27話 「ぶ、ぶひいいいいっ!?り、リサりんは、そんなこと言わないっ!」
翌日。部活が終わって十八時頃。家への帰り道、公園の前を通ると見覚えのある三人組がヤンキー座りして(正確には一人だけ女の子座りしているやつがいた)何やらたむろしているのを見かけた。俺は近づいて行って声をかけることにした。
「おいヤンキー娘ども。久しぶりだな」
「げえっ。てめえは」
月野が真っ先に俺に気づき心底嫌そうな顔をする。
「「ああっ。この前のうんこ男!」」
取り巻き二人も気づきこちらを指さしてくる。
「近寄んなこの変態が!」
「トイレに帰れ!このうんこ野郎!」
俺に気づくなりそうそう野次を飛ばしてくる。
「うっせえぞ!てめえらだってたった今うんこ座りしてただろうが!はいおれの仲間ー。うんこたれー」
「てめえと一緒にすんな!ヤンキー座りっていうんだよあほ!」
「誰がてめえの仲間だボケ!」
負けじと言い返してくる。
「でも一人だけ女の子座りして、メス出してたアイドルかぶれおったなー。あら可愛らしい」
「ち、ちちち違えから!あれはその、そう!足痛めてただけだし!メス出してたわけじゃねえから!可愛くねえし!てか誰がアイドルかぶれだこら!」
顔を真っ赤にした月野がむきになって言い返してくる。やはり強がってはいるが本来の性格が出ていたんだろうな。
「てかお前ら教育に優しくねえ顔してんだから公園にたむろしてんじゃねえぞ。子供が怖がって遊べねえだろうが」
「うっせえ!誰の顔が教育に悪いってえ⁉トイレットペーパー振り回す変質者にだけは言われたくねえんだよ!」
「そうだこの変質者が!人にうんこつけようとするやつが何言ってんだ!」
取り巻きの二人が言い返してくる。
「ていうかこいつ今日もまた授業中トイレ行ってましたよリーダー」
「はん。偉そうなことばっか言ってやがるがただの軟弱だこいつは」
「「あっはっはっはっは」」
三人で俺の体質をバカにして笑ってくる。
「帰れてめえは!」
「お家のトイレに閉じこもってろ!」
「何だとこの絶滅危惧種の黒ギャル軍団が!時代は白ギャルなんだよ!古いんだてめえらは!」
「おら!くらえ!今さっきそこで踏んだうんこがついてる靴だぞお!」
そう言って俺は本当はなにもついていない靴を三人めがけてすっとばす。
「「ぎゃああああああ」」
取り巻き二人が悲鳴をあげながら避ける。そして真ん中の月野に飛んでいく。
「きゃあああああああ」
月野は一人だけ女の子らしい甲高い可愛い悲鳴をあげるとしゃがみこんで女の子座りしながら両手で頭を抱え込んでいる。放った靴は月野の頭上をこえていく。
「て、て、てめえ何てことしやがる!この人間のくずが!」
「お前ほど汚えやつ見たことねえよ!」
取り巻き二人が怒ってギャーギャーわめく。
「冗談だっつうの。本当は何もついてねえただの靴だよ。ビビりすぎだぞヤンキー。いい加減立ちな」
「はあッ⁉別にビビってねえし!のってあげただけだよ!」
瞬時に立ち上がった月野が急いでお尻をはたくと強がって腕を組んで虚勢をはる。
「『きゃああああああ』とか言ってたなあ。可愛い女の子みたいに。女の子座りして頭抱えて。あら可愛らしい」
「はあああ⁉『ぎゃああああ』だし!女の子座りとかしてないが⁉てめえふざけたこと言ったらぶっ飛ばすぞおらあ!」
弱みをつかれた月野が羞恥心から顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。
「まあリーダーは根が乙女だからな」
「それな。かわいいよな」
などと取り巻きの二人がぼそぼそ話している。聞こえてんだよ。
「お前らヤンキーのくせにやることないのか?ずっと公園でたむろしてるだけか?」
「なわけないだろうが。聞いて驚くなよ?何と今日はよ、支払いの時に黒くすすんで汚れた十円玉を使ってやったぜ!どうだ⁉悪いだろ⁉」
なぜか自信たっぷりに言ってくる。
「もうヤンキーなんて辞めちまえ。ボランティアの方が性に合ってるよ」
「そんなことよりリーダー、先週出された英語の課題終わりました?あれ明日までっすよ」
「ええ!そうなのか⁉あたいレッスンとかサイン会とかで忙しくて全然終わってねえよ」
月野が少し慌てた顔をする。
「大丈夫っすよ!そうだろうと思って私終わらせときましたから。数学のプリントもまだでしょ?そっちも写してくれていいっすよ!」
取り巻きの恐らく菅原と思われるやつが明るく言う。
「気持ちは嬉しいけど自分でやらないと力にならないから、一度自分でやってみて分からなかったら教えてくれよ。先生もあたいの事情知ってるから期限伸ばしてくれると思うしよ」
「流石リーダー!」
「かっこいいっす!」
もう一人の取り巻き、恐らく荒木と思われるやつと菅原の二人で尊敬のまなざしで月野を見ている。
「流石リーダー!俺たちにできないことを平然とやってのける!そこにしびれるあこがれるぅ!」
俺も一緒に二人に混ざることにした。
「くっ。こいついちいちムカつくやつだぜ。バカにしやがって」
月野がこちらを悔しそうな顔で見てくる。
当たり前だ。まじめか。どこの世界のヤンキーに課題の期限気にして、自分の力にならないからって写すの断るやつがいるんだよ。挙句の果てには期限まで延ばしてもらうってなんだよ。まあ別にそれ自体は正しいことなんだけどね。
「そういえばお前この前ドーナツのポスターに載ってたけど、半目なうえにクマすごかったぞ。よくあんな事故画採用したな」
「あ、ああああたいだってその写真が使われるとは思わなかったんだよ!それにその時期はほんとに忙しくて全然眠れてなかったんだ!事故画とか言うな!」
顔を赤くしてまくしたててくる。
「よく見たら鼻毛出てたし」
「嘘つけえ!そんなわけあるか!そもそもあたいは鼻毛なんか出てたことねえよ!適当なこと言ってっとぶっ飛ばすぞてめえ!」
「間違った。俺が描いといたんだった」
「何してくれてんだてめえは!しばきまわすぞ!営業妨害で訴えられてえのかアホ!」
俺のジョークがお気に召さなかったらしくキレだす。
「そんなことより俺を事務所に紹介してくれる話はどうなったんだ?」
「そんな話したことねえだろうがよ!てめえはアイドルより芸人の方がまだ可能性あるわ!それか事務所のトイレが汚れてるからトイレ掃除でなら雇ってくれるだろうよ!」
「お腹弱い人あるある!お腹さすって排便を催す特殊能力が備わっている!あるあるう」
「もうそれはいいっつってんだろがバカが!汚いしてめえらしにしか分からないんだよ!」
月野が怒りのあまり頭をかきむしる。だがそれはカツラだからあまり効果はなさそうだ。
「でも今のは勉強になったよな」
「次からそうしよ」
荒木と菅原がひそひそと言い合っている。
「そういえば今日はあのロリコンはどうした?」
月野が今ので十太郎のことを思い出したらしい。
「さあ。あいつとは連絡先は交換したがあの日会って以来だな。どこかでパトロールしてんじゃねえの」
「あれはパトロールじゃねえ。犯罪行為だ。そのうち捕まるぞ」
「あいつか。あいつはやばかったな」
「だな」
荒木と菅原も思い出したように言う。
「お前も早く捕まってくれ。お前らはそのうち新聞に載りそうだ」
「そりゃ確かに憎まれっ子世に憚るとは言うがお前それは言い過ぎだ」
照れるぜ。
「犯罪者として載るんだよ!頭お花畑かてめえは!文脈から察しろ!」
「何言ってんだ。お前らこそ凶悪な顔してるくせに。お前らの方がよっぽど犯罪してそうな面だぜ。そのうち職質されるからな。十太郎に」
「警察でも何でもねえだろうがあいつは!ただの犯罪者に職質されてたまるか!」
どうやらそうとう十太郎への印象は最悪らしい。
「あっ!思い出した!お前らどこかで見たことあるなって思ってたんだよ!今やっとわかった!」
俺はようやく引っかかっていたことを思い出した。
「なんだよ」
「パーントゥだ!」
「「パーンツ?なんだそれ?」」
「沖縄県宮古島の伝統で、全身泥だらけの不気味な顔の仮面をつけた三体の異形のものが街中を徘徊し、村人たちの顔面や体、家屋に泥をぬりたくって回るんだ」
「「「バケモンじゃねえか!」」」
「バカ言え化け物じゃねえ。パーントゥは来訪神と言われ、泥をつけることで厄を落とすと言われている」
「へえ。神様ね。悪くないじゃないか」
「調べてみよう」
三人で集まってスマホを覗き込んでいる。
「「「ってこわ!」」」
「なんだこの仮面!怖すぎるだろ!」
「こんなのとどこが似てんだよてめえ!ふざけんな!」
荒木と菅原が文句を言ってくる。
「てめえらだって顔面に泥塗りたくってるんだから同じだろうが」
「泥じゃねえわボケ!」
「こういうメイクなんだよ!ぶっ殺すぞてめえは!」
まったく口の悪い人たちだ。
「ちなみにパーントゥがつける泥はンマリーガーと呼ばれ、ものすごく強力な臭いを放ち、塗られたら数日は臭いが落ちないほど臭いらしい」
「たち悪!」
「なんで神様が臭いんだよ!」
「ほんとに良い存在なんだろうな!」
三人がくちぐちに文句を言う。
「パーントゥを見た子供は必ず泣き叫ぶらしい」
「「「やっぱただのバケモンじゃねえか!」」」
三人がキレがちに叫ぶ。
「たとえ子供だろうと、泥をつけるまで逃げても全力で追いかけ回すらしい」
「「「だからバケモノじゃねえか!」」」
「パーントゥは怪物や化け物を指す言葉で、宮古島の方言では『怖い』、『醜い』、『異形』などを意味するらしい」
「「「確定的だよ!」」」
三人で一緒にツッコんでくる。
「ふざけんなてめえ!結局化け物じゃねえか!そんなのと一緒にすんじゃねえ!」
「てめえ侮辱してんだろ!」
「こんな不細工な顔のどこがあたいたちと似てんだよ!」
口々に文句を言ってくる。
「おいおい知らねえぞ。神様の文句ばっか言って。夜中にこんなかっこうしたやつがお前らのベットの横に立ってるかもしれねえぞ。それか朝起きたら枕の横に泥がついてたりしてな」
「「「ひいいいいい」」」
流石にあのビジュアルの人外が夜中に自分の部屋に来ると想像するのは怖いらしい。三人で抱き合っている。
「私はキュートだなって思ってたから!文句とか言ってないし!」
「私もみんなに嫌われながらそんな役回りができるなんてかっこいいと思ってたし!」
「あ、あたいも――」
月野も何か言おうとしたところで荒木が口をはさむ。
「リーダーが一番悪口言ってました!不細工とか言ってましたから!」
「ええええ⁉なんで私だけ!ずるい!」
驚きのあまり思わず一人称が私になって素が出てしまっている。
「そうっすよ!行くんならリーダーの部屋がいいっすよ!昔から生贄は村一番の美人って決まってるんですから!」
「えええええ⁉菅原も⁉二人とも薄情過ぎない⁉」
月野が思わぬ裏切りに叫ぶ。こいつら前もリーダー置いて逃げてったしほんとは忠誠心薄いんじゃねえの。
「ああトイレの神様よ。わたくしはこの無礼な輩とは一切関係ございませぬ。どうかお静まりくだされ。怒りをしずめくだされ。おしりにできものを与えるのはおやめください。このあわれな娘にご慈悲を。アーメン」
「やめてよ!そういうのほんとに無理だから!いやああああ――ん?今トイレの神様って言わなかった?おしりにできもの?おいお前ふざけんな!てめえが一番失礼だろうが!からかってやがったな!」
俺がふざけていることに気づいた月野がまた乱暴な口調に戻る。
「あったりまえだバカ野郎。神様なんているか。いるのはトイレの神様とトイレの妖精さんだけだ」
「てめえが一番罰当たりじゃねえか!またトイレかてめえは!」
月野が恥ずかしい所を見られた怒りをぶつけてくる。
「何がトイレの神様だ!そんな神様聞いたこともねえよ!」
「トイレの妖精さんなんかもっと聞いたことねえよ!」
荒木と菅原ものせられた恥ずかしさから顔を少し赤くしながらつっかかってくる。
「うるせえ。お前らどうせ日本人お得意のご都合宗教だろ?無宗教のくせにお盆には線香をあげて先祖をお迎えする仏教を信仰しだし、クリスマスにはイエスキリストの復活を祝い、正月には神社に行ってお参りをする神道の習慣を真似する。
そういうやつらはみんなトイレ教に強制加入なんだよ。なぜならトイレだけはみんな毎日必ず使用し、お腹が痛くなった時は共通の神、トイレの神様に祈りを捧げる。そして何よりトイレは人類が誕生したその時から、何ならその前の種別だったときからずっと行われているもっとも歴史ある行為だからだ。
その歴史はあのキリスト教さえも凌駕する。全人類がトイレの神様を信仰する日もそう遠くはない。おめでとう新入り諸君」
「適当なことほざくなバカが!なんでトイレするからってトイレ教とかいうわけのわからんクソみたいな宗教に参加しなくちゃいけねえんだよ!」
「だいたいトイレはするかもしれねえがトイレの神様に祈りを捧げたりするのはてめえらトイレ通だけだろうが!」
「ほんとだよ!てめえの言ってることはただの詭弁だ!この詐欺師が!」
ギャル三人が納得いかなかったらしく口々に不満をぶつけてくる。
「きべん?それは大きい方の便なのか?小さい方の便なのか?」
「そっちの汚いべんじゃねえよ!てめえの頭の中はトイレしかねえのか!きもいから死ね!」
月野が怒鳴り散らしてくる。なんて口の悪いアイドルだ。
「そ、そんな!死ねだなんてえ!リサりんはそんなこと僕に言わない!僕のリサりんを返せ!」
俺はキモオタみたいに声を低くこもらせてもごもご抗議する。
「うっせえ!キモオタの真似すんな!ファンの前ではこんな口利かねえから別にいいんだよ!腹立つんだよてめえはよ!」
「ぶ、ぶひい!」
「こんなキモオタいそうだわ」
「たしかに」
荒木と菅原が呟いている。
「そうだリーダー。今日は課題やるんすよね?ならそろそろ帰った方がいいんじゃないですか?そうじゃなくても忙しいんすから」
「そうっすよ」
二人が月野に早めに帰るよう促す。
「そ、そうだな。こいつ来てから時間の無駄だったしそうするか。じゃあな二人とも。明日、は忙しくて学校行けないから、明後日な!」
そう言って二人に手で軽く合図する。
「おい俺は無視かよ。この野郎。掲示板に人気アイドル月花リサケバ疑惑⁉って呟いてやるからな」
「だからアイドルの時はほとんどノーメイクだって言ってんだろうが!てめえは早く天国に帰れ!」
月野が公園の出口に歩いていく。
「おい。あいつそのまま一人で帰していいのか?誰かついてってやれよ。ああ見えてアイドルだぞ?」
「なぜかこの化粧を始めてから一切男がすり寄らなくなったんだよ。この時間に一人で帰ることもよくあるが何かあったことはねえよ」
「なぜかじゃねえだろ。理由は明白だろうが。でも世の中にはたとえあの面だろうが、女子高生とか制服とかギャルに反応する変態どもがうじゃうじゃいるんだよ。いいからついてってやれ」
例えば土井孝太とかいうやつは極めて危険だ。そろそろ交番に顔写真とか貼られてもなんら不思議じゃない。
「リーダーはなぜか私らが送ろうとすると嫌がるんだよ。お家にも近寄らせたがらないし。そんなに言うんだったらお前が送ってやれよ」
「お前らでダメなら俺ならなおさらダメだろ」
「じゃあ無理だな」
そう言って肩をすくめる。
「ちっ。しゃあねえなあ」
「おい月野!ちょっと待て!」
俺は月野を追いかけると呼び止めた。
「あ?なんだよ」
「あー。なんだ。その。うーんと」
言おうとして言葉に詰まる。「危ないから送ってやるよ」なんて臭いセリフ言えるわけがなかった。世の中の男はみんなよくこんな歯の浮くようなセリフほいほい言えたな。
「ぼ、ぼ、ぼくリサりんのお家知りたいから、つ、ついてい、いってもいいかな?ぶひひっ」
結果俺の口から出た言葉はこれだった。
「死ねこのクソオタがああ!」
そう言ってグーで殴られた。
「ぶ、ぶひいいっ」
公園の出口に倒れる俺を置いて月野は帰って行った。
「あほだなお前は」
「まあついて行くって言ったところで許可は下りなかっただろうけどな」
側に来た二人に木の棒でつんつんされる。
「今度会ったら人前で化粧落として困らせてやる」
「「逆恨みじゃねえか」」
二人が呆れたようにツッコむ。なぜかふられた俺は寂しくお家に帰ることにした。




