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3話

 その翌日、綾が学校に登校すると、有季は既に座席で友人達と談笑していた。


 教室前方廊下側の席だ。周囲には女子が三名、男子が二名。誰も彼も華やかな外見だ。


 クラスカーストという言葉があまり似合わない仲のいいクラスではあるものの、もしもその言葉を適用するのなら、そこに居るのがカーストトップの面々だろうか。基本的には容姿端麗で、成績優秀または部活動で活躍し、かつ発言力の高いメンバーの集い。


 綾とはあまり接点が無いものの、一学期丸々一緒に過ごせば毒の無い良い連中だと分かる。


「あー! あー、嫌なこと思い出した! もうすぐ中間だ!」


 その内の一人、小柄で元気に満ち溢れた帰宅部の女子生徒である遠藤が、真後ろの有季の机にもたれかかりながら叫ぶ。喧しい。


 綾が自席に向かいながら半眼を向けると、有季が苦笑しながらそれに応対していた。


「良い機会だし、ちゃんと勉強すれば? このままだと進学も就職も大変でしょ?」

「私はいいの、Youtuberになるから! インフルエンサーになって暮らすの」

「そっちの道にも相応の苦労はあると思うけど」

「賢い大人みたいな説教は止めてくださーい。あーあー、学年トップは良いなあ。進路の心配とかしなくていいんだもんね。今回だってさ、全教科満点を取るんでしょ?」


 有季は前からもたれかかってくる遠藤の頭部にチョップを落とし、諭す。


「流石に全部満点は無理だって。人間なにかしらミスはするよ。だから勉強も心配もする」


 すると、遠藤の隣の席でスマートフォンを弄っていた男子生徒が、足を組んで視線を飛ばす。


「でも茅野、一学期末は全教科満点だったろ。職員室で話題になってたぞ、開校以来だって」


 その男子の名前は篠崎。眼鏡をかけた痩身上背で、整った顔立ちからファンが多いサッカー部だ。彼が記憶を辿るように言うと、有季は苦々しい顔で「偶然だよ」と誤魔化す。


 だが「偶然で満点取れれば苦労はないだろ」と篠崎に正論を言われ、有季は黙った。


「お医者さんの家系なんだっけ? 凄いなあ、良いなあ」


 遠藤が憧憬と羨望を瞳に呟くと、篠崎は腕を組んで目を瞑る。


「妬んでもどうしようもないだろ。どう考えても茅野の出来は俺達とは違う」

「それはそうだけどさあ……いいなあ、私も当然みたく上位成績を取ってドヤ顔したい」


 そんな天井人を語り合うような会話を、有季は複雑そうな表情で黙って聴いていた。


 そして、その様子を遠巻きに眺めながら教室後方にある窓際の自席に着いた綾は、鞄を置いて嘆息をこぼす。今までは然して気にも留めなかったが――確かに、好成績で当然というあの雰囲気から漂う期待と、それに伴う重圧は日常的に晒されるとストレスになりかねない。


 人間、何かしらの悩みを抱えているものだな、と有季の横顔を眺めていると、


「おはよ、何見てんの?」


 前の席の女子生徒、高木がスマホを触りながら振り返る。進級以来の友人だ。


 背丈は中背、髪はウェーブのかかったボブ。耳には大量のピアス穴が開いているが、学校には付けてこない分別はあるらしい。


 綾はそっと有季から視線を切ると、何事も無かったように呟く。


「おはよう。そろそろ中間考査だと思ってね」

「あー、ね。でもお前、勉強しないんだから関係ないじゃん」

「憂鬱じゃなくてただの感想だよ」

「随分と余裕のご様子で」

「授業を真面目に受けてるからね。高木とは頭の出来が根本的に違うの」

「その台詞は成績に大差付けてから言えよな。誤差だろ、誤差」

「大差付けて言ったら挑発じゃなくて嫌味だろ」


 「確かに」と感心する高木。綾は欠伸をしながら席に座って一限目の支度を始める。


 すると、高木の更に一つ前の席に座っていた女子生徒が綾の登校に気付き、友人達との談笑を打ち切ってこちらに駆け寄ってくる。小柄で、年中カーディガンを付けている少女だ。


「おはよう綾! 私を見ろ!」


 可愛らしい声でそう言って綾の前で大きく手を広げ自分を誇示する少女、森下。社交的で愛嬌があって、毒が無い方の遠藤と呼ばれているこのクラスの二大小動物の片割れである。


 綾は手を止め怪訝そうな目で森下を見て、高木は何やら呆れたように額に手を置いて「いや無理だって」と何やら呟く。「何の話?」と綾が聞けば、森下が答えた。


「今日の私は昨日までと何かが違うの。何が違うでしょうか!」


 面倒くさい彼女みたいなことをしてくる森下を、綾は苦笑しながら見る。そして高木を見ると「私は間違えた」と言って肩を竦める。「だろうね」と綾も呟いた。


 そこまで特定個人を常日頃から観察している訳でもない上、見たところ大きな違いは感じられない。サイゼリヤの間違い探しみたいなことをさせられている気分だった。


 綾は適当に間違えて詫びて話を終わらせようかとも考えたが、それではあんまりにも森下が可哀想なので仕方がなく机に肘を付いてジッと彼女を見詰める。頭から爪先まで流し見るも制服に何か手が加えられた形跡はなく、髪型にも変化はない。少し髪を切ったとかだろうか、とも思ったが――少なくとも確信を持てるレベルではない。何より、その辺の無難な回答は高木が言っていそうだ。彼女が間違えたのなら違いそうだ。


 と、彼女のきらきら輝く顔を暫し眺めた綾は「ああ」と思わず声を上げて授業の仕度に戻る。


「リップ、変えたんだ。可愛いね」


 高木が眼球が飛び出んばかりに目を見開き、森下は興奮しながらその場で足踏みする。


「うっそぉ」

「ほら、ほらね! 綾は分かるの! よく見てくれてるんだから!」

「これも分からないようじゃ駄目だよぉ、高木ぃ」


 勝ちが確約されてから鬼の首を取ったように間延びした嘲笑を向けてやると、「うっざぁ」と彼女は青筋を浮かべた。そして森下は柔らかそうな唇を嬉しそうに撫でながら自席に戻っていき、二人でそれを見送った後に顔も合わせず言葉を交わす。


「お前、意外とよく人を見てるよね」

「高木がそう言うんならそうなのかもね。……まあでも、アレは普通気付けない」

「でしょ? アイツと付き合ってなくてよかった。アイツ彼女にしたら絶対面倒くさいよ」

「大抵の人間はそうだって。近付けば近付くほど悪いところが見えてくるもんだよ」

「解像度の問題か」「そう、解像度の問題」


 数学の教科書とノートと筆記用具を卓上に置いてブレザーのポケットに手を突っ込むと、高木もそれに倣うように鞄から勉強道具を引っ張り出して置く。彼女は「そうだ」と振り返った。


「今日、カラオケに行くけど綾も来る? 陸上辞めて暇だろ? 森下と渡辺が来る」


 すると二つ前の席の森下と渡辺が、名前が上がったことに気付いて高木越しにこちらを覗き込んで手を振った。綾は軽く手を振り返しながら「あー」と言いづらそうな顔を作る。


「基本暇なのは間違いないんだけど、暇だから家のバイトを毎日突っ込んでるんだよね」

「またか。お前はいつもバイトだね。もしや苦学生か?」

「金には困ってないけど、ただ、ひたすら高木が言う通りに暇なんだよ。部活も辞めたし。まあ、真夜中とかは全然空いてるし、最低二日前までに言ってくれれば平日も空けられるよ」


 すると高木は肩を竦めて前に向き直った。


「高校生の遊びなんて当日決行が基本だろ。それじゃあ誘いづらいって」

「土日とかは大体前もって約束するでしょ。懲りずにまた誘ってよ。寂しいじゃんか」

「はいはい。ま、気が向いたらね」


 彼女の『気が向いたら』は多くの場合『最善を尽くす』の意であることを知っているため、綾は「さんきゅ」と言いつつスマホを取り出して触り、ふと、小さな欠伸をこぼした。

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