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19・偽りが崩れ落ちる瞬間

「あ……お、お任せください……っ!」


 陛下の言葉に、リリーナは一瞬怯んだものの、すぐに目に光を宿した。

 どうやら自分は特別な人間なのだと、信じているようだ。

 彼女の人生は今まで、何もかもうまくいき、望むものは全て奪い取ってきたから。


 リリーナは、窓の外の魔獣に向かって、声高に言った。


「聖女の名の下に命じます。魔獣よ、今すぐ消え去りなさい!」


 その気迫だけなら、本当に魔獣を消し去りそうなほど真に迫っており、一瞬人々は、これで全て解決するのかと期待を抱いたが――


「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 城の外では、魔獣が消滅することはなく、暴走がおさまることもない。

 魔獣は鳴き声を轟かせながら、鳥のような翼で夜空を旋回している。


 国王陛下は、冷たい目でリリーナを一瞥した。


「どうした。そなたは聖女のはずなのに、なんの効果もないようだが?」


「こ、これは……聖女の力を使うための、愛が足りないからです! 皆様の行いのせいですよ! 皆様が私を愛し、敬う気持ちが大切なのです!」


「つまり、結局今この場で聖女の力は使えないということだな?」


「ですから、私のせいではありません! 聖女の力が使えないのは、皆様が私を尊ぶ清い心を持っていないためです。なんて嘆かわしい……!」


「これまでずっと城で何不自由ない暮らしをさせ、そなたの要望で舞踏会を開き、最上級のドレスを用意した。ここまでしてもそなたは満足せず、魔獣相手に何もできない役立たずということだろう?」


「や……っ!? 聖女であるこの私を、役立たずだとおっしゃるのですか!?」


「聖女の力を持っていようが、それが今使えず人々を守れないのであれば、何の役に立たない」


 リリーナは絶句し、あんぐりと間抜けに口を開ける。


「もういい。騎士団で魔獣を討伐せよ」

「はっ!」


 国王の一声で、魔石を用いた武器や防具で武装した王立騎士団の方々が外へ向かってゆく。それを見て、リリーナは更に呆然としていた。


「えっ、どういうこと……? 騎士団って……」

「本当に聖女なのかもわからない女だけを頼りにしていたわけがないだろう。このような事態も想定し、騎士団には魔獣討伐の訓練を強化したうえで、広間の隣室に待機させていた」


 リリーナは顔を赤くし、ギリッと唇を噛む。最初から聖女として信用されていなかった、頼りにされていなかったことが屈辱だったようだ。


「ひどい! 私のことを信じてくれていなかったのですね!」

「信じてほしいのであれば、己が聖女であると証明せよ」


 陛下の言葉は、リリーナのプライドを刺激したらしい。

 幼い頃からどろどろに甘やかされてきたリリーナは、そのような挑発的な言葉に慣れていないのだ。そこまで言われたら、黙って引き下がることはできなかったようである。往生際の悪さは、ヴォイドもリリーナも変わらない。


「わかったわ、証明してやるわよ! 見ていなさい!」


 かっとなって頭に血が上った様子のリリーナは、騎士団について自分も城外へ出ようとする。いくらなんでも、さすがに放っておくことはできなかった。


「やめなさい、リリーナ」

「何よ、お姉様!」

「あなたが行っても、何もできずその場を混乱させ、騎士団の方々にご迷惑をかけるだけよ。この非常事態に、個人の感情だけで場を乱すのはいけないわ」

「うるさい! お姉様ごときが、私に口出ししないで!」


 リリーナは、止めようとした私の手を払い落とす。


「ちょっと綺麗になっていい男を射止めたからって、調子に乗るんじゃないわよ……! 私は特別なの! お姉様のような凡人とは違うのよ! 魔獣の前に出れば、きっと聖女の力が開花するわ!」


 結局、リリーナは私が止めるのも聞かず、飛び出して行ってしまった。


(リリーナは自業自得だけど……真の聖女としては、この場で何もしないわけにはいかない)


 しかし隣にはアートルムがいて、迂闊に動けば怪しまれてしまうかもしれない。

 どうしようかと考えていると、ふとアートルムが言った。


「ユーリア。今は少しでも戦力が必要な時だ。オブシディア辺境伯として、俺も、王立騎士団の助太刀に行ってくる」

「あ……はい。わかりました」


(これなら彼の目がないうちに、私もひっそり聖女としての力を使える……!)


「だけどどうか、くれぐれも気をつけて。アートルム」

「ああ。……ユーリアも、自分の身を守ることを第一に考えるんだぞ」


 アートルムが広間から出てゆく。

 広間に残った周りの人々は、皆窓の外の魔獣の姿に釘付けだったため、私も、誰にも気付かれず外に出ることができた。


(アートルムが私を守ろうとしてくれるように……私もアートルムのことを守りたい)


 魔獣が暴れている中庭へ降りると、柱の後ろに隠れ、まずはそっと様子を窺う。

 すると、ちょうどリリーナが無謀にも魔獣に近付こうとしているところだった。


「わ、私は聖女よ! 魔獣よ、立ち去りなさい!」


 当然ながら、魔獣にそんな言葉が通じるはずがない。

 魔獣は、巨大な蛇のような尾を鞭のように振り、リリーナを攻撃しようとする。

 リリーナは間一髪で避けたものの、一瞬前までリリーナが立っていた地面が抉れており、彼女は顔を蒼白にして叫んだ。


「いやあああああ、何これ! 助けて、誰か、私を助けなさいよぉぉぉ!」


 すると傍にいた王立騎士団の団長さんが、困惑した顔で言った。


「あなたは、聖女様なのでしょう。助けられる側ではなく、人々を助ける側の者のはずですが」

「違う、違うの……っ! 私、本当は……っ、聖女の力なんて、使えたことがないのぉ……っ」


 リリーナの高いプライドも、死の恐怖の前には砕け散るしかなかったようだ。

 彼女は震える声で、やっとそう白状した。

 騎士団の方々は、白い目でリリーナを見て嘆息する。


「やはり、そうだったか。確証がないから邪険にもできなかったが、そんなことだろうと思っていた」


「な、何よ、その呆れた目は……! 私が聖女って、皆が勝手に勘違いしていただけでしょう! 私は悪くないわ!」


「自分から、聖女であることを盾にして、周囲に無茶なことばかり要求していただろう」


「だって……お城から聖女だなんて迎えがきたら、本当にそうなのかなって……。それらしく振る舞っていたら、だんだん自分の中でも、自分は聖女なんだって思いが膨らんで……」


「聖女として振る舞う自分に酔っていた、ということだな。救いようがない」


「なんなのよ! 私をこんなふうにした皆が悪い! 私は被害者よ!」


「そのような子どもじみた言い訳が通用すると思うな。今は、あなたの相手をしている場合ではないが……」


 騎士団長さんは、すらりと剣を抜く。

 それは今から魔獣を討伐するという合図であるが、鋭く光るその剣はまるで、リリーナの未来そのものを断ち切るかのようにも見えた。


「魔獣を討伐した後は――聖女だと詐称して陛下や王家を惑わせた罪、しっかりと贖ってもらうぞ」

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