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一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
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12話 「黒ギャルメイクの下は、大人気アイドル!?」

 学校から家への帰り道、公園の横を通ると、サッカーボールが転がっていた。どうやらボールは誰かの忘れ物らしくて人はいなかった。中学の頃までサッカー部だった俺は、久々に蹴りたい気持ちになり、公園の中へ入るとボールに足をのばした。


ボールを後ろにゆっくり転がし、滑らかにつまさきをボールと地面の間にすりこませると宙にすくい上げる。ポーンポーンとリフティングをし懐かしい気持ちになる。ああやっぱりサッカーは楽しいな。


ボールを高く蹴り上げると、落ちてくるボールをそのままボレーシュートする。壁にぶつかったボールはそのまま跳ね返ると俺の頭を越し、後ろのドーム状の遊具(いくつか穴が空いている隠れ家的なドーム)の中に吸い込まれるようにきれいに入っていった。


「きゃああ!いったあ!」


 誰か中にいたようで小さい悲鳴が聞こえてきた。


「だ、大丈夫っすかリーダー!」

「誰だこらあ!」


 中から女の声がいくつか聞こえてくる。やっべ。人いたのか。中から出てきたのは制服のブラウスを着崩して、袖を肩まで捲り上げ、第一ボタンを開け襟元を大きく開き(胸までは見えない)、シャツの裾を結んで長いスカートを履いたスケバンのような女三人組だった。


「おいてめえかボール蹴ったやつはよお」

「うちのリーダーの頭に当たったぞこら。どう落とし前つけてくれんだおい」


 リーダーと思われる一人を真ん中に取り巻き二人が威嚇してくる。


「てめえ覚悟できてるんだろうなあ痛かったぞおらあ」


 リーダーと思われるやつも乱暴な口調で詰め寄ってくる。


 何よりも目を引いたのはそのケバすぎる黒ギャルメイクだった。バッサバサのまつ毛にガングロのメイク。それに箒のような色に傷んだ髪の毛。


「ケバ…」


 思わず本音が漏れる。


「ケバ⁉てめえケバが第一声ってなめてんのかこら!ぶっ殺すぞ!」


 取り巻きの一人が大声を出す。


「あ、わりい。つい本音が。ケバんなさい」

「ケバんなさいってなんだてめえ⁉煽ってんのか⁉リーダーこいつ舐めてやがります


ぜ」


 もう一人の取り巻きが驚いてツッコむ。


「あ、すまん。あまりに衝撃的な格好すぎてな。悪かったよ」

「おいてめえ。あたいらが誰だか知らねえようだな。いいかあたいらは泣く子も黙る三人組。鬼の月野組とはあたいらのことだ!」


 リーダーと思しきやつがそう言ってドヤ顔してくる。


「聞いたこともないがとりあえずボール当てちゃって悪かったな。大丈夫か?怪我とかしてねえか?」

「おおいもっとビビれよ!普通に心配すんな!いいかあたいらの悪さを聞いたらお前もきっと驚くぜ。そんな態度とれなくなる。ククク」


 などと言って悪そうに笑う。


「「言ってやってくださいリーダー」」

「何と今日はよお、コンビニでレシートもらった後に、店員さんに見えないようにレシート捨て場に捨ててやったぞ!どうだ!ビビったか!悪いだろ!流石のあたいもわざわざもらっておいて捨てるその行為の悪さに手が震えたぞ!」


 驚いたか!悪いだろ!と胸を張る。


「いやそれ良いやつが店員さんにレシートいらないって断るのが申し訳なくて、もらった後に捨てるやつじゃねえか。しかも店員さんに見られたら要らないのに渡しちゃったって気使わせちゃうから見つからないように捨ててるあたりまじでいいやつだし。それを悪いことって思ってるあたり根っからの善人すぎるだろ」

「ち、ちげえよ!勝手にあたいの心を読んでんじゃねえぞてめえ!」


 残念ヤンキーどもは何やら三人集まって輪を作るとヒソヒソ作戦会議を始めた。


「どういうことだ。あれは明らかに悪いはずだぞ。どう考えても一度断る機会があったのに断らなかった方が悪いのにあたいは店で捨てたんだぞ。なんでこれが悪くないんだ」

「あれじゃないですか。その後やっぱり気になっちゃってコンビニ戻ってレシート捨て場から取って帰ったところ見られたんじゃないですか」

「リーダー、あいつ虚勢張ってるだけかもしれませんよ。ほんとはびびってるんじゃないすか。試しにあいつに聞いてみましょうよ」

「そ、そうだな。おいてめえ!じゃあお前どんなことが悪いことだと思うよ」


 リーダーの月野が振り返って問いかけてくる。


「あ?何だ突然」

「いいから答えろ」

「そうだな。例えば中学生にカツアゲするとか」


 俺は思いついたことを適当に挙げる。


「ひっ⁉カツアゲ⁉お前なんてこと言うんだ!まだバイトもできないお小遣いも少ない中学生の大事なお金を巻き上げるだと⁉そんなことできるか!」


 月野がビビって後ずさる。


「じゃあ無免許でバイク運転するとか」

「ひい⁉無免許運転⁉ば、ばか野郎お前それ犯罪じゃねえか!捕まるぞお前!恐ろしいこと言うんじゃねえ!」


 取り巻きの二人もビビって頭を抱えている。


「じゃあ気に入らねえやつボコすとか」

「ひいい⁉お、お、お前それいじめじゃねえか!可哀想だろうが!口に出すのも恐ろしいわ!二度と口にすんな!バカ野郎!」




 また三人で輪を作りヒソヒソ話始める。


「おいこいつやべえぞ。とんでもねえ悪だ。鬼より怖えよ。あたいたちとんでもないやつに絡んじまったかもしれねえぞ」

「ほんとっすよ、あいつ絶対やべえっすよ。キレたら何されるか分かったもんじゃないすよ」

「ほんとのヤンキーですよ。じゃないとあんな悪いこと思いつかねえっすよ」


 何やらひそひそ話しているがこちらまでは聞こえない。


「な、なあ誰か代わりにボール返してきてくんない?」

「い、嫌っすよ!リーダーさっき『あたいにボール当てたやつぶっ殺してやる』とか言ってたじゃないすか!」

「し、しいいいいいっ!聞こえたらどうすんだよ!殺されるかもしれないんだぞ⁉」

「す、すんませんっ」

「と、とにかくリーダーが一番悪口言ってたんだし早く謝って下さいよ!」

「わ、分かったよ」



「お、おいお前!」


 話は終わったのか月野がさっきより離れた位置から呼びかけてきた。


「あ?」

「ひ、ひいっ!い、いえ!、あ、あの、さ、さっきは、いえ、先ほどは舐めた口利いてすみませんでした!」

「「すみませんでしたっ」」


 三人で深く頭を下げる。


「え?いや別にいいけど。謝るようなことじゃねえだろ。ボール当てたの俺だし」

「とりあえずボール返しますね。これどうぞ」


 恐る恐る近づいてくると精一杯手を伸ばしボールを渡してきた。


「サンキュー。最後にもう一回言っとくけどボール当ててごめんな」

「いえいえ。もう全然大丈夫ですので。あのお名前とか聞いてもいいですか?」


 さっきよりずっと丁寧な口調で名前を尋ねられる。


「ん?俺の名前か?一ノ瀬だけど。お前は?」

「はい。自分は月野さくらと言います。楽大高校二年です」

「ん?」


 月野が何か引っかかったらしく声をあげると、まじまじとこちらを見てきた。




 てか同じ学校の同学年かよ。制服いじってるから分からなかったわ。


「一ノ瀬?一ノ瀬英一?あのそっちゅうトイレばっかり行ってるやつ?」

「俺のこと知ってんのか?まあそうだが」

「なんだてめえビビらせんなよな!ただの虚弱かよ!おいこいつ大したことねえぞ」


 今度は安心しきった顔になると急に強気になりイキリ出す。


「んだよてめえビビらせやがってよお!」

「ほんとだよリーダーに謝らせやがって!てめえが謝れよおらあ!」


 ちょっと離れた所から見ていた取り巻き二人も野次を飛ばしてくる。


「あ?だから謝っただろうが。何だお前ら」

「それが人の頭にボール当てたやつの態度かよ。このうんこ野郎がよお」


 月野が威嚇してくる。


「あ?なんだとてめえら。人が黙って聞いてたらよ。バケモンみたいな顔しやがって。このお化けどもが」


 頭にきた俺は言い返す。


「何だとてめえやんのかこらあ」

「調子乗るんじゃねえぞてめえ」


 三下二人が威嚇してくる。


「うっせえてめえらさっさとアマゾンに帰れ」

「誰がアマゾンの戦士だこらあ!」


 月野が目を怒らせてツッコんでくる。


「リーダーこいつやっちまって下さいよ」

「え?あたいがやんの?あたい喧嘩なんかしたことねえけど…。

しょ、しょうがねえ

から今日のところはみみみ見逃しといてやるよ」


 どもりながら後ずさる。


「お前らさっきから思ってたけど絶対ヤンキーじゃねえだろ。一体どこの部族のもんだよ」

「うるせえこのうんこ野郎が!」


 取り巻きがキレる。


「「う・ん・こ!う・ん・こ!う・ん・こ!う・ん・こ!」」


 取り巻きがうんこコールしてくる。


「うんこコールするんじゃねえブスどもが!小学生以来だようんこコールされたのはよ!」


 このブスどもが。これでもくらうがいい。俺は近くに落ちていた水鉄砲を拾うと真ん中のリーダーに向けて発射する。


「おらあ!」

「うわっ」


 月野に命中し、化粧が崩れぐちゃぐちゃになった顔を隠すように両手で顔を覆った。


「これで少しはマシな顔面になるだろうよ。ありがたく思いな」


 そして俺はこの不良もどきどもを分からせてやるために武器を鞄から取り出した。


「おらあ!トイレットペーパーだぞ!」


 トイレットペーパ―をぶんぶん振り回し威嚇する。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ」

「ひ、ひいっ!こ、こいつ鞄からトイレットペーパー取り出しやがった!気持ち悪!」

「おらあ!うんこ付いてるかもしれんぞお!いいのかおらあ!」

「ぎゃあああ逃げろー!うんこ付けられるぞ!変態だー!」


 二人は逃げて行ったが、メイクと水で顔がぐちゃぐちゃなリーダーは逃げ遅れたようで、両手で顔を覆いながら一人パニックに陥っていた。


「おらあ。お前は逃げなくていいのかあ?ほれほれ。うんこついちゃうぞお」

「て、てめえ近寄んなくそがあ!」


 リーダーの月野は後ずさり、しりもちをついた。そのまま女の子座りをしてパニクる。


「んー?そんな口の利き方していいのかなあ。ほんとにつけちゃうぞお。ほれほれ」

「きゃあああああああああ!今髪にちょっと触れたあ!やだあ!やめてえ!」


 可愛い悲鳴を上げながらも意地でも顔を隠し続けている。そんなに素顔を見られたくないのか。


「ほれほれほれ」

「いやああああああ。ごめんなさい!もう文句言わないからつけないでえ!」


 足をガクガクさせながら絶叫しガチでビビっている。


「お、おい。そんなに絶叫することねえだろ。嘘だよ。本当はうんこなんかついてねえって」

「ほ、ほんとに?ほんとについてない?」


 などと可愛らしく問いかけてくる。


「ほんと。てか髪もカツラかよ。濡れてぐちゃぐちゃだから取った方がいいぞ。俺のせいだけど」

「あ、ちょっ、待って!」




 カツラを取るとそこにはサラサラのピンクの髪があらわになり、取り返そうと顔を押さえていた手がどけられると、クリクリの大きな瞳に、筋の通った鼻、プルプルの唇の美少女が現れた。


 そして俺はその顔を知っていた。俺どころか日本中で知られているのではないだろうか。それはつい先日テレビCMで見た顔だった。飲料水のCMで、飲み物を飲むだけでさまになるなと思った。なんとそいつは大人気アイドルの月花つきはなリサだった。


「え?お前その顔…」

「ち、ちげえし!似てるだけだ!てめえ人に言ったら分かってんだろうな!ぶっ殺すからな!」


 急に乱暴な口調に戻ると顔を赤らめ先ほどの女々しいリアクションを否定する。


「いやどう見ても本人だろ。声までそっくりだわ。なんでお前こんな不細工なメイクしてんだ?」

「うっせえてめえには関係ねえだろうが!」

「ていうかお前泣いてんのか?そんなに怖かったのかよ。いや悪かったな。まさか泣いちまうとは。ほら涙拭けよ」


 俺は鞄からあれを取り出すと渡す。俺は女の子の涙を拭くためにこれをいつも持ち歩いているのだ。こういうところでできる男とそうじゃない男との差が生まれるよな。


「べ、べ、べ別に泣いてねーから!バカが!てかトイレットペーパー寄越すんじゃねえよクソがてめえ汚えんだよ!ハンカチ寄越せよボケが!」


 なぜか怒ると俺の手をはたいて拒む。ちなみに女の子座りしたままだ。


「いやあそれにしてもあの人気アイドルがこんなヤンキーみたいなことしてるとはなー。ネットに

『なんか人気アイドルの月花リサがスケバンの格好でアホみたいなケバい黒ギャルメイクしてうんこコールしながら絡んできたなう』

って投稿しよ」


「てめえやめろくそがあ!ぶっ殺すぞお!あたいはしてねえだろうが!」


 慌てて俺の手からスマホを奪い取ろうとするが避ける。


「あれ?お前別に月花リサじゃねえんだろ?じゃあ関係ねえじゃん」

「ぐっ。わ、分かったよ。そーだよ。あたいは本当は月花リサさ。だからやめろ」


 諦めたように観念すると白状する。まあほんとはSNSなんてRINEくらいしかしてねえけどな。


「何で人気アイドルがこんなことしてんだ?」

「話さなきゃいけねえのかよ」

「嫌なら無理して話さなくていいけど」


 正直なところそこまで興味もないしな。


「…別に。そんな大した理由なんかねえさ。ストレスたまるからだよ」

「へえ」


「まあ俺には分からない世界だしな。でも大変そうだよな芸能界なんて」

「ふん」


 お前に何が分かるんだという顔で鼻を鳴らす。


「あ、そうだ。あれやってくれよ。『君の瞳にリサビーム♡』ってやつ」

「嫌だね絶対やらねえ」

「ちぇ。ファンサ悪いな」

「お、お前あたいのファンなのか?」


 少し嬉しそうな驚いたような顔で聞いてくる。


「いや全然?お笑い芸人のうんこぶりぶり軍団の方が好きだな」


 正直あんま知らんしアイドル自体そこまで興味がない。


「鼻ほじりながら言うんじゃねえよ!なんでそんな聞いたこともないクソみたいなやつらよりあたいの方が下なんだよ!」


 心外そうな顔で怒ってくる。


「ばっかお前うんこぶりぶり軍団舐めちゃいけねえよ?『お腹痛い人あるあるぅ』なんて超面白えからな」

「てめえくらいにしかウケねえだろうが!」

「俺だってお前のことそこまで知らねえぞ?ただお前くらい有名だと興味なくてもテレビによく出るから勝手に覚えちゃうんだよなあ。あ、そうだお前今度『うんこぶりぶり軍団好きなんです』って宣伝しといてくれよ。


『お腹痛い人あるあるぅ!ぶりぶりぶりぶりだんっ!マジでヤバい時神に祈りがち!』とか言ってさ」


 あれまじ面白えよな。


「言えるかボケが!あたいのファンが激減するだろうが!そんなくそみたいな芸人はさっさと解散しろ!てめえもとっととくたばりやがれ!」

「そんなに怒んなよ。顔に水かけたことは悪かったよ。まさかあのモンスターの下がこんなべっぴんさんだとは思わなかったんだよ。ああそれとも泣かせたことまだ怒ってるのか?」

「な、泣いてねえっつってんだろ!あれはてめえのかけた水だよ!てか誰がモンスターだこら!カツラ返せ!」


 俺の手からカツラを奪い取る。


「リーダー!大丈夫ですかー!警察連れてきたんでもう大丈夫っすよ!」




 声の方向を見ると入り口の方にケバギャル二人と一緒に警察官がこちらに向かって歩いてきていた。

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