表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ノ瀬英一のおバカ譚  作者: 八野はち
10/68

9話 「中二病は簡単にはなおらない」

 その日の放課後。いつもより早い時間に、もはや日課となってきた部活へと向かうと、ドアの隙間から怪しげな声が聞こえてきた。


「テキオンクシナシヨ。ラタッテキオ。アナイナガウショウモ。ゾウチャシラズタイトイナキオ。イエ。アキャ。ヨノンテッワサコド。ネノタテキオウモ。チッエノンクブノシヨ。アアアアタキチュシキオネ。カスデゲロエテンナレソ。ヨハトンベイノギツ」


 何だこの変な呪文は?不思議に思い部室の中をそっと覗いてみると、二夕見が一枚の紙きれを真剣な表情で見つめながら唱えていた。そのすぐそばでは蓮浦が温度計と、あれは湿度計か?を持って立っている。こいつらは一体なにをしている?


「はあっ。ダメね。どうして何も起こらないのかしら。今回は絶対ホンモノのはずよ」


 二夕見が不満げな顔で紙を見つめる。


「なあもうやめよう。あいつら来たらどないすんの。うち絶対見られたくないんやけど」


 蓮浦は恥ずかしそうな顔でドアの外をちらちら気にしている。


「大丈夫よ。いつもはもうちょっと遅いから。それにしてもなんで何も起きないの?


 この紙は私の見立てだと羊皮紙で、遠い昔に魔術師によって書かれたものなのよ」


「そんなん古本屋の汚い本なんかに挟まってるわけないやん。誰かの落書きに決まってるやろ」


 蓮浦が呆れたように言う。こいつはバカなのか?というかほんとに何やってんだこいつは。やってること黒森と大差ねえぞ。


「だって見てこの紙。ちょっと他の紙と違うのよ?それに上の方に書かれたこの文字、調べてみたらギリシャ文字よ⁉日本人の誰かに伝えるためにあえて日本語で書き記したのよ。


 錬金術の本にこの紙が挟まってたのよ?この本を売った人はきっとギリシャの人で錬金術を使うような日本の誰かの手に渡るまで古本屋で眠らせておくことにしたのよ!そこに運命に導かれて私が来たのよ!」


 どうやら筋金入りのバカらしい。なんだこいつ痛すぎるだろ。完全に拗らせてやがる。


「あんたそんな大きな声でしゃべって一ノ瀬君とかに聞かれたら終わりやで?中二病治ってないことばれてまうで?りんごちゃんのこと言えないし」


 蓮浦が頭を抱える。そういうことか。なんで黒森の言葉に身をよじったり恥ずかしがったりしてたのか合点がいった。こいつも中二病だったのか。なんかやけに庇うし入れ込むなって思ったら。ていうか今も黒森ほどじゃないにしろかなり怪しいがな。だが残念もう手遅れだぜ。これは良いことを知った。ぐへへ。


「中二病は治ったもん!今は現実との区別もつくから!それに私はSFや超常現象なんかが好きなだけで別に普通だから中二病じゃないわ。そういう時期もあったかもしれないけど」


 二夕見が小賢しい言い訳をする。俺からしたら似たようなもんだ。


「あれもようこんなに集めたなあ」


 そう言って蓮浦は部屋の奥にあるしきりで隠された棚を見る。前から気にはなっていたんだが、あそこには何かあるのか?二夕見が近づいていきしきりをどかす。するとそこには、大量のフィギュアが並べられていた。


「あれじゃなくてUMAフィギュアよ!可愛いでしょ⁉高かったんだから!ひとつひとつが本当に精密に作られていて、質も触感もこだわりぬかれてるのよ!」


 本当に嬉しそうに、ない胸を張りながらドヤ顔で自慢する。


「この子たちは私の宝物よ。お家だとママが嫌がるから学校に置いてるけど、毎日ピカピカに磨いてるし」

「それは嬉しそうで何よりやけど」


 蓮浦も苦笑いしている。そりゃそうだ。なんだその趣味の悪いプラモデルは。どこが可愛いんだよ。人間食いそうなバケモンがうじゃうじゃいるじゃねえか。どんな感性してるんだ。


「でも、悪くはないか…」


 ぼそっと聞こえないようにつぶやいた。


「そんなことより今度こそ詠唱を成功させなきゃ!これは彼女の残したメッセージでもあるんだから!きっと魔法が発動すれば何か映像とかも出てくるのよ」


 ビデオメッセージかよ。てか都合よく女って決めつけんなよ。


 二夕見はしきりを元に戻すと、再び先ほどの紙を持って元いた位置に戻る。


「もうなんでもええけど」


 投げやりになった蓮浦が温度計と湿度計を持って準備する。


「さっきの続きからね。よし」


 二夕見が紙に書かれた文字を読み始める。


「ネクルアウノイサレオ。ナカウコカベノラ。ドケタッモオッテ、タッダンタチオウションジンシタシダエマノコ。ナラカエネサルユラエマオ。タキテシライライ。カウヨミッテイギツテシオナリトヲキ。イホ。チュッチュブラキスイダキシュキシュ」


 それにしてもこの呪文は聞いているとどこか寒気がするというか嫌悪感を感じる。


 なぜだ?


「うーんだめねえ。何が原因?」


 二夕見が不思議そうに腕組みをして頭をうならせる。


「あっ分かった!予備動作が必要なんだわ!」


 閃いた!とばかりにしょうもないことを提案する。


「なんでもええけどあんまり時間ないで」

「なんでこんな簡単なことにもっと早く気が付かなかったのかしら!」


 もう私ったらドジ。などと言っている。アホも加えとけ。


「ンクシナシヨエネ。ノルアガノモイアシタワ。シタワ、ネワエレソ。ノテタテメキッテンクシナシヨハテメジハシタワ。ネテシクシサヤ。レガアシメ。アナイナガウショウモ。ラカダンナンサウボネウボマア。ウフォウフォウフォウフォウフォ。エゼタキテッギタ」


 などと言いながら、紙に向かって右手をかざし、手を近づけたり遠ざけたりしている。今度はシュババババッと手を高速で動かしたりしている。二夕見俺恥ずかしいよ。


 とその時、俺の頭に何かが止まった。何かと思い掴んでみると、ゴキブリだった。


「うぎゃああああああ!」


 俺はすぐさまゴキブリを遠くへぶん投げると、悲鳴を上げて部室へ転がり込む。


「「きゃあああああああ」」


 二夕見と蓮浦も突然叫びながら走りこんできた俺に驚き悲鳴を上げる。


「なになになになに⁉」


 二夕見は詠唱を止め、俺を凝視する。


「どうかしたの⁉」


 地面に座り込んでいる俺に近づいて問いかけてくる。自分が手に持っているものを隠すことも忘れている。しかしすぐに思い出した蓮浦が温度計と湿度計を隠すと、二夕見を無言で軽く小突く。


「あっ」


合図されて思い出した二夕見もすぐに紙を自分の後ろに隠した。


 やべえ思わず中に転がり込んじまったよ。にしてもあのゴキブリ許せねえな。俺の頭皮が臭いとでも言いてえのか。とか考えてる場合じゃねえ。何か言い訳を考えねえと。


「いやあ、部室に向かってたら突然未確認生命体が追いかけて来てな。びっくりしたぜ」

「え⁉うそ!ほんと⁉」


 二夕見が食いついた。


「ブーン」


 しかしここで突然さっきのゴキブリが部室の中に入って来た。


「うおお!おいてめえこっちくんな!俺になんの恨みがあるんだよ!俺の頭が臭いとでも言いてえのか!」

「「きゃあああああああ」」 


 二夕見と蓮浦は悲鳴を上げると頭を抱えその場にしゃがみ込む。


「あんたトイレから仲間連れてきたわね!日頃の復讐のつもり⁉」


 二夕見がビビりながらも強気に、同じように座り込んでいるこちらを睨みつけてくる。


「誰が仲間だ!捕まえてお前の髪の毛につっこむぞ!」

「そんなことしたら許さないから!」


 結局しばらく飛び回った後、部屋から出て行った。


「ふう。しつこいやつだったぜ。最初は思わず叫んじまった。まさか頭に乗っかるなんてな」

「ん?あんたいつ頭に乗っかられたわけ?」


 二夕見が形のいい眉毛をキリっとさせてこちらを見つめてくる。


「え、いやそれは」


 げっ。しまった。


「さっきやんな?あれあんたが連れてきたんやろ?盗み聞きしとったな?そう言えばUMAに襲われたとか怪しい言い訳しとったしな」


 蓮浦がジト目でこちらを見てくる。


「へえ⁉じゃ、じゃあ、わ、私が、あれしてるところも、ぜ、ぜんぶ見られたってこと⁉」


 二夕見の顔がどんどん赤くなっていく。仕方ない。隠すのは無理だ。こうなったら。


「はあっ!シュババババッ!」


 先ほどの二夕見の真似をして手を高速で動かし、口で効果音を鳴らす。


「いやああああああ!真似すんじゃないわよ!あ、あんたにだけには絶対にバレたくなかったのに!この変態!出歯亀!痴漢!」 


 顔を真っ赤にし、罵声を浴びせてくる。


「うんたらこーたらノータリンバカタリンカネタリンタンバリン」


 手をシュババババッさせながら適当に呪文を唱える。


「全然違うわよ!バカにすんな!もう最悪!よりによってこいつに見られるなんて!」

「心配すんな。お前が中二病だってことは百人くらいにしか言わねえから」

「今まで会話したことのある人全員に言ってようやくそのくらいよ!誰にも言うんじゃないわよこのクズ!」


 二夕見が鋭いツッコミを入れる。


「お前ら黒森のこと言えねえじゃねえか」

「う、うちはちゃうからな!ただ協力してただけやし!別にそういうの信じてるわけやないから!」


 蓮浦はこの痛い女と一緒にされたくないらしく、頬を赤く染め、恥ずかしそうに言い訳してくる。


「てかその紙切れちょっと見せてくれないか?なんか気持ち悪くなるんだよそれ聞いてると。一体なんて書かれているんだ?」


 俺は二夕見に紙を貸すように催促する。


「それはあんたが邪悪な魂を持った獣だからよ。きっとこの呪文は悪しきものを苦しめる呪いだったのね!」


 二夕見がなるほどとばかりに手をポンとうつ。やかましいわ。なわけあるか。


「いいからよこせ」

「あちょっと!」


 二夕見から紙を奪い取ると呪文を読んでみる。


「カバノダタハシタワ。モカナケヌマ。ベスケリツッムノダタ。タブスメナンランイ」

「あんたごとき低俗な輩にこんな高尚な呪文が使えるわけないでしょ。早く返しなさい」


 横でグチグチ言ってくる二夕見を無視し、他にも続く文字を目で追っていると、俺はあることに気づいた。


「おいこれ反対から読んだら日本語だぞ」

「「ええっ⁉」」


 驚いた二人が声を上げる。


「ちょっと貸しなさい!」


 二夕見が俺から紙を取り上げると、文を後ろから口に出して読んでみる。


「私はただの馬鹿。マヌケなカモ。ただのムッツリスケベ。淫乱なメス豚。ヨシナシの嫁」


 二夕見が読み終わった後唖然として何も言えずに固まっている。


「ぎゃははははははっ。何がギリシャの魔術師だ!バカにされてんじゃねえか!真面目な顔してこれ読んでたの面白すぎだろ!ひいっ」


 俺は腹を抱えて笑う。蓮浦は頭を抱えている。二夕見はようやく頭が現状を理解し、怒りのあまりプルプルしている。


「まだあるから続き読んでくれよ。もしかしたら最後に錬金術について何か分かるかもしれねえぜ」


 二夕見が続きを読み始める。


「こんな本買うやつはちょっと妖しい紙切れが挟まってるだけですぐ騙されるとみたお。でもほんとはワイが鼻ほじりながら適当に書き殴ったのに本物の呪文だと思ってるのワロタ」


「嘘でしょおおお⁉きゃあああああ!」


 二夕見が悲鳴を上げるとすぐさま紙を地面に叩きつける。


「私この紙寝る前に枕の下とかに置いてたんですけど!無理無理無理っ!何よこいつ!キモすぎ!帰ったらすぐに捨てないと!ていうかずっと触りまくってたあ!いやあああああ!」


 そう言って叫びながら急いで手洗い場へ駆け込む。「ムリムリムリムリ」と言いながら石鹸で念入りに洗っている。


「し、しお大丈夫?できものとかできてるんちゃうか?」


 蓮浦が心配そうに見に行く。どういうことだよ。


「大丈夫みたい。多分直接じゃないからかな。あーもうお家帰ったらこれが触れたもの消毒しないと。最悪捨てるのも出てくるわね」


 俺は地面に捨てられた紙を割りばしでつまんで机の上に置くと、軽く目を通す。


「おい。手洗い終わったら続き読んでくれよ。これ面白すぎる」

「バカ言うんじゃないわよ!そんなばっちいもの早く捨ててきて!これが挟まってた本も処分するわ!もはや有害指定図書よ!」


 二夕見が吐き捨てるように言う。


「いやそれがこれ最後らへんに錬金術について少し触れてるんだよ。声に出して読むと何か起こるらしい」


 もちろん大嘘だが。これはお前が呼んだ方が百倍面白い。


「嘘つくんじゃないわよ!そんな粘着質ニートなんかに何が分かるってのよ!」


 二夕見が俺に噛みついてくる。


「はあ。これは人類の進歩を確実に大きく進ませる内容が書かれているんだけどな。実に残念だ」


 はあ。とわざとらしく大きなため息をつく。


「そ、そんなにすごいこと書かれてるの?」


 二夕見がそわそわしだす。


「あかんよしお。あいつ嘘つきや。あんなヨシナシにそんなこと書けるわけないやろ」


 蓮浦が止めようとするが二夕見にはもう届かない。ヨシナシを悪口みたいに言うなよ。全国のヨシナシくんに謝れよ。


「ちょっとだけなら読んであげてもいいわ。ちょっとだけよ?」

「はあ」


 蓮浦がこめかみを痛そうに押さえる。


「どれどれ」


 戻ってきた二夕見が先ほどの続きから読み始める。


「女が俺の持ってた本所有してるって考えるとなんか興奮するから『私は』って書いたんご。男は触んなぼけかす。俺以外の男はみんなクタバレ。とくにイケメンは許せんお。ああなんか萎えてきたお。ワイの嫁癒してくれお。いくお?


『私はマツダヨシナシが好き』


読んだ?っしゃ!興奮してキタんご。


『ほんとはヨシナシのことなんて好きなんかじゃないんだからねっ。ウソ。ほんとは大好き』


うっひょう。ったくしょうがねえから付き合ってやるお。はい初めての大好きもらったんごー。ひゃっほう!」


「どこに価値があんのよ!汚いもの読ませんじゃないわよ!」


 机に置いてあったお茶のペットボトルで俺の頭をはたいてきた。


「待て待て待て!まだ終わってないから!最後にあるから!」

「ていうかこいつほんまにきもいわ。死ね」


 蓮浦が唾をはきかける。おいおい。全国のヨシナシくんに失礼だろうが。それにしてもこいつは分かりやすいキモオタだな。


 二夕見がどうせここまで読んだのだからとやけになって続きを読む。


「『ヨシナシくん起きて。起きてったらもうしょうがないなあ。起きないといたずらしちゃうぞ?えい。どこ触ってんのよ⁉もう起きてたのね!ヨシナシくんのエッチ!』


寝起きシチュ来たああああ!それなんてエロゲですか?次のイベントはよ。


『ねえヨシナシくん。渡したいものがあるの。それわね、わ・た・し。私初めてはヨシナシくんって決めてたの。優しくしてね?召し上がれ』


もうしょうがないなあ。甘えん坊さんなんだから。フォウフォウフォウフォウ!たぎってきたぜえ!もう初めてはワイがもらったんご。絶対誰にも渡さないお!


ちょっとすっきりしたからもう終わるお。反対から読んで何を読まされてたのか気づくのが楽しみだお。それじゃあワイの嫁また会おうお。離れていてもワイと君は一つになった絆があるお。次からは本に挟まってるものを簡単に信じたり触ったりしちゃだめだお」


「うおりゃああああ!」 


 二夕見が俺の靴をはぎ取ると全力で机の上の紙を何度も叩きつける。


「このっ!変態がっ!あんたが!言うんじゃ!ないわよ!よくも!私に!こんな!汚いもの!読ませて!くれたわね!」 


 ひとしきり叩いた後、二夕見は今度は俺の頭をスパンとはたく。


「この嘘つきが!この私をたばかったわね!あんたもこいつと一緒に鼻血出て死ぬまで鼻くそほじってなさい!」


 俺に怒鳴り散らした後は、蓮浦に泣きつく。


「えええええええええええんっ。汚されたああああ!一ノ瀬に汚されたあああ!秘密もばれたしもう最悪うううう!うええええええええええんっ」

「よしよし大丈夫やでー。そんなんただの音読や音読。本当に大切な人ができた時に初めて心から言う日が来るからその日がしおの初めてやから。な?それに一ノ瀬君も当然黙っててくれるから大丈夫やで。な?そうやんな?」


 急に声を低くした蓮浦が反社みたいな目つきで睨みつけてくる。


「そりゃあもう誰にもいいませんとも!個性よ個性!そのプラモデルも素敵!」

「やって。一ノ瀬君反省もしてるもんなあ?」


 再度分かってるやろな?みたいな顔でこちらを見てくる。


「心から反省しております!今度から鼻ほじってるやつみたらその指折ります」

「やって。次から鼻ほじったら指折ってええんやって。よかったな」


 あれ?俺の指が折られちゃう感じ?


 てかそんなに嫌だったか。悪いことしたか。たしかに男嫌いだもんな。こんな男でも嫌いになりそうなやつの相手させられたら泣きもするか。


 

 結局二夕見は部屋を掃除するために帰っていった。蓮浦と二人残され、俺たちも帰ることにした。二人とも部室を出ると鍵を閉める。なぜか蓮浦が俺のことをなぜかじっと見ていることに気づいた。



「何だ?」

「……」



「しおのことやけど」


 何かを決めたかのように軽く頷くと話しかけてきた。


「ん?」

「あの子あんたのことだいぶ気に入ってると思う」


 突然何を言い出すんだ?見当違いもいいところだぞ。


「は?あいつが?どこが?」

「あの子がこんなに男子と仲良くしてるのなんて見たことないし、こんなに楽しそうなのも初めて見た」

「何言ってんだ?喧嘩してるだけだろ。あいつ俺のこと大嫌いだろ」


 なぜあんなに拒否反応すら示していた相手にそんなこと言うんだ?


「しおは本来男が大嫌いやねん。小さい時に不審者に連れて行かれそうになったのがトラウマでそれ以来男が苦手になってしもうたんや。男に触れられると拒絶反応が起こってじんましんができる。やからあんたのこと殴るときも物使ってたやろ」


 そう言えば俺を殴る時もペットボトルや靴を使ってたな。


「…そうか。だから最初あんなに拒絶されたのか。でも俺は特に嫌われてると思うけどな」


 この前靴で踏まれたが物越しは大丈夫なのか。


「違う。しおは本当に嫌いなやつのことは無視すんねん。教室でもあの子可愛いから最初男子が何人も話かけにきてたけどみんな無視されてたんや。しつこいやつは私が蹴り入れたったけど。だからあんなに男子と話したり喧嘩したりするしお見たことない」


 蓮浦が真剣な眼差しを向けてくる。


「おかしいな。俺は初対面で顔面にスプレーぶっかけられたけどな。まあなんにせよあんなん好意って言わねえよ」

「あんたは分からんかもしれんけど私には分かる。あんたのこと気に入ってんねん。

せやからしおのこと傷つけたら絶対許さへんから」


 突然厳しい口調になり目も鋭くなる。


「まあ傷つけるようなことするつもりはないがあいつは生意気だから喧嘩しないのは無理だな」

「それは大丈夫や。今日やって、本来ならあんな最悪な男が触りまくったであろう紙なんか触ったら蕁麻疹出たりするはずなんやけど、なぜか出なかった。たぶんあんたのおかげ?あんたのせい?なんやと思う。あんたと話すうちにリハビリになってんちゃうかな。


それかあんたがそうとう下品やからそれでしおも慣れてキレるんか。まあ実際のところあんた蓮太郎の親友やからそこまで心配もしてへんけどな。けど今回はちょっとやりすぎであの強気なしおが泣いちゃったし、次からは止めてえよ?しおは実は普通の女の子より繊細やから気をつけてあげてな」


「今回は悪かったよ。俺もちゃんと後日謝るよ。てか繊細だあ?まあよく分からんが一応頭の隅っこに置いとくわ。そもそも触れたりなんてしないが」


 泣かせたことは悪いと思っている。


「よろしくな」

「にしてもやけに蓮のこと信頼してるじゃん?」

「はあ⁉別にしてへんし。普通や普通!変なこと言うな。あいつきしょいだけやし」


 急に焦り始める。


「まあいいけど」

「じゃあそれだけやから。あ、そのことも含めて今日のこと蓮太郎には内緒やからな」

「はいはい」

「じゃ、私帰るから」

「おう。じゃあな」


 それにしてもあいつにそんな事情があったとは。ただのクソ生意気な女だと思っていたが。ああ見えて苦労してんだな。今度からはトイレした後はもっときれいに手を洗ってやるか。俺にできることなんてそれくらいだしな。それにあいつの俺に対する当たりの強さはどこか私怨が入っているような気がするし。


 


 蓮浦と別れ職員室に向かう。西校舎から東校舎に着き職員室に入り鍵を返すと河瀬先生に捕まった。


「お、一ノ瀬じゃないか。どうだ調子は」

「別に腹の調子なら万年悪いですけど」

「はあ。そんなことは聞いていないのだがな。今日は終わるのが早いな」

「まあ今日は休みみたいなもんでしたしね。そんなことより先生。俺のアパートの隣にあいつ寄越したの先生でしょ」


 次会ったら必ず文句言ってやろうと思っていたのだ。


「天ヶ崎のことか。いやああいつも面倒がかかるやつだからお前に面倒見てもらおうと思ってな」


 天ヶ崎の奇行を察して頭をかくふりをする。


「あんなやべえやつ見たことないですよ。よくもあんな女押し付けてくれましたね」

「あの子もクラスで浮いててなあ。お前となら仲良くなれるんじゃないかと思ったんだよ。仲良くしてくれてるか?」

「なんか知らんけど懐かれてますね。あいつ友達できたっぽいですしもうそろそろ引っ越しの頃合いじゃないですかね」


 懐いているというかパシリとしか思っていなさそうだがな。


「なにそうか!よかったよかった。あいつも友達ができたか。それはそうとあんな危険なやつをどこぞのアパートに押し付けることはできん。お前が責任をもってちゃんと面倒を見なさい」


 なんぞ言って厄介払いしてこようとする。


「じゃあ先生が見ればいいでしょ!なんで俺なんですか!言っとくけど俺今朝ゲロぶっかけられましたからね⁉」

「おっとすまん一ノ瀬。急な会議が入ったようだ。私は忙しいからこれで失礼する」


 などと言って話を打ち切って立ち去ろうとする。


「あ、逃げんな!このアラサー筋肉ゴリラめ!」


 河瀬先生の背中に向かって叫ぶ。


「私はアラサーだが筋肉ゴリラではない!」

「あいたあっ」


 言い逃げしようとしたと思ったらすごい形相で戻って来た河瀬先生に拳骨を落とされた。ちなみに横で会話を聞いていた木山先生は飲んでいた珈琲を吹き出して爆笑していた。


 さらにその吹き出した珈琲は通りかかった池田の股間にかかってお漏らししたみたいになっていた。そして木山先生は「あ、アラサー!ご、ゴリ!ぶはっ」と言っていた。いやあなたもアラサーですからね。




 ぶたれた頭をさすりながらその日は帰宅した。




 そして後日。二夕見に先日の件を謝ったところ、「あんたが謝るなんて気持ち悪い」や「誰かに話したらぶっ飛ばすから」と言われた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ