17・舞踏会にて
そうして時は流れ――開国記念祭の夜が訪れた。
王城の大広間には、国内からも国外からも、多くの賓客が訪れている。
男性達は皆、高価な宝石やレースをふんだんにあしらったドレスを纏ったリリーナに見惚れていた。
「あれが、噂の聖女様なのか? お美しい……!」
「なんと可憐な……見るからに心が清らかな聖女様だな」
聞こえてくる声に耳を澄ませ、リリーナは内心でふふんとほくそ笑む。
(私が美しいなんて、当然じゃない! ま、今更とはいえ、言われて悪い気はしないけどね)
「麗しの聖女」への視線を向けられ、悪い気はしないものの――不満はある。
「ねえ。どうして、私をエスコートしてくださるのが陛下ではないのかしら?」
「陛下は他国の来賓のご対応などもあり、お忙しいのです。後でリリーナ様とも、一曲は踊れる予定ですので」
リリーナの相手をしているのは、城に仕える武官や文官達だ。リリーナの機嫌をとるために、若くて顔のいい男性ばかりが集められた。
この舞踏会は、国内外の貴族達が集まる場である。リリーナがまだ聖女と確定したわけではないのに、国王がリリーナを寵愛しているなんて誤解を招くことは、国王としては避けたい事態だった。王の役目として今後、結婚や跡継ぎをもうけるということが待っており、そこには政略的な意味が多分に含まれる。
リリーナが本当に聖女で国を救う存在であるならば、国王は己の感情を殺し、王妃にするべきかもしれないとは考えていた。――だが、何の証拠もない今の状況で彼女と恋仲であるかのように振る舞うのは、リスクが高すぎる。国王は、リリーナの扱いに困っているのだ。
一方リリーナは、そんな国王の内心など知らず、すっかり聖女を気取っていた。
「なんて美しい令嬢だ……!」
(ふふ。また私の噂? どいつもこいつも、男なんて皆チョロいわね)
「本当だ、あんなご令嬢、初めて見たぞ」
「なんでも、オブシディア辺境伯の婚約者らしい」
(――え?)
聞こえてきた褒め言葉が自分に向けられているものではないと気付き、リリーナは眉を顰める。
(何よ、私より綺麗な女がいるっていうの? しかも、オブシディア辺境伯の婚約者って……? オブシディアといえば、お姉様が嫁いだところじゃない)
気になって、皆の視線の先を見てみると――
「……っ」
リリーナの瞳に、まるで一流絵師が描いた絵画のように美しい令嬢が映った。
(ぐ……確かに、綺麗ね。ていうか、隣にいるのがオブシディア辺境伯ってこと? めちゃくちゃ美形じゃない! 陛下よりもずっとかっこいいわ!)
国王も決して醜いわけではないが、アートルムと比較してしまうと華やかさには欠ける。リリーナの頭の中から国王のことが消え去り、視線の先のアートルムと、その横の女のことしか考えられなかった。
(でも、どういうこと? オブシディアにはお姉様が嫁いだのに、あの美人が婚約者って……はっ、そうか)
とある考えに至り、リリーナはほくそ笑む。
(お姉様ったら、彼に捨てられたのね! そりゃあそうよ、あんな骨と皮しかないような女、どんな殿方だって嫌に決まっているもの。辺境伯様は、お姉様との婚約を破棄して、別の令嬢を選んだのね。ああ、いい気味だわ)
――そう、リリーナはこの時点では、アートルムの隣にいるのがユーリアであることに、ちっとも気付いていなかった。
リリーナの知るユーリアとは、骨のように痩せ細り、魔女のように顔色が悪く、いつも貧民のようなボロきれを纏い、偽りの聖女と罵られる無惨な女である。
対して今リリーナの瞳に映るユーリアは――健康的な身体、薔薇色に染まった頬、最上級のドレスを身に纏い、優雅にアートルムにエスコートされている。クリスタリム家にいた頃とはまるで別人だ。
ユーリアとアートルムは穏やかに微笑みを交わしている。誰の目から見ても仲睦まじい、お似合いの婚約者同士だ。
だからこそ――リリーナの黒い欲望が、刺激された。
(――欲しい)
たいして好きでもなのに、ユーリアからヴォイドを奪い取ったように。
リリーナには、「他人のものだからこそ欲しくなる」という性質がある。
(欲しい、欲しい、どうしても、あの男が欲しい……っ!)
他人のものを自分が奪った瞬間に味わえる、勝利の高揚感がたまらないのだ。奪われた女の屈辱に歪む顔を拝んでやることで、自分は誰より格上で特別な存在なのだという実感に酔いしれることができる。
(ヴォイドは、次期公爵ってだけで、別にたいした男じゃなかったけど。……それでも、舞踏会でヴォイドを奪ってやったときのお姉様の無様さったら、本当に愉快だったわ)
大勢の貴族達の前で婚約破棄を言い渡される姉のことを、思い出すだけで、吐息が熱く震えるほどゾクゾクした。
あのときと同じように、目の前の美しい女の敗北を拝んでやりたい。
一度火が点いてしまった欲望は消すことはできず、リリーナは吸い寄せられるようにふらふらと、ユーリアとアートルムのもとへ近付いてゆく。
(陛下もいないし、ちょっとだけ……)
「お初にお目にかかります。私、クリスタリム伯爵家のリリーナと申します」
リリーナはアートルムに、極上の笑みを浮かべる。
けれどアートルムも、もちろんユーリアも、彼女に好意的な視線を向けることはなかった。
「……ひさしぶりね、リリーナ」
「えっ?」
(どういうこと? 初めて会ったのに、ひさしぶりって……。しかもこの私を呼び捨てに?)
おかしな令嬢だと思ったが、その声は耳に馴染む気がした。
昔から、よく聞き覚えのある声――
(え? ちょっと待って、この声……)
「嘘でしょ……!? まさか、お姉様なの!?」
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