6・愚かな家族達の、破滅の始まり
リリーナは、ぽろぽろと偽りの涙をこぼす。
ヴォイドは、都合が悪くなるとすぐに泣くリリーナに内心嘆息していたが、実際にため息を吐いたらもっと面倒なことになるだろうと思い、平謝りすることにした。
リリーナに苛立つことはあるが……それでも彼女はとびきり美しいので、この女を妻とすれば毎日抱けるのだと考えれば、耐えることができるのだ。
「すまない、リリーナ。わかった、次に会うときは、またドレスと宝石を贈ると約束するから」
「本当ですか! 絶対ですよ! そうですわ、私、先日王女様が身に着けていたのと同じ宝石をあしらったドレスが欲しいですわ」
「お、王女様と同じ? それは、さすがに……」
「ヴォイド様は、私を愛しているのでしょう? 私はあなたの命の恩人なのですよ? 愛と感謝があるなら、そのくらいできるはずですわ」
「わ……わかった、わかったから。じゃあ次にプレゼントをしたら、俺の体調を治して……それから、そろそろ男女としての契りも交わそう。な? 結婚を誓っているのだから、当然だろう?」
ヴォイドはそう言ってリリーナの耳元で囁くと、たっぷり彼女の身体を撫で回した。まだ結婚前だからと一線を越えることは避けているが、あからさまにそれが不満そうな態度だ。
ゲルニア公爵邸へ戻ると、ヴォイドはさっそくリリーナへの新しいドレスを誂えるようにと、使用人に言いつけたのだが――
「僭越ですが、ヴォイド様。リリーナ様への愛の証もよろしいのですが……。いいかげんお金を使いすぎかと存じます。こうも頻繁に高価な贈り物をしてばかりでは、さすがにそろそろゲルニア家の資産が危ういかと」
「うるさいぞ! 使用人の分際で口出しをするな!」
運命の人とやっと結ばれることになり周りが見えなくなっているヴォイドは、傲慢な態度で周囲から見放されてゆく。
一方でリリーナも、クリスタリムの屋敷で一人、ため息を吐いていた。
(お姉様の婚約者だから、ヴォイド様を奪ってみたけど……なんだか、思っていたのと違うわ)
舞踏会での婚約破棄騒動から、リリーナは「姉の婚約者を寝取った女」と噂され、他の貴族達から距離を置かれるようになった。
ユーリアは聖女の証を持ちながら力を使えない(と思われている)し、リリーナはその美しさから、悲劇のヒロインぶれば周囲に同情してもらえるのが当たり前だった。実際、他者の顔だけしか見ていない愚か者であれば、あの婚約破棄の場でも、リリーナに「かわいそう」という感情を抱いていたが――
ほとんどの貴族達は、そこまで愚かではない。たとえ姉が偽りの聖女であろうが、それでもリリーナが婚約を結んでいた2人の仲に割って入ったことは間違いないのだ。
そもそも子爵令嬢であり美しいリリーナは、当然、本来婚約者がいた身である。彼女の婚約者は伯爵家の令息だったのだが、「ヴォイド様の方が家格が上だし顔がいいから!」という理由と、何より人のものが欲しくなる性格であるリリーナは、ヴォイドを選んで元婚約者を捨てた。
そのこともまた、貴族達の噂になった。リリーナ嬢は都合が悪くなると泣くことで悲劇のヒロインを装うが、平気で元婚約者を捨てる人間だ、と。
リリーナの元婚約者は、地味な顔立ちだが穏やかで心優しく、人々から信頼を得ている人物だからこそ、彼を慕う人間はリリーナが悪女であると確信していた。伯爵子息本人は、「リリーナが真に愛する人を結ばれた方がいいから」と素直に婚約解消を受け入れたが、実際はリリーナの我儘さに彼も嫌気がさしており、この婚約解消をどこかほっとしているのでは、という噂だ。
「はーあ……最近、夜会に行っても、全然味気ないのよね……。私はお姉様に虐げられていたっていうのに、皆同情してくれるどころか、なんだか引いてるような目で見てくるし……」
当然である。そもそもあの婚約破棄の際、リリーナが豪奢なドレスを纏っていたのに対し、初めて舞踏会に姿を見せたユーリアは、まるで使用人のように質素なドレス。おまけに身体も、栄養失調ではないかというほど痩せ細っていた。子爵家の令嬢だというのに、明らかに異常だ。
リリーナは「お姉様に虐げられている」演技をしていたが、どう見たって虐げられているのはユーリアの方だろう、とあの場にいた大勢がツッコミたかったのだ。しかし他者の修羅場に割って入る勇気のある者もおらず、触らぬ神に祟りなし、とばかりに皆目を逸らしていたが。
「なんなの? もっと皆、私に構いなさいよ……! 前は、『お姉様が酷いの』って言えば、皆『かわいそうに』って同情して、優しくしてくれたのに」
夜会でちやほやされることこそが、リリーナの生きがいだった。勉強も運動も嫌いなリリーナには、それしか楽しみがない。
だが最近では夜会に行っても白い目で見られて、せっかくヴォイドから高価なドレスや宝石を贈ってもらっても、クローゼットの肥やしになってしまっている。しかし高価なプレゼントを貰うこと以外にストレス発散方法もないので、次々ヴォイドにねだってはいるが。
「げほっ、ごほ……」
不機嫌で頬をむくれさせていたリリーナが、突然咳込む。
「なんだか最近体調が悪いのよね。お肌の調子も悪いし……一体どういうこと? お姉様が家事をしなくなったせいかしら」
お姉様がいなくなってから、食事はまずいし、家の中は汚れているし、父や母に洗濯を押しつけられることもあるし……。生活の全てが不便だ。おまけに、ずっとなんだか具合が優れない。
何かがおかしい。どこかでボタンをかけ違えたかのように、妙な違和感がある。
ヴォイドも、リリーナも、父も母も全員がそう思うようになっていた。
――ユーリアがいたときは、こんなふうじゃなかったのに。
――ユーリアがいてくれたら。
――ユーリアだったら……。
今まで、ユーリアによって保たれていた幸福な暮らしが、瓦礫のように、音を立てて崩れてゆく。
この違和感がいずれ徹底的な破滅を生むことすら――愚かな家族と元婚約者達は気付いていない。
真の聖女を虐げてきた愚か者達は、無惨な最後の瞬間まで、何も気付かず堕ちてゆくだけなのだ。
一方、オブシディア邸にて、ユーリアは――
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