14・聖女の力「能力上昇」
「アートルム、羽音の正体はなんでしたか?」
「やはりロッシュ鳥の群れだった。魔獣と違って温厚で、人を襲うこともない。何も問題ないさ」
「そうですか、よかった」
それから私は、もう少しだけ店内を見させてもらって、お店を後にした。
(どの回復薬も、薬師さんの工夫が見られて、薬草を使ったものとしてはとても素晴らしいけれど――)
私は回復薬に関する鑑定は、特別な呪文を使ったりしなくても普通に行える。だから回復薬を飲まずとも、瓶に入ったまま目視するだけで、どれくらいの効果を持つかわかった。
(聖女の力を使えば、もっと効果の高い回復薬が作れる)
私が聖女だと自分から明かすことはできないけれど、この街の人々の力になりたい。
こんな私のことを受け入れてくれたお返しに、街の人達の役に立ちたいのだ。
「他に見たい場所はあるか? ユーリア」
街を歩きながら、アートルムが尋ねてくれた。
「今度……森の方にも、少し行ってみたいです。薬草が採れるという場所に」
「そうか。ユーリアが興味あるのなら、次の休暇の際に行くとしよう」
「よろしいのですか?」
私が聖女ということをアートルムは知らないし、明かすこともできない。周りからしたら、私は何の力もないただの令嬢だ。魔獣が出る可能性がある森に連れて行くのは、普通なら嫌がられると思うのだけれど……
「問題ない。何があったとしても、君のことは俺が守る」
「あ……ありがとうございます」
――そうして、アートルムの次の休日。
私は馬に乗せてもらい、オブシディア北方の森、薬草の産地であり魔獣の発生地にも近い、ノースヴェールの森を訪れていた。
馬に乗せてもらうことや森の中を歩くこともあり、普段よりもずっと動きやすい格好をしている。
私は聖女なので、自分とアートルムの周りの薄い結界を張っていれば、魔獣が寄ってくることはない。普通の人間には結界は目視できないものなので、周囲に力がバレることもないし。
そうしてアートルムと共に森の中を少し進んだところで、数多の薬草が自生する場へと辿り着いた。
(よし、ここで……)
「アートルム。ほんの少しだけでいいので、1人にしていただけないでしょうか? その……少し、汗を拭きたいので」
こんな場所で1人になりたいと言うのは怪しいと思い、一応理由を足してみたものの。それでもやっぱり怪しいだろうなとは思う。だけどアートルムは、首を縦に振ってくれた。
「わかった」
(わかったんだ!?)
ありがたいけれど、それはそれで内心驚いていると、アートルムは私の心を見透かしたように、くすりと微笑む。
「以前、言っただろう? 君が俺に隠しごとをすることは構わない。俺は特に詮索もしないし、君を信じている」
「アートルム……」
「まあ、隠しごとは構わないと言っても、俺に黙って君が別の男と会うようなことがあったら、俺はその男を殺してしまうかもしれないがな」
「もうアートルムったら、冗談がお上手なんですから」
「別に冗談ではないのだがな」
くすくすと笑みを交わしながら、アートルムはそっとこの場を離れ、私を1人にしてくれた。「何かあったらすぐに呼んでくれ」という、お優しい言葉を残して。
(今のうちに……)
私は胸に両手を当て、小さめの声で呪文を唱えた。
『能力上昇』
パアッと、周囲に眩い光の粒が溢れる。
聖女の力によって、薬草の効能を上昇させたのだ。これで、ここの薬草を使用して作った回復薬は今までよりも飛躍的に高い効果を発揮することができる。薬草の効果を高めただけだから、薬師さん達が職を失うこともない。
「アートルム、お待たせいたしました」
彼のもとへ戻ると、アートルムはそっと私の髪を撫でてくれた。
「……ユーリア。ありがとう、オブシディアの民達のことを大切に想ってくれて」
「え、ええと。嬉しいですけど、どうして、今そのお言葉を?」
「気にしないでくれ。ただ、言いたくなったんだ。だって君は、心からオブシディアの民の幸せを考えてくれているだろう?」
「それは、もちろんです。自分にできることなら、なんでもしたいと思っています」
「ありがとう。君は優しいな。ただし、無理はしないでくれ」
「はい、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
クリスタリム領にいた頃は、誰かに感謝されることも、気遣ってもらえることもなかった。
聖女として、善行に見返りを求めるべきではないのかもしれないけれど、自分の存在意義を見失いそうな日々がずっと続いていた。
だけど今は……私はここにいてもいいのだと、思うことができる。
(どうか、こんな日々がずっと続きますように……)
◇ ◇ ◇
それから少し後のこと――オブシディア領の、とある家にて。
生まれつき重い病にかかっている少女が、ベッドに横たわっていた。
「お母さん、お父さん……苦しいよぉ……」
少女は10歳まで生きることはできないと医師から宣告されており、現在は9歳だ。青白い顔で、ゼイゼイと苦しそうに息をしながら、目を潤ませて両親に苦しみを訴える。死にたくない、まだ生きていたい、と訴えるように。
死の淵に立つ娘を見て、両親は涙を流しながら、必死に命を繋ぎとめようとするように手を握っていた。
「大丈夫……大丈夫だ。ほら、これを飲みなさい」
少女の父が差し出しだのは、街で購入してきた回復薬である。
だが、それで娘が助かるわけではないということは、父も母も重々承知していた。回復薬ならこれまで何度も使ってきたが、どんな上級回復薬でも、一時的に症状が軽くなる程度で、少女の病を完治させることはできなかったのだ。
少女の瞳からは少しずつ光が消えてゆき、心臓の音も弱まっているのがわかってしまう。それでも、僅かでも楽にしてやりたかった。命を繋ぎとめることが不可能だと痛いほどわかってはいるけれど、せめてほんの少しでも、安らかに――
両親は震える手で少女の口元に回復薬を運び、飲ませる。
すると――
「あれ……?」
閉じかけていた少女の瞳が、開く。
その瞳には生の輝きが宿っており、さっきまで青白かった顔色も、すっかりよくなっている。
「お母さん、お父さん……。このお薬、飲んだらね……身体が、すっごく楽になったの……。もう、全然苦しくないよ……!」
「本当か! よかった、ああ、本当によかった……!」
「すごい、一体どうして……まるで奇跡の力みたい……」
「こんなことが起きるなんて……ああ、この奇跡に感謝いたします!」
両親と娘は、歓喜の涙を流して抱き合った。
この家以外でも、不治とされていた病や、馬車の事故などによる大怪我が回復薬で治ったという現象が何件もあがった。
薬師達も、「最近ノースヴェールの森で採れる薬草の効果が、飛躍的に上がった」と話しているが、何が原因なのかは、いまだに解明されていない。
ただ、まるで聖女様による奇跡のようだ、と皆が噂をしていて――
こんな奇跡が起きるようになったのは、ユーリア様がこの地に訪れてからだ、とも密かに噂になっていた。
その後オブシディアは、魔石の産地だけでなく、薬草の産地としても有名になるのだが――それはもう少し、後の話。