺麗やわ」

「だから痔なって汚いイボができんねん。学べボケ。めっちゃ汚いねんお前死ね」

「死にませーん。お前に痔移るまで死にませーん。おしりぺんぺーん」

「汚いケツこっち向けんなやきっしょいねん。なんでお前まだ死んでないねん。はよ死ねや」


 そのやり取りを見て、隣の二夕見が引いていた。


「り、りんの知り合いなんだ…」


 まあこいつにはちょっと痔は刺激が強すぎたか。


「いやこいつが知り合いなのめっちゃはずい。ごめんなしおこいつしおに近づかせんから。おいアホ。しお男苦手やし特にお前みたいなきっしょいやつは無理だからしおの近くにいるときは息止めとけよ。てかお前いつやめんねん?」


 そう言って蓮に厳しい視線を向ける。


「俺だって好きで入ってへんわ。せや自己紹介するな。俺の名前は和泉蓮太郎や。お尻が弱いから椅子はやわらかいやつで頼むで。あと好物はヨーグルトやな。なぜなら腸を刺激してくれるから便通がよくなる」

「あんたの友達だから似たような人だと思ってたら案の定そうだったみたいね」


 なぜか俺を睨みつけてくる。


「「照れるな」」

「褒めてないわよ!あんたたちほんと最悪!」


 二夕見がひとり憤慨する。


「一。あの関西弁のダサいチョーカーしてる女は蓮浦りん。中学の時同じクラスやったねん。怒ってるみたいやけどあれが普通や。俺に対して照れ隠ししとるだけ」


 蓮が俺に紹介してくる。


「どこがやボケ。聞こえてんねん。冗談はケツだけにしとけ」

「あと口悪い。見ての通り顔も機嫌も悪い。あと頭も悪いし口も臭い」

「口臭いのはお前や。あとお前は足もケツも臭い。ほんでお前これ以上いらんこと言うとケツ蹴るぞ」


 蓮浦も二夕見みたいに気が強そうだな。


「あいつキレたら本気でケツ蹴ってくるド畜生やねん。お前も怒らしたら腹殴られるから気をつけろ」

「こりゃあこの部活の女はとんでもねえな。てかお前と中学一緒ってことは俺とも同中じゃん」


 同じ中学のやつが他にいたんだな。


「りん。あんたの幼馴染も相当だけど、その隣に立ってるやつが一番やばいから気をつけてね。あいつトイレで生まれたらしいわよ」

「どんな化け物だ俺は!ゴキブリじゃねえんだぞ!」


 二夕見が再度ゴキブリ扱いしてくる。


「蓮太郎の友達って時点でやばそうやけど、あいつほどじゃないと思うけどな」

「りんは人が良すぎるのよ。こいつは別よ。トイレに住んでるようなやつなのよ。つまりゴキブリと一緒なの」

「だから誰がゴキブリだ!一緒にすんな!」


 俺たちはようやく部屋の中に入ると、二人の対面の椅子に座った。蓮はクッションを椅子の上に置く。


 二人は俺たちの存在を無視すると、先ほどのように楽しそうに、どこどこのカフェがお洒落だの、どの洋服が可愛いだの話しはじめた。


「なあ一。この部活ずっとこんな感じなんか?暇すぎんか」


 蓮が退屈そうに話しかけてくる。


「まったくだ。おい二夕見。なんかやることないのか?暇なんだが」


 話を遮られた二夕見が不機嫌そうな顔を俺に向けてくる。


「口答えすんじゃないわよ。黙って二酸化炭素吸うか便所トークでもしてなさい」


 そう吐き捨てるとまた楽しそうに先ほどの話を続ける。同じ空気(酸素)は汚いから吸うなということか。てか二酸化炭素だとお前らが吐いたものを吸うことになるが大丈夫か?はいQED。ていうかそれは死ねってことか?はいAED。ピッピッピッ。ドックン!カミングバック!


「てかそもそもこんな廃部寸前の部活誰も存在さえ知らないだろうな。ただ毎日これが続くのかと思うとやってられないな」


 俺は蓮に向かってぼやく。


「まったくや。まあ家に帰ったところで暇なんやけどな」

「あ、そういえばお前最近駅前にできた大型ショッピングセンターのトイレ行ったか?」


 俺はこの間行ったトイレのことを思い出す


「いや。まだ行ってへんな」

「この前駅前通った時、腹痛くなって行ったんだけど、あれはすごい。まず床も便器もピッカピカでデザインがおしゃれな木製風だし、ウォシュレットつきで自動で水流れる、トイレットペーパー三個常備、ハンドソープ超良い匂いするしいいとこ尽くしだ。うちの学校のトイレとは大違いだぜ」

「まじかよ!それ最高やなあ。うちの学校はトイレの4Kやからな」


 そう。トイレの4K。


「汚い、臭い、暗い、壊れてる。最悪だ。トイレが汚い学校は校風がダメだな」

「まったくや。それよりそのトイレには和式はあったんか?」


 蓮の目の色が変わる。


「あるかよ。学校のトイレじゃあるまいし。今時和式は絶滅危惧種だ」

「何やと?和式がない?それじゃあうんこが出ないやないか。あのウンチングスタイルをとることによって便通が良くなるんに!洋式はいらへんから和式作れや!」


 ちなみにウンチングスタイルとは和式便所でするあのうんこ座りのことだ。


「バカ野郎!あんな体制でうんこなんかできるかよ。それこそ痔になるわ。あれは下痢民にはきついぜ。それに見た目から無理だな。汚いし。すぐ汚れる」

「やっぱりお前とは決定的なところで分かり合えないようやな。トイレは和式や!」


 蓮が信じられんという顔で言い切る。


「いいや洋式だ!」

「和式!」

「洋式!」

「和式!」

「洋式!」

「うるさいのよ野蛮人ども!なにほんとにトイレトークしてんのよ!汚い!死んで!」


 向かいでおしゃれなカフェなどの話をしていた二夕見が我慢できずに叫ぶ。


「なんだよ。お前らはおしゃれなカフェとか洋服の話をして、俺たちはおしゃれなトイレの話をする。一体どこに違いがあるんだ」

「一緒にすんな!全然違うわよ!こいつらキモすぎるんですけど!」


 これが男性脳と女性脳の違いか。多分違うな。


「やばいやつが二人も入ってきてもうてるやん」


 蓮浦がドン引きしてこちらを見ていた。


「コンコン」


 突然ドアがノックされた。


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