28話 「うるさいこのハゲ!」
翌日の朝。自分の教室へ向かう途中で通る一組の教室の廊下を歩いていると(三組は少し離れたところにあるが一組と二組は隣接している)、教室の中で男子生徒が数人で一人の女子生徒の席を囲んで何やらやっていた。
立ち止まってよく見てみると、その女子生徒は二夕見だった。
「ねえ二夕見さん今度一緒にどこか行こうよ。俺いい店見つけたんだ。絶対楽しいからさあ」
「俺と連絡先交換しない二夕見さん?今度映画一緒に見に行こうよ」
「ねえ無視しないでよ二夕見さん。男に慣れといた方がいいよ。俺女子ウケとかめっちゃ良いからさあ」
薄っぺらいやつらが薄っぺらい言葉を並べて二夕見に言い寄っていた。バカだなあ。そんなこと二夕見が受けいれるわけねえだろ。
しかし、二夕見は黙ったまま俯いて固まっていた。どこか顔色も悪く見える。
「ねえねえ聞いてるの二夕見さん?」
チャラい軽薄そうな一人が二夕見の肩に手を置こうとした。
「ガッ」
俺はそいつの腕を掴む。
「な、何だお前⁉」
「軽々しくそいつに触れんな。そいつのこと何も知りもしないくせに表面的なことだけ見て浅ましい下心押し付けてんじゃねえよ」
「えっ⁉」
俯いていた二夕見が俺の声に気づき驚いた顔で見つめている。
「て、てめえ調子に―――」
「おいやめとけそいつ二組の一ノ瀬だぞ。ヤンキーって噂聞いたことねえのか」
「ま、まじ⁉」
そんなことは決してないが勝手に勘違いしてくれたチャラ男どもは去って行った。
「あ、あんたなんで…」
「あー、大丈夫か?お前いつもこんななのかよ。俺に言ってるみたいにガツンと言ってやればいいだろ」
「きょ、今日は調子が悪かったのよ。それにこんな人数で言い寄られたのも初めてだったしいつもいてくれるりんも今日はまだ来てないし」
「ふーん。調子が悪いとかあんのか?」
「あんたには分かんないでしょうけど女の子はホルモンバランスとかでメンタルが大きく左右されるの!ていうかこのこと誰にも言わないでよ⁉」
あんなチャラ男どもごときに俯いてしまったのが屈辱だったのか少し頬を赤らめている。プライドの高いやつめ。
「まあ言わねえけど。どうせ暇だしお前少し俺の話し相手付き合えよ」
俺はそう言うと二夕見の隣の席に座る。口を開けてこちらを見つめてくる。
「何バカ面してる」
「べ、別にしてないから!ま、まあしょうがないから付き合ってあげるわよ」
「じゃあとりあえず最近のトイレ市場の話から始めるか」
「どういう会話よ!そんな市場聞いたことないから!」
少しいつもの調子に戻ってきた気がするな。この調子なら蓮浦が来る頃には平気になっているだろう。
いつものように言い合いのような会話をしていたら蓮浦が教室に入ってきた。
「あれ?何してるん?」
自分のクラスに当然のようにいる俺に蓮浦が首を傾げる。
「まあなんだ。暇だったからこいつでもからかって遊ぼうと思ってな。じゃあ俺もう行くわ」
「ええ性格しとるわ」
「あ、あの。あ、ありがとね。気使ってくれて」
「何か言ったか?」
「べ、別に何も言ってないし!」
俺は首を傾げる蓮浦の横を通り教室を出ると隣の教室に入って行った。
放課後。午後になると天気が崩れ外は雨が降っていた。雨粒が窓をノックする音が絶えず聞こえていた。
「天気悪いわね。なんだか憂鬱な気分になるわ」
二夕見が窓の外を眺めながらつぶやく。調子はすっかり戻ったようだ。
「雨の日ってなんか外も真っ暗になるし気分も落ち込むよな。うちも雨はあんまし好きやないわ」
「それはお前化粧が落ちてブスがバレるからやろ」
蓮がすかさず余計な口をはさむ。
「あ?お前殺すぞ。うちは化粧とかしてへんわ。またけつ蹴られたいんか」
「お前がけつ蹴ったせいで俺のイボ痔つぶれかけたねんぞ。男にはなあ蹴っちゃいかん玉が三つあんねん。よく覚えとけ」
「いやそれ一つ多いだろ。三つめはお前だけだ」
蓮はこの前蹴られたことをまだ根に持っているらしい。
「きも」
二夕見がなぜか俺を睨んできた。なんで俺?
「コンコン」
ドアがノックされた。
「どうぞー」
二夕見が立ち上がり誰か見に行く。ドアがスライドされるとそこには小さな眼帯少女、黒森りんごが立っていた。
「あれ?どうしたのりんごちゃん」
「実は頼みがあって馳せ参じた」
「とりあえず中入ってから話聞くわよ?」
黒森はとことこ歩いてくると俺たちの横の面に座った。
「どした?天ヶ崎が思ったよりうざかったか?悪いがうちは返品は受け付けてねえんだ」
ありゃ不良品だからな。
「そうではない。ゆいちゃんは変な子だが良い子なのだ」
「実は、先日余がこちらの世界とあちらの世界の狭間にある空間に行った時の話なのだが」
何やら訳の分からん話が始まった。
「んんっ。まあ正確には行ったというか迷い込んだのだが。その時に寄った町には屋台がたくさんあったのだが、ある店の前を通った時、怪しげな妖気を垂れ流している店があった。余には一目でわかった。
中からマスターが出てくると
『お嬢さん。いや唯一神さまでございますね。お待ちしておりました』
と余の正体を一目で見抜くだけではなく、余がここに来ることまで知っておったのだ。
そして
『実はあなたの本当の力を開花させるためのマジックアイテムが用意できております。きっとこの先の聖戦において必要になるでしょう』
というのだ。そこで余はその物を見たときに全身に電流が走ったかのような衝撃が体を襲った。
アイテムが余と共鳴し光輝いておるではないか。余はこの世界のため、来たる日のためにそのアイテムを購入することにした。それはリングだったのだが、余の指に嵌めた途端に、余の力を最大限に引き出したのがすぐに分かった。それどころか、マスターはこう言うのだ。
『先ほど言ったとおり、そのリングをお嵌めになっているとあなたさえも知らない真の力が目覚めます。肌身離さずおつけください』と」
「おい全然話が見えねえ上に長えよ。ちゃんと分かるようにあったことを話せ。頼み聞いてやらねえぞ」
「むう。しかし余はあるがままを話しておるし、分からぬのならそれはおぬしの方に問題があるのではないか」
不満そうにこちらを見てくる。
「じゃあ今の話分かった人」
「「「……」」」
女子二人は気まずそうに視線をキョロキョロさせている。二夕見は羞恥心で顔を真っ赤にしていた。なんか途中で「や、やめてっ」とか言って頭振ってたしな。
「だそうだ。もう一度言うぞ?あったことをちゃんと正直に話せ。そしたら協力できるぞ」
「あう」
「ご、ごめんねー。りんごちゃん。もうちょっと私たちでも分かるように話してくれると助かるかなー。あはは」
お前は頑張れば分かりそうだがな。まあ色んな種類の患者がいるんだろう。
「ほら私たち凡人やからちょっと理解力ないねん。な?」
「まあ今のとこ分かったのは変なおっさんから変なもん買ったってことくらいやな」
「あうう。わかった」
軽くダメージをくらった黒川が今度はだいぶ平たい感じで話す。
「最近お母さんとデパートに買い物行った時に迷子になっちゃったのだが、その時にたくさんお店が並んでるところをキョロキョロしながら歩いてたら」
「ちょっと待って。お前まるでアクシデントに巻き込まれて異世界に紛れ込んだかのように話してたけど、ほんとはデパートでお母さんとはぐれただけなの?」
「う、うるさいし!そっちが正直に話さないと聞いてくれないっていうから正直に話したのに!」
恥ずかしいことを指摘され顔を赤くする。
「ちょっと一ノ瀬!せっかく話してくれてるのに余計な事言わないで!」
「ああ、そうな。ごめんごめん続けて」
「むう。それである店の前通った時にオヤジが出てきて、
『お。お嬢ちゃんあんたその眼帯おしゃれやな。もしかしてちょっと自分特別なんちゃう?』
『マスター、おぬし少しは分かるようだな。余の力に気づくとは。いかにも余はこの世界を創った創造主の血を引く七人の神のうちの一人唯一神だ』
『そやそや!わいは一目であんたが憂鬱神やと分かったで!』
『憂鬱神ではない!唯一神だ!』
『それそれ、えっと唯一神や唯一神。ところでお嬢ちゃん。あんた普通の人には手に入らない力持っとるやろ?』
『なぜ分かった?貴様やつらの手先か⁉余の力を恐れて送り込まれたのだな⁉』
『ちゃうちゃう。わいは味方や。わいはあんたに特別な力を授けるためにここであんたをずっと待っとったんや。今日来ることも知っとったで』
『なんと⁉余が来ることを知っていた⁉それに特別な力だと⁉』
『そや。あんたが今持ってるものとは別の力や』
『余はすでに特別な力を持っているが、別のものとはなんだ?おぬし怪しいな』
『ち、ちゃうちゃう!わいは怪しくないで!え、えーっとそれはあのー』
『まさか、余が備えている世界を巻き込む聖戦の⁉』
『それや!その宣戦のために必要な力が目覚めるために必要な物があんねん!』
『宣戦ではない!聖戦だマスター!』
『そうやったな聖戦や聖戦。そのあんたの中に古くから眠っている隠されし力を呼び起こしてくれるもの、欲しくないか?』
『ほ、欲しい!欲しいぞマスター!』
『せやろせやろ!あんた今行き詰っているみたいな顔しとったからピンと来たで!このリングを指に嵌めていれば、あんたの中に眠っている力が目覚めんで!』
『早く!早く嵌めねば!』
『まあ落ち着けお嬢ちゃん。これはタダやない。それだけの品やからな。本来百五十万する』
『百五十万⁉』
『のところを!わいもあんたに世界を救ってほしいから!十五万で売ったる!九割引き!ほぼタダみたいなもんやで!』
『おおおおお!すごい!買う買う!あ、でもそんな余お金もってない…』
『大丈夫や!今日はお母さんと来とるんやろ?』
『来てるけど、お母さんきっと買ってくれない』
『あんた世界が滅んでもええんか⁉あんたの手にかかっとるんやぞ⁉あんたがやらんで誰がやんねん!このリングを嵌めるだけで世界が救えるんやぞ!たったの十五万で!あんたおこづかい月いくらもらっとんの!』
『た、たしかに!余は月五千円もらっている!』
『せやったら一年分くらい前借りして、お年玉と合わせて持ってきたら足りるんとちゃう!』
『で、でもお年玉なくなっちゃうし、おこづかいもらえなくなったら困る』
『よっしゃ分かった!ほんなら十万でどうや!もうおっちゃん毎日雑草食わなあかんくなるけど世界のためや我慢する!あんたも根性見してや!出血大サービスやぞ⁉』
『買った!買った買った!今から銀行でお金下ろしてくる!これで余も特別な力に目覚めるぞ!やった!』
『毎度!お嬢ちゃんおおきに!これであんたもクラスの人気者や!』
『あ、そうだ。今迷子なんだった。おじさんここどこ?』
『うーん。なんかこの子ガチの子供ちゃう?お嬢ちゃん今いくつ?』
『ん?十五だが』
『せやったらOKやな。これも社会勉強や』
『何がOKなのだ?』
『ああ一応年齢確認や。ほら指輪のサイズもあるしな』
『それなら問題はないぞ。余はこう見えて何千年も生きておるからな』
『お嬢ちゃん道教えるから早くお金下ろしてこよか』
というやりとりがあった。そしてリングを買った余は順調に力に目覚めていたのだが、昨日どこかでそのリングを落としてしまったのだ!頼むから一緒に探してほしい!余のお年玉とおこづかいを無駄にしないでくれ!」
と長々しい話をし終える頃には話し方もいつものものに戻っていた。
「お前それ完全に騙されてんな。どんだけちょろいんだよ。心配になってくるぞ」
「こんなだまされやすいやつおんねんな。今頃そのおっちゃん雑草どころかステーキ食ってるで」
蓮の言う通りだな。
「しかも最後の方おっちゃんにも心配されとるやん」
蓮浦も首をガクッとさせる。
「はあ。ついにやっちゃったかあ。でも十万はまだ安い方かなあ。私なんかいくらだったかしら」
三人とも呆れる中、一人だけあちゃあと言いながら共感しているやつがいた。
「「ん?」」
二夕見の失言に蓮と黒森が反応する。
「いくらだったんだ?」
面白そうなので掘り下げることにした。
「な、何がぁ⁉いくらじゃなくてとろだったかなあ!あ、ごめんごめん!この前食べに行った回転寿司で一番おいしかったの何だったか思い出してたところだったわあ!ははははは」
どんな食いしん坊だよ。ていうかこいつは、俺からすると今でも割と騙されて買わされてそうだがな。いったいいくらで何を買わされたんだよ。
「そ、そんなことより、こんな小さい子をカモにするなんて許せないわね!私も今思い出しても腹が立つわ!あいつらはいつも『お嬢ちゃん君どこか他の人と違うね!』から始まるのよ!」
お前のそれは私怨だろうが。
「とはいえ探すのは協力するが見つけたら返品しにいくぞ」
それがこいつのためだ。
「嫌だ!余は特別な力が欲しい!クラスで人気者になるもん!」
「友達できたんだからいいだろうが。そんなもん通販のハゲ薬くらい効果ないからやめとけ」
「あ、あんたハゲ薬使ってるわけ?」
二夕見が少し引き気味に問いかけてくる。
「ばっか俺じゃねえよ!俺の親父だからね?俺はまだ大丈夫だから。生え際の向き替えるだけで大丈夫だから。俺じゃないからね?ほんとだよ?」
「あれ。今水はねた?窓閉まってるし、雨じゃないわよね?」
「ば、ばばば、ばっかはげてねえから!まだはげてねえから!」
「誰もそんなこと言ってないわよ。コンプレックス持ちすぎでしょ。別にハゲてないと思うけど」
呆れ顔で見てくる二夕見。
「いつ晴れるんやろ」
「いつはげるかって⁉そんなの分かるわけねえだろうが!」
蓮浦が恐ろしいことを呟いた。
「あんたうるさい!どんな耳してんのよ!耳鼻科行ってきなさい!このハゲ!」
「一はまったくはげていないが、いつかはげることを恐れすぎて、ハゲというワードに過敏になって、まるで自分がはげているかのように反応してしまうようになってもうたんや。しかも本人はハゲてないと言い張りながらも実ははげていると思っているからややこしい」
「煩わしいわね」
「可愛そうやわ。呪われてんのとちゃうか」
憐憫の目を向けてくる蓮浦。
「話を戻すけど指輪を返すことは賛成やな。でもそういう店って返品受け付けないんちゃうか?」
蓮が話を戻してくれた。
「クーリングオフすれば大丈夫や。返ってくる」
蓮浦が冷静に答える。
「よかったな黒森」
「やだあ!余は絶対返品しないし!」
しかし黒森は駄々をこねる。
「そんなもん偽物だから返品しろって。お金もったえないぞ」
「やだあ!今もう半分くらい目覚めてるからあとちょっとだし!余には分かるあれは本物!あと少しで力が発現するし!」
「いい加減にしなさいりんご!お母さんの言うことが聞けないの!お小遣いぬきにするよ!」
俺の中のかあちゃんが怒り出した。
「やだやだやだやだやだやだ!絶対返さない!超能力使うんだもん!お母さんのバカ!すでにお小遣いぬきだし!」
「あんたは大事なお年玉バカみたいなことに使って!もっと意味のあることに使いなさい!これからはお年玉もお母さんが預かるからね!」
「やだやだやだやだやだやだ!りんごにとっては意味あることだもん!お年玉欲しい!没収するのダメ!返品するのもダメ!」
体をジタバタさせて暴れ出す。
「おい駄々こね始めたってー。すでにお小遣いぬきだから開き直ってるってー。二夕見お前詳しいんだから何とか言ってやれよ」
「べ、別に詳しくないし!変なこと言わないでよ!」
突然話を振られた二夕見がびくっとする。
「えっと、りんごちゃん?リングが見つかったら一度そのお店行ってみようよ。私も一緒について行くから。大丈夫私は本物か偽物か判断するの得意だから。何度も痛い目見てるし。アクセサリー系は偽物が多いから、古本とかプラモデルがおすすめよ!」
二夕見が優しく黒森に言い聞かせる。てか節穴が一人増えただけじゃねえか。中二病卒業してもこうなるんなら先は長そうだな。
「わかった。それならいい」
二夕見のことは信頼しているのかすんなり納得する。
「じゃあリング探しますか。て言ってもそんな小さいの見つかるかねえ。そう言えば天ヶ崎とか桑名には頼まなかったのか?」
俺はふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「二人には校内を探してもらっている。だから可能性があるのはあとはグラウンドだけなのだ。他になかったらこの前体育の授業の時落としたとしか考えられん」
「おいおいまじかよ。この雨の中探せってか?」
俺は窓の外を見て一瞬で萎える。
「明日でええんちゃうか?」
蓮も嫌そうだ。
「明日はサッカー部とか野球部がグラウンド使うやろ。探すなら今日しかないんちゃう」
「仕方ないじゃない。困ってるんだから助けてあげましょうよ」
女子二人は黒森に母性を刺激されるのかこの雨の中探すことに肯定的だ。
「すまぬ四人とも。当たり前だが余も一緒に探すぞ。余の力が覚醒した暁にはなんでも願いを叶えてやる」
「神龍かおまえは」
「髪の毛だって生やすことができるぞ」
先ほどの話を再び持ち出す黒森。
「だから俺はまだハゲてねえって言ってんだろがクソガキャ!」
「ひっ」
俺の血走った目を見て黒森が二夕見の後ろに隠れる。
「ちょっと脅かさないでよ!怖がってるでしょ!このハゲ!」
「誰がハゲだ!デブとハゲだけは言っちゃいけないんだぞ!小学校で教わらなかったのか!
『デブにデブと言ってはいけない、ハゲにハゲと言ってはいけない』
新約聖書にも書かれてるだろ⁉俺はハゲてないけど!」
「そんなの聖書に書いてるわけないでしょ」




