【コメディ悪役の魅力や特徴について話そ!】より「あぁ、可哀想な子」
設定
・魔法少女のお父さんが悪の組織の下っぱ
・「人間には悪をなす自由がある!」が決めセリフ
・ノルマがきつくて毎月ヒィヒィしている
・派遣戦闘員
・お互い気づいていないが同じ年頃の娘がいるのでつい守りたくなってしまう
・お母さんは元魔法少女で大恋愛の末に結ばれる
・魔法界は人間界を完全なる秩序で支配しようとしている
この世には人知れずひっそりと暮らしている「魔族」と呼ばれる種族がいる。魔法界という荒れ果てた大地に暮らしている少数民族で、人間界に足を運んで仲良く暮らしている個体もいる。そんな話を、私を魔法少女にしたメロディから聞いた。魔法界を荒れ果てた大地にしたのは、ボウエーイを率いる悪の組織。人間や魔族が喜びや楽しみを感じた時に出る「ハピナル」というエネルギーを奪って発展してきた組織で、魔法界が荒れ果てた今、人間界でたびたび悪さをしている。
ハピナル吸収装置は厄介で、半径3メートル以内にいる人たちのハピナルを吸い取ってしまう。ハピナルを吸い取られると、しばらく無気力状態から立ち直れなくなってしまう。
そこで私たち選ばれし戦士である魔法少女が、ボウエーイたちをやっつけて、みんなの平和を守っている、というわけである。
家族には、ボランティアを始めたと嘘をついて、ボウエーイが出そうなところをパトロールして回る。遊園地などの娯楽施設に、ボウエーイはよく潜んでいる。
「真帆! そこに無気力の人たちが!」
メロディの声にそちらを見れば、フードコートの人々が、疲れ切ったように机に顔を突っ伏している。
「ボウエーイの仕業ね……!」
「真帆もいつでも戦えるようにしておくメロ!」
「了解! 変身!」
人目を避けてハピナルの力で変身すると、姿が人間からは見えなくなる。興味本位で鏡を見てみたら、服装だけでなく、顔立ちや髪色、果ては声まで変わっているため、初めはびっくりしたものだ。それも、メロディたちがボウエーイから魔法少女の身を守るためにそういう仕様にしたらしい。
ボウエーイも変身能力を有しており、姿形を変え、人々からは見えない姿でこっそりハピナルを盗み取っている。しかもボウエーイたちは姿形を変えた上に、同じ仮面を被り、同じ口調で話すため、個体差がわかりにくい。
「どこにいるの! 出てきなさい!」
変身すると全ての身体能力が向上する代わりに、少しずつ自分のハピナルが減っていく。全てのハピナルがなくなると、無気力状態になってしまうため、注意が必要だとメロディに教えられた。
少しでもメロディたち魔族の役に立っていたいと思う。この身が魔族に必要ならば、全て投げ出しても良いとさえ思うのに、優しいメロディはそれを許してはくれない。
「真帆! あそこメロ!」
「そこね!」
ハピナルで練り上げた魔法で低い生垣を攻撃すれば、慌てたようにボウエーイが出てきた。やはり同じ仮面を被り、同じような口調で「逃げるが勝ちだぜぇーい」と言って、ハピナル吸収装置を抱えてスタコラと背中を見せて走り出す。
「待ちなさい!」
ボウエーイは、パッと振り返ると、足元に何か球状のものを投げつけた。そこからもくもくと煙が上がって、あっという間にボウエーイの姿が見えなくなる。
「こらー! 待ちなさい! 逃げるな!」
「待ちなさいと言われて待つやつはいないんだゼぇーい。はっはっはっ」
ふざけた調子で言いながら、笑い声がどんどん遠くに消えていく。ボウエーイは何体もいるはずなのだが、以前も出会ったことのある個体なのか、判断が難しい。馬鹿にされているようで腹立たしいことこの上ない。
声を頼りに煙の向こう側にたどり着いても、そこには無気力な人々が死んだ顔をしているだけだった。
「あぁ! もう! また逃げちゃったじゃない」
「戦う気がないみたいメロ」
「悪なら悪らしく戦いなさいよ!」
私が地団駄を踏むと、メロディが優しく「まぁまぁ」と宥めてくれた。
*****
パトロールも終わり、家に帰って、夕食の手伝いをする。夫婦共働きの私の家は、家事はみんなでが基本だ。今日の夕食は和食で、品数が多いので、料理から手伝った。
私は父も母も大好きだ。怖いと思ったことなんて一度もなく、いつも穏やかでニコニコしている2人は、私の憧れのカップルでもある。結婚するなら、私も父と母のような関係になりたいと思っている。思春期の今、以前のように甘えることはできていないが、それでも大好きなことに変わりはなかった。
そんな父が、今日は特に疲れた顔をして遅く帰ってきた。まさかボウエーイの仕業か?と思い、夕食を食べながら探りを入れる。
「お父さん今日はいつにも増して疲れた顔しているね。なんかあった?」
「んー、まぁちょっとね」
父は言いづらそうに苦笑いを浮かべる。「あ、これ美味しい」とナスの揚げ浸しをもぐもぐと咀嚼してから、父は言葉を続けた。
「お父さん今月内勤が多かったから、まだ必要なノルマが達成できていないんだ。それで少し言われてしまってね」
「そうなんだ」
どうやらボウエーイの仕業ではないらしい。少しだけホッとする。
父の仕事は、自衛隊などが使う備品の孫請けと聞いているが、ノルマなんてものがあったのは初めて聞いた。そういえば母とは仕事を通じて知り合ったと言っていたはずだ。
「いつもノルマって達成しているの?」
「お父さんがそっちの仕事もし始めたのは先月からなんだよ。どこも人員不足で、2人分の仕事やらされているんだ」
「それって大変じゃない。上の人に言ってどうにかできないの?」
父が体でも壊したら大変である。過労で倒れるなんてことがあってはならない。父はご飯のおかわりをしにキッチンに向かった。炊飯器からご飯をよそいながら、私の質問に答えていく。
「部長なんかは4人分くらいの仕事しているからなぁ。とてもじゃないけど弱音吐ける状態じゃないね」
「働くって大変だなぁ……」
私はまだ中学生だから実感ないけれど、いずれ我が身も社会の歯車になるのかと思うとゾッとする。それまでに魔法界に移住してしまおうか。いや、魔法界は荒れ果てた大地をどうするかで、もっと大変そうなんだった。
「それより真帆、ボランティアの調子はどうだ?」
「あぁ、うん、そうだね……」
今日逃したボウエーイのことを考えてげんなりする。戦う意志が全くないからか、いまだに私は1人も捕まえたことがない。先輩の魔法少女には、捕まえてハピナルを取り返した人もいるらしいから、まだまだ精進せねばなるまい。
「なんか、悪いことする奴ってどこにでもいるよね」
「悪いこと?」
父が怪訝そうな顔で聞いてくる。少し愚痴りたい気分だった。
持っているだけの箸を閉じたり開いたりしながら私は嫌そうな顔をわざとらしく作った。
「いるの、私たちの邪魔というか、不快になるようなことを平然とやってくる悪い奴らが」
「それは困ったね」
「悪人だけど逮捕できないから困ったもんだよ」
すると父は少し考えるように箸を止め、それから置いた。きょとんとそれを見守ると、父は穏やかな顔で私を諭す。
「悪、と一口に言ってしまうのは簡単だけれど、『そうしなければいけない理由』はちゃんと聞いたのかい?」
「そうしなければいけない理由?」
うん、と父は頷いて続ける。
「たとえば、食べ物をよく盗む子がいるとする。食べ物を盗むことは悪だ。でもそれが病気の母親に何か食わせるために仕方ない手段だったとしたら? その子は悪人かな?」
私も箸を置いて考えてみる。もし母が病気になってしまい、父は頼れず、お金もなく、その日暮らすのに精一杯だとしたら? 食べ物を盗まないと母が死んでしまうかもしれないとなったら?
そう考えてみると、一方的に悪だと決めつけるのは早計な気がした。
「根っからの悪人……ってわけじゃないと思う。悪にならざるを得なかっただけで」
「そうかもしれないね。物事の一側面だけ見て、判断するのは良くない」
そういうと、父は何かを堪えるような、苦いものを飲み下すような顔をした。
「人には、悪をなす自由がある」
ボソリと自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、何故だか私の耳にこびりついた。
「でも、真帆はいろんな視点から見ることができる子だと信じているよ」
一転して、明るい笑顔で言う父。きっと触れてはいけないだろうと感じ取って、私もわざと明るい調子で返す。
「うん、お父さん!」
「ほら、真帆もあなたも早く食べちゃいなさいな」
「はーい!」
会話に手が止まりがちなのを見ていた母が、タイミングを見計らったのか、促してきた。そうして口に含んだ味噌汁は、我が家の味つけでとても美味しい。
信頼に応えたいと思うと同時に、やはりこの人たちを守りたいと決意を新たにした。
*****
翌日はどこまでも澄み切った青空。よく眠った私の心も晴れやかである。今日もボランティアと称して市内パトロールに勤しんでいた。デパートなどを回る予定だ。デパートの屋上にある簡易的な遊び場に、ひどくやる気のない親子がぼんやり座っている。
またボウエーイの仕業か!
「変身!」
人目を忍んで変身し、ボウエーイを探す。思った通り、自販機の陰にボウエーイは潜んでいた。そっと近づくも、ボウエーイはこちらに気づいて脱兎の如く走っていく。
「待って! 話がしたいの!」
昨日父との話を踏まえた上で決めたことだった。一度ボウエーイと話してみる。何か悩みがあるなら解決してあげたい。そんな風に思っていた。
「待てと言われて待つやつはいないぜぇーい」
デパートの屋上から、隣のビルの屋上にボウエーイが飛び移る。見失わないようにそれを追いかけて、私も宙を駆ける。青空を泳ぐような気持ちでジャンプして、難なく隣のビルに着地する。そしてボウエーイを捕まえようと手を伸ばす。
「お願い! 話がしたいだけなの!」
「君に話せることはないんだねぇーい」
ふざけた口調ながら全力で逃げるボウエーイと、追う私。
屋上のフェンスの外に出て、再びビルを渡ろうとしているボウエーイに、半ば特攻のつもりでタックルする。捕まえた! と思った腕はあっさり交わされて、代わりに目に入ってきたのは、遠い遠いコンクリートの地面。
しまった! 落ちる!
思わずギュッと目をつぶった瞬間、腕をぐいっと力強く引かれた。
何かを、今、思い出したような、
「危ないぞ! 死にたいのか!」
ボウエーイがふざけた口調をかなぐり捨てて怒鳴ってきた。
今になってドッドッと心音が強く体に打ちつける。確認してみれば、ボウエーイに腕を掴まれた状態で、ボウエーイの上に尻もちをつく形で助けられていた。
「あ、あの、ありがとう……」
「びっくりした! 娘がエスカレーターから落ちかけた時くらいびっくりした! こっちには敵意ないんだから! 死なれた困る! あ、困るぜぇーい」
「もうそれいいんじゃないですか……?」
普通に話せることが判明してほっとした反面、やっぱりおふざけだったんだなと確信する。
カァー、カァー、とカラスが間抜けな鳴き声を出したのが、遠くで聞こえた。いそいそと助けてくれたボウエーイの上から退いて、質問する。
「というか敵意ないんですか?」
「私たちは魔法少女に対しては敵意はない。だからいつも逃げの一手だろう」
「そうなんですね」
敵だと思っていたのはこちらだけだったらしい。ではボウエーイは魔法少女をなんだと思っているのだろうか。
「あの、話がしたいんです。ハピナルなんで奪うのかとか」
「……今日は魔族の連れはいないのか?」
「メロディのことですか? 今日は別行動してます」
するとボウエーイは何かを逡巡するように目を閉じた。5秒ほど待っていると、目が開かれて、「お嬢さんだけなら話をしてもいい」とビルの端に腰掛ける。隣に座れとばかりに叩くので、おとなしくそこに座る。見渡す限りの青空に腰掛けているような気になって、ぶらんぶらんと足を揺らすと「危ないぞ」と注意された。
娘と言っていたし、結構歳上の人なんだな。声の低さからいって男の人。
「まぁ、どうせ無駄だとは思うが」
「無駄?」
「何が聞きたいんだい?」
そういったボウエーイは、知らない人のはずなのに、どこか懐かしいような、安心する声色をしていた。たとえ仮に知り合いだとしても、変身すれば声も変わるので、知っているはずのない声なのだが。
「えっとボウエーイさんは」
「うん」
「なんでハピナルを奪うんですか?」
「人間たちを守るシステムを稼働するためだ」
「人間を守る?」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。魔法界を荒れ果てた姿に変えたというボウエーイたちは、人間界も滅ぼそうとしているのではないのだろうか。何かに追い立てられるかのように、心臓が嫌な音を立てる。
「君に言っても信じないだろう」
「いえ、あの……はい。信じるか信じないかは、話を聞いてから決めたいです」
咄嗟に否定の言葉が出たが、すでに今信じられていない状態だ。嘘をつくのは良くないと、現状できるだけの回答をすると、ボウエーイは仮面の下で小さく笑った。
「君は私の妻によく似ている」
「妻?」
「あぁ、昔魔法少女をしていたんだが、色々あって今はこちら側だ。その妻が魔法少女をしていた時の猪突猛進さがそっくりだ」
驚きだった。かつても魔法少女をしていた人がいて、今はボウエーイ側についている。これが本当だとしたら、何故この男の妻は寝返ったのだろうか。
ふぅ、とボウエーイは息をついた。なんて言おうか悩んでいる様子だった。色々聞きたいのを堪えて、青空を見て言葉を待つ。
「……魔族は人間を洗脳によって支配しようとしている」
「そんなことない!」
半ば条件反射だった。自分でも驚くような大きな声が出て、目を白黒させる。
「話を聞いてから決めるんじゃなかったのか?」
「すみません、体が勝手に」
本当に、勝手に口から飛び出してきたのだ。
ボウエーイは仮面の下で、目を細めてから、再び話を始める。
「魔族は好き放題に資源を食い散らかして、魔法界を荒れ果てた大地にしてしまった。そこで目をつけたのが、資源の豊富な人間界だった。まだ人間界では知れ渡っていないハピナルエネルギーを使って、人間たちを洗脳して支配しようとしている。それに対抗する組織が私たちボウエーイが所属する人類防衛軍だ」
「嘘よ!……あ、ごめんなさい」
話がしたいと言ったのは私なのに、否定の言葉が出てきてしまう。言うつもりがないのに、出てくる言葉は、まるで自分ではないみたいだった。
「嘘と思ってくれても構わないがね。それで、洗脳を跳ね除ける結界を今日本は張っているわけだ。それには莫大なハピナルが必要だ。私たちの仲間は、度重なるハピナルの提供で廃人になってしまったものもいる」
「廃人?」
「おや知らないのかい。ハピナルが低くなりすぎると廃人になってしまうんだ」
思わず「そんな」と声が漏れる。「そんなことない」と続けたかったのか「そんなことがあったのか」と続けたかったのかわからない。ただ、信じられない話をされているのに、不思議と仮面の下の目は嘘をついているようには見えなかった。
「それで私たちは、一般市民から、少しずつ徴収するようにしている。楽しい気持ちがなくなってしまうことを誰が積極的にやれるだろう? 結局陰でこそこそ取るしかなくてな……人には、悪をなす自由がある」
ボウエーイがボソリと呟いた言葉に、びくりと反応してしまう。父と同じ言葉だ。それを皮切りに、一気に信じたいと言う思いが、頭にぐるぐる蠢いてきた。それは、今までの常識が覆ってしまうほどの衝撃だった。魔族が人間を支配しようとしている? 何かの間違いに違いない。そう思う心と、信じたい気持ちがぶつかり合う。まるで、まるで
「私たちが悪じゃない……」
「魔法少女はより強い洗脳を受けてしまった女の子たちと認識している。君たちを敵とも悪とも思ったことは一度もない」
「そんな……」
そんなのって、ない。と続けたかった。
「信じるかどうかは君が決めなさい。私にできるのはここまでだ。今日はもう帰りなさい」
手を引かれて、外階段からビルの下まで降りていく。カーンカーンという足音が2つ、頭の中で警報のように鳴り響いている。この男の言うことを信じてはいけないと思う反面、どこかで疑っていない自分がいる。何か、腑に落ちている自分がいる。私が洗脳されているなんてそんなことあるわけないのに、どうしても男の言葉を疑えない自分がそこにいる。
地上まで辿り着くと、ボウエーイは私の頭を少し撫でた。
「すまない、ちょうど同じくらいの娘がいてね」と言って、憐れむような目でこちらを見てきた。
「私たちは、君たち魔法少女のことも守りたいと思っていることだけは、信じてほしい」
そう言い残して立ち去ろうとするボウエーイに、思わず声をかける。
「あの……っ!」
言いたいことが見つからない。ボウエーイの言っていることを手放しに信じることはできない。けれど、今まで「真実と思ってきたもの」も信じていいのかわからなくなった。
胸の前で両手を握りしめて俯くと、再び、頭に温かい手が添えられた。何か、懐かしい感じがする。
「っ、」
声にならない声は、それ以上ボウエーイを引き止めることはなく、彼はあっという間に姿を消してしまった。
これからどうすればいいのか、私は何を信じればいいのか。無性に父と母に会いたかった。会って、あの大きな胸に抱かれたい気分だった。
「メロ! こんなところにいたメロー!」
「守るべき」メロディが腕の中に飛び込んできた。どうしてここがわかったのか、なんかよりも、今は聞きたいことが山ほどありすぎる。お父さん、お母さん、私はどうしたらいいの。
「ねぇ、メロディ。私に嘘ついてないよね?」
「メロ……?」
愛くるしい顔が心配そうに見上げてきた。腕のなかの小さな生き物が、必死にこちらに手を伸ばしてくる姿は、庇護欲をそそられる。
「どうしたメロ? なんかあったメロ?」
もしボウエーイの言うことが真実で、メロディの言っていることが嘘なのだとしたら。魔法少女として過ごした日々が、ボロボロと音を立てて崩れ去っていく感覚がした。私はただ、魔族の力になりたいと思っていただけなのに。
あれ? そもそも私なんで、
「私なんで、メロディの味方になったんだっけ?」
メロディの顔が、にっこりと不自然に歪んで、
あぁ、可哀想な子。すぐに元に戻してあげるね。
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