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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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2話 「二夕見との出会い」

 顔を上げると中には艶やかな黒髪セミロングの、真っ直ぐな瞳をした綺麗な女の子が椅子に座っていた。そしてその子は、俺の顔を見た瞬間に大きな目を鋭く細め、きりっとした眉毛を吊り上げると、整った顔を歪め、顔いっぱいで不快感を示した。


「男⁉さっき屋上で叱られてた不良じゃない!しかもこの人授業中そっちゅうトイレに行く人よ!」


 そいつはヒステリックに騒ぎ出すと消臭スプレーを持ってきて俺めがけて噴射してきた。


「最悪!ありえない!菌が部室に入り込んだ!繁殖しないかしら」

「げほっげほっ!おい!人の顔面に消臭スプレー噴射するとか頭どうなってんだ⁉しかも会ったばかりの相手を菌呼ばわりだと!俺はいつもトイレの後は念入りに手を洗ってるから汚くないんだよ!」


 なんだこの女は!


「ちょっと!これ以上近寄らないで!私男大嫌いなの!特に不良と清潔感ない男が一番無理!先生今すぐこいつ帰らせてください!入部拒否します」

「こっちからお断りだ!誰がこんな部に入ってやるか!何すか先生このぺちゃぱい女は!」


 俺はこの女のむなしい胸元を見ながら言う。


「ぺちゃぱい⁉だーれがぺちゃぱいよこの変態!どこ見てんのよ死んで!」


 効果的だったらしくダメージを受けている。


「見られて困るものついてないだろうが」

「まあまあ落ち着け二人とも。一ノ瀬、女の子の体のことを言うのは良くないぞ。二夕見もやりすぎだ。一ノ瀬は二夕見が思ってるようなやつじゃないし、いいやつだぞ」


 河瀬先生が間に入ってなだめてくる。


「悪いな一ノ瀬。二夕見は男子が苦手なんだ。大目に見てやってくれ」


 片目をつぶると申し訳なさそうに言ってくる。


「苦手なんてレベルじゃないですよ。台所でゴキブリ見つけた時みたいに迷わずスプレーぶっかけてきましたよ」


 悪びれもせずになおも消臭スプレーを胸の前に掲げるこの女を見て思い出す。そういえば一年のときに隣のクラスに可愛い子がいるとか言って男子が騒いでいた。名前を二夕見とか言っていたような。


「彼女は二夕見しお。学校福祉部の部長だ。今日は蓮浦蓮浦(はすうら)はすうらはどうした?」


 先生がぺちゃぱい女のことを紹介する。


「りんは家の用事とかで帰りました。先生!こんなやつの入部は認めません」


 そう言って俺を睨みつけてくる。


「お前たちは部員二人しかいないんだぞ。最低あと二人いないと部の存続は認められない。もう五月になるが新入生は一人も入らなかったじゃないか」


「う。これから入ります!」


「ていうか入りませんけどね?俺」


「お前には選択権はない」


 先生がぴしゃりと拒絶する。


「そうよ!私が拒むのはともかくなんであんたが拒否してんのよ」


「先生何なんすかこの狂犬みたいに噛みついてくるやつは」


「そしてこっちが一ノ瀬英一。不良に見えるかもしれないがただの自由なバカだ。トイレの後はちゃんと手を洗っているし風呂にも毎日入っている」


 先生が無視して紹介を続ける。


「何ですその訳の分からん紹介は⁉他にもっと紹介することあったでしょ」


「そうですかありがとうございましたさようなら」


 二夕見がスムーズに別れの流れに持っていく。


「はいさようなら」


 俺が小学校の先生みたいに挨拶して、回れ右して帰ろうとすると河瀬先生が出口に立ちふさがった。


「私が軽く済むように取り計らってやっているのにお前にそんな選択肢があると思うか?

二夕見も今月中にあと二名集まらなければ廃部という約束だったはずだ。諦めて一ノ瀬の入部を認めろ」

「「でも先生っ…」」

「二人ともあまり私を困らせるなよ。入るよな?」


 河瀬先生はどすの利いた低い声で俺たちを睨みつけてくる。


「「はい。入ります(入れます)」」

「よし。じゃあ一ノ瀬。これはお前が地域や学校に貢献する活動に参加することで反省していることを示していることになるから、くれぐれもサボらないように。そしてあと一人は見つけ次第黒い制服が赤色に染まるまでけつ叩きしてから、ここに入れるからそのつもりでいるように言っておけ」

「たぶん最初の一回目くらいで血が出る可能性高いんで勘弁してやってください。最近いぼができたって言ってたんで」


 黒が赤に染まるってどんくらい血出させる気だよ。怖えよ。


「じゃあそのいぼは私が駆逐してやると言っておけ」

「あの顔面は何発殴ってもいいんでけつだけは勘弁してやってくれませんかね」

「許してほしければ私の好意を無駄にしたことをさっさと謝りにくることだな」


 先生はそうとうお怒りのようだ。そりゃそうか。逃げなくてよかった。


「まだ男が入るんですか⁉噓でしょ⁉」


 二夕見が両手を頬にそえて驚愕する。


「残念ながらもう一人も一ノ瀬ほどじゃないがトイレに精通しているやつだ」

「きゃああああ!無理!鳥肌たってきたわ!そうだ、そろそろ喚起しないと空気が汚染されてる」


 などと言って窓を開けに行く。


「俺はどんだけ汚いんだ!」

「ちょっと大声出さないで!唾がとんで妊娠しちゃったらどうするのよ!」

「するか!」

「何なんだこの女は」


 人を新種のウイルスみたいに扱いやがって。


「それで先生、この部活は何するんです?」

「二夕見、説明してやれ」


 河瀬先生が二夕見に顔を向ける。


「何で私が…。この部活はこの世界から男を殲滅するための部活よ。この世から男という不要な生き物を狩りつくすのよ。特にトイレの後に手を洗わないやつとお風呂に入らないやつが対象だから夜道に気をつけなさい」

「さっきの紹介聞いてた⁉ちゃんと手も洗ってるし風呂にも入ってるって言ってたよね⁉あとどこが福祉なんだよ。対極に位置する犯罪集団じゃねえか」

「ちょっとツッコミうるさいんだけど。今からこの部は男子私語厳禁になったから。しゃべらないで」


 理不尽すぎるだろ。


「先生このクソ女協調性ゼロなんですけど」

「二夕見。ちゃんと説明してやれ」


 河瀬先生が声のトーンを下げて咎める。


「う。はい。この部は校内の困っている人の悩みを聞いて、解決してあげるの。やめたくなったらいつでも言ってね」


 いい笑顔で微笑んでくる。


「はいはいはい。辞めたいです」

「許可します!」

「もちろん冗談だろ?」


 河瀬先生が鋭い目で見てくる。


「「冗談です」」


 と、河瀬先生は急に表情を柔らかくした。


「なんだお前ら。仲良さそうじゃないか。安心したぞ」

「そんなわけあるわけないです!あんた私にかぶせてくるのやめてくれない?」


 また俺のことを睨みつけてくる。


「お前がかぶせてるんだろうが」

「お前あんまり調子乗ってるとお腹痛くなる呪いかけちゃうぞ?いいのか?トイレから出られなくなっちゃうぞ?」

「何この人十六にもなって呪いとか言っちゃってるんですけど。菌の間違いじゃないんですか?この病原菌!アバダケダブラ!」

「誰が病原菌だクソ女!何死の呪いかけてんだこら!」

「おいお前らうるさいぞ。同じ部に入るんだから仲良くしろ、まったく」


 先生が頭を痛そうに押さえる。


「いーだ!」

「こいつが噛みついてくるんですよ。新しいタイプの狂犬病罹患してますこいつ。重症です」

「二夕見は男子が苦手なんだから男のお前が大目に見てやってくれ」

「嫌ですね。俺は男女平等主義者なんで」


 それにこいつの胸部は女性特有の膨らみが見当たらないつまり男。QED。


「はあ。融通の利かんやつだ。じゃあ私は仕事があるから戻るが、一ノ瀬はこれから毎日来るように。二夕見もあまり一ノ瀬に突っかからないように」

「「毎日⁉」」

「何だ?文句がありそうだな」

「「楽しみです」」

「よろしい」


 そう言い残すと河瀬先生はドアを横に開け出て行った。


 先生がいなくなった部室には静寂が流れ始める。


「ちょっと。呼吸うるさいんだけど。止めて」


 いきなり二夕見がクレームを入れてくる。


「死ねと⁉」

「あと心臓の音もうるさい。止めて」

「だから死ねと⁉」

「あとツッコミもうるさい。しゃべんないで」

「我儘かお前は!つっかかってきやがって。こっちだってな、入りたくもない部に強制入部させられて迷惑してんだよ!」


 流石の理不尽なクレームに俺も言い返す。

 

「あんたがバカみたいに避難訓練中に屋上でさぼってたのが悪いんでしょ!あんたのアホみたいな行動のせいでこっちはいい迷惑なのよ!」

「部員が足りなくて困ってたんだろ?それじゃあ逆に感謝してもらわないとな」

「あんたみたいな男はお呼びじゃないのよ!」


「キンコンカンコーン」


 下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。


「ふん。あんた戸締りして鍵返してから帰りなさいよ」

「何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。お前がやれ」

「新入部員のくせに生意気よ。じゃあじゃんけんで決めるわよ」


 さっそくマウントを取ってくる。


「上等だ。絶対負けねえ」


「「最初はぐー、じゃんけんぽん」」


 俺がグーで二夕見はパーだった。


「やったー!私の勝ちー!じゃ、あとよろしく~」


 そのままパーを横に振りバイバイしてくる。


「くっそ!」


 そう言うと二夕見は荷物を持ち、こちらに顔だけ向けるとあっかんべえしながらドアの方に向かっていく。


「ガンッ」


「あいったあ!」


 前を見ていなかった二夕見はドアに後頭部を打ちしゃがみこんでいる。


「何?バカなの?それとも天然なのか?」


「うるっさい!違うから!」


 二夕見は顔を真っ赤にしながら帰っていった。


 

 はあ。めんどくさい日々が始まりそうだ。俺は部室の窓から暮れていく空模様を見ながらこれから先の日々に思いを馳せた。

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