20・魔獣との戦闘と、愚か者達の地獄絵図
――騎士団の方々が、巨大魔獣へと向かってゆく。
魔獣には大鷲のような翼があり、人間が立っている地面から剣で直接攻撃することは難しい。
なので皆さん魔石を用いて魔法を使い、魔獣の翼を狙い撃つ。
けれど魔獣は素早くて、巨躯を器用に翻し、騎士団からの攻撃を避けていった。
ぐわりと獅子のような口を開き、そこから炎のブレスを吐き出す。
「ぐ……っ!」
咄嗟のことで対応が遅れた騎士の一人が、炎のブレスの犠牲になりかけ――
「大丈夫か」
アートルムがその騎士を庇いながら、颯爽とブレスを避けた。
私も聖女として、実は普通の人々の目には見えない、結界のような防御魔法を皆さんにかけているのだけど。そのことが発覚してリリーナがまた「あれは私の力なのよ!」とか言い出しても厄介なので、アートルムの活躍に感謝する。聖女の力があるので、アートルム含め皆さんが命を落とすことはないのだけれど、できればそれを知られたくはない。
どちらにせよ、結界などで追い払うだけでは、この魔獣はまた襲ってくるだろう。今、この場で浄化しなければならない。
(でも、こんなにも大きな魔獣は初めて……。浄化の力も使ってはいるんだけど、少し時間がかかりそう)
さっきから、他の人々に気付かれないよう無詠唱で聖女の祈りを捧げている。
しかし今まで遭遇してきたどんな魔獣より強い、聖なる力への抵抗力を保有しているようで、なかなか浄化できない。
その間にも、アートルムや騎士団の方々は戦い続ける。
中でもアートルムの強さは桁違いだ。まるで剣舞のように魔法剣を振るい、刀身から発せられる魔法によって魔獣を攻撃する。激しい炎や雷撃が魔獣を包み、唸り声を上げさせていた。上級の魔石を用いた魔法剣でも、これだけ見事な攻撃は見たことがない。
アートルムはまるで、魔石なしで自在に魔法を使っているみたいだ。他の騎士達は彼に鼓舞され、勇敢に魔獣に立ち向かう。アートルムはそんな周囲の人々を守りながら、的確に立ち回っていた。
「さすがはオブシディア辺境伯……!」
「なんて強さだ!」
「皆、オブシディア辺境伯に続け!」
オオオオオ、と勇敢な声を上げ、次々と魔法剣から魔法攻撃が放たれる。
炎や雷撃が縦横無尽に宙を舞うその様子は、まるで熱と光の祭礼だ。
(このまま、アートルムや騎士団の皆さんが時間を稼いでくだされば、魔獣の浄化ができる……!)
そう希望を抱いていたところで、再び気持ちを翳らせるような声が聞こえてくる。
「おやめください、危険です!」
「うるさい、こんなところにいられるか! 俺は自分の屋敷に帰る!」
「今、外に出る方がかえって命とりですよ!」
(ヴォイド、何してるの……!?)
どうやら、城が魔獣に襲われているという状況でパニックになり、自分だけ屋敷に逃げ帰ろうとしているようだ。兵士さんが呆れた様子でヴォイドを止めているが、ヴォイドの方は聞く耳持たず、といった様子である。
(リリーナといい、どうして次から次へと、周りに迷惑をかけるようなことをするのよ……! じっとしていることすらできないっていうの!?)
しかも、これはかなり厄介な事態だ。
ヴォイドは「魔獣を引きつけてしまいやすい」特異体質。
彼が発する匂いに、魔獣は、惹かれてしまう。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
ぐわりと大きな口を開け、鋭い牙を覗かせて、魔獣がヴォイドへと突進する。
「ひいいいいいいいいい! ぎゃあああああああああ!!」
ヴォイドは泣き喚いて逃げ惑い、彼が走ったその方向には、リリーナがいて――
「ちょっと、こっちに来ないでよ!」
「魔獣が追ってくるんだから、仕方ないだろ!」
「だからってなんで私の方に……! そうだわ!」
リリーナは、火事場の馬鹿力のようにグイッとヴォイドを引っ張って自分の前――魔獣の前に突き出す。
「ひぎゃあああああああああああああ! 何をするんだ、リリーナ!」
「ヴォイド様、私の盾になって! あなたは私を愛しているのだから、私のために死ねるなら幸せでしょう!?」
「ふざけるなああああああ!! 誰がお前なんかのために死ぬかっ!」
「私や、他の皆さんを守るための尊い犠牲になれるのよ、光栄に思いなさい!」
「いいかげんにしろ、この性悪女め! お前も道連れだ!」
ヴォイドはリリーナを引っ張り、ぐいぐいと魔獣の前に突き出そうとする。
「いやああああああああ、信じられない、この人でなしっ!」
「それはこっちの台詞だあああああああっ!」
(……この2人、数ヶ月前『真実の愛』どうのこうのと言って、舞踏会でイチャイチャしていたのと同一人物よね……?)
あれほど私の前で、真実の愛がー運命の相手がーと主張していたのに。
今はもはやお互いに、どちらが犠牲になるか押し付け合って鬼のような形相をしている。まさしく、醜悪な地獄絵図だ。
「まったく……本当にどこまでも愚かな奴らだな。だが魔獣を引き付けておくという点では、今この状況では、ほんの少しくらい役に立っているか」
魔獣がヴォイドの匂いに惹かれて宙から地へ降り立ったため、さっきまでより攻撃しやすくなっている。魔獣がヴォイドの方に夢中になっている隙に、アートルムは魔法剣から魔法を放った。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
魔獣は苦しそうな叫びを上げ、アートルムの方を振り返って暴れる。
鋭い爪が、アートルムの身体を引き裂きそうになって――
その爪は、見えない壁に阻まれるように、バチンと弾かれた。
「なんだ、今のは!? 辺境伯の前に、見えない防壁があるかのようだったぞ!」
「どうなっているんだ。まるで聖女の加護を受けているようだ」
「もしかして、これが聖女の力なのか!?」
騎士さん達は、念のためリリーナの方を確認する。
しかしリリーナは、先程の魔獣が眼前に迫る恐怖に耐えられなかったようで、ヴォイドともども白目を剥いて失神している。
「……ユーリア、ありがとう」
気のせいか、アートルムの唇が、そう動いたように思えたのだけれど……。
気のせいだよね? アートルムは、私が聖女だということを知らないし。
ともあれアートルムは、凛と魔法剣を魔獣に構えなおし――
「さあ――魔獣よ。これ以上、罪のない人々を混沌に陥れるのはやめてもらおう」




