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18・魔獣襲撃

今回からまたユーリア視点に戻ります。

「何を言っているの? 当たり前じゃない。私はユーリアよ」


 そう告げると、リリーナは驚愕の表情で私を見た。


「う、嘘……っ。以前のお姉様と、全然違うじゃない……っ」


 すると、アートルムが私を抱き寄せる。

 建国記念祭の舞踏会ということもあり、明らかに態度を悪くするような大人げのない真似はしないが、リリーナへ向ける視線は氷のように冷たく鋭い。


「ユーリアは、もともと美しい女性だったが? 君や両親に虐げられ、長い間健康を害していたようだがな」

「虐げてなんておりませんわ! アートルム様、あなたは騙されているのです。お姉様にずっと虐げられていたのは、私の方で……」

「――ほう。君は、俺の妻となる愛しい人を、嘘つき呼ばわりするつもりか?」


 アートルムから、殺気にも似た冷気が発せられ、リリーナはビクッと肩を揺らす。


「俺の婚約者を侮辱するな。ユーリアは、誰よりも心優しい女性だ」

「侮辱なんて……私、そんなつもりじゃ……っ。アートルム様、私の話を聞いてください!」

「これ以上君の虚言に付き合っている暇はない。妹といえども、愛しいユーリアとの時間を邪魔されたくないからな」


 アートルムは私を抱き寄せたまま、リリーナに背を向けようとし――


「お待ちください!」


 リリーナの甲高い声が、広間に響き渡った。

 その大声によって、今まで私達に気付いていなかった人々も、こちらに視線を向ける。


「私は聖女ですのよ! 国を守るこの私の言葉を、無視するおつもりですの!?」

「君は本当に、真実でもないことを、あまりにも堂々と口にできるんだな。今まではそれで上手くいっていたのかもしれないが、今後もそれが通用すると思うな」


 そう――リリーナの恐ろしいところは、どれほど真実から遠い嘘であっても、まっすぐに人の目を見て、なんの躊躇いもなく堂々と言えることだ。


 周囲の人々は、「これほどはっきりと言うなら、真実なのかもしれない」と思わされてしまう。それにリリーナを疑った場合、「私を疑うなんてひどい」とすぐ目を潤ませるので、それが厄介というのもある。


「君は、聖女などではない。これ以上、俺とユーリアの邪魔をしないでもらおう」

「そんな、アートルム様――」


 リリーナが往生際悪く食い下がろうとした、そのとき……


「見つけたぞ、リリーナ! ユーリア!」


 ――聞き覚えのある、しかしできれば二度と聞きたくなかった声が耳に入ってきた。


「ヴォイド……」


 つかつかとこちらに寄ってきたのは、舞踏会のため正装した元婚約者だ。


「……まあ、ちょうどよかったわ。ヴォイド、あなたは、今はリリーナの婚約者でしょう。リリーナを連れて行って」

「嫌だ」

「え?」

「俺の運命の相手は、リリーナなんかじゃなかった! お前だったんだ、ユーリア!」


 ヴォイドがまた、舞台役者のように大きな声で言い、ざわっと周囲がどよめく。


(いやこんな場で、大声で言われても、無駄に注目されて迷惑なのだけど……)


「頼む、ユーリア。俺ともう一度、やり直してほしい。今度こそ、俺達はきっとうまくいくはずだ……!」


 すると、ただでさえ怒気と冷気を含んでいたアートルムの声が、更なる軽蔑を含んでヴォイドを刺す。


「俺の婚約者に求婚とは、いい度胸だな」

「っ、それは……」

「今までさんざんユーリアを虐げてきた貴様に、ユーリアとやり直せる機会などあるはずがないだろう。恥を知れ」


 アートルムと共に立ち去ろうとすると、ヴォイドもやはり食い下がろうとする。一体どこまで諦めが悪いのだろう。


「ま、待ってくれ! ユーリア、俺の弁明を……」

「しつこいぞ。今日は建国記念祭であり、舞踏会なのだ。周りの目もあるというのに、これ以上醜態を晒す気か?」


 ヴォイドは、はっと周囲の様子を窺う。

 私に婚約破棄を言い渡すときは周りの目なんて気にしていなかったくせに、自分が蔑まれるかもしれないことには敏感なようだ。


 今度こそ私達は、振り返らずヴォイドから離れようとしたのだけれど――


「待ってくれ、ユーリア! これだけは聞かせてくれ……! 君が真の聖女だったんだろう!?」


 縋るように尋ねてきたヴォイドの声は、やはり無駄に大きい。周りの貴族達から注目されてしまう。


「ユーリア嬢が、真の聖女……?」

「クリスタリム家の姉妹の話だろう? 姉が聖女と言われたり、妹が聖女と言われたり……一体どういうことなんだ?」


 ザワザワと、どよめきは波紋のようにひろがってゆく。


「ユーリア、俺は、君の汚名を晴らしたいんだ。リリーナの嘘を暴くから、俺のもとへ戻って――」


 そこでリリーナは、きっと眉を吊り上げてヴォイドを睨んだ。


「ちょっと、ヴォイド様! 何を言っているの、聖女は私でしょう」

「うるさい、よくも騙してくれたな、この性悪女! この俺に嘘をついて、許されると思うな! 必ず断罪を下してくれる……!」


(他の方々も大勢いる前で、なんて見苦しいやりとりを……)


 この2人と同類と思われたくない。一刻も早く2人から離れたい、と思っていたところで……


「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 ――耳をつんざくような、明らかに人間のものではない叫びが聞こえてきた。


「なんだ!?」

「この叫び……魔獣か!?」


 周囲の人々がどよめきを上げるのと同時に、外の警備をしていた兵士さんが会場に入ってくる。


「皆様、魔獣の襲撃です! 危険ですので、無闇に外に出ないようにしてください!」


 そのとき、舞踏会会場の大窓からも、不気味な影が見えた。

 獅子のような顔に、鳥のような翼、蛇のような尾を持つ、巨大な魔獣だ。


「ひっ、なんて大きな魔獣だ……!」

「恐ろしい……!」


 貴族達は恐れ慄き、皆顔面を蒼白にさせている。

 恐怖、混乱、絶望が会場を支配してゆく。


「皆様、落ち着いてください! 皆様の安全は我々がお守りいたしますので、どうか混乱せず、この場を動かないでください!」


 兵士さんの声で、人々のざわめきが少しだけ落ち着いた後――よく通る声が、広間に響き渡った。


「リリーナ・クリスタリム!」


 ――声の主は、国王陛下だ。

 陛下はリリーナに視線を向け、言葉を続ける。


「そなたは聖女なのだろう。今こそ、その力を使って、この場にいる(みな)を救ってみよ」


「え……っ」


 リリーナの顔が、真っ青に染まって――

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