13・オブシディア領の回復薬
私は掌に聖女の証があるため、誕生した際は国中で祝福されたと聞いている。そして力がない(と思われている)ことで、その喜びを裏切られたように感じた人々は私を偽りの聖女として蔑むようになったはずだが――この街の人々からは、そんなもの微塵も感じない。
(クリスタリム領にいた頃は、街に出ればヒソヒソと陰口を叩かれてばかりだったから……こんなふうに歓迎してもらえるのは、本当に嬉しい)
アートルムと街の人々のおかげでとても楽しい時間を過ごしていると――ふと、とあるお店が目に入った。
「あのお店は……回復薬を売っているのですか?」
「ああ。近くの森で、魔素を含んだ薬草が採れる。その薬草を薬師が調合し、回復薬を作っているんだ。俺が統括する騎士団でも使用している」
「興味があるのですが、少し見てもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろん」
扉を開けてお店の中に入ると、店員さんが笑顔で迎えてくれる。
「まあ、アートルム様。いつもありがとうございます。そちらの御方は……奥方様でございますか」
「ああ。俺の妻となる、ユーリアだ」
「お初にお目にかかります、ユーリアと申します」
そう挨拶をすると、店員さんもとても丁寧に頭を下げてくれた。
「今日は休暇で、ユーリアにこの街のことを紹介したいと思ってな」
「ご夫婦でご来店していただけるなんて光栄です。ユーリア様、どうぞごゆっくりとご覧になってくださいませ。といっても、当店は主に回復薬を扱っている店でして、あまり珍しいものはありませんが」
「回復薬には興味があるので嬉しいです。それに、オブシディアの森で採れる薬草は、薬効が高いとお聞きしておりますので、見てみたいと思って」
回復薬と一口に言っても、様々な種類がある。
治せる程度によって初級、中級、上級に区分されるのはもちろんのこと、調合する薬草の種類などによってもいろいろ変わる。
即効性がある分ものすごく苦いとか、副作用によりちょっとした反動があるとか。治癒だけでなくリラックス効果があるものや、眠気をなくすもの、逆に眠りやすくするものなど、本当に多種多様だ。
(回復薬は自分でも作るから、いろいろ見てると参考になるんだよね。私は薬草ではなく聖女の力を使うけど、それでも一般流通している回復薬を見るのは楽しい)
「わあ、こちらは子ども用に、飲みやすくするため果汁を混ぜ込んでいるのですね! 確かに、効果が高くても苦いものでは子ども達にとって飲みづらいでしょうし、これなら嫌がられることなく飲んでもらえそうです。わ、こっちは珍しい色をしていますが……。へえ、森で採れる茸を配合しているのですか?」
気分が高揚し、目をキラキラしてしまうのを自分で感じていると、アートルムが顔を綻ばせていることに気付く。
「……ふふ」
「どうかしましたか?」
「いや。君が楽しそうにしているのが嬉しいんだ、ユーリア」
「……っ」
(甘い、甘すぎます、旦那様……っ)
美しい顔に、とろけるような微笑を浮かべられ、かああっと顔が赤くなってしまう。
「そ、そのっ。あまりじっと見つめられては、やりづらいですわ……」
「そうか? 照れている君も可愛らしいから、目に焼きつけておきたいものだがな」
しゅうぅと音を立てそうになるほど顔が熱くなるのを感じ、どう返答するべきかわたわたしてしまっていると、店の外からバササッと大きな羽音のようなものが聞こえた。
「まさか、魔獣でしょうか……?」
「いや。おそらくこの地方に生息する、ロッシュ鳥という巨大な鳥だと思うが。一応様子を見てくる。ユーリアはここにいてくれ」
アートルムの言う通り、確かに魔獣の気配は感じない。それでも彼は念のため店を出ていき、私は店員さんと共に店に残った。
すると、店員さんはぽつりと言葉をこぼす。
「……それにしても、驚きました。アートルム様も、あんなふうに甘い言葉を口にするのですね」
「えっと……意外、なのでしょうか?」
「アートルム様は、私達領民のことをよく考えてくださっている、とてもお優しい方ですが。今までどんな女性に言い寄られても、靡くことはありませんでしたので。ユーリア様のことを、心から愛していらっしゃるのですね」
「まあ……店員さんたら、お上手なんですから」
「いえ、お世辞ではありませんよ? アートルム様が妻に望んだ女性はさぞ素晴らしいご令嬢なのだろうと、街の皆話しておりました。実際にお会いして、想像以上に素敵な御方だと心が弾んでおります」
店員さんの笑顔はとても朗らかで、演技のようには見えない。
だけど、どうしても気になってしまうことがある。
「その……私のことって、この街の方々は、特に何も聞いていないでしょうか」
(クリスタリム家の長女が『嘘つき聖女』である噂は、他領にも広まっていたけれど……)
「……失礼ですが、もしかしてユーリア様は、ご自分の悪い噂についてお気になさっているのでしょうか?」
言い当てられて、ドキリとする。やはりこの街の人々も、私の悪い噂自体は知っているようだ。
「そんなもの、お気になさる必要ありません。貴女はアートルム様が愛したご令嬢なのですから、とても心の美しい御方なのだと、私達オブシディアの民は思っていますよ。人の噂など信用ならないものですし、何よりこうして実際にお会いして、私は確信しました。
回復薬など、ご令嬢には、本来見てもつまらないようなものでしょう。ですがユーリア様は瞳を輝かせ、薬師による工夫などにもよく気付いてくださいました。貴女のような御方がいらしてくださって、本当に嬉しいです」
受け入れてもらえることが嬉しくて、胸が温かくなる。
「ありがとうございます……そんなふうに言ってもらえて、私こそ、嬉しいです」
微笑みを交わしていると、アートルムが帰ってきて――
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