21話 「トイレの妖精さん」
「よしじゃあ改めて、土井の悩みの話だな。悩みとは違うか。煩悩だな」
「百八回くらいぶん殴れば解決するんじゃない」
二夕見が鼻をふんっとならす。
「失礼な。百八回くらいおっぱい揉みたい。間違えた。百八回くらいじゃ俺の執念は消せないっすよ」
「どんな言い間違いやねん。なんか執念とかいい感じの言葉に言い換えとるけど、性欲に脳まで侵されてもうてるだけやん」
蓮がツッコみ、二夕見が今の土井の発言に部室の物置に置かれているスコップを持ってきてぶん殴ろうとする。
「おい落ち着け二夕見。今のセクハラはお前に言ったんじゃない。お前には揉む胸なんかなぐはっ!なんで俺を殴んだよ!」
なぜかスコップではたかれる。
「なんでここで煽りにいくねん」
蓮浦が呆れたようにつぶやく。
「提案なんやけどこの変態去勢しといた方がええんちゃう?」
「きょせいってなに?」
二夕見が「不思議な響きの言葉ね」などと言っている。
「嫌だ!エッチなことできなくなったら生きる理由ないっす!俺の全人類ハーレム計画があああああああ!」
「今恐ろしい計画名聞こえたんだけど」
聞き間違いか?
「それな。俺も聞こえたで。こいつモテないとか言いながらとんでもねえ野望秘めとるやないかい」
「そうなったら世界の終わりだな」
土井のアホさ加減に二夕見ももはや怒りを通り越して呆れてきている。
「全人類総スカン計画とかの方がまだ現実的よね。もちろんされる方だけど」
「まず計画の第一段階としてクラスで達成やんな。おめでとう。応援するで。ほんまに」
と、ここで黙って話を聞いていた天ヶ崎が我慢できずにとうとう口を挟む。
「あのー、さっきから話が見えないんですけどー。私たちはなぜここに呼ばれたんですか?」
なあぜなあぜ?などとぶりっ子している。むかついた。
「その通りなのだ。ただこのメンツが集められたことにはあまり良い予感はしない。余の魔眼が危険だと警告しておる」
お前の魔眼もたまには役に立つじゃないか。
「そうだよ。さっさと言えよ。なんでこいつと対面して座らされてるんだよ。生意気な一年生でも呼び出したのかよ」
「その場合まっさきに呼ばれるのは確かにお前たち四人だな。よく分かってるじゃねえか」
意外と自分が生意気だという自覚はあるらしいな。
「は?黙れよ。ちょっと人よりトイレ行ってるからって調子乗んなよ。トイレの仙人」
「ああ?口の利き方に気をつけろガキィ?お腹痛くなる呪いかけちゃうぞ?ママに言うなら今のうちだぞ?」
「はいどんまい俺様呪いとかしんじませーん。あいばーかばーか!お前の方がガキィ!はい論破ぁ!雑魚乙」
「でもママには言うってことでいいかあ?ひいちゃん専用のおまる買いまちゅか?夜怖くてトイレ行けなくなったらいつでもおまるにやればいいからね~」
「あい詳しい~。普段からおまる使ってるやつのセリフう~。はいよいしょー」
「俺は使ってませんー。俺はトイレには詳しいだけー。はい引きこもってキッズチャンネルばかり見てるから頭悪くなるー。はいよいしょー」
「はいどんまい今はもう引きこもってませんー。でもお前は今もトイレに引きこもってるー。お前トイレ警備員ー。あとよいしょぱくんなカス~」
ちくしょう今日はやけに口が回るじゃねえかガキのくせに。
「ガキガキガキガキガキガキガキ」
「うんこうんこうんこうんこうんこ」
こうなったら――。
「はいガキゲットー!」
俺は桑名の椅子の後ろに回り、桑名の両脇を下から持ち上げると上に掲げた。
「ああああああ!」
桑名が屈辱そうに声をあげる。
「はいたかいたかーい!」
「おい触んなカス!下ろせうんこ野郎が!」
両手両足をバタバタさせて暴れる。
「たかいたかいでちゅよ~。嬉ちいでちゅかー?はいばぶばぶー!」
「おい死ねぇ!くそがあ!ハゲ!雑魚!下ろせええ!」
「はい上げて~、下げて~、はいまた上げて~、下げて~」
「おいキモいってボケえ!お前降りたらぶっ殺すからなアホ!」
「あーいきゃっきゃきゃっきゃうるさいねえ。嬉しいんだねえ。最後は思いっきり下げて~、からの上にポーン!」
「きゃあああああああああ」
クソガキらしからぬ女の子のような甲高い悲鳴をあげる。
「はいキャッチー。楽しかったー?最後ちょっとおしっこもらしちゃったかな~?大丈夫ママには秘密にしとくからねー。また今度やってあげるからね~。はいよいしょっと」
「おお、お前マジで殺すからなっ。くっそ。はげ。死ねカス。ゴミ」
最後がちょっと怖かったようで涙目でぶつぶつ言っている。生意気なガキはこうやって調教しないとねー。
「お姉ちゃん一ノ瀬におっぱい触られた。あいつまじクソ。性犯罪者。俺様のおっぱい触りたかったからあれしてきた」
桑名が二夕見に言いつける。
「はあ?なわけあるかガキ。脇しかさわってねえよ。お前のどこにおっぱいがあるんだよ。触れた感触もなかったわ。もう一回すんぞ」
「あんたありえないんだけど!脇もアウトだし、女の子に気安く振れときながら触った感触なかったですってえ?しかも泣いてるし!死刑よあんたは!二度とひかりちゃんに近づかないで!正座!」
「な、泣いてはいないけどね⁉」
二夕見に正座させられて説教されてる間桑名はニヤニヤ見てきた。このガキめが。
それにしても二夕見のやつ、おなじ貧乳にシンパシーでも感じたのだろう。こうやって冤罪はできあがるわけだ。そうでもないな。割と妥当か。
「話を戻しますけど何で呼ばれたんですか?」
「それはだな…」
俺が当たり障りのないようにそれとなく話をしてやろうと思ったのに、土井はド直球に言い放った。
「それは三人に俺のハーレム王国の最初の女になってほしいからっす!いいっすよね!」
「ペッ」
まず最初に桑名が土井の顔面に唾を吐く。
「カァーペッ!」
続いて天ヶ崎が痰をからませてつばを顔面に吐く。
「余の魔力よ。余の契約に応じよ。この者の魂を消し炭にせよ!バニッシュ!」
最後に黒森が魔術を詠唱する。こうかはばつぐんだ。二夕見に。
「おうっ。ごほっ。ううっぷ。おおうっ」
さらにこれでもかとばかりに天ヶ崎が自分の口の中に手をつっこみゲロをぶっかけようとする。
「おい待て待て待て!そこまではせんでいいから!気持ちは分かるが!痰で我慢しといてくれ!」
「こいつがいる時点で嫌な予感はしてましたよ。いくら先輩の頼みとは言えこいつだけはごめんですよ」
「まあそう言うなよ。お前望んでたじゃないか。ゲロを受け止めてくれるどころか吸ってくれるそうだぞ」
「誰がそこまでしろと言いましたよ!ただの化け物じゃないですか!見てください!今も私たちの唾をティッシュで拭いてポケットに大事そうにしまいましたよこいつ!」
それを見た二夕見が驚愕の表情で隣の蓮浦に「今の何?」と言わんばかりに何度もちらちら見ていた。
「おいアホ一ノ瀬。今日汚いパンツ見せられておっぱい触られてハーレムに誘われただけなんだが?お前らなんなの?」
「また一つ大人になったな。もう保育園くらいは卒業できるんじゃないか?おめでとう」
「はげぇ!とっくに卒園したわ!」
「こやつだけは自業自得なのだ。余たちと同じようでまったく別の人種。余たちとは別の世界からやってきたとしか思えぬ。きっとやつらの手のものなのだ」
黒森が土井を警戒しながら訳の分からんことを言っている。だが唾吐かなかっただけこいつが一番お利口ちゃんなのかもしれない。
「じゃあやれることはやったしもうええな。結論は土井が強すぎたゆうことで」
「この新入生くせ強ボッチを集めた蟲毒の結果は天ヶ崎さえ負かしてのチャンピオンがお前だ土井。おめでとう。お前が最強のモンスターだ」
「せやな。おめでとう。ほな裏山に埋めて捨ててこよか。最後は自然の養分になって少しだけ地球のためになって死ねるで」
話は終わったとばかりにみんな土井を追い出そうとする。蓮浦は始末しようとする。
「なるほど。封印するのだな。結界は余に任せるがよい。人除けのものを張っておこう。何安心するがよい。強力な魔法だ。数千年は解けまい。実は余もこの強大な力を恐れられ、たばかられて山に封印されたことがある。
あれはまだ人類が二本足で立ち始めた頃の話だ。人と自然が密接に関わり合い、しかし人々は雄大すぎる自然を敬い恐れた結果、山々が人の手に触れられず自然そのものの姿だった森があった。その中でもシシガミの森と呼ばれる大きな山の、あちこちの森からカミたちが集まる場所に余を恐れた魔人族に封印されてしまい――」
「悪い黒森、長くなりそうか?だったらここらで止めておいてほしいんだが。どうせその後シシガミ様とかコダマとか出てくるんだろ?もののけ姫のパクりを設定に取り入れんな」
「パパパ、パクリとかじゃないしい!ほんとにあったんだしい!設定って言うな!」
言い当てられた黒森が慌てる。
「そんなことよりそれの処遇を決めましょうよ。このままじゃいずれ確実に捕まるわ」
「諦めないでください先輩たち!まだ可能性は残っているかもしれないじゃないですか」
「あるかよ。こいつらで無理だったらもう終わりだ」
「そうだ!たぶんまだお互いのことをよく知らないからだと思うんすよね!距離を縮めるためにちんちん侍ゲームをしましょう!」
土井が閃いた!とばかりに提案する。
「なんでよりによってそのクソゲーなんだよ。下心丸見えなんだよ。すでにお前なんか知らなければよかったって思い始めてるよ」
「なにそれ?どんなゲームなの?」
二夕見が不思議そうな顔を浮かべる。
「そんなゲーム始めた途端バラバラにして公園の砂場に埋めたるからな」
蓮浦が睨みつける。
「何ですかそのゲームは。ちょっと面白そうじゃないですか」
他の女性陣には受けがよろしくない中アホヶ先だけが反応していた。
「これは合コンでよくされる、お互いの距離を縮めるためのれっきとした由緒正しいゲームなんすよ」
「あんなゲームやるのはバカ女だけや」
蓮浦が辛辣な言葉を放つ。
「そうだな。分かったか天ヶ崎」
「まったくですよねー。私もどうかと思いますよ。私はキンキン侍と聞き間違えただけですけどね。まさか本当はきんきんきんたま侍だったなんて驚きです。先輩のえっち!」
なぜか俺に責任転嫁しようとしてくる。
「ひどくなってんだよ。お前には無理だから清楚ぶるのはよせ」
「あっはっはっはっは!何すかちんちんきんたま侍って!そんな卑猥な名前じゃないすよお!」
「誰もそんなこと言ってねえんだよ。お前だけだから。どんどんひどくなってるから。お前らもう黙ってくんない?」
「二人は何て言ったの?」
「しおは知らんでええねん。しょうもないことやから」
天ヶ崎のきんきんきんたま侍と土井のちんちんきんたま侍が聞こえる瞬間に蓮浦が二夕見の両耳を手で塞いだようだった。
「ほんま汚いから耳塞いで正解や」
蓮が横でうんうん頷く。
「ゆうてお前らも汚いおパンツ大論争して最後はパンツ交換しようとしてたやろうが」
「ちなみにお前はどっち派なん?」
「ナチュラルにうちに話振んなやボケ!」
とうとう我慢の限界に達した蓮浦が蓮のけつに蹴りを入れる。
「いだっ⁉お、お前っ、っく。な、なんてことすんねん…」
お尻を押さえながら膝から崩れ落ちる。
「し、知らんからな。しり神様の祟りにおうても。お尻にデキモノいっぱいできるからなあ」
「かかってこんかい」
蓮浦が指をくいくいさせて余裕の表情を浮かべる。
「おい!大丈夫か蓮!ああこれはまずいな。ズボンに血が滲んでる。おい蓮浦、けつはあかんだろけつは。生まれたての赤ちゃんくらいこいつのけつは繊細なんだぞ。今から応急処置するからな。けつ突き出してうつぶせに寝るんだ」
「優しくな。注入タイプだから優しくやぞ。そおおおっと入れるんやぞ」
「公衆の面前で何してんのよあんたたちは!」
蓮太郎のズボンを脱がせ、お尻にボラギノールを注入しようとしていた俺の腹を、二夕見がシャベルで殴打してきた。
「ぐほっ。は、腹がああ。俺の繊細な腹があ。て、てめえ何しやがる」
「ひかりちゃんとかりんごちゃんもいるのに汚いこと始めようとしてんじゃないわよ!トイレでやってきなさいトイレで」
「バカ言え!痔をなめんじゃねえ!一刻を争うんだぞ!トイレは遠すぎるし寝っ転がれねえだろうが!それに見ろ蓮のけつを!ぱっくり二つに割れちゃってんだろうが!」
「え?うそ。た、たしかに割れて…。ってそんなの当たり前でしょうがこの大バカ!」
ちっ。だませなかったか。
「トイレが嫌なら隣の教室でも廊下でもいいわよ!とにかくここでやんな!私の近くで汚いことしないで!」
「汚いとはなんだ!これは人命救助だぞ!人工呼吸と何が違う!ただ穴の場所が違うだけだろうが!」
「何もかもが違うわよこの変態!汚いからもう喋んないで!」
二夕見が再びシャベルを持ち上げる。
「ああ、それよりもお前の一撃のせいでお腹が痛くなってきた。まずい。お腹に刺激が加わってうんこ出そう」
「こいつ一体なんなわけ⁉すべてが汚いんだけど!」
二夕見が頭を抱える。
「お前こんなことして罰が当たっても知らねえからな。トイレの妖精さんは全国のお腹の弱い人たちの味方なんだぞ。トイレの妖精さんを敵に回したなあ」
「何がトイレの妖精さんよバカ言うんじゃないわよ。トイレにそんなのいるわけないでしょ」
そう言ってふんと鼻を鳴らす。
「いるんだ!トイレには妖精さんがいるんだ!今世で善行を積んだものは来世でトイレの妖精さんに生まれ変われるんだ!俺みたいに長い時間をトイレで過ごしトイレを愛し、綺麗に使うもののみに見えるのさ。そしてその妖精さんたちも束ねそのトップに君臨するのがトイレの神様だ!」
「最早宗教じみてて怖いんですけど。とうとう頭までおかしくなったようね。ていうか妖精は妖精でもきっと屋敷しもべ妖精みたいな感じね。なんかフェアリーって感じしないし」
トイレの妖精さんをバカにする二夕見に激怒する。
「きさまー!屋敷しもべ妖精さんに謝れ!あ、間違えた。トイレの妖精さんに謝れ!」
「あんたも大概じゃない」
バカを見るような目で見てくる。
「ていうかお前は天使は信じるくせになぜトイレの妖精は信じないんだ!」
「妖精はいると思ってるわよ。でもトイレの妖精なんてそんな汚い妖精はいないし、百歩譲っていたとしてもきっと醜いわよ」
「トイレの妖精さんはパンツあげたら喜ぶぞ」
「どんな屋敷しもべ妖精よ」
「俺は四十歳まで童貞を貫いてトイレの妖精さんになり、八十歳まで貫いてトイレの神様になるんだ」
「この化け物」
俺たちのやりとりを見ていた蓮浦が提案する。
「もうこのアホ二人と相談者のアホ一人。しめて三人のアホ男どもを全員しめだして今日は解散にしよか」
鬼畜な女二人によって廊下に放り出された。
「余たちももう帰るのである」
「おい一ノ瀬!今日俺様たち何のために来たんだよ!」
「責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。私のバラ色のスクールライフを返せ!」
俺たちに続いて天ヶ崎と黒森と桑名も外に出ようとドア付近にやってきた。天ヶ崎がどさくさにまぎれて自分の寂しい学校生活の責任まで四畳半からなすりつけてくる。
「悪いな。文句は全部こいつに言ってくれ」
俺は土井にすべての責任をなすりつけることにした。
「こいつの顔はもう見たくないので帰りましょう」
天ヶ崎がおとなしく帰宅を提案する。最後に天ヶ崎が部室の外に出ると
「かけもくしもかしこきひみずの神よ!遠つ御祖の産砂よ!久しく拝領つかまつったこの山河!かしこみかしこみ謹んで、お返し申す!」
と仰々しく言いドアを閉めた。
「ふう」
などと言い額の汗を拭うふりをする。
「いちいちやかましいんだお前は!ドアくらい普通に閉めてけ!」
「ゆいちゃん!何だ今のは!かっこいい!余にも今度教えて欲しいのだ!」
「いいよ。けど簡単じゃないよ。人の心の消えた寂しい場所に後ろ戸は開くんだよ。後ろ戸からは災いが出てくるからね」
「やかましい!」
腹痛も限界に達し、何より蓮が重症のため、俺たち二人は土井の肩を借りてそれぞれの行き場所に向かった。まず蓮を保健室に連れて行き、俺はトイレに向かった。用を済ませ保健室に行くと、土井が待っていた。
「一ノ瀬の兄貴。今日は全然相談解決しないうえに男の世話までさせられるってどういうことっすか!」
「いやあ。悪いな。相談解決しないのは百お前が悪いが、俺と蓮のことは世話になったな。代わりに今度お前と合コンしてくれそうなやつでも探しとくよ」
「とか言ってまた今日みたいになるんじゃないすか?俺毎日通いますよ」
恐ろしいことを真顔で言ってくる。
「まじでやめろ」
「分かりました!じゃああの可愛い先輩二人と合コンとかどうすか!それができたら俺も諦めがつくっすよ」
「うーん。絶対無理だろうけど言うだけ言っとくわ」
「約束すからね!」
俺を脅すと土井孝太は帰っていった。そんなこと提案したらまた殴られるんだろうな。




