21・聖女とドラゴン
アートルムは、魔法で刀身を青い炎に包まれた剣をゆらりと揺らしながら――
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで魔獣に斬撃をくらわせた。
(すごい、なんて速さ……!)
見ている私の方が、思わず息を忘れるくらいだった。しかし――
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
本来なら今ので消滅していたであろう魔獣は、斬られた身体を再生し、攻撃などなかったかのように威勢のいい鳴き声を上げる。
それを見て、騎士さん達がザワザワと驚愕の声を上げた。
「あの魔獣、斬っても、刺しても、魔法で攻撃しても、再生する……!」
「そんな。じゃあ、一体どうすれば倒せるっていうんだ!」
「俺達は、このまま全滅するしかないのか……?」
空気が絶望に染まってゆく中で、アートルムが天を突くように剣を掲げ、皆に叱咤激励を送る。
「狼狽えるな! 必ず、この魔獣を倒す方法があるはずだ。不安に支配されて勝機を見失うな!」
その凛々しい声を聞いて、騎士の方々も希望を取り戻す。
「アートルム様の言う通りだ! 皆、怖気づくな!」
「ともかく攻撃して、魔獣の弱点を探すんだ!」
斬撃と魔法攻撃が飛び交い、魔獣の方も暴れて炎のブレスを吐いたり、巨大な尻尾を鞭のように振ったりして騎士さん達を薙ぎ倒そうとする。私の防御結界があるから全滅せずにすんでいるものの、膠着状態となってしまっていた。
(通常の魔獣だったら、さっきのアートルムの攻撃で消滅していたはずなのに。私の浄化が効きづらいことといい、やっぱりこの魔獣は、普通じゃない……)
皆さんに防御結界は張ったまま、魔獣の鑑定に集中する。
「能力開示」
・破滅の凶獣
・Lv.100
・HP 38,678
・MP 26,776
・特殊能力 火炎のブレス、再生能力
・備考
百年に一度空に架かる、八色の虹から生まれる非常に希少な化け物。
聖の力にも魔の力にも、一定の抵抗力を持つ。
喉元に魔力の源となる石があり、そこを浄化することでしか消滅しない。
(力の源を浄化すれば、この魔獣が消滅するのね……!)
だが完全に浄化するためには、もっと近付かなければならない。
私はそろそろと、魔獣の方向へ歩いて行こうとしたのだが――
「そこのご令嬢、何をしているのですか!?」
兵士さんに見つかってしまい声をかけられ、ギクリとしてしまう。
「危険ですので、城内にいてください!」
「は、はい」
(どうしよう。魔獣に近付くことができない……)
「!」
すると、私と兵士さんの声でこちらの様子に気付いたのか、アートルムと視線が重なった。
しかしそれも一瞬のことで、私はひとまず城内へ戻ろうとし……アートルムは、騎士さん達と何か話しているようだった。
「アートルム様、どちらへ行かれるのですか!?」
「秘策がある。必ずなんとかするので、少しの間だけ待っていてくれ」
「かしこまりました! この場はお任せください」
◇ ◇ ◇
(どうしよう。ともかく急いで、魔獣の喉元に近付く方法を考えないと……)
城のエントランスにて、作戦を考えていると――
キュイ、と可愛らしい鳴き声がして、はっと顔を上げる。
「ミニドラゴンさん!?」
目の前にいるのは、以前私が聖女の力で助けて、それからも花を持ってきてくれたり、何度か会いに来てくれたりした、可愛らしいミニドラゴンさんだ。
「どうして、ここに……?」
不思議に思うものの、ミニドラゴンさんは、今はそんな場合ではないと言うように、私に何かを渡してくれる。
「これは……」
仮面舞踏会などで使われる、仮面だ。
(これをつけていれば、皆さんに、はっきりと顔を見られることはなくなる……)
私の「聖女だと公言してはならない」という制約について。私自身も、どこまでが問題ないラインなのかはよくわからない。力を失わないよう気をつけてはいるが、判定は曖昧だ。
(ただ、ようは自分で聖女だって公言せず、かつ、力を使っているのが私だってバレなければいいはず)
私はミニドラゴンさんから受け取った仮面を顔につけると、ドレスの飾りだったリボンを取って髪を束ね、ドレスもたくし上げて髪留めなどで留め、なるべく私だとわからないように変装する。夜なので遠目からならよく見えないだろうし、これで私だとわかる人はいないだろう。
「ありがとう、ミニドラゴンさん……え、どうしたの?」
ミニドラゴンさんは、可愛い口でくいくいと私のドレスを引っ張る。こちらにおいで、と言うように。
不思議に思いながらもついてゆくと、ミニドラゴンさんは私を、お城の入り口ではなく窓の方へと案内した。
閉ざされていた窓を開けると、ミニドラゴンさんは外に出て、星明りのような光に包まれ――
「わあ……!?」
瞬く間に、掌サイズの小さなドラゴンだったのが、巨大な黒竜の姿になる。
(あ、あれ? もしかしてこのドラゴンさんって、めちゃくちゃ強大な力を持つ特別な存在とか?)
そういえばこのドラゴンさんに鑑定能力を使ったことはないなと思い、能力開示を試みようとしたのだが、弾かれてしまった。
(ん、んんー? やっぱりこのドラゴンさん、なんかものすごい存在っぽいな!?)
けれどドラゴンさんは、少しも私に敵意や殺意を向けることなく、顔で自分の背中を示して何か訴えかけてくる。
「もしかして、背中に乗れってこと?」
ドラゴンさんは、コクリと頷く。
私はあらためて、その瞳をじっと見た。
(……アートルムの瞳と、同じ色)
夜空を宿した宝玉のような、吸い込まれそうになる美しい瞳。
強大な力を持つ相手だというのに、不思議と恐怖を感じず……むしろその瞳を見ていると、心が優しく凪ぐ気すらする。
「……乗っていいのね? ありがとう、行きましょう。皆を守らなくちゃ」
――以前の私は。聖女として誰かを守っても、誰にも認められず、誰からも感謝してもらえないことに疲弊していた。
聖女たるもの見返りを求めるべきではない、というのが清い意見というものなのかもしれないが。どれだけ尽くしても心を返してもらえないなら、精神は削られてゆく。私は確かに聖女であるが、同時に一人の人間でしかないのだから。
(だからといって……目の前で人が死んでいくのは、やっぱり嫌)
私に守れるものがあるのなら、できるなら、守りたいと思う。
何より今、私の世界にはアートルムがいる。
彼のいる世界なら、私の力で、なんとしてでも守りたい。
「よし……!」
パンッと軽く両頬を手で叩いて気合いを入れ――ドラゴンさんの背に乗って、魔獣のもとへと向かった。




