22・奇跡の光
ドラゴンさんの背に乗って、まだ魔獣と激しい戦闘を繰り広げている城の中庭へ向かう。
魔獣はまた大鷲のような翼を広げ、夜闇を旋回しながら騎士さん達を攻撃していた。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
魔獣が大きく前足を振り上げ、鋭い爪で騎士さん達を薙ぎ払おうとし――
私を乗せたドラゴンさんが、硬い鱗に包まれた大きな前足でその攻撃を受け止め、皆を守る。なお、ドラゴンさんにも私の結界が張ってあるため、傷を負うことはない。
突然現れたドラゴンに、騎士さん達はザワザワと声を上げた。
「こ、今度はドラゴンが現れた……!? 魔獣を相手にするだけでも厳しいというのに……」
「だが、あのドラゴンは我々を守ってくれたぞ!」
「ドラゴンは、私達の味方ということか?」
「おい、ドラゴン背に誰か乗っていないか?」
ドラゴンさんは、困惑する人々には構わず、何か魔法を使う。
鑑定こそ通じないものの、気配からするに、幻惑魔法のようだ。
魔獣はふらふらと、ドラゴンさんの魔法に吸い寄せられるように、人々のもとを離れ空を飛ぶ。
「魔獣が、去ってゆく……」
「おい、逃がしていいのか?」
「だがあの魔獣を、完全に消滅させる方法もわからんし……」
「もしあのドラゴンが、魔獣を退治してくれるというのなら、我々には好都合だが……」
――困惑した人々の声が、次第に遠く、小さいものへとなってゆく。
私を背に乗せたまま、そして魔獣を誘うようにしたまま、ドラゴンさんは空高く舞う。
城から離れ、人々の目の届かないような場所まで移動して……
(……今なら、浄化できる!)
私はドラゴンさんの背に乗ったまま、魔獣の喉元にある、石のようなもの……力の源へと向け、聖女の力を集中させた。
体中から全ての力をかき集める感覚。心臓が熱く、ドクン、ドクンと音を立てる。
この身が内側から燃えてしまうのではないかと思うような中で、力を解き放って――
「――聖なる力よ。邪から生じ、害を与える者に安らぎを!」
魔獣の力の源が、カッと光に包まれる。
穢れの中で苦しみ、破壊衝動のままに暴れ回っていた魔獣は、ようやく苦しみから解放されたように、キラキラと光に包まれ、眩い粒子となってゆく。
そして――私の聖女の力もまた、ここまで強い力を使ったのは初めてなので、溢れた力が光の球となり、夜空に舞う。
まるで、光の雪が降っているみたいだった。煌めきの粒がゆっくりと地上へ降り注ぎ、この世のものとは思えない幻想的な光景を作り上げている。
(そういえば……今まで必死すぎて景色のことを楽しむ余裕なんてなかったけど。今、空を飛んでいる状態だよね)
いくら聖女の力でも、空を飛ぶことはできない。
これほど高い場所からこの国を見下ろすなんて、初めての光景だった。
星のような煌めきの粒子に囲まれ、まるで自分自身も星になったかのような感覚だ。
星明りの輝く夜空も、眼下に広がる生まれ育った国も、私の力の残滓による光も……全て、とても美しい。
「綺麗……アートルムにも見せてあげたいな」
彼も今、この光景を見ているだろうか。
愛する人と同じ景色を見て、同じように美しいと感じて、その幸福を分かち合えることは……嬉しい。
「……あれ」
周囲の光景に見惚れていると、ふと、とあるものを見つける。
とても、とても大きな魔石だ。普通の魔石は掌サイズなのに、この魔石は両腕で抱えなければ持てないほどの大きさがある。おまけに珍しい虹色の輝きを放っており、強い力を秘めていることが、ひと目見ただけでわかった。
(強い魔獣は、強い力を秘めた魔石にもなる。……この魔石はきっと、この国の平和のために役に立つでしょう)
聖女として、そしてユーリアという一人の人間として、この国の平和と繁栄を願った――
◇ ◇ ◇
ユーリアが、ドラゴンの姿となったアートルムの背中で夜空を眺めていたのと同じ頃――城の中庭では、騎士達の歓声が上がっていた。
「なんだ、この光の粒は!? 美しい……それに、癒されてゆく感じがする……」
「なんて美しい光景なんだ……まさしく奇跡だ」
「おい! 魔獣探知の魔道具から、先程の魔獣の反応が消えたそうだ。脅威は消え去ったんだ!」
ワアッと全員の無事を喜び、笑顔の花を咲かせる。
同様に、ずっと広間に閉じこもり、窓から魔獣の様子を見ていた貴族達の間にも、歓喜の空気が満ちていた。
「魔獣は浄化されたのだな……! ああ、本当によかった。一時はどうなることかと」
「騎士団が勇敢に戦ってくれていたとはいえ、やはり魔獣は恐ろしかったな……」
「それにしても、この光……素晴らしい光景だ」
「ああ。まるで聖女様の奇跡みたいだ……」
「みたいというか、そのものではないか?」
「だが、リリーナ嬢は聖女ではなかったんだな」
「まったくだ。あれほど大言壮語をしておきながら、あのような無様を晒して……とんでもない嘘つき令嬢だな」
「しかしリリーナ嬢ではないとすると、この奇跡は一体どなたが……?」
歓喜と感動、疑問と推測。
さまざまな感情が広間に交錯し――だけど勘の鋭い一部の貴族達は、気付いていた。
ユーリアとアートルムの姿がないな、と。
一方、そのユーリアとアートルムは――城の裏手に降り立っていた。




