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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
26/69

25話 「わたしのものはわたしのもの。カエサルのものもわたしのもの」

 学校からの帰り道。


「おええ。まだ気持ち悪いよ。ババアに叩かれたけつも痛いし最悪だ。痔になったときを思い出すぜ」




 などとひとりぼやいていると、アパートの前に誰かが立っていた。黒い帽子を被りマスクをして、二階の俺の部屋を見上げている。怪しい。


 俺は背後からそっと近づくと鞄から出したトイレットペーパーでそいつを縛り上げる。


「捕まえたぞ変質者!俺の部屋に入って何か良からぬことをしようと企んでいたな!

それともトイレットペーパーを盗もうとしていたのか!白状しろ!」


 いきなり後ろから両腕を拘束された変質者が驚いて身をよじろうとする。


「いだだだだっ!やめてやめて!君絶対一ノ瀬君でしょ!?そんなこと言うの人間は君以外いないよ!僕だよ僕!白銀ゆきだよ!変質者じゃないから!放して!」

「そんなやつは知らん!俺の名前まで調べて何をしようとしていた!恐ろしい奴め!俺のトイレットペーパーで世界を侵略しようとしていたな!」

「トイレットペーパーで世界侵略なんてできるわけないじゃないか!ていうか僕のこと忘れたの!?ついこないだ君の家に侵入して君を困らせた大泥棒だよ!」

「そんなやつは知らんと言っている!小賢しい嘘を言いやがって!言い訳は警察でしろこの泥棒変質者が!」

「ええ!?ちょ、ちょっと、本気で言ってるの!?」


 俺はそのまま後ろから押して歩かせ警察まで連行しようとする。


「君の部屋に勝手に泥棒に入って君のパンツを頭から被って見逃してもらったうえに、今度は君のトイレットペーパーを盗んでキレられて捕まったけど同情されてご飯をごちそうになったあのポンコツ下着泥棒です!」


 本気で連行されると焦った変質者が早口で先ほどとはだいぶ違う自己紹介をまくしたてる。


「ああ。お前か」


 俺は白銀の手を放すとトイレットペーパーを外す。


「ちょっとー!?何でそれで思い出したのさ!もっと早く思い出すための情報たくさんあったよね!?名前も忘れてたの!?」


 白銀が帽子とサングラスを外し、怒った顔をあらわにする。





「もちろん声を聴いた途端すぐに思い出したさ。面白かったから続けたが」

「君嫌がらせがすぎるよ!こっちはほんとに焦ったんだからね!ていうかトイレットペーパーで拘束するって君の方が明らかに変質者だよ!」


 泥棒に言われたくねえよ。


「で?俺の家の前で何してた?またお腹空いてご飯もらいにきたか?今日はドッグフードないから骨でいいか?」

「僕は近所の野良犬か!」


 白銀が憤慨した様子でつっこむ。


「なんだじゃあまた俺のパンツ盗みに来たのか。ちょっとだけだぞ?」

「うるさいよ!僕は一度だってパンツ盗もうとしたことはないよ!」

「嘘を吐くな。今さっき自分のことポンコツ下着泥棒ですって言ってただろ」

「そ、それは君が僕のこと忘れてるみたいだったから仕方なく君が思い出すようにそう言ったんだよっ」


 白銀が先ほどの自分のセリフを思い出して恥ずかしそうにつぶやく。


「ほら。俺の今履いてるパンツやるからこれで我慢しとけって」

「要らないから!君の履いてたパンツなんて何がついてるか分かったものじゃないよ」


 心外そうに言ってくる。


「バカを言え。俺は今まで数々の戦いを繰り広げてきたが一度だってこの絶対不可侵領域パンツを汚してことはない!俺はパンツにシミ一つつけたことがない!」


 俺は足を広げ、人差し指を高く上に掲げるとポーズを決める。


「なんか地雷踏んじゃったかな。パンツのこと絶対不可侵領域とか呼んでる人初めて見たよね」


 白銀が軽く引いた様子で言ってくる。


「僕はたまたま君の家の前を通りかかったから、君いるかなーって見てただけだよ」

「じゃあなんでそんな怪しい恰好していた?」

「これはさっきまで侵入できそうな手頃なお家を物色してたからだよ」


 そういうことか。






「そうだ。お前が壊したドア新しくなったから見て行けよ」

「あ。こないだは本当にごめんね。今度必ず払うから。ガス止めてでも」


 申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる。最後に悲しそうな顔で言い切る。


「いやそんなえげつない犠牲払ってまで返さなくていいよ。逆に困るわ。風呂はちゃんと入りな。その件はもう終わったから別にいいんだよ。イエティみたいなやつに壊されたって言ったらタダで治してくれたし」

「き、君ほんといい人だね。ほんとはトイレの神様とかじゃないの?」

「バカたれ。あのお方はもっと崇高ですばらしい方だ。恐れ多すぎるわ。せめて仙人だな」

「ん?ていうかそう言えば君の家のドア僕が入る前からすでに壊れてたような気がするんだけど。ドアまで僕のせいにしてなかった?もしかして君、僕になすりつけようとしてた?」


 白銀が疑わしそうな顔でこちらを見てくる。


「まあ鍵を壊してほんとに使えなくしてくれたのはお前だし、ドアはただで治してくれたんだけど、鍵は説明がつかなくて自腹で治してもらったんだけどな。はーあ。人の好意を疑うんだ。傷ついたなー。これ電気止まる案件かなー」


 本当は図星だったが逆切れすることにした。


「ははー。一ノ瀬様。僕は今日からあなた様のパンツをご神体とした祭壇を作って毎日崇め奉ります」


 さっきまであんなにパンツを否定していたのに、裕福さと一緒にプライドも失くした泥棒が即座に頭を低くしてかしこまる。


「苦しゅうないぞ。履くことを許可する」

「いや履かないから!でもほんとにありがとね。肩代わりしてくれて。なにかの形で必ず返すから」



「何か、か」

「え、エッチなのはダメだよ!?もちろんトイレットペーパーを使った特殊プレイだって嫌だからね!?」


 突然自分の体を抱きしめ俺から距離をとる。


「誰もそんなこと言ってねえわ。その特殊プレイだってお前が勝手に言ってるだけで俺は一回だって言ったことねえから」

「ならどういう形がいいの?」

「そうだな。この世界の争いのタネを絶やすことが俺の願いだ」

「へ、へえ。意外だね。そんな真剣なこと考えてるんだね」


 目を少し大きく開き驚いた顔でこちらを見てくる。




「ああ。この世界の争いのタネ。おパンツだ」

「そんなつまらないことが争いの火種の訳ないでしょ!?」


 白銀がずっこけそうになる。


「とても壮大な願いを持っているかと思ったら超どうでもいいことだよ!僕の感心を返して!」

「何を言う。トランクス以外の派閥が存在しているからこの世に争いが絶えないのだ。俺は毎晩トランクス以外を履く男がいることに対する悔しさに歯ぎしりして夜も眠れない。だから俺の願いはトランクス以外のすべてのパンツを世界中から盗み出してくれということだ!」


「そんなつまらないことで眠れなくなるってどういうことさ!?そんなつまらないお願いは聞けないしできないよ!」


 激しくツッコんでくる。


「お前なら世界一の下着泥棒になれる!」

「無理だから!僕はそもそもそんな痴女みたいなことしないから!」

「とかいってパンツ頭に被ってたくせに。よっ!このスケベ!」

「うるさいよ!」





 白銀をからかいながら二階に上ると、何やらガンガン聞こえてくる。不思議に思いながら上の階に到着すると、天ヶ崎が俺の部屋のドアを蹴っていた。




「とうっ!」




「ガンッ」




「えいやっ!」




「ガンッ」




「そりゃ!」




「ガンッ」






「何やってんだてめえは!」


 俺は天ヶ崎のもとに駆け寄ると後ろから羽交い絞めにする。


「ぶっ殺すぞてめえは!建付けたばかりの新品のドアだぞ!?見ろ!もうボコボコになってんじゃねえか!」


 白銀は事態が吞み込めずにボーっと突っ立っている。


「俺のドアに何の恨みがある!」


 天ヶ崎はこっちを見るとなぜ止めたと言わんばかりの顔でこちらを見てくる。


「それはもちろん必殺技の特訓ですよ!やつらが今この瞬間も私たちの平和を脅かそうと企んでいるんですから!」




 どうやら黒森と絡むようになった弊害がこんなところに生じてしまったらしい。


「だからってなんで俺ん家のドアなんだよ!自分のドア蹴ればいいだろ!」

「だって私のドアよりこのドアの方が新しいから壊れにくいじゃないですか」


 そんなことも分からないんですかー?ぷぷぷのぷーとでも言いたそうな顔でこちらを見てくる。


「倫理観どうなってのお前!?自分のものと他人のものの区別ついてる!?」

「私のものは私のもの。カエサルのものも私のものです」

「カエサルのものはカエサルに返すんだよバカが!お前まじふざけんなよ!?弁償しろよ!?」


 俺は天ヶ崎の頭を片手で鷲掴みにして持ち上げる。


「いだだだだだだっ!いだい先輩いたい!」

「ちょっと一ノ瀬君!女の子にそれはダメだよ!」


 様子を見ていた白銀が止めに入る。


「止めるな白銀。お前はこいつのやばさを知らないからそんなことが言えるんだ!こいつを女と思って油断しているとこっちがやられる」


 腕を離された俺は白銀を説得しようとする。


「でもそれはダメだよ。彼女も反省してると思うし。ね?」


 天ヶ崎はこくこく頷く。





「争いはやめましょうよ!命がもっだいない!」


 なぜか白銀をかばい俺の前に両手を広げて阻止してくる。


「お前が温床だバカが。ほらな見ろ。こいつは一ミリも反省していないんだよ。そうだドアのお返しの件はこいつをどこかに捨ててきてくれればいい!そしたらみんな幸せだ!」

「た、たしかに反省の色がまったく見られないね」


 白銀が苦い顔を浮かべる。



「おい今日の俺はいつもの俺とは一味違うぞ?なぜなら今日は俺もゲロを吐けるからだ」

「へえ?やるじゃないですか。ですが私の胃液は一瞬で骨も溶かしますけど大丈夫ですか?」

「どんな化け物だお前は!」


 互いに距離を取り、構える。



「おおおおおおっ、うっ、うっぷ、おえっ」


 さっき食べた牛丼もどきの吐き残しがのどに上がってくる。


「はあああああっ。おえっ、おおっ、ごぽっ」


 天ヶ崎はさすがにプロフェッショナルなだけあって、とくに何も食べていなくてもゲロをこみ上げようとする。



「なんか史上最低なバトルが始まったんだけど。なんか気ためてるし。僕帰ってもいいかな?」




「くらえ!ゲロゲロ波!」


 先に仕掛けたのは天ヶ崎だった。口にためたゲロを水鉄砲のように狙い撃ちしてくる。グリンパーチかお前は。


「うおっ」


 かろうじてかわすと俺も口から発射する。


「死ねぇ!ゲロ光線!」


 天ヶ崎は読んでいたようで軽くかわす。第二ラウンドにもつれこもうとしたところで白銀が止めに入った。



「ストップ!ストーップ!」


「なんだ。邪魔するな白銀」

「汚いよ君たちは!今時小学生でもこんなことしないからね!?それに一ノ瀬君!女の子にゲロ向けるなんてダメでしょ!」


 白銀がめっとしてくる。


「だってこいつに勝つにはこれしかねえんだもん」

「屁理屈言わない!」


 別に屁理屈ではないが。


「天ヶ崎さんも女の子なんだからこんな事したらダメだよ!」

「じゃあ唾ならいいですか?」

「唾もだめ!」



 こいつに恥じらいなんて概念はないから言うだけ無駄だ。え?俺?なにそれ食えんの?

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