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12・偽りの聖女は城へ、真の聖女は街へ

〇リリーナside


 ――ヴォイドがリリーナを聖女だと認識するきっかけとなったのは、ヴォイド曰く「体調を崩していた」際に、目を覚ましたら体調がよくなっていて、リリーナが傍にいてくれたから、である。


 なおそれは、ヴォイドがクリスタリム邸を訪れていた際、リリーナの父と晩酌をして飲みすぎてそのまま客室に泊まることになり、ひどい二日酔いで苦しんでいた、ということなのだが。呻き声がうるさくて見かねたユーリアが、夜中にそっと部屋に忍び込んで癒しの力を使ったのである。


 ユーリアはそのまま部屋を出て行ったのだが。姉のものが欲しくなる性格であり前々からヴォイドのことを狙っていたリリーナが、明け方頃ヴォイドの寝ていた客室に忍び込んだのだ。「苦しむあなたに、夜中ずっとお傍についていてかいがいしく見守っていた健気な私」を演出するために。


 コロッとそれに騙され、リリーナの可憐な笑顔(演技)に見惚れたヴォイドは、あっさりと「彼女こそが聖女であり、俺の運命の人だったのだ」と思い込んだ。だからリリーナは、それにつけ込むことにしたのだ。


(私が聖女だなんて、ヴォイドが勝手に勘違いしたのよ。私はそれに便乗しただけなんだから、悪くないわ。思い込みの激しいヴォイドが悪いんだもの!)


 リリーナは公爵令息であるヴォイドと、結婚さえしてしまえばこちらのものだと思っていた。「聖女だなんて嘘じゃないか」と言われても、ぽろぽろと美しく嘘泣きしてみせれば、誰も文句なんて言えないと思っていた。


 昔から、都合の悪いことは全て姉に押し付けて、自分はかわいそうな乙女を演じてさえいれば、周りが勝手になんとかしてくれたのだから。


(でもさすがに、これで私が聖女だっていうのは嘘だとバレて、国王陛下を騙した、なんてことになったら……罰せられるわよね?)


 そう考えるとぞっとするが、この空気の中で、「すみませーん嘘でした☆」とも言えない。

 しかし図太いリリーナは、はっと、とある考えに至る。


(国王様って、25歳なのに独身よね。お城に行けば、見初められちゃう、なんて展開があるのでは!?)


 そうだ、そうに決まっている。なにせ私は、こんなにも可愛いのだから。陛下だって、私の顔を一目見れば、きっと心を奪われる。私に跪いて、「王妃になってくれ」と求婚してくるに違いないわ!


(陛下に見初められるチャンスなんだから、聖女って嘘ついたまま、お城に行こう! ヴォイドってなんだか婚約してみたらぱっとしないしね。陛下に求婚されて、王妃として贅沢三昧な日々が送る方がいい!)


「では、リリーナ様。馬車に乗っていただけますか? このまま王城へ向かいますので」

「はい! うふふ、陛下のお役に立てるなんて、本当に光栄ですわ!」


 リリーナはウキウキと馬車に乗り込んでゆく。まるで、舞踏会へ向かうシンデレラのように。……けれどシンデレラとは違い、魔法が解けたら幸せになどなれないことも知らずに。


(王都は十何年も、ずっと平和だったのよ? そんな急に脅威的な魔獣が現れるわけないわよね。私が聖女じゃないってことも、きっと隠し通せるわ。そうしたら私、聖女兼王妃として、世界中から羨望されちゃうんじゃな~い!?)


 ――後にリリーナは、この甘い考えを、死ぬまで後悔することになる。


 ◇ ◇ ◇


〇ユーリア視点


 ある日のこと。アートルムはいつも領主のお仕事でお忙しいけれど、今日はお休みだそうで、私は彼とオブシディアの街へ行くことになった。

 オブシディア領は、広大な領土を持ちながらも、そのほとんどを深い森に囲まれた土地だ。しかもその森には、魔獣の発生源となる呪いの沼が点在している。


 魔獣は、普通の動物のように親から生まれるのではない。呪いの沼から発生する瘴気が一定の濃度になると実体を持ち、それが魔獣となる。


 だけどそんなオブシディアにも市街地はあるし、領民の方々ももちろんいる。

 危険な土地だと言われるオブシディアだけれど、魔獣が多いということは、それだけ素材――特に、魔石が手に入るということ。魔石の出土数は国内一であり、他国に輸出もしているため、経済的にはかなり豊かな地である。


 また、魔獣が多く危険といっても、アートルムが指揮をするオブシディア騎士団の存在があり、人々の安全は守られている。迂闊に丸腰で森の奥に足を踏み入れるようなことさえしなければ、この地で暮らしているからといって、すぐ死んでしまうなんてことはない。


「ずっと屋敷の中というのも、退屈じゃないかと思ってな」

「嬉しいです、アートルム」

「ユーリアは、何か見たいものはあるか? 王都と比べたら華やかさには欠けるだろうが、菓子でも装飾品でも、ひと通りの店はあるぞ」


 目前に広がる街は、王都とは雰囲気こそ違うものの、私にとってはとても新鮮で心が躍る。


「どこのお店も私にとっては珍しいものばかりで、迷ってしまいます」

「では、少し歩きながら街中を見て回るか。気になる店があったら、入ってみるといい」

「はい!」


 笑顔でそう答えると、アートルムはふわりと微笑みを浮かべる。


「ユーリアと、一度ちゃんとデートがしたいと思っていたんだ。こうして君と共に歩けることが、嬉しい」

「はい……私も、嬉しいです」


 それから私は、アートルムと街を見て回った。

 この地の特産である果物を使った甘いお菓子を食べたり、凝った銀細工の髪飾りを買っていただいたりしていると――街の人々から、笑顔で声をかけられる。


「アートルム様! いつも街の平和を守っていただき、誠にありがとうございます」

「先日は迷子になってしまった息子を助けていただき、何とお礼を申し上げていいか……! このご恩は一生忘れません」

「アートルム様のおかげで、我々はいつも安心して暮らすことができています」

「そちらの女性は奥方様ですか。ご婚約、誠におめでとうございます!」


 オブシディア騎士団は、魔獣討伐の他に、警察のような役割も担っている。街を巡回し、人々の平和を守る役割だ。領主でありながら常に自分も最前線で皆を守っているアートルムは、人々からもとても慕われているようだった。


(街の人達の笑顔が、とても自然だわ。ただ領主様という存在に媚びを売っているのとは違う……心からアートルムを敬っていることがわかる)


 私の父は、貴族は敬われるのが当然、平民などただ税を納めるだけの存在として見下していた。領民の人達は、父の前で顔にこそ出さないものの、そんな父に心の奥底では嫌気がさしていただろう。


 だけど、アートルムとここの領民の方々の関係はまるで違う。お互い尊重し合い、この地の平和と繁栄のために各々自分にできることをして、力を合わせているのだと伝わってくる。


 本当はここに来るまで、余所者であり公爵家より家格も低い――しかも偽りの聖女としてあまりにも評判の悪すぎる私が受け入れてもらえるのだろうかと、少しだけ不安もあったのだけれど。皆さんとても優しくて、温かな気持ちに包まれてゆく。


(……私の悪い噂は、さすがにオブシディアにまでは伝わっていなかったのかしら)

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