【シンデレラストーリーを嫌味なく書くにはどうすればいい?】より「※この物語はフィクションです」
ヒロインの設定
パーマのかかったボブ
書籍出版を目標にしたVtuber
数年鳴かず飛ばずだったが、ふとVtuber苦労話暴露エッセイを執筆して、それがバズって書籍出版になる
「以上、妖、絡新婦、雲ノ須ないないでした。みなさんご自愛くださいませ」
マイクをミュートにして、エンディングを流す。待っていると、今来てくれていたリスナーから、「おつないない」「ないないお疲れー」とのコメントが流れてきた。はぁー、と深いため息を吐きながら、配信終了のボタンを押す。
雲ノ須ないないはVtuber歴3年の中堅Vtuberである。
と言っても登録者数は1000人ちょっと、同時接続数も5人行けば良い方という、3年という月日を考えれば、「売れていない」と言っていいレベルのVtuberだ。やっている歴が歴だけに収益化はしているが、メンバーシップ加入者はほんの一握り。私を盲目的に押してくれる人なんておらず、なんとなく惰性で入ったままなんだろうなと、こちらも薄々勘付いてしまう。
「やっぱ向いてないのかなぁ」
初めからゲーム配信はしないと決めていた。Vtuberとしてのバズよりも目指すべきものがあったからだ。
「今日アップした小説はどうかな……」
スマホで「小説家になろう」のユーザーホームを立ち上げる。今日投稿した小説、「創作企画配信小説」はブクマ5件のままであった。
雲ノ須ないないはVtuberである。けれど、ゲーム配信はしていない。ないないは「書籍出版を目指すVtuber」であろうと、3年前に決めた。夫との話し合いで決めたことだった。だから、不要なゲーム配信などはせず「創作企画配信」という、リスナーと一緒に設定を決めていく配信をして、後日その設定で小説を出す。という特殊なVtuberの形をしていた。
雲ノ須ないないの成り立ちは実に単純であった。
「私」は高校時代に統合失調症を発症して以来、社会と関わったり関わらなかったりを繰り返しながら生きてきた。10年かけて寛解まで持っていき、結婚、出産。10年かけて治した統合失調症は、産後のホルモンバランスの変化で呆気なく、前よりもより酷い状態となって再発した。
何が自分の被害妄想で、何が現実で起きたことなのかわからない。
常に怒られている気がする。
自分の存在が、生まれてきたばかりの息子に悪影響だと思って何度も自殺を図る。
息子が0歳児の時は常にそんな感じで、かろうじて霞食って生きているような、そんな精神状態だった。
主人の判断で金に物言わせて保育園に入れて、毎日8時間ただゴロゴロと休む生活を1年続けるうちに、段々と症状は落ち着いてきた。そうすると今度は、誰かと話がしたくなってくる。
主人は多忙だ、高級取りに比例するように、難しく忙しい仕事。代替のいないその仕事は、「私」の話相手になるために蔑ろにして良いものではなかった。
息子は言葉が遅かった。ペラペラと話し始めたのは3歳になる頃で、それもまたよちよちと話すので何を言っているのかわからない。
大人の、きちんと安定した大人の話し相手が欲しかった。
そんな中思いついたのがVtuberである。毎日8時間ゴロゴロしている間に、うっかりハマったVtuber。彼らは皆お話好きで、しかも面白い。ずっと聴いていても飽きない魅力がある。
あれに、「私」もなれたら。
そう思ってからは早かった。Vtuberのモデルの相場を調べあげ、お願いしたいパパママさんを見つけ、値段を提げて夫に交渉する。夫は「君が元気になれるならいくらお金使ったて良いんだよ」と言ってくれた。早速Vtuberのモデルの依頼をする。
けれど、Vtuberにはテーマが必要だ。Vtuberには「〇〇Vtuberです!」と一言で自分が何者かを表せる肩書きがないといけない。「私」はそれを悩んで夫に相談した。
「小説家を目指すVtuberってどう思う?」
「いいと思うよ。君に合ってる」
そうして「雲ノ須ないない」の肩書きが出来上がった。
元々ゲームは得意ではないため、ゲーム配信はなし。創作企画配信というコンテンツを考え、それで小説を書いていくVtuberなんて面白いんじゃない? と心躍らせた。
だが現実はこれである。
「あーあ、ヒカキンにディグられてぇ……」
Vtuberとしても、WEB小説家としても底辺の、何者でもない「雲ノ須ないない」になってしまった。せめてどちらかが上手く行けばよかった。どちらも鳴かず飛ばずの3年という月日は、「私」の心を折るには十分だった。
「もう引退しようかな……」
最近ではVtuberのことを考えても、小説のことを考えても具合が悪くなる。主人にも「少し長い休みとった方がいいんじゃない」と何度も言われている。ここまで続けてきたのはもはや意地以外での何者でもない。
寝室から、主人のいびきが聞こえてくる。Vtuberや小説の活動のために、主人や息子に我慢を強いてしまったこともある。もう、潮時な気がしていた。
「でもなぁ」
少なからず未練はある。やっている間は、確かに楽しかったのだ。苦しいこと、不安なことばかりの創作系Vtuber生活だったけれど、やっている間は楽しかった。そのことが、「私」の後ろ髪を引いていく。
「よし」
せめて、最後の手向に、自分のVtuber生活を振り返ってエッセイにして投稿しよう。後のことは、主人と話し合って決めよう。そう決めて、「私」はいつも執筆に使っているテキストアプリを立ち上げる。
何を書こうか。どうせ最後だ。隠してきたことも全部書いてしまえ。書き出しは、そうだな。「私」の好きな作品のリスペクトをして「恥の多い妖生を過ごしてまいりました」でいこう。
そして、テキストアプリにどんどんと文字を打ち込んでいく。
高校生の時に統合失調症を発病したこと。10年かけて完治したが、産後うつをきっかけに再発したこと。Vtuberは話す相手がいれば元気になるんじゃないかと思って始めたこと。登録者が増えれば嬉しいこと。登録者が減れば具合が悪くなること。自分の声が死ぬほど嫌いなこと。小説のブクマがついた時の嬉しさ。小説が評価された時の嬉しさ。同接0人の時の心境。1人でもコメントしてくれる人がいる時のありがたさ。伸びない自分の情けなさ。何度も小説を書いては消しを繰り返していること。伸びていく同期を見送る辛さ。人と比べては自分の心の醜さに落ち込む日々。上手い小説を読んで心が折れた日。もう引退しようと思っていること。
一心不乱に書いていれば、いつの間にか朝日が部屋に差し込んでいた。時刻は5:39。流石に寝ないとまずいと思い、保存してパソコンを閉じようと思った。
けれど、なんとなく。
今を逃したらこのエッセイは2度と世に出ることがないんじゃないかと思った。だって「私」の妖生が詰まっている。恥ずかしくてファイルごとゴミ箱に入れる可能性のが十分に高い。そう思ったらなんだか悲しくなった。
せめて、2日間だけ。
この配信のない土日の2日間だけ、世に出そうと思った。推敲も何もしないまま、3000字程度のキリのいいところで区切って小説家になろうに予約投稿していく。折角なので7:00から1時間ごとに投稿されるようにしてみた。これなら常に更新された作品に名前が乗るだろう。どうせなら見てもらえる可能性が高い方に賭けてみたかった。
そうしてパソコンを閉じ、寝室に向かって、わずかばかりの睡眠を取った。
土曜日は眠くて午前中どこにいく気にもなれず、主人と息子を公園へ送り出し、惰眠を貪った。午後は買い出しに出かけ、薄着になってきた息子の長袖や半袖を買い込んだ。買い物をすると少し気分が上向くのはなぜだろう。最近自我が出てきた息子は「それはやだ!」とか「これがいい!」と自己主張することもあるけれど、煽てれば「私」の勧めた服も着てくれる。ちょろくて可愛いと思う。趣味全開のピンクも、息子に着せればかっこよく決まる。
さすが「私」の産んだ子。顔が良い。
そんなこんなで土曜日を過ごし、日曜日はアンパンマンミュージアムへと出かけた。息子は幼い頃からアンパンマン、特にばいきんまんが大好きで、バイキンメカをたくさん覚えるくらいにハマっていた。なので、アンパンマンミュージアムに行っておけば大抵ご機嫌なのだ。母はすごい疲れるけど。
統合失調症は喧騒などで症状が悪化することがあるため、基本的にはショーの場所取りでゆっくりしている。ちょっとだけ、ライバー用のスマホを持ってくればよかったなと思ったが、持ってきてしまえば、金曜日に更新したエッセイの評価が気になって仕方がないだろうから、やめて正解だったと思う。エッセイを書いてから配信部屋に置きっぱなしなので、そろそろ充電が切れている頃だ。その方が精神衛生上いいだろう。
アンパンマンミュージアムから帰る車内で、Vtuber引退を考えていることを主人に告げた。主人は「最近辛そうだったしいいんじゃない」と軽い口調で言った。「俺は君が元気になってくれれば何してても、何もしてなくても構わないんだよ」となんてことないように続けた。
翌朝、息子を保育園に送っていき、ようやく決心して配信部屋に入る。スマホの充電はやはり切れていた。充電器を指して、しばらくすると、勝手に電源がつく。
「……は?」
そこにあったのは、Youtube+99件の通知だった。
「なになになになに、「私」なんかやった!?」
慌てて充電コードを引っ提げたままYoutubeアプリを開く。通知の内容を見てみると、登録者のお知らせが半数、コメントが半数といった形だった。
「なになになになに、何が起きた」
慌ててコメントを追っていくと、そこには「なろうからきました」「エッセイ読んできました」などの文字が並んでいる。ドクドクと同期がして、一瞬気が遠くなる。緊張状態の時に起きる眩暈の症状だった。大きく3度深呼吸をして、震える手で「小説家になろう」を開く。
「星4桁!? てか5桁行けそう!?」
信じがたいことに、あの推敲も何もしていない徹夜で書いたエッセイがバズっていた。そこからたどって登録してくれた方々、ショートやアーカイブにコメントをくれた方々がいらしたらしい。それで+99の数字が達成されたというわけである。
「ま、待って、状況が、状況が掴めない」
本当は今すぐ主人の声を聞いて落ち着きたかったが、すんでで押し留めて、メッセージアプリで「電話したい」と送る。しばらくYoutubeのコメントに返信していると、電話がかかってきた。
「どうした?」
主人の声はどこか切羽詰まっている。「私」がそういうことを言う時は大概体調が悪い時だからだ。
「あ、あの、その、ね」
「落ち着いて、大丈夫、深呼吸だよ。吐いてー、吐いてー」
数度深呼吸を繰り返し、なんとか息を整える。
「で、どした?」
「なんか……バズった」
向こうで「へー良かったじゃん」と相変わらず軽い調子の主人の声が聞こえた。
息子を迎えに行き、主人が帰ってくるまで、ずっと頬擦りをしながら「ねぇママバズったんだよすごくない!?」と言い続ける。息子はわかっているのかわかっていないのか「よしよし」と「私」の頭を適当に撫でながらアンパンマンの映画を見ていた。主人が帰ってきたので、やっと息子を解放し「おかえり」もそこそこにスマホを見せる。そこにはもう少しで登録者5桁に届きそうな数字が。
「見て見てー」
「おー! すごいじゃん! めっちゃバズってんじゃん!」
「すごいでしょー! それから、ほら!」
「小説家になろう」の星の数も見せる。朝から更に増えて、もう少しで万に届きそうだ。
「良かったねー頑張ってきたもんね」
「うん!」
「で? 引退はどうすんの?」
主人はニヤニヤと、答えはわかっているとばかりに聞いてきた。
「いやぁ……」
息子の寝かしつけを主人に頼んで、配信部屋にやってくる。発声練習をして、それから少し本を読む。いつものルーティンだ。その間にも、コメント欄には「待機」と書いてくれる人が何人もいた。今日の配信はいつもの創作企画配信だ。でもこの同接数で果たしてコメントを捌き切れるのかわからない。それでもやるしかないと配信をつける。
マイクのミュートを外したのを確認して、小さく息を吸った。
「皆さんこんばんは、妖、絡新婦、雲ノ須ないないです」
※この物語はフィクションです
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