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16・そうして、舞台は整った

 聖女の力を発揮するためという名目で王城に居座ることになったリリーナは、豪華な客室を与えられ、城のメイド相手に我儘放題の日々を送っていた。


「ねえ、陛下とお会いすることはできないの? 今日はせっかく天気がいいんだから、薔薇園で陛下とお茶でもしたいわ」

「申し訳ございません。陛下は公務でお忙しいので……」

「いっつもそればっかりじゃない! 私は王家の客人であり、聖女なのよ? この国がどうなってもいいと思ってるの?」

「恐れながら、陛下は昨日もリリーナ様のお顔を見にいらしたと思いますが……」

「私が呼んだら、いつでもすぐ駆けつけてほしいのよ!」


 こんな調子で、リリーナはメイドを困らせていた。

 城へ来るまで、クリスタリム家での暮らしは、ずっと使用人代わりだったユーリアがいなくなったことで不便極まりなく、ストレスが溜まっていたのだ。


 ここでは黙っていても最上級の食事や菓子が出され、部屋は塵一つなく清潔に保たれ、洗濯を自分でする必要だって一切ない。久々に味わう、他人を好きなだけこきつかえる快感で仕方がない。気分が高揚し、かつてのユーリアの代わりに、若いメイドに無理難題を言って困らせることで楽しんでいた。

 身分の高い男性、容姿の優れた男性には媚びを売るが、そうではない者はリリーナにとって、道具や玩具でしかないのである。


「陛下には王としてのお仕事がございますので……そのようなことは不可能でございます」


「いちいちうるさいわね! ねえあなた、さては私のこと、陛下達に、我儘だとか横暴だとか、悪く言っているんじゃないの? だから陛下が、私に(なび)いてくださらないのかも。いい、私は聖女なのよ? 私の気分に、この国の未来がかかっているんだから。陛下や他の方々に私のことを悪く言ったら、あなた……どうなっても知らないからね」


 聖女であることを盾に、しっかりと脅しておく。

 城から従者が迎えにきた際は「私は聖女じゃないのにどうしよう」と焦っていたリリーナだが。最近すっかり、周りから「聖女様」として扱われ、自分でも「私が聖女」と公言することで、完全にその気になっていた。


 今やリリーナは、自分には特別な力があって、ピンチになったらその能力が開花し、自分が世界を救って皆から賞賛されるのだと思い込んでいる。

 自分は運のいい人間で、今までの人生だって望むものはなんでも手に入ったのだから。今度もきっと自分に都合よく物事が運ぶに違いない、と……。


 やがて日が暮れた頃、国王がリリーナの様子を見に、彼女の客室を訪れた。


「陛下! お待ちしておりましたわ」


 メイドを虐げていたときとは打って変わって、リリーナは国王に抱きつかんばかりの勢いで、媚びるような笑顔を浮かべて近付く。


「もう、なかなかいらしてくださらないんですもの。私、寂しかったです」

「仕事で忙しいのだ。1日に1度はここへ顔を出すようにしているが」

「でも、もっと陛下と一緒にいたいんですの。どうして毎日そんなにお忙しいのですか?」

「通常の執務に加えて、もうすぐ、建国記念祭もあるからな。いろいろ準備や指示をしないといけないのだ。隣国からの賓客もあるしな」


 建国記念祭では国の重鎮達がスピーチを行い、王城では晩餐会が行われる。王都では市民達による料理や菓子の屋台が並び、楽団は笛や竪琴を奏で、歌唱団が声を響かせ、花飾りで着飾った踊り子達が舞う。


「ああ、そういえばもうすぐ記念祭でしたわね! そうですわ陛下、お城で舞踏会を行いましょうよ!」


 この国の記念祭では、意外なことに舞踏会が行われない。

 だがそれには理由があった。約20年前――その頃はまだ舞踏会が行われていたのだが。大勢が集まる舞踏会なのをいいことに、淑やかな令嬢のふりをして忍び込んだ暗殺者によって王子が殺されそうになったことがあるのだ。

 不幸中の幸いとして王子は一命をとりとめ、暗殺者も罰せられたが――。記念祭の舞踏会にはその事件のイメージがつきまとい、「縁起が悪い」とされて、それ以来ずっと開催されずにいた。


 だが、せっかく他国からも多くの来賓を招くのに、舞踏会のような華やかな催しがないのは味気ないと不満の声も上がっている。警備を厳重にしたうえで、また舞踏会を開催するというのも確かに一つの案ではあるが……。


「私、陛下と踊りたいですわ」

「しかし、今から舞踏会の準備をするとなると、いろいろと手間もかかるし準備してきた予定も崩れる」

「聖女である私がやりたいと言っているのにですか? 陛下は私のお願いを聞いてくださらないのですね……ひどい……」


 リリーナはお得意の泣き真似で、くすんくすんと瞳に涙を浮かべる。

 か弱い女性を好む男性ならともかく、国王にとっては、正直鬱陶しいとしか思えなかった。心の中でため息を吐くが、まだリリーナが聖女ではないという証拠はないので、堪えるしかない。


「……わかった。舞踏会を開催しよう」

「本当ですか! さっすが国王陛下! やっぱり素敵です!」


(舞踏会でいつも以上に着飾った私とワルツを踊れば、陛下も私に心を奪われるに違いないわ。ああ、建国記念祭の舞踏会で陛下と踊れるなんて……国中の皆から羨望の目で見られるわね!)


 リリーナはウキウキと心を踊らせ、どんなドレスを仕立てさせようか考えていた。

 その舞踏会が、自分の破滅の場になるなど、想像もしていない。


 一方その少し後、オブシディアでは――


 ◇ ◇ ◇


〇ユーリア視点


「ユーリア。城から、建国記念祭で行われる舞踏会について、招待状が届いているんだが」


 アートルムは、この国で大きな力を持つオブシディア辺境伯。王都からは離れた領地とはいえ、国の大事な行事に際して、招かれるのは当然だ。


「舞踏会を? 建国記念祭では、長い間開催されていなかったと思いますが……」

「今年から、また開催することになったらしい。せっかくだから、君と参加したいと思ったんだが……」


 アートルムは一瞬だけ目を伏せてから告げた。


「その舞踏会には、公爵子息であるヴォイドも訪れるだろうし、君の妹であるリリーナも参加するとの噂だ」

「!」

「会いたくないなら、舞踏会の参加を断ることもできるが。……君はどうしたい? 俺としては、君が見下されたままなのは理不尽だと思っているが」


 少し考えた末、私はアートルムの瞳を見つめて言った。


「……私にとって舞踏会というのは、最悪な記憶しかないのです」


 家族から「お前なんかが舞踏会に出ても、恥になるだけだからやめておけ」と言われ続け、仮にも子爵令嬢でありながら18歳になるまで一度も舞踏会に参加したことがなかった。


 そして初めて参加した舞踏会では……みすぼらしい姿で参加し、大勢の貴族達の前で婚約を破棄された。


(本当に、最悪な記憶。だからこそ……)


「だから……今度こそ、幸せな記憶を作りたいです。アートルム、舞踏会で、あなたと踊りたい」


 ふわりと微笑みを浮かべながらそう言うと、アートルムも同じように笑んでくれた。


「そうだな。俺も、今まで舞踏会というものは好きではなかったが。君となら、幸せな時間を過ごせるだろう」


「ふふ。舞踏会、楽しみですね」

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