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2・聖女の理不尽な制約

 リリーナにはともかく、私に馬車など用意されているはずがない。徒歩でタウンハウスまで帰ると、出迎えたのは父と母からの侮蔑の表情だ。


 父と母は、私が外から帰ってきても、いつも「おかえり」などと声をかけてくれることはない。ただ虫ケラのように私を一瞥するだけだ。だから私も特に何か告げることなく、自分の部屋に向かおうとしたのだけれど――


「ヴォイド様から婚約破棄されたんだろう」


 何の温度もない、機械仕掛けのような声でお父様がそう言った。


「……知っていたのですか」


「少し前に、ヴォイド様から相談していただいていたのだ。婚約相手を、ユーリアからリリーナに変えさせてほしいと」


「お父様とお母様は、それを了承したのですね」


「当然だ。他家の令嬢への心変わりなら話は別だが、リリーナはうちの娘だからな。ヴォイド様のお相手がお前からリリーナになっても、我が家に損害はない。むしろ、無能なお前を嫁がせるなど、ゲルニア公爵家に申し訳がないと思っていたのだ」


 申し訳がないというか、きっと私がヴォイドから離縁されることを心配していたのだと思う。なんとか結婚までこぎつけたところで、どうせ私のような娘はいつかヴォイドに捨てられるのではと心配していたはずだ。そうしたら、クリスタリム家はゲルニア公爵家の後ろ盾を失うことになる。だったら、美しくて離縁される心配もないリリーナに乗り換えてもらった方が、両親としても安心だったのだろう。


「ヴォイド様が心変わりした相手がリリーナだったからよかったものの、他家の令嬢に奪われていたら、クリスタリム家の名折れだった。想像しただけでぞっとする」

「本当に、リリーナがいてくれてよかったわ」


(……よかった、ですって?)


 婚約破棄されたばかりの娘の前で、よくそんなふうに笑っていられるものだ。

 いや、わかっていた。この人達にとって愛しい「娘」とはリリーナのことだけで、私のことは役に立たない屑でしかないのだ。


「だけど本当に、お前のことはどうしたらいいのでしょうね。偽の聖女で、次期公爵様からも捨てられた役立たず、もらってくれる殿方などいないでしょうし。はあ、まったく……」


「いつまでも家にいられても困るし、召使いか、娼婦としてどこかに売るくらいしか使い道がないな。同じ姉妹で、リリーナとこうも違うとは……はあ、嘆かわしい」


 ◇ ◇ ◇


 両親によるいやみをたっぷりと聞かされた後、私はやっと自分の部屋に戻ってきた。ぼふりと、質素なベッドに倒れ込む。


 部屋といっても、広々とした室内に豪奢なシャンデリアや天蓋付きのベッド、綺麗なドレスがたくさん仕舞われている衣装棚などを揃えているリリーナと違い、私の居場所はこの狭い屋根裏部屋だ。


 子どもの頃から、家族によってここに追いやられていたので慣れてはいるが、あらためて考えると、同じ家族とは思えぬ扱いに自嘲の笑みがこぼれる。


(……疲れた)


 舞踏会で一曲も踊らず帰ってきたというのに、身体が泥のように重い。婚約破棄、そして家族からの罵倒で、心が疲弊しきっている。


 このまま目を閉じて眠りに落ち――いっそそのまま、二度と目が覚めなければいいのに。そんなことを考えてしまうほど、もう、何もかもどうでもいい。


 人形のようにベッドに横たわったままでいると、ふと、コツンと窓を叩く音が聞こえた。


(何の音……?)


 のそりと顔を上げると、窓の外に見覚えのある影を見つけた。


「え? あなた、もしかして……」


 窓を開けると、外から入ってきたのは、掌サイズの黒竜。――ミニドラゴンである。

 このミニドラゴンは先日、怪我をしていたところを私が助けたのだ。


「また、私に会いに来てくれたの? ……わあ、綺麗なお花」


 ミニドラゴンさんは、口に一輪の薔薇をくわえていた。

 花を貰うなんて、何年ぶりだろう。昔……本当に昔の子どもの頃、ヴォイドからもらった記憶もあるにはあるけれど、もう彼は変わり果ててしまった。切ない思い出に胸が軋む。


(でも、このドラゴンさんが会いに来てくれたことも、お花をくれたことも、嬉しい)


 独りでは悲しみに押し潰されてしまいそうだったから、この子の訪れに感謝する。

 そっと手に乗せると、ミニドラゴンさんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「……せっかく来てくれたのに、こんなに元気のないところを見せてしまってごめんなさい。でもね、今日ばかりはどうしても辛くて……聞いてくれる?」


 他の誰にも話せないから、せめて少しでも気持ちを吐き出したかった。

 ミニドラゴンは、当然だけど言葉を話せるわけではない。私の言うことなんて理解していないだろう。けれど私は、今日起きた出来事をぽつぽつと語った。


「ヴォイドとのことは親同士が決めたことで、私も、別に彼を愛していたわけじゃない。私は結婚相手と心から愛し合うことはできないのだって、近年はもう諦めていたけれど……それでも昔は、いつかきっと2人で幸せになれると、信じていた時期もあったのにね」


 じわりと涙が浮かんでくるけれど、あんな人達のせいで涙をこぼしたくなどない。ぐっと唇を噛み締め、泣くのを耐えた。


「私はもう、どこにも居場所がない。……いっそこのまま消えてしまうのも、いいなって思うの」


(だって――本当は私が消えたら困るのは、皆の方なのだもの)


 左手を天井に伸ばすと、花の紋章……聖女の証が目に入る。


 私は間違いなく聖女であり、10年前にヴォイドとその家族達を魔獣の襲撃による瀕死から救ったのも私である。


 私は力を使えないわけではない。むしろ子どもの頃から回復、解呪、浄化、解毒など、聖女の力を一通り使うことができた。だけど――


能力開示(ステータスオープン)


 そう唱えると、眼前に私の能力値を示した光の表が現れる。

 これも聖女の力の一環であり、普通の人にはこの「能力開示」を行うことはできない。



・ユーリア・クリスタリム

・Lv.100 大聖女

・HP 55,403

・MP 107,883

・特殊能力 聖女の力

・備考1

 歴代の聖女の中で最大の力を保有する大聖女。

 その代償として、制約がある。制約とは、

「聖女の力について、決して自分から口外してはならない」である。

 大聖女の力は人間にとって誰もが欲するものであり、その力が知れ渡れば、争いを生むことになりかねないからだ。

 聖女は人間に力を明かさず、人間から隠れて力を使わねばならない。

 例外として、人間ではないもの相手であれば隠さなくとも可とする。

 制約を破り自分から聖女の力について口外した際、力は消滅する。


・備考2

 聖女が寿命以外の要因で命を落とした場合、それまで聖女の力によって行われた治癒・解呪・浄化・解毒などは全てなかったものとなる。



 ……そう。この「制約」こそが、私が今まで真の聖女であると名乗り出ることができなかった理由。


(聖女の証はあるのに、公言したり人前で力を使ってはいけないって、明らかにおかしいと思うんだけど……。一体誰がこんな制約を決めたっていうのかしら)


 私は聖女として強大な力を持っているが、それを自分で言ったり、人前で使ったりしてはならない。

 この力のことは、隠し通さなければならないのだ。でなければ、力を使えなくなってしまうから。


 だから私は、今まで大勢の人達を助けてきたけれど感謝されたことなんてないし……それはこれからも、変わらないだろう。

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