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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
30/69

29話 「一生お兄ちゃんと一緒エンゲージリング」

 学校の指定ジャージに着替えた俺たちは傘をさしてグラウンドにおりる。グラウンドはぐちょぐちょにぬかるんでいて、靴がすぐに沈み込んだ。いつもはサラサラの砂が雨が降るとこんなにドロドロになるのだから不思議だ。


「きゃあ!靴の中に水が入り込んできたわ!」


 すぐそばで二夕見が甲高い声を出す。


「女みたいな声だしやがって。しっかりしろお前は」

「がっつり女ですけど何か?」

「がっつり女っていうかごっつい女よな」

「アンブレラアタック!」


 二夕見が雨に濡れるのも構わずに、傘を閉じると切っ先の硬い部分で俺の腹を刺そうとしてくる。


「おいそんなもんで人の腹を殴ろうとするんじゃねえ。危ねえだろうが!」


 仕返しに俺は二夕見の近くの水たまりを思いっきり踏みつけてバシャバシャする。


「きゃあ!ちょっと!泥水がはねたんですけど!ジャージ汚れた!くそ一ノ瀬!」


 再度短い悲鳴を上げてすぐに怒りだす。


「はっはあ!ざまあみろ」


 二夕見が再び傘を繰り出してきて、俺もそれに応じる。二夕見と雨に濡れながら傘でチャンバラが始まる。少し離れた側では蓮と蓮浦が並んで傘をさして立っていた。





「二人とも元気やなあ。俺なんかもうお家帰ってヨーグルト食べたいわ」

「こんくらい冷えてたらお腹に刺激になってうんこ出るんちゃうん?」

「うんこは昨日いっぱい出たからあと一週間は出なくとも大丈夫や」

「うんこは普通毎日すんねんアホ」

「そんな変なやつお前くらいや」

「それ変なやつやと思ってんのがお前くらいや」




「それにしてもこの二人は仲がええんか悪いんか分からんな」

「こんな雨の中傘もささずにようやるわ。ていうかその傘で争っとんのか」



 何かを話している二人からふと離れた所を見ると、黒川が一生懸命屈んでは泥をかきわけてリングを探しているのが目に入った。






「おい二夕見。休戦にしよう。あっち見てみろ」


 俺は二夕見に黒森の方向を示す。


「何よ。どうせ余所見したところを攻撃する気なんでしょ。あんたの考えそうなことよね」


 人を信じられない心の狭い女がふんっと鼻を鳴らす。


「違うって。黒川見てみろよ。俺たちも探そう。遊んでる場合じゃねえぞ」


 俺の真剣な様子に気づき、二夕見も俺の視線の先を見ると、黒川を見つけたようで傘を下ろした。


「そうね。探しましょうか」






 五人で手分けしてグラウンドのあちこちを探す。ゴールの裏から脇の茂み、コーナーフラッグ付近などくまなく探す。二十分ほど探してみたがそれでも見つからない。


「ないわねー」

「せやねー」


 蓮浦が二夕見に応じる。


「この雨の中探せって言うのが無茶やわ」


 蓮がぼやく。


「猫が食べて消化不良でうんこと一緒に出したんじゃねえか」

「そんなバカな猫がいるわけないでしょ。そう思うんならあんたんこ探しなさいよ」


 俺の天才的な発想を二夕見が一瞬で切り捨てる。


「前から思ってたんだがお前はなぜうんこのことを『んこ』と言うんだ?」


 俺は以前からの疑問を聞いてみた。


「そんな下品な言葉言えるわけないでしょ。汚いのよ。あんたもんこも」


「そんなこと言ってほんとはそっちの方が可愛いとでも思ってるんだろ。最近の若いやつらはすぐ省略したがるからな」


 これだから最近の若いもんは。


「あんたのこともこれからは省略して『ち』って呼ぼうかしら」


「省略しすぎだろ。一文字じゃねえか。てか名前の方を省略するのかよ」


「んちのちよ」


 一瞬「んちのち?」となるが、すぐにうんちのちだと理解する。


「何を省略してんだバカが!ひっぱたくぞ!」


 俺はすぐ近くを探している二夕見のさしている傘に俺の傘をぶつける。



「あ!本省出したわね!いつもこうやって気に入らない女をひっぱたいてるんだ。はいDVダメ絶対ー!」


 二夕見が俺に向かって、胸の前で両腕をクロスさせ「ダメー」とやってくる。腹立たしい。


「お前は彼女でもなんでもねえからただのVだよ。お前の場合はバイオレンスのⅤじゃなくてべリースモールのⅤだ。どことは言わねえがな」


「じゃあ代わりに私があんたにDVしてあげるわ。特にお腹のあたりをね。それに精神的暴力もDVなのよ。あんたみたいなやつがデリカシーのないこと言って女の子を傷つけるのよ。つまりあんたはいつも私にDVしてるってことよこのクズ人間!」


 二夕見が今度は俺に傘をぶつけてくる。


「しお、それやと一ノ瀬君と付き合ってるってことやで」


 蓮浦が呆れた顔で俺たちを見てくる。


「はああ⁉何で私がこんなバカと付き合うのよ!そんなわけないでしょ!ちょっと間違えただけよ!」


「お前みたいなやつもらってくれる男はなかなかいねえぞ。今からでも先生二人と一緒に花嫁修業しとけ」


 どこの先生とは言わないがな。


「鼻ほじりながら偉そうに言ってんじゃないわよ!むかつくわね!私の心配より自分の心配しなさいよ!こんなトイレ掃除以外何もできないやつ誰が好きになんのよ!」


 二夕見がむきになって言い返してくる。


「ばっかお前俺は靴磨きもできるから。いつうんこ踏んで帰って来ても次の日の朝にはピッカピカよ。いつcmのオファー来んのかドッキドキよ」


「そんなもん踏むのはあんたくらいよ!ていうか芸能人でも何でもないあんたごときにcmのオファーなんか来るわけないでしょうが!頭の中お花畑か!」


 二夕見が本物のバカを見る目で見てくる。


「おい嘘だろ?俺に洗剤とかブラシのcmのオファー来ねえのか?おい頼むから案件くれよ!俺より上手に使えるやついないって!」


「何で驚いてるのか教えて欲しいわ。こっちの方が驚きよ」




「ははは。どんまい一。お前はまだまだ実力が足りんねや。もっと研鑽して腕磨いたらそのうち来るで。俺はもうボラギストの中のボラギストやから近いうちにボラギノールの案件来ること間違いなしやぞ。今からもうウッキウキや。『痔にーはボラギノール♪』ってはよ俺も言いたいねん」


 蓮が横から楽しそうに言ってくる。


「いやお前も来るわけないやろ。話聞いとったか?お前らごときには何年待ってもcmのオファーなんか来るわけないねん。逆になんでそんな考えに至ったのか聞きたいわ。そんな有名なつもりなん?お前に至っては別に特技とか根拠があるとかやなくてただボラギノールめちゃめちゃ使っとるだけやしな。お前がいっちゃんアホや」


 蓮浦が辛辣なツッコミを入れる。


「何やと⁉俺にも来おへんの⁉なんで⁉じゃあ俺『痔にーはボラギノール♪』って言えないの⁉嘘やろ⁉てか逆に俺やなくて誰やったらふさわしいん?俺よりボラギノール愛してるやつおる?何でなん?なあ何で?」

「うっさいなお前は。お前みたいなブスが汚いけつにそんなん注入してんの見ても誰も使いたくならんねん。どうしても出たいんやったら被験者として『こんな私も治りました!』ってやつとして出えや。全国放送でそんな恥晒せるんならな。てかお前痔ずっと治ってないやん。それ全然効いてないんちゃう?」


 蓮浦がそういえばと思い出したように呆れ顔で尋ねる。


「嫌や!そんなんで出とうないわ!ボラギノールは悪くないんや。治るたびに次から次へと新しい痔が俺を襲ってくんねん。これ不治の病なんちゃうか?なあ一。俺ら悲劇のヒロインなんちゃう?」


 蓮が悲しそうな顔でこちらを見てくる。


「たしかにな。俺もずっとお腹痛いの治らんしなあ。これ俺らディズニーのヒロインくらい不遇な目に遭ってねえか」


 俺たちまじディズニープリンセス。


「ヒロインよりどっちかというとピロリ菌よね」


 二夕見がグラウンドに落ちているうんこを見つけたかのような目で見てくる。


「間違いないわ。病原菌やお前らは。はよ死ね」


 蓮浦が相槌を打ちさらに毒をはく。




 ていうか胃痛じゃなくて下痢の方の腹痛に効くヨーグルトを出せよな。などと思っていると、少し離れた所で探していた黒森が近づいてきた。




「ゆいちゃんたちが指輪みたいなの発見したから来て欲しいと連絡があった。余は一度教室に戻るから四人とももう帰ってもらっていい。本当に助かったのだ。ありがとう。これで世界は救われる。おぬしらはいわばアーサー王の師にして、エクスカリバーを授けアーサーを導いた魔術師マーリンだ。誇ってよいぞ」


 お礼さえも偉そうに言ってくる。



「お礼くらい普通に言えクソガキ」

「よかったな。りんごちゃん」

「ほんとにね」


 蓮浦と二夕見はそれでも喜ばしい顔をしている。


「ほな帰るか?」


 蓮が帰宅を提案する。


「そうだな。じゃあ俺たちはもう少ししたら帰るから。見つかってよかったな」


 俺は黒森を見下ろしながら微笑みかける。


「分かったのだ。さっきはああ言ったが本当に感謝しているのだ!ありがとうなのだ!」


 黒森はそう言い残すのとタッタと走って行った。






「あーあ、ちょっと汚れちまったな」


 リングを探す中で泥がついたようだ。


「あんたのせいでね。どうしてくれんのよ」


 二夕見が愚痴をこぼす。


 俺たちは脇の茂みから撤退しようとしたところで、ある物を見つけた。


「ん?蓮あれサッカーボールじゃねえか?」

「ほんとや。サッカー部が忘れてったんやろな」


 俺たちは顔を見合わせ、ニヤッと笑う。


「てことはやることは一つしかねえなあ!」

「こんな雨の日にやることと言えば一つだけやなあ!」


 俺たちは急いでサッカーボールを拾うとゴール前に向かう。


「何する気?」


 二夕見と蓮浦もついてくる。


「そんなのどろんこサッカーに決まってんだろが!」


 俺は雨の中空に向かって吠える。


「こいつらほんまにアホやなあ」


 蓮浦が呆れて言った言葉は雨にかき消された。







 俺たちは靴と靴下を脱ぐと、ぐちょぐちょの地面に素足をつける。


「うおっ。この感じ久しぶりやなあ。たまらんわあ」


 蓮が地面に足をつけた瞬間体をびくっとさせる。


「まったくだぜ!背徳感がたまらん!」


 ちなみに蓮とは小中同じサッカーチームで練習してきた。俺はボランチで蓮はフォワードだった。



「ほれほれほれほれ。なまってるんちゃうかあ?いつものテクニックはどこいったあ?」


 地面のコンディションが良くないのをいいことに煽ってくる。


「くそう。水たまりで止まる上に素足だからボールが全然動かねえ」


 こうなれば。


「おらあっ」


 俺は水たまりを蹴り上げると目くらましをし、そのすきに抜き去る。


「うおっ!汚えぞ一!」

「うるせえ!」


 そのままシュートを決める。




 今度は攻守交代して、蓮がボールを持ち俺がディフェンスをする。


「おらおら。いつものスピードはどうした」


 今度は俺が煽る番だ。


「こんな水たまりの中でスピードなんか出せるか!くそっ」

「おらあっ」


 蓮がさっきのお返しとばかりに水たまりを蹴り上げてきた。


「うおっ。おい泥までとんできたぞ!」

「さっきのお返しや!」

「させるかあ!」


 そのままゴールを決めようとする蓮に俺は再度水たまりを蹴り上げて妨害する。


「おらああ」

「っらあ」


 最早サッカーからただの泥・水かけ合戦へと代わる。


「ちょっと!バカみたいなことしてたら風邪ひくわよ!私たちももう帰るわよ!早く終わってよ」


 近づいてきた二夕見に、俺が蹴り上げた泥水がかかる。


「ちょっと!泥がはねたんですけど!またジャージ汚れちゃったでしょ!どうしてくれんのよ!」

「うるせえ!お前のパンツのシミに比べたら大したことねえだろうが」

「あんたぶっ殺すわよ⁉私のパンツのどこにシミがあるって⁉いい加減なこと言うんじゃないわよ!次言ったら二度とトイレできないようにしてやるわ」


 二夕見がヒステリックに叫ぶ。




二夕見を無視して蓮と泥水をかけあっていると、突然とんできた泥団子が顔面に直撃した。


「ぶへっ!」


「やった!命中よ!ざまあみなさい!さっきのお返しよ!二度と私に生意気な口利かないことね」


 蓮浦とハイタッチしている。


「ぺっぺっ!てめえ!口に入っただろうがあ!」


 俺は蓮とのかけあいを中断すると、かがんで泥団子を作り二夕見に投げつける。


「きゃああ!ちょっと!やめて!あんたが悪いんでしょ⁉ああっ!体操着に着いた!ママになんて言えばいいの!」

「おらありん!案件持ってこんかい!この野郎」


 蓮はどさくさにまぎれ先ほどの八つ当たりに蓮浦に向かって泥団子を投げつけている。


「聞こえとんねんボケ!何どさくさにまぎれてうちに文句言っとんねんこら!」


 蓮と蓮浦も加わり泥団子合戦が始まる。


「おらあ!いつもうんこうんこうるせえんだよ!くらえ!うんこ爆弾だ!」


 俺は最早うんこみたいな泥のかたまりを投げつける。


「いつもんこんこうるさいのはあんただろうが!汚いのよあんたは!えいやっ!」


 二夕見が可愛らしい掛け声とは違い速球を投げつけてくる。



「おらあ!ボラギノールがダメやったらヨーグルトの案件持ってこんかいボケえ!しゃおらあ!」



 蓮はまだ案件を要求して蓮浦に八つ当たりしている。



「ボケはお前やアホが!私に言うなって言っとるやろがカス!だいたいお前ごときがテレビ出れるかあ!出るのは捕まった時だけやボケ!この野郎!」



 各々が文句を言いながら投げるため罵詈雑言が飛び交う。しかし途中で異変に気付く。





「ん?くっさ⁉おいこの泥団子めちゃめちゃ臭いんだが⁉くっさ!おいガチのうんこ混ざってるって!このグラウンドうんこ落ちてる!きったな!素手で触っちまったじゃねえか」


 掴んだ泥のあまりの臭さに確認してみるとうんこが散らばって泥と混ざっていた。


「あはははははっ!ばーか!きったな!さすがトイレ星人ね。んこに愛されすぎでしょ!んこんこうるさいから罰が当たったのね。ばーかばーか!」


 二夕見が嬉しそうに全力で煽ってくる。


「よーし。一回も何回も一緒だ。チート泥団子完成。本物のうんこ爆弾だ。くらえ二夕見!」


 俺はやかましい二夕見に標準を合わせる。


「ちょ、ちょっとまっ…。きゃあああああああ⁉嘘でしょ⁉ちょっとそれだけはやめて!お願いやめて!いやああああああ!そんなのついたら終わりよ!」


 二夕見が叫びながら逃げ回る。


「おいこいつえぐいって。流石の俺もドン引きやぞ」


 蓮がこっちを引きながら見ている。




「しお!傘開いて!」


 傘を開いて巻き込まれないようガードしている蓮浦が二夕見にアドバイスする。


「この傘今日ママの持ってきちゃったから汚せないの!」


 逃げ惑う二夕見が必死に叫ぶ。


「おらおらおらおらおらおら!まだまだうんこはあるぞ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私が悪かったから!顔に当たるとは思わなかったの!謝るからお願いそれだけはやめて!」


 泣きそうな声で懇願してくる。


「誰がやめるかあほ!」


 俺は追撃の手を緩めない。ここで蓮浦が二夕見を傘の中に避難させた。




「このチンパンジー!チンパンジー以外でうんこ投げるやつ初めて見たわ!あんた当たったらほんと殺すからね!」


 傘の中に入り強気になった二夕見が激昂する。


 しかしなおも攻撃の手を緩めない俺に二夕見が苦言を呈してきた。


「ちょっと!ほんとにやめてよ!本気で嫌がってるのが分からないの⁉」

「わかったわかった。じゃあ仲直りの握手しよか」


 俺は終戦のために二夕見に近づいていく。


「そんな汚い手と握手なんかできるわけないでしょ!んこ触った手よ⁉男ってだけでも無理なのに」


 しかし二夕見はそれを拒んできた。


「何?和平交渉を拒むと?お前の手なんかうんこぐらい汚いから仲直りはしないと?」

「ほんとにんこついてんじゃない!なんでまだ手にんこ握ってんのよ!あんた臭いのよ!早く手洗ってきて!汚い近寄んな!」

「へいへい」


 そういえば冷静に考えるとなんで俺うんこなんか握ってるんだ?


「こんな汚いやつ初めて見たわ…」


 隣で蓮浦が驚愕していた。


「これが俺の相棒や」

「何でドヤ顔やねん。バケモンの友達はバケモンやったか」


 しかし俺は手の中のうんこを捨てようとした時に何か光るものがうんこの中に埋まっていることに気づいた。



「あれ?なんか入ってんな。なんだこれ」


 ほじくりだしてみるとそれは指輪だった。


「おいなんかうんこの中から指輪でてきたんだが」



「「「その前に手洗ってこい!」」」




 三人に同時にツッコまれ石鹸で綺麗に手を十分くらいかけて洗い、ついでに指輪も洗い、みんなの元に戻る。







「ほれ指輪」


 みんなにも見せてみる。


「ほんとだ」


 二夕見がまだ警戒して精一杯首を伸ばしながら少し離れた所から見てくる。


「これ指輪間違えて食ったゆうこと?」


 蓮浦がどこかで聞いたことを言う。


「そんなアホな猫おらんやろ」


「「あ」」


 俺と二夕見はさきほどの会話を思い出した。


「嘘でしょ?ほんとに言ってる?」


 二夕見は驚いた様子で口を押えている。


「俺天才だったか」

「りんごちゃんに電話して来てもらいましょうよ」


 二夕見が無視して続ける。


「ならあっちで見つかったのはなんなん?」


 蓮浦が首を傾げる。


「そもそもどっちが黒森のやねん」




 グラウンドから戻り、雨のあたらない玄関前の広場のような場所に黒森を呼び出した。



「リングが見つかったとは本当か!」


 黒森が駆け寄ってくる。


「まあな。そっちのリングはなんだったんだ?」

「ゆいちゃんたちが見つけてくれた指輪は余のではなかった。似ていたが違かった。その見つかったリングを見せてくれるか?」


 黒森ははよっ。はよっ。とぴょんぴょんして覗き見ようとしてくる。


「一ノ瀬がきれいに石鹸で洗っといたから多少はマシよ。こいつんこを洗い落とすのだけは得意だから安心して。んこを洗い落とすことにおいてこいつの右に出るものはいないわ」


 二夕見が自分の手柄みたいに言う。


「んこ?んことは一体なんだ?泥を洗い落としてくれたということか?」


 黒森が首を傾げる。


「そうそう。そういうこと。こいつ泥をんこって呼ぶんだよ。こいつの地元の方言だそうだ」


 俺は二夕見を傘で軽くつついて『だまれ』と合図する。うんこの中にあったことは秘密にしておこう。三人に目配せして頷き合う。俺は黒森にリングを手渡した。


「こ、これは!まさしく余の探していたものだ!間違いない!強力な魔力が秘められているのが余には分かる!その聖なる輝きは例え泥にまみれようが消えることはない!」


 さっきまでうんこの中に埋まってましたとはとても言えねえな。うんこにまみれたら流石に力も失われるんだろうな。


「もう二度と失くさぬからな!」


 黒森がさっきまでうんこの中に埋まっていたリングに頬ずりする。俺たちは四人ともその様子を見てびくっとする。




「どうすんのよ!心が痛いんですけど!」


 二夕見が俺に耳打ちしてくる。


「しょうがねえだろ。世の中には知らねえ方が幸せなこともあるんだよ!」


 俺も黒森に聞こえないように小声で返す。


「お、おい黒森。あんまり頬ずりとかはせえへん方がええぞ。ほら地面に落ちてたんやし」


 蓮がぎこちなくアドバイスする。


「何を言う。余の大切な片割れとも言えるリングだぞ。口に入れても大丈夫だ」


 黒森が恐ろしいことを口走り、蓮浦が慌てて制止する。


「ちょちょちょちょ!!それはやめとき⁉ほらりんごちゃん、金属には菌も付着してるしそんな大切なもん口に入れたら効力なくなってまうで?だから口に入れるのだけは絶対にやめとき?な⁉」


「まあ確かに一理あるな。うん?なんかこのリング心なしか少し臭いような気が」


 黒森が顔に近づけたリングに違和感を覚えたようだ。




「ちょっと!ほんとに洗ったんでしょうね⁉」


 二夕見が再びひそひそと俺に小言を言ってくる。


「猫のうんこの中に紛れ込んでたってことは、一度完全にうんこになったってことなんだよ!完全にうんこと一体化したものをこれでも俺の技術でかなり元の状態に近いところまで復元してんだ!これがベストだ!」


 俺も二夕見に声をひそめて言い返す。





「り、りんごちゃん大丈夫よ!これは一ノ瀬がさっきまで握ってたから臭くなってるのよ。こいつの手汗だから」


 二夕見が憎たらしい言い訳をする。この女。


「そうか。定期的に手を洗った方がいいぞ。女の子にモテぬぞ」


 やかましいわ!







「あっ!いた!みんなー!」


 玄関から誰かが叫びながら小走りでやって来た。


「もう探したんだぞ。ぷんぷん。先生のこと困らせて。めっだぞ☆」


 木山先生だった。


「何すか先生。何の用すか」

「そう!君たち指輪を探してるって天ヶ崎さんから聞いたのよ!廊下で誰のか分からない指輪を見つけたんだって⁉」


 何やら血走った目で必死な様子で聞いてくる。


「そうだぞ。余の指輪がこっちで、こっちの方が誰のか分からない廊下で見つけた指輪だ」




 この時。俺は確かに見た。黒森が俺たちの見つけた汚物にまみれた自分の指輪と、廊下で見つけた誰のものか分からない指輪を間違えて持ったのを。


「それ先生のだと思うの!私も今朝大事な指輪をどこかで失くしちゃってずっと探してたのよ!」


 木山先生が前のめりに主張する。


「そうなのか?余のはもう見つかったしならこれは先生にお渡しするのだ」


 黒森が自分のリングを。つまりさっきまでうんこにまみれていた方のリングを手渡す。止めようとしたが、俺が「あっ、ちょっ」と言いかけたが先生はそんなの構わずにリングを愛おしそうに見つめている。


「ああっ。ありがとう!本当にもうどうしようかと思ったわ!お兄ちゃんが彼女に渡すために買ったって自慢してきた婚約指輪を盗み出したのはいいんだけど、まさかの失くしちゃうなんて私ってほんとドジ


まあそういうところも可愛いんだけど。はあよかった!もう絶対放さないんだから。お兄ちゃんと結婚するのは私なんだから!これは二人の愛の結晶よ!これで二人はずっと一緒!んっちゅっ。ぶちゅっ。ぶちゅっ」


 おい嘘だろ。この人さっきまでうんこにまみれてた物にぶちゅぶちゅキスしてるぞ。お兄ちゃんどころか野ぐそと愛誓いあってんぞ。この事実は墓場まで持っていこう。恐らく俺以外誰も気づいていない。今更逆ですって言ってもこの人はもう手放さないだろうしな。




 横を見ると女子二人も蓮もドン引きした様子で立っていた。そりゃそうだ。俺も初めてこのぶらこんを見つけたときはそうなった。ちなみに黒森はそんなの気にもとめずに自分のリングに頬ずりしていた。




 きっと誰かが幸せになるということは誰かが代わりに不幸になるということなのだろう。また一つ大人になってしまったぜ。




「あとはあの女とどうやって別れさせるかよね。あの女だけは許せないわ。よくも私のお兄ちゃんをたぶらかして」




 木山先生はまだ何かぶつぶつと言っていた。






 後日二夕見と黒森はそのリングを買ったお店へ行ったがなくなっていたそうだ。木山先生はどうなったのか知らん。

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