モードレッドの死に戻り/乾きの泉の村
ここは何処だ——
目を開けると岩と草が迫ってくるような窪地に倒れていた。
俺は身を起こし眩しさに目を細めた。
そこはなだらかな丘の間にある谷で、岩がゴロゴロ転がり、枯れ草の広がる荒野だった。
ビュゥゥゥ……
遮るもののない丘を風が吹き抜けてゆく。
ふと、目の前に洞窟があることに気が付いた。いや、洞窟というよりは岩の間に空いた隙間といったほうが適当だろうか。
それは生き物のように身を捩り、地底へ誘っているかのように思えた。
呼吸は岩壁に反響し、開いた口へと俺を誘う。
少し入ったあたり、岩の隙間に革袋を見つけた。
手を伸ばし引っ張り出すと、ボロボロと砂が崩れて、この狭い隙間ごと崩壊するんじゃないかと一瞬手を止める。
袋は砂を被って滑りやすくなっている。気を取り直し、落とさないよう慎重に引っ張り出す。
果たしてそれは、端を雑に縫われただけの革袋だった。羊の皮だろうか。形も歪で品物としての価値は低いと言わざるを得ない粗末な品だ。固くごわついており、カビや罅割れが目立つ。相当古いものなのだろう。
中には針が入っていた。他に入っていたものと言えば、砂くらいなものか。
さらに奥へ行くには狭すぎる。何より暗すぎて進むことは出来ない。手持ちは麻の服とベルトに皮の靴、そして今しがた手に入れた皮のふくろと針だけだ。
針は骨を加工して作られた物らしかった。長さは小指二本分くらいの素朴な品だ。だが、それ以上に何か感じるものがあった。俺を導き、指し示すかのような、何かだ。
俺を導く——何処へ? そもそも俺は何者か。
そのとき風が吹き抜け、問いに答えるかのように、透明感のある乳色の針は手の平の上で回転した。
「導きを示せ」
俺は半ば無意識にその言葉を口にし、針へ息を吹きかけた。
【探針】励起——
するとどうだろうか、針はひとりでに回転し、とある方向を指し示した。太陽を背にした方角。丘の向こう。
俺は立ち上がった。
どんな困難だろうが、騎士とは打ち勝つもの。
そう、俺は騎士だ。騎士モードレッド。それが俺の名前。戦場へ戻るのだ。
足。手。腹。首。狼の牙は容赦なく、俺を切り裂く。
俺は意識を手放した——。
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俺の父はアーサー王。偉大なる円卓の王。
怒り、恨み、憧れ、様々な感情が俺を苛む。何に怒り、恨んでいたのか。思い出せない。
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目を開けると岩と草が迫ってくるような窪地に倒れていた。
俺は身を起こし眩しさに目を細める。
そこは荒野で谷だった。
ビュゥゥゥ……
遮るもののない丘を風が吹き抜けてゆく。
夢だったのか。どういう訳か前に目を覚ました場所と同じようだ。高い雲が凄まじい速さで流れ去る。
狼に付けられた傷はきれいさっぱりと無くなっていた。持っていた革袋も無い。
目の前には洞窟がある。そして革袋もあった。戻ったのだ。死に戻り。死ぬとこの場所に戻る。そんな輪廻に絡めとられてしまった。
何か質の悪い呪いにでもかかってしまったのだろうか。呪い——?
【探針】
針の指す先へ向かえば再び狼の餌食になってしまう。
焦燥感に急かされるように、左手の方向へ向かうことにした。丘の上へ上がった。
「チュー——」ネズミが数匹、草と岩の間を横切っていった。
狼の目を警戒して草の間から丘の向こう側を覗き込む。
針の指す先、丘の向こうに煙がたなびいているに気が付いた。人の棲家があるのだ。規模はわからない。集落かもしれないし、巨大な都市群の最縁部かもしれない。
ふと、向かいの丘の上に動く影があった。狼の群れだ。身を低くする。
丘の向こうへ去った、と思いきや、再び丘の上へ現れる。そんなことを繰り返している。
記憶にある狼とは何か違う気がする。違和感を感じた。
人の棲家の近く、それも昼間に狼の群れに遭遇することなどまずない。嫌な予感がよぎる。
——ともあれ、選択が必要だ。丘を大きく迂回し狼をやり過ごすか、彼らが去るのを待つのか。
影が揺れていた。
集落へたどり着いた。
人の影が立ち上がり、蜃気楼のように揺らめいている。あれはいったい何なのか……。
あれから、針の差す先を人の棲家から狼の群れに変更した。針が動かなくなったら十分離れたと判断し、棲家まで直進したのだ。
つよい疲労を感じた。針を使うと消耗するのかもしれない。
集落は小さいものだった。家の数から見て1000人も居ないだろう。だが、家に人は住んでいるのか疑問だ。
影を警戒しながら慎重に中の様子を窺う。
人の気配が無い——。
影は俺に関心を持っていないようだった。目の前を横切っても揺らめくだけ。顔は虚空を見つめていた。
家の中を覗くと、生活の後は残ってはいたが、人の気配は無かった。
この集落は何もかもが異様な有様だった。
裸足の足跡を見つけた。ブリテン島では靴を履いて生活している人間は多くは無い。影では足跡を残すことは出来ない。人が居るのだ。
——それは植物だった。女性の形をした植物。そうとしか形容しようのないナニか。異様だ。
長い髪をイネ科の葉で置き換え、ある部分は茎、ある部分は芋の葉、とある瞬間の動きのある髪を時間を止めて、植物で置き換えたような、髪。
肌は白く透明感があり、根菜を連想させた。
服はよく理解できないが、生地であるのは確かだ。一部が植物的な組織と一体化しているので、服も植物の一部なのだろう。
森の妖精ドライアド。
俺は狂ってしまったのか。
集落内で一際大きな家。俺の目の前にそれは佇んでいた。
それは口を動かさず、目をつむったまま俺に語り掛けてきた。
『ようこそ、稀人よ』
「あなたはドライアドなのか」
『そうです、私はドライアドのオナシア。ここは人の子の住む場所ではありません。立ち去りなさい』
「立ち去る? どの方向に行けばいい? ここはアルビオンじゃないのか?」
『ここはアルビオンであって、アルビオンではありません』
「どういうことだ。意味が解らない。俺の知っているアルビオンへ帰るにはどうすればいい」
『森にすむエルフに帰る方法を聞きなさい』
「村にいる影は何なんだ」
『あれらはかつての稀人、影ではない事の根拠を失いし者』
「影ではない事の根拠? 何だそれは」
『——』
「あいつらは霊なのか?」
『霊——そうともいえます』
「生命力を失った、ということか」
『そう捉らえてもいいでしょう』
つまり、ここに長居すればああなってしまうということか——あとどれくらいの時間が残されているのか……
「あ……」
再び質問をしようと顔を上げたとき、そこにオナシアの姿は無かった。あるのは木の根だけ。家の中央を支える巨木だけだった。一体俺は何と話していたのか——。
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母がいた。モルゴース。ロット王の妻でアーサー王の妹。
自分勝手で虚飾に塗れた毒婦。
怒り、愛情、諦め。
俺の怒りとは何だったのか。
何を諦めたのか。
思い出せない。
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ぐー
腹が減った。こんな場所に来ても腹は減るものだ。
村の中央には枯れた泉がある。ひび割れた水底を囲むように枯草が寂しげに揺れていた。
岩の淵の泉の水が湧いていたであろう場所には、粒子の揃った砂利がある。この村には水すら無い。
光を放つ何かが動いた気がした。
それは泉の淵にある岩陰に消えていった。顔を上げると岩陰に修道士が座り込んでいるのに気が付いた。人だ。俺以外に迷い込んだ人間がいたのだ。
正面に回り込む。目を閉じて居眠りでもしているかのようだ。項垂れて岩にもたれかかっている。こちらの様子に気が付いた様子はない。幽かに肩が動いているので寝ているわけでもなさそうだ。
ローブの生地は見たことも無いきめ細かさだった。大陸の位の高い司祭なのだろうか。だが、服装はどう見ても修道士のローブだ。
ともあれ、俺は声を掛けることにした。
「修道士殿、突然すまないが、少しいいだろうか」
修道士は億劫そうに瞼を開くと、目だけをこちらに向けた後、息を深く吐き出し顔を起こした。
「何でしょう騎士様」
血の気が無く覇気を感じない。気味が悪い。それが第一印象だった。
ともかく、何だろうと情報が欲しい。希少な話せる人間だ。かまわず質問をすることにした。
「さっきこの村の大きな家で話を聞いたのだが——」
「ドライアドと会ったのですね……」
ドライアドとは一言も言っていないのに、その単語が出てきた。間違いなく、この世界について俺より知識を持っている。アタリだ。
そして、ドライアドは俺の幻覚では無かったようだ。
「この周辺はどうなっている」
「森にはローマ時代の遺構もありますが、住人たちが建材として持ち去っているため不安定です。いつ崩れてもおかしくありません。ただ、森には亡霊が彷徨っています。やり過ごすには丁度いいかもしれません」
「森でエルフに帰る方法を聞けと言われた。森はどの方角だろうか」
「東に一つ丘を越えた先に見えるでしょう……。ここから出るつもりでしょうが、無駄なことです……。あなたも諦めたほうが賢明ですよ……」
「そんなことは、やってみなくては分からないだろう!」
勝手に無駄と決めつけられたことで、思わず声を荒げてしまった。早く戻らなくてはいけないのに——。
修道士は呆けた表情を向けた後、瞬き一つ。一拍置いて口を開いた。
「いずれ、あなたも諦める時が来るでしょう。これを——」
そう言うと、修道士は懐から手のひらほどもある、野ざらしにされた骨のように白い二枚貝を取り出す。
「井戸は枯れました。"山"の方角へ行けば"泉"がありますが、縦穴を降りなければならず危険ですが、喉の渇きは潤せる事でしょう……」
俺が来た方向が南だ。東に森、西に山、があることになる。
修道士はそれだけ言うと、まるで浮遊するかのように立ち上がり、影となって虚空に消えた。
二枚貝を手にする。それは掌より小さく縦に幾筋もの溝が走っていた。それは今しがた地面から掘り出したかのように、乾いた土がこびりついていた。
「探求の地層を紐解き、我が目前に示せ」
【掘削】励起——
二枚貝を地面に突き立てると、溶け去るように地面は窪み込んだ。
貝を突き立てると、土に隠れていた砂利が湧き出てきた。そして、砂利に混ざって金属光沢のある曲線がせり上がって来た。
甲虫だ。銀色の甲虫が地面から現れた。直前に見失った光を放つ何かの正体は虫だったのだ。
その虫は、カサカサと土から這い出すと、俺から逃げようと地面を滑るように走り出した。
その虫に、貝や針のような力を感じた俺は、捕まえようと追いかけることにした。
虫を追って、村はずれの草深い荒地へやって来たときだ。
突然視界が反転した。
井戸だ。草に埋もれた枯れ井戸に転落したのだ。底はすっかり干からびていて、砂利に土が薄く積もっていた。隅の石の隙間には蜘蛛の巣が張り、蛾の死骸がこちらを見ている。
枯れた羊歯の葉が空を覆い、冷気が破れた傷口を突き刺す。
胴を打ち付けたせいか呼吸がひどく浅く、息を吸い込むことが儘ならない。
——古代の巻貝だろうか。見たことも無い奇怪な貝が石の中に埋まっていた。これも何らかの力を感じる。
貝の力で掘り出した。
それは珪化した時間の中、永劫の海を泳ぐ水泡の螺旋。
「其は沈降し巡る者、我が前に水底の門を開かん」
【水中呼吸】励起——
呼吸が楽になった。
その後助けを呼ぶも誰も来ず、凍える夜に体温を奪われ、訳も分からぬうちに意識を失い死んだ。
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落下する——
無限に落下する——
遠くの雲が凄まじい速さで上へ登って行く——
頭を下にして落下しているなら、雲は足元へ向かって過ぎ去って行くはずだ。上を見ようとするが、どうやっても首が回らない。
何処を見ても、凄まじい速さで上昇して行くのだ——
「——ゲホ、ゲホ……」
寒さから咳き込み、始めの洞窟前であることに気が付いた。
死に戻りしたことに気が付かず、しばらく倒れていたらしい。
洞窟前で目覚めるが、魔法を失っていた。洞窟で再び針を得る。
【探針】
とにかく、この奇妙な世界に取り込まれる前に脱出しなくては——。
森へ向かいエルフからこの世界からの脱出法を聞き出すのだ。
森は陰鬱な気配に満ちていた。奥へ進むほどに霧が濃くなっていった。
垂れ下がるコケを払いのけながら進むと、不意に声がした。
「止まれ、人の子よ」
それは尖り耳の男だった。
「エルフか」
「そうだ。お前は何者か」
「俺は騎士モードレッド。アルビオンへ帰らなくてはならない」
「何用か」
「ドライアドの導きにより、この世界から出る方法を教えて欲しい」
「人の子とは礼儀を知らぬようだな」
「失礼した。こちらはエルフの作法に疎い。どうか容赦願いたい」
「我らが王にアーティファクトを献上せよ」
アーティファクトとは針や貝などの事だろう。まるで野盗だ。
「これを進呈しよう」針を差し出すと、エルフは難色を示した。
「陳腐なアーティファクトだ」
どうやら吹っ掛けられているらしい。
「残念ながら手持ちがない。これ以外なら心当たりはあるが、どうする」
エルフの目が細められ、瞬きを一つすると武骨な短剣を構えて威嚇した。
「馬鹿にしているのか。森は我らの領域だ。本来、土足での侵入は許されぬ」
「騎士は信義に殉ずる。これに勝るアーティファクトを持ってこよう。約束する」
「よかろう。もし約束を違えたなら、森はお前を二度と受け入れないものと知れ」
おとぎ話にしか聞いたことが無いが、エルフとはこうも傲慢な種だったのか。
俺は来た道を引き返した。
——お伽話……?
アーティファクトの当てとは、修道士の貝と古代の巻貝だ。巻貝は枯れ井戸の底にあるので工夫が必要だ。
森の出口で少し離れた木の根元に何かを見つけた。明らかな人工物。
どうやらこれも、針や貝などと同じアーティファクトのようだ。
素焼きの陶器の破片だ。丸みを帯びている。恐らく瓶だろう。内側が赤っぽくくすんでいる。かつてはワインがなみなみと入って、持ち主の喉を潤したことだろう。
この地ではワイン用のブドウ栽培は殆ど行われていない。専ら大陸から入ってくる。ローマ時代に持ち込まれた物の一つだ。ブドウは天の恵みと大地が育むもの。
「地の底を這う竜よ。火を司る古なる者よ。天と地を巡る女神の息吹をして、我呼びかけに答えよ——」
【***】
……だめだ。感覚でわかるが、詠唱の一割にも満たない。
ともかく、おそらくこれでは、エルフは納得すまい。
先を急ぐことにした。
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集落の枯れた泉の淵に、修道士の姿は無かった。この時間には居ないのだろうか。
相変わらず、周囲を影たちがうろついている。
——ふと、彼の座っていた石の上に何かが置かれていることに気が付いた。
あの二枚貝だ。
あの影たちの中に、修道士がいるのだろうか。俺は二枚貝を拝借し真名を引き出した。
【掘削】
真名を引き出すには、詠唱を諳んじる。前と同じ文言を唱えるのだ。
俺は民家の中から、十分仕様に耐えうるロープを探し出した。そして、枯れ井戸へ向かう。
井戸の近くにある、頼りなげな低木の幹にロープをしっかり固定する。幹が細く、強く引くと僅かにたわんだ。力を入れすぎると外れてしまうかもしれない。
俺は慎重に井戸へ降りていった。
「——」
【水中呼吸】の真名を得た。
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エルフの元へ戻る。腹が減って来た。井戸で体力を消耗したせいだろうか。
「——止まれ」
エルフは背後から現れた。
「アーティファクトを持って来た」
「見せろ」
「……」
「どうした。——見るだけだ。我が王の名に懸けて、盗りはしないし、約束も守ろう」
相手の目を見つめ石化した巻貝を手渡す。
エルフは巻貝を手の中でひっくり返したり、穴のあくほど見つめたりした。まるでその眼窩へと納めんばかりに。エルフは手の骨を仰ぐように手招きした。
「——いいだろう。ついてこい」
「王とはどこの王だ」
エルフは俺の質問に答えず、森の小径をさっさと行ってしまった。
「何処へ向かう」
「すぐにわかる」
——そこは森に埋もれたローマ時代の遺構だった。砦だったのかもしれない。建材の殆どが住民たちに持ち去られてはいるが、二階へ続く階段が辛うじて残っていた。
エルフに導かれ、苔生した階段を二階へ上がる。エルフは崩れた窓辺から、その節くれだって白い指先で西を示す。
「山が見えるか。稀人は山から来ると言われている」
日が傾き始めている。太陽は山の影すれすれに下がっていた。
「我々は複数の世界に遍在するが、稀人はただ一つ所からやってくる。その世界と他の一つの世界とをつなぐ道はただ一つ。稀人が山からくるなら、出口も山にあるはずだ」
「遍在……?」
「日の傾きは世界の移ろい。門が開くとき、その存在の位相を相応しい形へと変容させる」
窓辺に影が差した。エルフは身を影の中へと引く。
ジャリ——
チェインメイル。ローマ時代より残された鎖帷子が音を立てた。アーティファクトだ。
カタカタ
エルフのシャレコウベは歯を打ち鳴らす。
「——冥王のお達しだ。古貝のアーティファクトでは足りぬ。その魂をいただく」
チェインメイルを着た骸骨は、幅のある武骨な短剣を抜き放った。エルフは夜の闇により骸骨へと姿を変えたのだ。
短剣のリーチは短い。腕を抑えれば防げるはず——
シュピ——シュピ——
早い! 異常だ! そして、見た目に反して不自然なほどの加速、恐るべき膂力だった!
腕を取ろうとした右手の健を斬られ、返す刃で首の動脈を切り裂かれた。一瞬の早業だった。
そして、体全体を使った、下からの突き上げ——
体がマヒしたように動かない。十分躱せるかに思えたが、反応が遅れる——
「——ガァァァァァァァ!」
跳び起き、狂ったように縺れて岩に体を打ち付けた。
「ぐぅぅぅ……」
また死に戻りしたのだ。
突然動いたせいだろう、右肩の筋肉が引きつっていた。
あの後、エルフの骸骨に殺されたのだ。何も武器を持たず一方的な虐殺だった。だがそれ以上に、凄まじい使い手だった。
余計な肉が無いせいか、動きが速い。骸骨としての体を使った巧みな戦い方だった。
はたして、十全に武器がそろっていたとして勝てたかどうか。
エルフは山に出口があると言っていた。冥途の土産だったのだろう。恐らく本当のことを言っていたのだ。
ふと、目の前を白い綿の塊のようなものが横切った。
——雪だ。
時間は進んでいたのだ。同じ時間に目覚めているのかと思ったが違うらしい。
今着ている服では本格的な寒さはしのげない。急いで脱出しなければ。
【探針】
——山へ向かう。
谷に当たる部分を伸ばした先、そこに巨大な縦穴があった。
この場所から帰還出来るかもしれない。俺は崖を慎重に下りていった。
目の前には水辺があった。辛うじて崖にぶら下がった岩棚の淵から覗き込むと、エメラルドグリーンの深淵に小魚が泳いていた。
喉の渇きを癒し、空腹を誤魔化した。前に見かけたネズミを捕まえられれば空腹を満たすことが出来るだろう。
俺は休憩を交えつつ、周囲を観察した。
俺の知っているアルビオンへ戻れそうなナニかは見当たらなかった。
そもそも、ナニかとは何なのか。地下水脈を通って戻るのか、船でもあるのか。それともこれは夢で、何かのきっかけで目覚めるのだろうか。
ともかく、ここにいる意味はない。縦穴を戻ることにした。
——縦穴を出て、山を登ることにした。山頂からなら、何か見えるかもしれない。
空腹からか強い疲労感を感じた。
やがて山頂に達する。山頂は岩だらけ。そこは始めに倒れていた場所に似ていた。
エルフの言を思い出す。
『稀人が山からくるなら、出口も山にあるはず』
入口と出口が似ているのなら、ここにも洞窟があるかもしれない。
——あった。見たような小さな縦穴があったのだ。
奥には不思議なことに、ほんのりと緑色に光って見える石がある。魔法を期待して拾い上げるが、何も得られなかった。これはアーティファクトではない。
日の下に晒すと光は見分けがつかなくなった。それほど幽かな光なのだ。
収穫といえばそれ位なものだった。洞窟へ入るには明かりが無い。ここへ入るつもりなら、村で照明となるものを探すか、森で松明の材料を探すかだろうか。
疲労困憊で村へ戻るとすっかり暗くなっていた。俺は適当な寝台で就寝した。
——朝。
雨だろうか。やけに暗い。初めての2日目だ。肌寒く、空腹というより脱力感を強く感じた。
藁束を引き寄せ体に掛ける。ダニが少なく、長い間使われていない事が窺えた。
それにしても暗いのだ——。
反対に天井は明るい。窓の隙間から漏れる外の光よりもだ。そんなことがあるだろうか。
暗さにムラがあることに気が付いた。なにか、柱のように暗さの濃さが林のように立ち並んでいる。
目を凝らすと、人に見えてきた。おかしなこともあるものだ。
この世界に毒されて、すっかりおかしくなってしまったのだろうか。
!?
人に見える暗さ——!
そう、影たちに囲まれている!
一気に暗さが深くなる!
熱を奪われる——ああ、またか……!
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「がはっ! はぁ、はぁ——」
目覚めるととりもなおさず、駆けだした。
出口? そんなもの、この荒野から出ればいいじゃないか!
初めからこうすればよかったのだ!
狼のいる場所はわかっている。奴らがいる丘から見えない位置を走ればいい。
谷沿いに北へ向かうのだ。
【探針】
狼からは確実に遠ざかっている。針とは片目で見るのと一緒だ。片目でも顔を動かせば距離感が掴める。俺の動きから遥か後ろに居るのは確実だ。
それでも不安から何度も振り返ってしまう。あの丘の向こうにいるのではと、何時丘の上に顔を出すかもしれない。
【探針】は方向が解らない。真横に動いて僅かに変化する針では把握できない。
雪の降る中、後ろに目をやると、異様な生き物がいた。巨大な蛇に豹の胴体に前足。鹿の後ろ足が付いた不自然な形をしていた。
その生物は体を揺らし、頭を振りながら歯の抜けた水車のようにジタバタと目も当てられない有様で走る。
そんな走り方であるがゆえに、豹にも鹿にも劣る速度でしか走れない。
だが、それでも、少なくとも俺よりは早い。
そんな怪物が俺をめがけて、形振り構わず一直線に駆けてくる。
呼吸が乱れ、足がもつれる。下りで岩を乗り越えたとき足を捻り、くじいてしまった。
遮るものは無い。
顎を外して開いたバケモノの口は巨大だった。俺は丸呑みにされた。
ぬめる粘液に逆さに落ちる。目が馴れると腹の膜を通して薄っすら日の光が透過されている事に気が付く。しかし輪郭が解るほどではない。
針は折れていた。取り出そうとするが、首まで粘液が下りてくる。手で広げようが無駄だ。それ以上に消化液が湧きだしてくる。
俺は窒息した。
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「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ——」
俺は死に戻った。
アーサー王にはグィネヴィアという妻がいた。
俺は彼女に、グィネヴィアに。どうしようもない劣情を抱いてしまった。
彼女は俺の義母にあたる。
いけないと分かってはいるが、そもそも俺は禁忌とされる近親相姦の末生まれた呪い子。
グィネヴィア。いや、アーサー王の妻。俺の義母。近親相姦の呪い子である俺のコンプレックスに直接刺さってくる関係性。
だが、略奪婚は権力者の証でもある。そんな都合のいい言い訳が許された。
その時、おれは悟ったのだ、己の運命を——。
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雪は止んだようだが、明らかに冷え込んで凪いだ風は沈黙をたたえている。
【探針】
太陽は低く地平線を横切り、昼は短くなっている。
俺は思い出すべきでないことを思い出しているのか。
ここに俺の運命はあるのか……。
答えを得て、俺はどうする。
……これまでのことを整理しよう。
・山の洞窟には明かりが必要だ。光る石が何かの糸口になるかもしれない。
・エルフ骸骨のチェインメイルはアーティファクトだった。なにかの手助けになる魔法が得られているかもしれない。武器や防具が必要だ。鈍器が有効だろう。
・【水中呼吸】で山の泉を調べれば手掛かりが得られるかもしれない。
山でやれることが2つ。
井戸の底の古代の貝の【水中呼吸】が必要となるので、村の枯れ泉にある二枚貝の【掘削】が必要だろう。俺は枯れた泉へ戻った。
——枯れた泉には光があった。
「良かった! ボク以外に人が居ました!」
そう、遠い光。
見たことのない胸冑を着こむ小柄な少女。長くねじくれた赤い槍を背負っている。
なんだコレは……。なにかの冗談だろうか。
「ボクはメローラ。あなたは?」
「俺はモードレッドだ——」
少女のおかしなナリに、思わず答えてしまった。
「ここは何処なのでしょうか。ココへ来るまでのことをサッパリ思い出せません」
「俺も似たようなものだ。君は戦士なのか?」
「ボクは騎士です!」
少女は槍のほかに剣や短剣、よく見ると盾まで持っているようだった。その体で良くそれだけ持って動けるものだ。
「女だてらに騎士か。意味が解らん」
「ボ、ボクは男です!」
そんなはずはない、女にしか見えないのだが。ともあれ、協力したほうが脱出に近づける。疑問は一先ず棚上げにする。女が騎士を名乗ろうが、この土地に騎士を名乗るに足る国が無いのなら、彼女個人の問題だ。
「——そうか、それは悪かった」
「分かってくれたならいいのです」
「ところで、俺は目覚めると町の外で倒れていたんだ。君は?」
「なんと難儀な。ボクは家の寝台に寝かされていました。あなたは——騎士、ですね?」
「その通りだ、何故解った。俺は鎧も武器も持ってはいない」
「あなたの筋肉が、ボクに語り掛けてきたのです」
筋肉の付き方が騎士だと言いたいのだろうか。
それにしても、メローラの仕草によく知っている誰かの姿を幻視した。良くしゃべるその唇。目。鼻筋。俺は心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
「——情報交換をしましょう」
「情報交換」
「その通りです
——あなた、ここ、長いですよね?」
——、瞬間心臓が跳ねた。顔に出ないよう取り繕う。何故解ったのか。俺は何度も死に戻りをしている。戻るたび時間がずれているようだが——。俺にも気付かない変化が起きているのだろか。
俺は誤魔化すように言葉を繋いだ。
「何故そう思ったか聞いていいか?」
「カンです!」
適当すぎだ。言い方があるだろうに。それに、丸腰の相手とはいえ、警戒するのは当然だろうが。
底の見えない少女だが、協力したほうがいいのは間違いない。問題はこの少女も死に戻りするのかということだが——。
俺が沈黙している間、俺を値踏みするように眺めていたメローラは、懐から二枚貝を取り出した。【掘削】のアーティファクトだ。どうやら先を越されたらしい。
——待てよ、何故それを意味ありげに取り出した? ただの二枚貝ではないと知っていて、俺の反応を見たのか? 魔法が使える?
「あなたは嘘が下手な人ですね」
「お前の勘違いかもしれない」
「そうかもしれません。ですがあなたはボクに要らぬ疑念を与えてしまいました。確信できる疑念です。あなたの視線は、コレがただの貝だとは言っていませんよね」
賢しい女は苦手だが、はたして目の前の少女が賢いかと言われると自信が無い。やりにくい相手だ。恐らくどこぞの王統に属する子女なのだろうが。
「——巡礼貝——恐らく、この魔術以外に不思議な品が存在するのでしょう。そしてあなたはその品物のありかを何らかの方法で知っている」
巡礼貝? よくわからない言い様だ。それに所々話が噛み合っていない気がする。ケルト人のように見えるが、まるで他国の人間と会話している気がする。
それにしても、信用できない相手に喋りすぎだ。そういった所は年相応といったところか。
「——恐らくこれは試練です。乗り越えるためには何らかの条件があるはずです」
「そうとも限らないが」
「騎士の試練としてありがちなのは、橋で待ち受ける障害です! 川があるのは森でしょう。周囲の丘を見ればわかります」
「そうなのか」
「では、ボクは森を調べるので、あなたは山を調べてください!」
「待て。貝を置いていけ」
「おっと、失礼しました。ボクは習得済みなのでどうぞ」
「ああ……すまない(習得済みとはどういう意味だ!?)」
「では御武運を!」
メローラは嵐のように去っていった。なんというか、不思議だ。色々と。
彼女と争うことになった時の為、武器が必要だろう。万が一ということもある。あちらだけ武器を持っていると考えると、落ち着かない。民家にあるものでなにか作れればいいのだが——。
山頂までは休憩含めて半日かかる。往復では1日だ。
ロープのある家は分かっているので、後は井戸の【水中呼吸】を手に入れる。
ただ、水に浸かってしまえば、今回はそこで終わるだろう。
体を温める火と栄養が必要だ——。
家探しして見つけたのは、弓矢に松明。使える油は見つけられなかった。
川で魚を探す手もあるが、見渡す限り見つけられなかった。
彼女は森に川があると言っていたが、根拠不明で信用できない。
海だが南へ半日ほどで行けそうだが、前のループでは怪物に邪魔されてたどり着けなかった。狼と同じように怪物を針で示し続ければ振り切れるように思えるが、そうもいかない。
名前が解らないのだ。狼は詠唱に含めれば済む。だが、あの怪物の名前が解らないのでは詠唱で指定できない。
今回は捨てて、山頂で光石を拾い、その後泉を探索する。
家を出ると影が揺れていた。恐らく亡霊なのだろう。ソレは俺の動きに合わせて首をめぐらした。刺激しないようゆっくり離れるが、ついてくるようだ。
もしかしてこの家の持ち主かもしれない。どうにもできないので放っておくことにする。
俺は井戸から【水中呼吸】のアーティファクトの古貝を回収し、山へ向かった。
——狼を【探針】で追跡し、避けながら山を登る。やがて、洞窟の前へやって来た。洞窟というよりは小さな裂け目か。
光石を幾つか回収し、奥のやや広まった場所で松明に火を灯す。松明といっても簡易に作ったものだ。藁を束ねただけのものなのですぐに燃え尽きてしまうだろう。
それに煙も凄まじいことになるはずだ。あくまで様子見。洞窟の奥を調べるだけだ。
背後をちらりと見ると、相変わらず影が佇んでいた。
——俺は構わず洞窟へ向かった。
ゲホゲホ——
目が涙で霞む。持って来た布で口を覆い、奥へ進んでいく。
キィ——
パシ
コウモリだ。腹の足しにするために、数匹捕まえて腰に括り付けた。
夜目が利くようだが、こう狭ければ俺の手を避けようもあるまい。
奥は思ったよりも広かった。高い天井には無数のコウモリが飛び交っているようだ。
煙が流れている。恐らくはどこかへ繋がっているのだろう。
松明が心もとない。予備の松明に火を移すと引き返すことにした。
——外では俺を迎えるように影が立っていた。俺に近づいてくるそぶりを見せた。襲い掛かるつもりだろうか。
俺が下がると、影はぴたりと止まった。
? ——意図が解らない。回り込むように動くと、首だけをこちらへ向けてくる。
なにか伝えたいことがあるのか——洞窟へ入ったことで起きた変化。コウモリ、光石、俺自身。
コウモリを翳すが無反応。光石を取り出すと、ソレを指さした。コレが欲しいのか……?
俺はその場に光石を奥と後退った。すると、影は光石を拾い上げ代りに黒い石をその場に置いた。
そして、満足したのか、影は虚空へ消えていった。
それは炭……だと思う。俺が知る炭は木を窯で密閉し蒸し焼きにしたものだ。だが、コレには木目が無い。まるで黒い粘土を乾かして固めたような、そんな黒いだけの塊だった。
如何なる光も吸い込む漆黒。吸収した光はいったいどこへ行くのだろう。
「其は黄昏の欠片、暗闇より零れ、光を余さず捕らえ己が身に封づる」
【**】励起——
「——!」
詠唱を弾かれた! 直感でわかる。このアーティファクトは闇を見通す魔法を秘めている。
なぜ弾かれたのか……。森で拾った陶器の欠片の時とも違う。アレは詠唱自体に失敗した。恐らくはアーティファクトの何らかの欠陥によるものだろう。
だが、これは。黒炭のアーティファクトに弾かれたというより、俺自身が弾いたような感覚だった。何かが決定的に足りない……それと同時に、過剰。
俺が励起したアーティファクトは——
【探針】の針
【掘削】の二枚貝
【水中呼吸】の古貝
もしかして、注がれた酒が溢れるように、俺の容量を越えてしまったのか——。
ともかく、松明で焼いたコウモリで慰め程度に腹を満たして、山を下った。
泉に到着した頃には暗くなり始めていた。
ココが今回の終点となるだろう。
【水中呼吸】励起——
泉へ入った。奥は暗い。だが、進むのだ。
水は冷たく肌を突き刺すようだ。
岩を手掛かりに、下へ下へと潜行してゆく。
【水中呼吸】で肺に水が入っているからか、潜水で耳に感じる不快感を感じなかった。
やがて底へ着いた。細かい砂が巻き上がり視界は完全に閉ざされた。
だが、しかし。砂を掻き分け光の道が現れた。
いや、底にあった横穴から水流が砂を吹きとばしている。そして、横穴から漏れる光がそのように見せていた。
ここだ。俺は確信すると、横穴を進もうと水を掻こうとした。
だが、体がついて行かない。
すでに冷たさで感覚は無かった。そのせいだろう、神経が異常を訴えていた。まるで自分の体が自分の物でないような感覚。
動かない——
手も、足も、腕も、太腿も、肩も、腰、そして心臓——
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その唇。目。鼻筋。
それらはどこかで見た物だった。
父、アーサー王。
まさにそのもの。
メローラとは俺の腹違いの妹——。
禁忌の近親相姦により生をうけた、呪われし忌子たる、この俺の運命。
思い出した。
メローラは俺の妻になるべき女だ。
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「ふぅ——」
俺は目覚めると、今回は【探針】を励起せずに【掘削】【水中呼吸】を励起し、1つ枠を残す。
枯れ泉へ向かうと、二枚貝があった。メローラの姿は無い。
もはや手慣れた手順をこなし、山へ向かう。狼の位置は頭に入っている。
恐らく、前回森へ向かったメローラはエルフから、山に出口があることを聞いただろう。
急がなくては手の届かないところへ去ってしまう。
布袋に石を詰めた。コレを武器にする。手足を折れば逃げられまい。
「待っていろ、我が血を分けた妹よ、すぐに俺の子を孕ませてやる」
俺は遠くに霞む山を睨んだ。そして、穢れた血により、躰を汚しつくされた妹の姿を想像し、ほくそ笑んだ。
「——其ハ黄昏ノ欠片、暗闇ヨリ零レ、光余サズ捕ラエ己ガ身ニ封ジン。我コソ闇也」
【闇視】励起——
水底の横穴を通り、進むと光に揺れる水面が現れた。
水から顔を出すと上へ向かう洞窟だった。寒さを堪えながら、登って行く。震え、吐き気、頭痛。何も吐く物が無く、幾何度もえずく。
進むうちにY字路に差し掛かった。左は登りとなっており、地下水が流れ下りている。右は下りとなっている。誰かがやって来た痕跡が残っていた。メローラだ。
体の中心に力が灯る。
左へ進む。
すると光が見えてきた。
暖かな光の渦だ。
道と地下水脈は先へ進んでいる。もうフラフラだった。体は芯まで冷え切り、何時唐突に倒れてもおかしくはない。
女の人影が見えた。
体の中心が熱くなる。
石の入った布袋を解放し、俺は口角を吊り上げた。
見つけた——
「……モードレッド」
「メローラ、我が妹よ」
メローラはエルフの持っていた短剣を抜き放った。
俺は石の入った布袋を振りかぶる。
——ガッ!
何故かメローラは動かなかった。直撃だ。十分に遠心力の乗った凶器は彼女の頭蓋に突き刺さった! バカな! 死んでしまっては元も子もない!
星の光芒を紡ぎし、運命の糸よ、邪悪を退け、我が道を守り、愛と希望をつなげ。安らぎの道を開かん。
【ロリカ・ハマタ】励起——
メローラは無傷。
「——!」ガッ——鈍い音とともに俺は気を失った。
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——目覚めると酷い頭痛がした。
彼女の姿は無く、目の前には光の渦が浮かんでいる。トドメを刺さなかったのか……。
水に濡れた足跡は光へと続く。
俺は這いずりながら、光へ吸い込まれるように足跡を追った——
——完——