【恋愛のキュンとなる展開について話そ!】より「だからこそ学生はキュンを模索するのだ」
キーポイントになる展開
母性本能をくすぐる壁ドン
だからこそ学生はキュンを模索するのだ
登場人物の設定
舞台は400年後の高校
壁ドン顎クイが古典芸能になった世界観で、出生率低下を防ぐために壁ドンの復活が今期待されている
人工授精が一般化している
人々の触れ合いレスの加速
西暦2400年。人工授精が主流となり、人間同士が触れ合うことなく結婚出産する現代に置いての大きな課題は、出生率の低下である。そもそも2000年代頃から始まった少子高齢社会において出生率を上げるべくして行われた政策が「人工授精の主流化」であった。
優秀な遺伝子を、女たちが選び、人工授精をして子宮に定着させるやり方は、優秀な子供が産まれやすく、子育てを軟化させ、日本をさらなる発展へと導いた……はずであった。
しかし、予想外の副作用があった。それは性欲や意欲の低下及び、他者との触れ合いを望まない世代の誕生であった。他者との触れ合いを望まない、性欲や意欲の低い人間は、そもそも子供自体を忌避する傾向にある。そのため日本は再びの超少子高齢社会へと足を踏み込んだのである。
そこで政府が注目したのが、2000年代の古典少女漫画である。壁ドンや顎クイなど、今は芸の道に生きるものしか取得していないその技を、若い世代に学ばせることで、再び他者との触れ合いの良さを感じていこうというものである。
まず政府が行ったのは、学校制度の再起である。
古典少女漫画の多くは「学校」という同年代が多く集まるところで行われていた。現在はオンラインで全国どこでも好きなカリキュラムが受けられる制度。それを廃止して、学校制度の復活、若い男女に共同生活を送らせるという画期的なものだった。
賛否両論あったが、この法案は可決され、学校が再び日の目を見ることになった。
私、山田梅子15歳も、この春から「高校」という学校に通うことになった。いわゆるモルモット世代ど真ん中。学校は地区ごとに通う場所がいくつか選べ、ネトゲの友人で家も近かった鬼瓦波亜琉ちゃんと同じ学校に通うことにした。最寄駅が一緒なので、登校も一緒にしている。
「梅子ちゃーん!」
「パールちゃん!」
「ちょっとちょっと! 私の名前そんな大声で呼ばないで恥ずかしい!」
パールちゃんはすごく可愛い女の子だった。けれど、古臭い自分の名前を忌み嫌っている。
パールちゃんと私はいつも改札前で落ち合って、一緒にホームへ向かう。
「梅子ちゃんっていいよね! すっごい今っぽい名前。私の波亜琉っておばあちゃんみたいじゃない? 当て字ってリア古いよね」
「えー、古典少女漫画のちゃおとかに出てきそうな名前で可愛いと思うよ! まじ可愛い!」
「まじ? まじってなんだっけ?」
昨日習ったばかりの古典少女漫画語を使うと、パールちゃんは首を傾げる。
ちょうど電車が来たので、2人で乗り込んだ。この時間は「高校」や「中学」に向かう若者で電車は混み合っている。残念ながら座席は空いてなかったので、ドアを背にしてパールちゃん。そして向かい合うように私が立った。
「覚えてない? 古典少女漫画語で」
実は私は、「学校」に通う前から古典少女漫画が大好きで、カリキュラムでもかなり進んだところまで取っていた。さらには少女漫画だけではなく、古典BL漫画、古典百合漫画、古典TL漫画と、読んでいる古典漫画の種類は幅広いので、実はかなり詳しい。
「あー! 『リア』のことだっけ! まじまじ! 思い出したぁ」
「今日の古典少女漫画の小テストでリア出ると思うんだよね」
「まじまじ! リア出るわー」
そんな話をしながら電車に揺られる。急カーブのところで、後ろから押されて、パールちゃんの方に飛び込むように倒れてしまった。咄嗟にパールちゃんの横のドアに手をついて、パールちゃんに体重をかけないようにする。振り返ると慌てた様子の女の子が頭を下げてきた。
「す、すみません!」
「あ、いえ。パールちゃんごめんね? 大丈夫だった?」
「大丈夫! でもこれ『壁ドン』じゃない?」
「えっ! リアー! 壁ドンしちゃった」
「今日の予習できちゃったね」
そう言ってパールちゃんは「ウィンク」と言う古典芸能を披露してみせた。パールちゃんの「ウィンク」は瞳がまるでキラキラした黒曜石のようだった。
今日の1時間目の古典少女漫画は、古典芸能である「壁ドン」の実習だった。壁ドンとは、古典少女漫画の中でも特別な芸術であり、壁ドンを制するものは触れ合い上級者として認定されるのだそうだ。
「梅子ちゃん相手誰だっけ」
「えっと、山本くん」
「山本花太郎くんかぁ、いいよね、彼絶対遺伝子優秀じゃん! 触れ合っちゃいなよ!」
「そんな簡単に言ってー」
壁ドンの実習での相手は山本花太郎くんは、確かに優秀な遺伝子の持ち主であろう。高身長のイケメンで、頭脳明晰で、入学試験ではトップの成績。体育と呼ばれる体を動かす授業でも、活躍している。さらには穏やかで人当たりもよく、ネットでの荒らし行為もゼロ。確実にA級遺伝子であろうと推測される。
そんな彼との子供だったら、確かにA級遺伝子を持って産まれてきそうではある。産まれた直後にやる遺伝子判定でA級以上が出ると、国が手厚く保障してくれるので、生活面での心配が要らなくなる。無論結婚しなくても生きていける。それはとても魅力的であった。
「でも遺伝子欲しくない?」
「私子供産む時は結婚して産むって決めてるから」
「えーめっちゃナウの子じゃん! よっモルモット世代!」
「そんなんじゃないって」
そんな話をしながら、電車に揺られていた。
*****
「ですから、壁ドンとはときめきそのものなのです。それを踏まえた上で、実際にやってみましょう。みなさんペアの方と壁際に寄ってください」
古典芸能である壁ドン師をしており、この「学校政策」における要でもある古典少女漫画の教師をしている先生は、誰が見ても見惚れるようなイケメンである。壁ドン師は、イケメンでなければ務まらず、その美が落ちた際には引退しかないのだという。花の色は移りにけりなとは、超古典文学で習う短歌だったか。
でも目の前にいる山本くんも、壁ドン師になれそうなくらいには顔が整っている。スッと釣り上がった目尻に、灰色がかった印象的な瞳、ツンと生意気に尖った鼻先に、形の良い桜色の唇が添えられている。いつも笑みを絶やさない山本くんだから、口角は微笑みの形で止まっている。
山本くんが壁ドンの相手役でよかったななんて、現金なことを思ってしまうくらいには、彼はかっこよかった。
「それはまず男性のみなさんは左手で女性の右手を握ってください」
山本くんは、そっと私の右手を取った。人差し指から薬指を優しく握り込むように取ったかと思うとその手を90度回転させて、同じ指同士を絡めるように手を繋いだ。「恋人繋ぎ」と呼ばれる古典芸能だ。400年前のカップルたちはこの繋ぎ方でしか手を繋がなかったのだという。
「山本さん山田さんいいですね! その握り方は恋人繋ぎと言います。きちんと予習しているようですね」
「山本くんすごいね」
「ううん、山田さんも痛かったら教えてね」
なんか手汗とかかいたら一発でバレる繋ぎ方で気持ち悪いなぁと思う。本当に400年前のカップルたちはこの繋ぎ方をしていたのだろうか。古典少女漫画だけの演出だったのではないだろうか。
先生は1組1組握り方を直していって、それから続きを告げる。クラスメイトからも、「なんか嫌な繋ぎ方だね」なんて声が聞こえてきた。
「そうしましたら、右手で女性の左の手首を取って、壁に押し付けます。やってみてください」
山本くんは、徐に私の左手を取って、そっと壁に押し付ける。なんとなく目を合わせづらくて、視線を真ん前にある山本くんの胸あたりに固定する。背が高いから、壁みたいだ。……少し、手が震えている?
不思議に思って顔を上げて山本くんを伺う。山本くんは涙をいっぱいに目尻に溜めて、今にも溢れそうな状態。
えっ、と声が漏れそうになって、なんとか喉の奥で止めた。
頬も真冬に外に出た時のように赤く染まってしまっている。眉尻が情けなく下がっていて、見たことのない山本くんがそこにいた。困っているような、照れているような。
「山本くん? 大丈夫?」
「……こ、こんなの……恥ずかしいよ」
山本くんの掴んでいる両の手が、ギュッと強くなる。ポロリと綺麗な涙が、その赤い果実を撫で伝っていく。
「え、えっちだよ……」
胸がドクンと大きく跳ね上がった。ゾクゾクと何かが背筋を駆け抜けていく。
先生は言っていた。キュンとは経験なのだと。子供が道端の石ころに喜ぶのは、ときめきの経験が少ないから。経験が増えるごとに、ときめきは減っていく。
私は男性のこんな情けない姿、見たことがない。なんでもできる山本くんのこんな姿、見た経験がない。
普段なんでもこなせる山本くんが、優秀な遺伝子であろう山本くんが、これから数多の女子にその精子を提供するのであろう山本くんが。
「真っ赤な顔、みんなにバレちゃうよ」
もっと困らせたい、もっと、泣かせたいと思ってしまった。
「え……?」
虚をつかれた、といった顔をした山本くんの腕の中から、彼の端正な顔を見上げる。
「壁ドンして泣いちゃったなんてバレたら恥ずかしいね」
「な、泣いてなんか……」
山本くんは慌てて右手で目元を拭って、なんでもないよとばかりにもう一度私の左手を取ろうとするので、それを制する。
山本くんは、目で、「何する気?」と訴えてきた。
キュンとは経験らしい。私は、古典少女漫画が大好きである。読書というのは主人公の人生の追体験なのだという。だとしたら古典少女漫画が好きな私は、山本くんよりも触れ合いに対する耐性が高い。
もっと、もっと君の知らない顔が見てみたい。
「私の頬に右手を当てて、できるね?」
「うん……」
言われるがまま、私の左頬に手を当てる山本くん。少し小刻みに震えていて、ほおがくすぐったい。
「そのまま手を顎の方まで持ってきて」
私のやりたいことがわかった山本くんは、やはり真面目に予習してきたようだ。そう、私はこのまま「顎クイ」も山本くんにやらせようとしている。
だって、山本くんがどんな反応するか見てみたくなっちゃったから。
案の定、顔を可哀想になるくらい真っ赤にした山本くんは、目をギュッと瞑って、手を顎の方まで持ってくる。そして、私の顔をその長い指で上に向かせた。
「山本さん山田さんとても良いですね! 顎クイまで予習してきているなんて! なんて優秀なんでしょう!」
先生の言葉に、クラスの視線が一気に私たちに集まる。
山本くんの手は震えっぱなしで、涙を堪えているから顔が険しくなっている。両手が塞がっている彼は、その視線から自分を遮ることができない。
「私に顔近づけたら、その真っ赤な顔隠せるけどどうする?」
「っ、〜〜!」
少し悩んで、耐えきれなくなったのか、私の方に顔を俯かせる。「おぉ!」とクラスがどよめいた。きっと、みんなには「なんでもできる山本花太郎」に見えているに違いない。
自分だけが、山本くんの弱々しい表情を見たのだと思うと、仄暗い優越感が心臓をドクドクと動かしていく。
「山本さん山田さん加点を差し上げます。みなさんもお2人を見習ってきちんと予習をしてくるように」
そういったタイミングで「チャイム」がキーンコーンカーンコーンと間抜けな音を出した。山本くんがびくりと震える。
「では授業を終わります」
弾かれるように私から離れた山本くんは、体育の時に見せた俊敏さで席に戻った。私もその背を追いかけて席に戻る。教師に形式上の挨拶をして、私は山本くんに微笑みかける。
「花太郎くん、案外可愛いんだね」
山本くんは目を見開いて、咄嗟に大きな手で顔を隠した。しばらく睨むようにこちらをみていたかと思うと、ぽそりと呟く。
「梅子ちゃんのえっち」
山田梅子16歳。もし400年前に産まれていたら、「肉食女子」と呼ばれる類であったことを、この時代の人間たちは知らない。
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