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27・結婚式

「俺が12のときだ。父が別の女性と不貞をしていることが発覚した。単なる火遊びではなかった。父はその女性と、俺が生まれる前……母と結婚する前から、関係を持っていたという。

 父は、最初から母を愛する気持ちなど微塵もなかった。辺境伯という地位が目当てだっただけだ。なのに母に甘い言葉を囁き、愛していると欺き続けてきた。母は十数年もの間、父に騙されてきたのだ。

 何年も我慢を重ね、じっと耐えてきた母は、とうとう怒りで我を忘れ……呪いによって、身を滅ぼした」


「呪い……?」


「そういう力を持った魔道具があるんだ。母はその魔道具に、夫を殺めたいと願いを込めた。……自分の命と引き換えに」


「……っ」


 衝撃的な過去を淡々と語るアートルムに、言葉が出なくなってしまった。

 私の家族は、娘を平気で虐げるような人達で……私はあの両親に、もはや何の情もない。

 だけどアートルムのお母様はきっと、長年耐え続けて……愛する人を信じていたにもかかわらず裏切られて、心が壊れてしまっただけで。元は優しい人だったに違いない。淡々とした言葉の中にも辛さを覗かせるアートルムの様子が、それを物語っている。


「表向きは、二人とも事故死ということにしてある。しかし実際は、呪いの魔道具によって父は全身から血を噴き出して苦しみながら死に、母もそのすぐ後に命を落とした。――俺だけが、独り、残された。


 母が呪いの魔道具を使う前……俺は嫌な予感がして、何度も母に声をかけたんだ。母は心が憔悴しているようだったし、休んだ方がいいと、俺にできることならなんでもすると伝えた。だが母は、俺の手を払い落とした。


 母は言った。あの男の容姿によく似た俺のことが、憎いと。

 その顔を見ていると、あの男を思い出す、だからお前の顔など見たくないと――。


 ……俺は幼い頃から、早く母の助けになりたいと、勉学にも武術にも励んできたが……結局、心の支えになることすらできなかったのだ」


 そう話すアートルムの声には、あのときどうすればよかったのだろうという悔恨が滲み出ていた。


 生みの親に憎いだなんて言われ、彼だって傷ついたはずなのに。彼はそれよりも、どうしたら母を救えたのだろうと悔やんでいるのだ。……その優しさが報われなかったのが、やりきれない。


(……どんなに酷い人にも、長年接していれば、優しかった瞬間というのは存在する)


 ヴォイドもそうだった。リリーナに心移りし、衆人の前で私に婚約破棄を突きつけた彼だけど、幼い頃には私に笑顔を向けてくれたこともあった。

 だから、その面影に縋ってしまう。酷いことを言われても、自分が至らなかったのだろうか、と自分を責めてしまう。そんな気持ちは……私にも、わかる。


「そうして両親を亡くした俺は、12歳にして辺境伯位を継いだ。

 心は虚無に支配され、もはや希望など何もなかったが……。

 領民達には何の罪もないし、俺の家庭事情は他人には関係ない。

 だから領主としての役割に没頭することで、過去を忘れようとした。

 俺は決して父のようにはならない、自身の奔放さによって他者を傷つけたりしない……領民にとって、優しい領主であろうと努めてきた。

 それでも……ふとした瞬間に、自分の存在意義がわからなくなった。

 自分の両親の最期が壮絶だったからな。愛とは恐ろしいものであるという認識を抱いてしまい、どんな女性に言い寄られても、何の興味も持てなかった。どうせ俺の身分や金だけが目的なのだろうと、信じることができなかった。長い間ずっと、暗闇の中を彷徨っているような心地でいた……」


「っ……アートルム」


 彼の言葉を聞いて、私は――どうしようもない気持ちになって、アートルムを抱きしめていた。


「あなたは、自分にもっとできることがあったかもしれないと、自分を責めているのかもしれません。だけど、あなたは何も悪くありません……! あなたは、とても優しい人です。

 アートルム……私は、あなたを愛しています。あなたの今までの人生は、辛いことがたくさんあったのかもしれません。だけどこの先は、あなたに、たとえどんな不幸や辛さが降ってきたとしても、全部蹴散らして、私があなたを守ります」


 大袈裟なように聞こえるかもしれないけれど、本気の言葉だった。


 アートルムは、家族と婚約者に虐げられ、誰も信じられなくなっていた私の心を癒やし、救ってくれた。


 アートルムと出会えなかったら私だって、絶望しかない人生を歩み続けていただろう。


 彼が私を救ってくれたように、私も彼の力になりたい。アートルムを傷つけるものがあるなら、聖女の力でも、それ以外でも、自分の持てる全てを使って彼を守る。


 そんな想いを込めて夜色の瞳を見つめると、アートルムはふっと、普段のような……いいえ。普段よりも更に温かな、希望の光を見つめるような眼差しを向けてくれた。


「重い話をしてしまって、すまなかった。楽しい話ではないことはわかっていたんだが……誰より大事な君だから、話しておきたかったんだ」


「謝らないでください……話してくれて、ありがとうございます。辛い話ではありましたが……あなたのことを聞かせてもらえたことは、嬉しいです。そんな過去を抱えながら今まで懸命に生き、優しさを失うことなく領民の方々のために尽くしてきたあなたを、心から尊敬します」


「……それはこちらの台詞だ、ユーリア」


 アートルムも私を抱きしめ返し、優しく髪を撫でてくれる。


「愛を信じることができずにいた俺に、君が、愛を教えてくれた。何の見返りも求めず、ただ優しさを与えてくれた君のおかげで……俺は、心に温もりを取り戻すことができた」


「……私は、そんなことをしましたか?」


 私が初めてちゃんとアートルムを認識したのは、このオブシディア領に来てからだ。当初の私は、彼に食べられてしまうつもりで、何か特別なことをしたつもりはないのだけれど……。


「したさ。君は、俺に救われたと言うけれど。違うんだ……先に君に救われたのは、俺の方だよ」


 アートルムの目は真剣で、感謝や敬意や……愛情や。あらゆる温かな感情を注がれるようだった。


 やはり私達は、過去にどこかで出会っていたのだろうか? だとしたら、私がそれを覚えていないのは、とても残念だけど……


 それでも……またアートルムが私を見つけてくれて、私達は明日、夫婦になれる。

 それは聖女の力よりも、よほど奇跡のように私には思えた。


「俺と境遇は違うけれど、同じように不遇な状況に置かれ傷ついている君を見て……なんとしてでも、救いたいと思った。始めの頃は少し誤解させてしまっていたかもしれないが、誤解が解けた後は、君が曇りのない笑顔を見せてくれるようになって、とても嬉しかった。誰かを愛し、愛されるということは、こんなにも幸福なのだと知ることができた。

 俺は……君と出会ったから、愛を信じられるようになったんだ」


「アートルム……」


「俺と出会ってくれて、ありがとう、ユーリア。……君を、心から愛している。君は俺を守ると言ってくれたが、俺も、君を守りたい。この先はずっと、決して君を離さないし、誰にも渡さない」


「こちらこそ……っ、私と出会ってくださって、ありがとうございます。私も、あなたを愛しています……!」


 きつく抱きしめ合い、互いの温もりから、愛と幸福を感じる。

 明日、私はこの人の花嫁となる――


 ◇ ◇ ◇


 翌日、よく晴れた穏やかな日に、結婚の儀式は行われた。

 大変光栄なことに、式には陛下までいらしてくださり、祝福の言葉を賜った。緊張はしたけれど、陛下は尊い御方だというのに、私にもアートルムにも敬意を持って接してくれて……。あらためて、建国記念祭の夜、この国を救ってよかったと思った。


 なお、この国で領地を所有する貴族の結婚においては、教会での式の後、領地の主要な場をパレードのように歩くという習わしがある。


「アートルム様、ユーリア様、ご結婚誠におめでとうございます!」

「おめでとうございます!」


 街の大通りには領地の方々がたくさん集まっていて、皆さん笑顔で、花の雨(フラワーシャワー)を撒き祝福をくれた。


(こんなにたくさんの方々に、祝福してもらえるなんて……)


 以前の境遇からは、考えられなかったことだ。

 たくさんの笑顔に囲まれ、胸がじんと熱くなる。


「さあ……ユーリア、手を」

「はい、アートルム」


 これも、我が国の貴族の結婚のしきたり。

 領民達の前で、夫となる者が妻となる者に跪き、左手の甲に口付けることで真実の愛を誓うのだ。


(ただ……私の手には、聖女の証があるのよね)


「その……すみません、こんな手で」


 私が聖女だと知らない者にとっては、聖女の力も使えないのに手の甲にある、おかしな紋様でしかない。自信が持てなくて、おずおずと左手を差し出すと――


「何故、謝るんだ? こんなに素敵な手なのに」

「あ……っ」


 私の前に跪いたアートルムが、そっと私の手を取る。


「俺は、君の手にあるこの証を、とても美しいと思うよ」


 跪いた状態で、夜空のような瞳で見上げられ……心臓が高鳴る。


「もちろん君は、手だけでなく、頭から爪先まで、全てが魅力的だがな」

「ふふ……アートルムったら」


 昔、この聖女の証が大嫌いだった。聖女だと公言することもできないのに、なぜこんな証があるのかと。人前で使うことのできない聖女の力など、ただの嫌がらせではないかと。左手のこの証が、まるで呪いのように思えた。だけど――


 大聖女とは、人の世に与えられた裁定なのかもしれない。

 私には、力を公言してはならないという制約と、私が寿命以外の要因で命を落とせば、今まで使った聖女の力が全てなかったことになるという決まり事がある。


 きっと……人々が、聖女の証を持つのに力を使えないものを虐げ、聖女が死んでしまったら……それまで聖女の恩恵にあやかってきた者達も地獄を見ることになる。


 けれど大聖女が、力を隠しながらも幸せになれたのならば……世界も平和に包まれるのだ。


(……まあそれでも、理不尽は理不尽だと思うけどね)


 世界とは、理不尽で溢れているものだ。努力も真面目さも、必ず報われるとは限らない。

 けれど懸命に日々を過ごしていれば、幸せが訪れることもあるのだと。

 私は……アートルムと出会うことで、知ることができた。


(……あなたが、美しいと言ってくれるのならば。私も、この証を誇りに思おう)


 そうして、彼の唇が、私の証に触れる。


「ユーリア。これからも共に生きよう、愛しい我が妻」

「はい……旦那様」


 二人でいれば、たとえどんなことが起きたとしても乗り越えて、幸せに生きてゆける――

読んでくださってありがとうございました!

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[良い点] 主人公がハピエンでよかった。 お互いが信頼しあい お互いを思いやり お互いを求め合う関係を2人には末永くしてほしいです。 お子様誕生編とかあったら拝見したいですね。 きっとアートルムが親バ…
[良い点] 最初から一気に読みました! 最後幸せになって楽しめました!
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